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ラティアの月光宝花  作者: 友崎沙咲
第五章
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容赦ない報復《1》

****


「よくやったぞセシーリア。ライゼン・エシャードに任せておけばイシード帝国との戦いに役立つ戦路設計と詳しい地図、それに案内係を確保出来る。これがどういう事がわかるか?地形を味方に付けた戦いが可能になり、かなり有利になる」


エシャードから帰還したばかりのセシーリアに、マルケルスがニヤリと笑った。

自室の玉座に腰かけたセシーリアは、そう言ったマルケルスに小さく頷いたものの、その顔に笑顔はない。


「セシーリアどうした?長旅で疲れたか」


手早く入浴をすませ、旅の汚れを落としただけのセシーリアは、即座に首を横に振ると答えた。


「マルケルス、明日それぞれの軍隊長を軍議塔に集めてちょうだい」


瞬間的にマルケルスはシーグルと視線を交わした。


「どうした、セシーリア」


マルケルスの代わりに、今度はシーグルが声をかける。

アンリオンも腕を組んだまま唇を引き結び、セシーリアの言葉を待っている。

そんな三人に、セシーリアは静かに答えた。


「サージア帝国とルアス帝国を同時討ちにする」


その言葉にマルケルスをはじめ、シーグルとアンリオンも眼を見開いた。

同時討ちというものが珍しいからではない。

それがセシーリアの口から出た台詞だから驚いたのだ。


「本気か?セシーリア」


セシーリアが三人にしっかりと頷く。


「本気よ。サージアは我が領土に加える。ルアスに関しては現皇帝ラバトを幽閉する」


マルケルスがニヤリと笑った。


「ラバトは他国と会談しては国々を引っ掻き回す天才だ。そろそろ黙らせといた方がいい。で、その後はどうするんだ」


セシーリアはマルケルスをチラリと見ると、玉座から立ち上がった。


「あとはマルケルスに任せるわ。あなたならお父様の残りの側近と上手く話を進められるでしょう」

「…いいのか?」


信じられない思いでマルケルスがセシーリアに問うと、彼女は平然と答えた。


「私が安心して任せられるのはマルケルス以外にいないわ」

「……!」


マルケルスは全身が震える程の興奮を覚えた。

戦略を練り、自国を勝利に導く事こそがマルケルスの夢である。


「信じてるわ、マルケルス」

「任せろ。実はもういくつか策を練ってあるんだ。アンリオン、明日の軍事会議は長くなるぞ」

「臨むところだ」

「じゃあ、みんな明日ね」


…時間が惜しい。早くオリビエを救い出したい。

セシーリアは自室を出ると出入口に控えていた侍従に声をかけ、ひとりで歩き出した。


…サージア帝国……。

サージアは広大な領土を所有しているわりに国益はなく軍も少ない。

しかもラティアは毎年五千万エーゲルという大金をサージアに援助してきたのだ。

これはサージアの国家予算の三分の一に匹敵する額である。


当然我が国とは長年友好関係にあり、誰もがサージアに牙を剥かれるなど想像もしていなかった。

セシーリアの脳裏にシド王子の顔が浮かぶ。


あの気弱そうで忙しなく動く瞳。軽薄そうな薄い唇。

サージアが裏切らなければお父様達が死ぬこともオリビエが連れ去られる事もなかったのよ。


……許せない。許せない!

恩を仇で返すサージアも、他国の不幸を望むルアスも絶対に許さない。

オリビエ……オリビエ。


バラ園でオリビエと口付けた記憶が蘇る。

『もう僕から離れるのは許さない』

オリビエ、オリビエ。

オリビエに会いたい!

その時だった。


「おい、待てよセシーリア」

「っ!!」


後ろから腕を掴まれて、セシーリアは全身を強張らせた。

そんなセシーリアの眼に美しい瞳が映る。

榛色の瞳…オリビエ……?ううん、違う。

オリビエはもう少しだけ、ほんの少しだけ薄い榛で……。


「おい、しっかりしろ!」


憑かれたようなセシーリアに苛立ち、彼女の二の腕を掴んだシーグルがそれを揺らした。


「ボケッとすんじゃねえ!」

「っ!!」


身体の揺れと痛いくらい掴まれた腕の感覚に、セシーリアは我に返った。


「……大丈夫。長旅で少し疲れただけよ」


ぎこちなく視線を反らしたセシーリアに、シーグルは更にイラつき、吐き捨てるように言葉を返した。


「……先に言っておくがお前、戦線には出るなよ」

「っ!!」


ビクリと背筋を振るわせたセシーリアを、シーグルが一瞥する。


「……なんだその反応。出るつもりだったのか。お前は女……」

「女だからなによっ?!」


宮殿内を行き交う者達が、セシーリアのわめき声にギョッとする。


「女だからなに?!弱いから戦線には立つなと?!」


無力だと決めつけられて、セシーリアの全身に屈辱の黒煙が広がっていく。


「おい、落ち着け」


シーグルは、予想外のセシーリアの反応に眼を見張った。


「どうして?!どうしてよシーグル!バカにしないでっ!」

「馬鹿になんかしてない」

「じゃあなに?!私はラティアの女王よ?!戦線に立たないなんて女帝じゃないわ!それに私には守護神ディーアの弓がある。この弓は、」


いい加減にしろよ。

シーグルのイラつきが最高潮に達する。


「ああそうだ!お前が弱いから戦線になど立たれたら大迷惑なんだよっ!」


叫ぶセシーリアよりも更に大きな声でシーグルが言葉を放った。


「……なんですって?!」


シーグルは大きくため息をつくと諭すように口を開いた。


「……ディーアの弓を過信するな。お前は生身の人間で不死身じゃないんだ。ここで死んだらどうする?!一生兄さんには会えなくなるぞ」


オリビエに……会えなくなる。

そんなの……耐えられない。

シーグルの言葉にセシーリアが二、三度瞬きし、僅かに首を振った。


「サージアとルアスは俺達に任せろ。な?」


……確かにそうだ。イシード帝国……カリムを討ち、オリビエを取り戻すまで死ぬわけにはいかない。


「……分かった」


グッと唇を噛んだ後、セシーリアが頷いた。

それから、


「シーグル、シーグル」

「っ!!」


セシーリアが勢いよくシーグルの身体に抱きついた。

ドン、という衝撃と共に彼女の髪がシーグルの腕にフワリとかかった。

それと同時に、薔薇を混ぜた蜜蝋の香りが漂う。


……セシーリア……。

自分の背中にまわる華奢な両腕と、僅かに震えるその身体。

たちまちシーグルの胸にあの日の光景が蘇る。


……あの日……三年前のあの日、兄さんを追いかけて城を降りた時……セシーリアの涙を見たあの時の誓いは今も変わらない。

セシーリアは俺が守る。

何があっても必ず。

俺の一生をかけて。


シーグルはセシーリアの背中に回しかけた手の行き先を変えると、身体を離して彼女の頬を包み込んだ。

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