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ラティアの月光宝花  作者: 友崎沙咲
第五章
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容赦ない報復《3》

「この決定は当然だ。王子二人の命を助けるだけ有り難く思ってもらいたいところだ。恩を仇で返したのはサージアだからな」

「……うん……」


シーグルの体温を感じ、次第にセシーリアの震えが治まってくる。


「これは俺の予想だが、サージアは恐らくイシードと安全保証条約を結んだんだろうよ。奇襲をかけるためだけにサージアを利用したイシードに守る気なんか更々なかっただろうがな」


その可能性は大いにあった。

乾いた大地しかないサージアなど、不経済でしかないからだ。


「目先の安全に惑わされやがって」

「だからって……ラティアを裏切るなんて」


イシード帝国皇帝カリムの顔が、セシーリアとシーグルの脳裏に蘇った。

これもカリムの力なのだ。

革命を起こし、イシード帝国の皇帝にのしあがったカリムの力。

その力に無知なサージアは眼がくらみ早まってしまった。


「大国から庇護を受けることが最大の力じゃない。自国を守る力とは他国に頼るのではなく、自らが生み出さねばならないんだ。それをサージアは怠った」


セシーリアは身を起こすとシーグルを見上げてフワリと笑った。


「サージアなど敵じゃないわ。ラティアの敵はイシードよ」

「ああ。そうだな」


シーグルもまた、榛の瞳に柔らかい光を浮かべて微笑む。


「手は緩めないわ。引き続きルアスには容赦のない報復を」


……何はともあれこれで一歩イシード帝国に近付いた。

伝令係にマルケルスへの返事を伝えた後、セシーリアは口を引き結んで空を見据えた。


****


サージア陥落の知らせは瞬く間に大陸中を駆け巡った。

それに伴いラティアには、庇護にあやかりたい近隣諸国からの祝辞や献上物が相次いだ。

それらの荷物と雪崩れ込むようにして凱旋帰国したマルケルスはセシーリアの自室で盛大な溜め息をついた。


「さすが皇帝ラバトはタヌキ親父だぜ。いろんな国をたぶらかしてきただけの事はある。友軍が脇を固めていて下手な動きができない。どうするセシーリア。強行突破か話し合いか」

「……」


ラティアが同時討ちをはかったルアスは、サージアに比べると狡猾であった。

皇帝ラバトはラティア帝国に友軍の存在をちらつかせ、脅しともつかないような言い回しで休戦を促しはじめていた。


「マルケルス。ルアス帝国についた友軍の数は?」

「軍隊長殿の報告ではざっとみて約五万だそうだ。自国軍五万を足して十万ってとこらしい」

「……やっぱりね」


セシーリアの言葉にマルケルスが首を振った。


「やっぱり?」

「自国の軍が五万なんて少なすぎるでしょ?ルアスには十万以上の兵がいるのに。ルアス皇族の家系図は?」

「……これだ」


マルケルスが差し出した葦紙を広げると、セシーリアはそれに視線を落とした。

やはりそうだ。

以前見た家系図を再び確認すると、セシーリアはマルケルスに視線を合わせた。


「マルケルス。皇帝ラバトの年の離れた弟……どう思う?」


マルケルスはハッとしてセシーリアを見つめる。

それから苦笑して口を開いた。


「単純過ぎて見過ごすとこだったぜ。ルアス帝国は……一枚岩じゃないのかも知れない」


その可能性は大いにあった。

皇帝ラバトの母親は第二夫人だが、弟の母は長く子宝に恵まれなかったものの第一夫人である。

本来、王位継承に一番近い位置にいるのは第一夫人の子供であり、弟の方なのだ。


「皇帝ラバトの腹違いの弟が……王位継承に関して不満があるとしたら……」


セシーリアがゆっくりと頷く。


「弟は軍を出してないかもしれないわ」


マルケルスがニヤリと笑った。


「俺達の読みが正しければ……王弟は兄ラバトの失脚を狙ってる」


セシーリアもまた微笑みを浮かべてそれに付け加えた。


「王弟はラバトが皇帝の座についたのも不満だし、後にその息子……第一王子が後を継ぐのも許せないはず。なぜなら第一王子はまだ未成年だし、自分の方が王に相応しいと思っているのだとしたら」


