隣国の王子(3)
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誕生大祭典初日。
「そろそろ本題に入ろうか」
セシーリアの部屋で皆の顔を見回したマルケルスは、声を抑えてゆっくりと口を開いた。
「この度、セシーリアの婿として立候補したのはサージア帝国、イシード帝国、ルアス帝国の王子達だ」
マルケルスは小さな器に房からちぎったブドウの粒を一つ、二つと入れ始めた。
「まずサージアだがここは却下だ。広大な面積を誇ってはいるが国益はなく軍も少ない。我が国とは長年友好関係にあるが、わざわざ婚姻関係を結ぶ程の価値はない。シド王子自身も極めて温厚で無害だ」
「マルケルス、言葉が過ぎるわよ」
「最後は誉めただろ」
マルケルスは涼しい顔で器に入れたばかりのブドウの一つに楊枝を突き立てた。
「それからルアス帝国だが、現皇帝はかなりのタヌキ親父だ。近隣諸国と同盟を結んではなにかと理由をつけて反故にしたり、そうかと思えばご機嫌取りに自国に招待し、豪勢な宴を開いている。だがその裏では他国間の関係を掻き回し、悪化させる事もしばしばだ。だがルルド王子はまだ幼い。恐らく現皇帝に何かあれば後を継ぐのは弟だろうな」
確かに婿候補の中に、十歳程の子供がいたのをセシーリアは覚えていた。
言い終えたマルケルスは、楊枝を再びブドウに突き刺す。
「一番厄介なのがイシード帝国のカリム皇帝だ。彼は本来、王位につける血統じゃない」
王位につける血統ではない……?
「どういう意味?」
セシーリアが眉を寄せるとマルケルスは物憂げにため息をついた。
「カリム王子は王位簒奪者だ」
「王位簒奪者?」
「ああ。元は若き革命家……もっと言えば奴隷出身者だ」
セシーリアは信じられない思いで皆の顔を見回した。
今まで黙っていたアンリオンが、眉を寄せて酒をあおった。
「凶王の素質大だな」
「ああ。しかも皇帝カリムは我が国の婿になる気など更々ない。イシード帝国にセシーリアを妻として連れ帰り、このラティア帝国を手中に納めようと目論んでいる」
「けどそれじゃ見込みはない。我が国は婿を取りたいんだ。ロー・ラティア皇帝陛下が許さないだろ」
オリビエがゆっくりとした口調でこう言うと、マルケルスは頷いた。
「そこだよ。恐らくこのラティア帝国とセシーリアを自分の眼で見に来たんだろう。ああいう種類の男は他人なんか信用しないからな。それから我が国王に打診する気でいるんだろうよ。撥ね付けたら何をするかわからない男だ」
「……うちに侵攻する気か?そんなバカなのかよ」
アンリオンの呆れたような口調にマルケルスが苦笑した。
「簒奪者の厄介なところは、一度成功をみるとやけに自信家になるところだ」
吐き捨てるように言ったマルケルスの声に一同が押し黙った。
「とにかく、この三国の出方をみるしかないな」
オリビエの静かな声に誰もが無言で頷くしかなかった。
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「何処へ行かれるのかな、俺の未来の花嫁」
大広間には声の主とは別に、サージア帝国とルアス帝国の王子が大勢の侍従と共に鎮座していたが、彼らはセシーリアを只見つめているだけであった。
誕生大祭典の初日、仲間と話し合った内容を思い返しながらセシーリアは声の主に視線を合わせた。
「これはイシード帝国皇帝カリム様。申し訳ございません」
一瞬絡んだ視線を伏せてセシーリアが膝を曲げ敬意を表すと、カリム皇帝は僅かに両目を細めた。
ラティアの薔薇……セシーリア・ラティア。
セシーリアの瞳に浮かんだ僅かな侮蔑の光を、カリムは見逃さなかった。
……さてこのお姫様は、俺が王家の血筋ではなく奴隷出身だというのがお気に召さないのか。だとしたら残念だが、この女の中身に価値はない。……まあ、俺はもともと『ラティア帝国の王女』であれば外見も中身もどうでもいいが……。
一方セシーリアは笑いが込み上げそうになった。
俺の未来の花嫁?褐色の肌に男らしい眉、くっきりとした二重の眼は確かに女の子にとっては魅力的よね。
けれどセシーリアには、その自信がなんとも独りよがりに思えて滑稽であった。
私があなたの未来の花嫁?冗談じゃないわ。
セシーリアは伏せていた瞳を再びカリムに向けると、フワリと微笑んだ。
「わたくしの成人の儀、この誕生大祭典で命を懸けてくれるグロディーゼ(剣闘士)に敬意を表し労いにいかねばなりませんので、失礼いたします」
カリムは面食らい、僅かに眉を上げた。
剣闘士に労いを?そんなもの、王女の仕事じゃないだろう?
