容赦ない報復《2》
「セシーリア。大丈夫だ。俺がついてる。お前の事は俺が必ず守る。俺の一生をかけて」
いつしかセシーリアの背後にヨルマがピタリと寄り添う。
その射抜くような眼差しに、シーグルは眉を寄せた。
「何だよその眼は。生意気な猫だぜ」
その言葉に、口答えをするかのようにヨルマが両の牙を見せて鳴く。
「ヨルマ。こっちに来て」
セシーリアが手を伸ばすと、瞬く間にヨルマは眼を細め、頬を擦り寄せた。
「ヨルマ。あなたは私と戦ってくれる?私と戦場に出る勇気はある?」
当たり前だというようにヨルマが鳴いた。
しばらく見つめ合うと、セシーリアはヨルマに抱きついてその首を撫でた。
「ありがとう、ヨルマそれに」
セシーリアは一端言葉を切ると、マラカイトグリーンの瞳を悪戯っぽく光らせてシーグルを見上げた。
「シーグルもね」
…なんだよ、俺はついでかよ。
もう夕陽が城を染め上げ、辺りを情熱色に包んでいた。
****
「ライゼンとの協議の結果、一万は欲しいとの事だ」
軍議塔の円卓に、身を乗り出すように肘をついたマルケルスが皆を見回した。
四方にある窓からは爽やかな風が吹き入り、兵隊長達のマントをサラリと揺らしている。
イシードによる不意討ちのせいで約一万の死亡兵が出たが、前皇帝ロー・ラティアを慕う数多くの市民が、その数を有に越す程志願し、出兵を望んだ。
だが、残留兵一万五千の内の一万。
この数は首都警備隊及び国境警備隊を除いた数ではあるが……それでも決して少なくはない。
マルケルスの言葉にアンリオンが頷く。
「分かった。ルアスとサージア相手だ。そう数はいらないだろう」
北の軍隊長となったアンリオンは、ライゼンの要望通り一万の兵をエシャードに派遣する旨に賛成し、セシーリアを見つめた。
「どうする、セシーリア」
マルケルもセシーリアに眼を向けて口を開いた。
「最低一万いれば設計に応じた経路作成、及び河の底掘りが出来る」
「そうね。任せるわ」
通常路とは別に、軍専用の秘密経路の作成が勝利をもたらすために必要である事をセシーリアも理解していた。
「戦路の設計はライゼンに任せ、それに伴う人件費は惜しまないと伝えて」
セシーリアはマルケルスにそう言うと、北の窓に歩み寄った。
「いよいよだぞ、セシーリア」
「うん」
まずはサージア帝国とルアス帝国だ。
ラティアに牙を剥く事が何を意味するか分からせねばならない。
セシーリアは唇を引き結ぶと遥か北……リズの森を真っ直ぐに見つめた。
****
ラティア帝国が軍を二つに分け、サージア、ルアス両帝国に攻め入ったのは丁度三ヶ月後であった。
イシード帝国につけられた首都の傷を修復しつつ軍を立て直した期間を考えると、これでも早い出陣である。
「ありがとう、マーカサイオン!よく知らせてくれたわ。餌も水も用意してるからゆっくり休みなさい」
マルケルスの愛鳥であるハヤブサのマーカサイオンは立派な羽を大きく広げてひと鳴きすると、太い二本の脚で腕木を蹴るようにして舞い上がった。
「やったな、セシーリア!」
「うん、凄いわ!マルケルスはさすがね!」
シーグルとセシーリアは、宮殿内で互いの顔を見合わせて頷いた。
シーグルとの約束通り、セシーリアはサージアにもルアスにも出陣せずこのラティアに残り、伝令係を通じて同時討ちの状況を見守っていた。
九万の軍隊を二つに分け、サージアとルアスに向けて出陣させたものの、サージアの戦場に出た兵の数は四万五千のうち、僅か二万である。
その二万の兵を更に八つに分けて囲みながら奇襲をかけ、夜通し投石器で建物を破壊し続ける作戦は、油断していたサージア帝国を混乱させた。
それに追い討ちをかけるかのように、応戦してきたサージア兵をマルケルスの考案した武器が壊滅状態に追い込み、軍全体の士気を著しく下げたのだった。
シーグルは再び書面に視線を落とすと唇を引き上げ、ニヤリと笑った。
「マルケルスが設計したあのパージェとかいうデカイ武器、たった二人が操作して連続で射れるんだぜ。しかも射程距離は一ハロンだと」
こうしてサージアはラティア帝国の本気の怒りに恐れをなし、早々に白旗を挙げたのだった。
サージア帝国皇帝ヨミルはアンリオンに拘束された際、イシード帝国に第一王妃を人質に取られ、従うしかなかったと必死の形相で訴えたらしい。
しかもこの先の忠誠を示すため、改めて永久不可侵条約の調印を約束し、第二王子であるシドを差し出したのだ。
セシーリアは玉座から立ち上がるとヨルマの身体をスラリと撫でて口を開いた。
「第一王妃を人質にされたから?そんな言い訳は通じないわ」
そこまで言った後セシーリアは言葉を切り、コクンと喉を鳴らした。
それから大きく息をつくと、思いきったようにシーグルを見上げた。
「……現皇帝ヨミルは処刑する。お父様やレイゲン、その他大勢のラティア人を死に至らしめたんだから生かしてはおけないわ。それから第一王子のエストと第二王子のシドはラティア領内の孤島に幽閉する。もうサージアにはラティアの一部となる以外の選択肢は与えない。拒むというなら皇帝一族は全員殺す」
……セシーリア……。
シーグルが思わず眼を見張った。
視線を落とした先に、僅かに震えるセシーリアの指先が写ったからだ。
本当なら、セシーリアも同じ年頃の娘達のように恋やお洒落に余念がない日々を過ごせていたはずだ。
それなのに。
シーグルはセシーリアに腕を伸ばすと、その身体をトントンと撫でた。




