女王誕生《2》
「だがセシーリアは世間知らずだ」
アンリオンが心配するのも無理はない。
他国の王女同様、セシーリアは今まで、蝶よ花よと大切に育てられてきたのだ。
城から抜け出しはするものの、セシーリアは安全な城下町しか知らない。
しかもイシード帝国の奇襲に乗じて、増えている族に遭遇しかねない。
けれどセシーリアは、アンリオンの予想をアッサリと跳ね返した。
「大丈夫よ、アンリオン。私はもう子供じゃないわ。それにエシャードって元は独立国家だったのよね」
マルケルスは僅かに眼を見張った。
まさかこの現状で、セシーリアがそんなことを勉強していたなんて露にも思っていなかったのだ。
「お父様が亡くなられた今、いつどの都が独立を叫びだすかも分からない。もしくは他国へ寝返るかもね。だって未だかつて女王がこのラティアを治めた事なんてないんだもの。皆が皆、娘以上に歳の離れた私についてきてくれるかなんて分からない。イシード帝国に寝返られる可能性だってあるわ」
…確かにほんの二十年前まで、エシャードは独立国であった。
だが当時のエシャード帝国は軍事力に乏しく、度重なる他国の侵略に苦しんでいたのを、ロー・ラティアが我が帝国の領土として召しあげた。
それにより、国としては消滅したが人々は豊かになり、安定した暮らしを送れるようになったのだ。
マルケルスは大きく頷くと口を開いた。
「セシーリア。エシャード城主ライゼン・エシャードに会い、再びこのラティアに忠誠を誓わせてこい。それから」
マルケルスが一旦言葉を切り、シーグルへと向き直った。
「シーグル。セシーリアの護衛役はお前だ。死んでも守れ」
「分かった」
シーグルの榛色の瞳がキラリと光った。
****
「私怒ってるのよ、シーグル」
セシーリアがこう切り出したのは、国王ロー・ラティアをはじめその側近、命を落とした兵士たちの弔が二日間かけて執り行われた翌日の事であった。
自ら怒っていると宣言するだけあり、その頬は心なしか膨らんで見える。
シーグルは手綱を引いてセシーリアの愛馬に速度を合わせると、彼女に問いかけた。
「……何を?」
「何をって、分かるでしょう?」
その顔……相変わらずだな、セシーリアは。
不機嫌なセシーリアの顔があまりにも懐かしくて、シーグルは笑いを噛み殺しながら再び彼女に問いかけた。
「何をですか、女王サマ」
一方セシーリアは、三年間も帰らなかったのに、その間の出来事をなにも語ろうとしないシーグルを腹立たしく思った。
エシャード城主ライゼン・エシャードに会いに行く中、いつ話し出すかと首を長くして待っているというのに、シーグルの口から出るのはエシャードの料理はどうかとか、女性は美人かとか、どうでもよい心配事ばかりなのだ。
その上……ニヤつきながら《女王サマ》ですって?!……舐めてるわね。
セシーリアは馬を止めてすぐさまシーグルの態度を叱ってやりたがったが、それをグッとこらえた。
城を出ていった三年の間に、シーグルはかなり変わった。
身体は大きく成長したし、闘技場でカリムからオリビエを救うために射た矢の腕はかなりのものだった。
それに関してはとても頼もしく嬉しい。
けれど。
「シーグル。その態度はなんなの?あなた凄く変わったわ」
城内にいた頃のシーグルは品よく、無邪気で純粋だった。
それが今はどうだろう。
三年ぶりのシーグルときたら、野性的で粗野で、どこか皮肉気なのだ。
「はあ?!」
眉を寄せて口を開けるとバカにしたようにこう言ったシーグルに、セシーリアは呆気にとられた。
そんなセシーリアにシーグルは更に口を開く。