決めてかかるのは危ない。

軍の少なさが、ルアス帝国の作戦である可能性も捨てるわけにはいかない。


「俺はイエルド殿と共に、このままラバトの弟に接触する。もしも交渉に失敗した場合を考えてアンリオンにも伝令を出し、帰還兵の一部をルアスに回してもらう」

「分かった」


イエルドとは、ラティア帝国の軍事最高司令官で、亡き父王ロー・ラティアがレイゲン・ドゥレイヴ同様に絶大な信頼をおいていた人物である。

軍師の練る策をもとに戦場で指揮を執るのが軍事最高司令官の仕事で、イエルドは兵士の士気を上げ、軍をまとめ上げる才能に秀でていた。


「セシーリア。ラバトの弟に書簡を書け。腕によりをかけて内戦を誘うぞ」

「うん!」


セシーリアは構想を描き、それを書面にしたためるべく考えを巡らせた。

ふたりの読みが正しければもはやルアス帝国は張りぼてにすぎない。

もしかしたら友軍もルアス帝国の兵の少なさに気付き、不安を抱き始めているかもしれない。


もしも……読みが当たったとしたら。

ルアス帝国王弟の心をどれだけ掴めるかが勝利を引き寄せる鍵となる。

先代の皇帝……遺言をねじ曲げられたと思わせ、同情して心情を手中におさめるのも作戦の一つである。


セシーリアは眼を閉じると一つ深呼吸をした。


****


その時は程なくしてやってきた。


「喜べ、セシーリア。ルアスの王弟から良い返事だ」


マルケルスと軍事最高司令官イエルドは、ルアス帝国の王弟に接触を計り、ほんの半日で現皇帝ラバトを討つ決意をさせた。

セシーリア達の読みは当たり、互いの利害が巧く一致したのである。


「イエルド殿、軍の指揮を。ラティア帝国らしい戦いを期待しています」

「御意」


瞳を伏せて敬礼したイエルドの黒衣がヒラリとはためく。


「マルケルス。あなたにはイエルド殿の補佐を頼むわ」

「任せろ」


マルケルスとイエルドが短く返事をして軍議塔を出た後、セシーリアは円卓に彫り込まれた薔薇の花に視線を落とした。

既に日は落ち、軍議塔の中に幾本もの蝋燭がともされ、セシーリアの頬を柔らかく照らしている。


「順調だな」


シーグルのそれには答えず、セシーリアは口を開いた。


「イシード帝国……カリムは今、なにを思っているのかしら」

「さあな」


シーグルは腰に手を当てるとイシード帝国の方向に視線を向けてニヤリと笑った。


「どう思おうといいさ。けど」


シーグルは一旦ここで言葉を切ると、腰のスティーダをスラリと引き抜いた。


「このラティアを本気で怒らせた代償はきっちりと払ってもらおうぜ」

「……そうね。そして」


二人は同時に沈む夕日を見つめる。


「オリビエを取り戻すわ」

「ああ」


セシーリアは奥歯を噛み締めると身体の後ろに手をまわし、守護神ディーアから譲り受けた弓の硬さをなぞるように確かめた。


****


ルアス帝国で内戦が勃発し、反旗を翻した王弟が現皇帝ラバトを処刑したのは今から約一ヶ月前である。


「お前、本気なのか?」


シーグルは目の前の子供をシゲシゲと見下ろすと、溜め息をつき、わざと細めた両目をセシーリアにむけた。


「本気よ。ルルド王子は私が引き取る」


ルルド王子とはルアス帝国の第二王子であり、この度の内戦で処刑された皇帝ラバトの息子である。


「私の叔父をけしかけ、父を陥落させた罪滅ぼしのおつもりか、ラティアの女帝よ。なら検討違いというものだ」

「こらガキ!」

「いいのよ、シーグル」


ラティア城の地下牢であぐらをかき、黒目がちな瞳をこちらにむけるルルド王子をセシーリアは見下ろした。


「……」

「……」


互いに唇を引き結び、見つめ合っていたが、先に目をそらしたのはルルド王子であった。


「私を人質にしたとて、今後のルアス帝国との交渉に何の威力もない」

「……」


甲高い声を無理矢理低くし、一生懸命自らの威厳を保とうとするルルド王子の様子に、セシーリアは彼の苦悩を見た気がした。


「よく聞かれよセシーリア女王。私は父王であるラバトから一度も愛されなかった身。新皇帝となった父上の弟……つまり叔父からしたらその辺の塵にすぎない」

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