「生ぬるい暮らしを捨てて、三年もたった独りで生きてきたんだ。そりゃ変わりもするさ。しかも俺がいたのは《エルフの風》だぜ?変わらなきゃ今頃はあの世で暮らしてるだろうよ」
エルフの風とはラティア城下にあるグロディーゼ養成所である。
「エルフの風にいたことは知ってるわ。だって私、あなたに会いに行ったもの」
顔だけを真横に向けてこちらを見つめたセシーリアに、シーグルは息を飲んだ。
俺だって……知ってる。
……知ってるに決まってるだろ。アルディン相手にあんなに派手な事をしたんだから。
それに今セシーリアにピタリとついているこの大豹……ヨルマを猟師から買い取ってエルフの風に連れてきたのはこの俺だ。
「……へえー。そりゃ知らなかったな。俺は長く興業に出てたから」
シーグルがこう言うや否や、ヨルマが頭を振りながら両の牙を見せて不満げに鳴いた。
そんなヨルマの様子を見てセシーリアがすかさず、
「ヨルマが嘘だって言ってるわよ。本当は養成所の中に隠れてたんじゃないの?」
「……」
眼をそらすシーグルに、セシーリアは我慢できなかった。
「どうしてもっと早く帰ってきてくれなかったの?!私、結婚しなきゃならないとろだったのよ?!そうなったらもう、あなたと話したり出かけることもままならなくなるのよ?!」
怒りに震えるマラカイトグリーンの瞳。
……避けては通れない質問に、シーグルは観念した。
「……宿についたぞ。その話は後だ」
****
「入るぞ。猫はどっか行ってろ」
その物言いに、ヨルマがガッと牙を剥く。
「ヨルマっていうちゃんした名前があるのよ。ヨルマ、後でね。夜が明けたら森から出てくるのよ」
ラティア城から五百マイルほど南東に下りた街で、ふたりは小さな宿に入った。
食事は頼まず風呂と寝床だけを用意させると出口から一番近い部屋に入る。
「さあ、三年間の出来事を話しなさい」
グッと顔を寄せるセシーリアに、シーグルは溜め息をついた。
「そんなの聞いてどうするんだ」
鎧と武器、荷物を部屋に置くや否やセシーリアはシーグルを見据える。
「あなたは大切な弟みたいなものよ?!心配するのは当然でしょう?!」
……弟……。
シーグルは口につけていた水筒をゆっくりと下ろすと、視線を下げてセシーリアの瞳を見つめた。
……セシーリアはあの時の事を覚えているだろうか。
薔薇園でのあの出来事を。
『俺じゃダメなの、セシーリア』
『俺はセシーリアが好きだ』
『今はまだ、セシーリアを兄さんに預けておく。でもいずれセシーリアは俺が守る。兄さんよりも強くなって』
……あの頃俺は……随分子供だった。
今は……分かっている、願っても叶わないものの存在があることを。
シーグルは深くため息をつくと投げ槍な口調で言葉を返した。
「俺は強くなるために城を出たんだ。そんなに早く帰れるわけないだろ」
「あなたは私に会えなくて辛くなかったの?!私は会いたくて会いたくてたまらなかったのよ?!」
「……セシーリア……」
涙をいっぱいに溜めたセシーリアの瞳を見て、シーグルは言葉を失う。
一方セシーリアも分かってはいたし、覚えてもいた。
けれど大切な人を殺され奪われた悲しみとシーグルの帰還が重なり、感情を抑えることが出来なかったのだ。
「……今まで放っておいて悪かった。……王や父上達を守れなくてごめん、セシーリア」
セシーリア背中に腕を回すと、シーグルは彼女を引き寄せて胸に抱いた。
「シーグルッ……!」
「……泣くな。兄さんは必ず俺が取り戻してやるから」
低くて優しいシーグルの声と熱い身体。
何度か深呼吸を繰り返すと次第に落ち着きを取り戻し、セシーリアは少し身を起こしてシーグルを見上げた。