……そんな王女は見たことも聞いたこともない。皇帝位についてから何度か他国に赴いたが、王女というのは大抵どこの姫も自分よりも階級の低い者とは話さないし、ましてや自ら足を運ぶこともない。
「あなたのような位の高い一国の姫が、グロディーゼなどにそのようなことをなさる必要はありますまい」
「グロディーゼなどとは……どう意味でございます?」
カリムは呆気に取られた。
ニヤついていた顔が次第に真顔に変わる。
どうやら王女は俺の言葉の意味を本当に理解していないようだ。
一方オリビエは、カリムの様子に嫌な予感がした。大祭典初日と今のカリムでは、セシーリアに向ける眼がまるで違うからだ。
この度セシーリアの婿として立候補した三国の中で、カリム皇帝の統治国つまりイシード帝国は軍人の数も多く国も豊かだ。
しかもマルケルスによると彼は簒奪者で、我がラティア帝国の婿に入る気など更々ないという。
……婿に入る気はないが、セシーリアに興味がある奴隷出身の簒奪者……。
たちが悪い。
「セシーリア。行こう」
「あ……そうね」
オリビエがさりげなくセシーリアの耳元で囁き、二人の間に立つとカリムの視線を遮る。
「俺もご一緒していいかな、セシーリア王女」
背後からのその声に、オリビエは内心舌打ちしたが、セシーリアはにこやかに微笑んだ。
「もちろんですわ、カリム皇帝陛下。この大会は来賓者をおもてなしする為のものでもあります。是非、我が国の屈強なグロディーゼ達の試合をお楽しみください」
「……ではお言葉に甘えて」
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「アンリオン!マルケルス!」
セシーリアの為に設けられた玉座の隣に、早々と見知った二人が揃っていた。
「お父様は?」
セシーリアは父王であるロー・ラティアの姿を探したが、その一際見事な細工の施された椅子に彼の姿はなかった。
「帰路につく隣国の王達との最後の御歓談だ。俺達の父上も一緒にな」
「……そう」
昼前、ロー・ラティアはセシーリアの誕生大祭典終了の挨拶をし、セシーリアも国賓の前で一言感謝の言葉を述べて最後を締めくくった。
午後から始まるグロディーゼの大会は大祭典の大取りだが、いわば誰もが無料で楽しめる国民の為の娯楽だ。
国をあげて行う行事の際は、招待した国賓と入れ換えに城内の闘技場に入る市民の数は増え、まさに内輪の余興と化すのが毎度の事である。
「セシーリア様ー!」
「王女ー!」
ざわついている一般市民が、セシーリアの姿を見付けて盛大な歓声を送った。セシーリアはそんな彼らに高らかに手を挙げると、にっこりと微笑む。
その時だった。
「セシーリア王女!」
闘技場の端……グロディーゼ入場門付近から、よく響く声で何者かがセシーリアを呼んだ。
セシーリアにはその声の主がすぐに分かった。姿を確認する前に、無意識に彼女の頬が緩む。
急いで身を乗り出すと、セシーリアは玉座の設置してある露台から下方向を覗き込み、声の主を呼んだ。
「アルディン!」
「お久し振りです、セシーリア王女」
その様子を目の当たりにしたオリビエは、無意識に両目を細めて闘技場の青年を凝視した。
……誰だあれは。アルディン……?スラリとしているわりに盛り上がった筋肉や、軍神の横顔を打ち出した鎧を身に付けているところを見ると、グロディーゼであることは間違いない。
一瞬、何故こんな風にセシーリアが親しげな眼差しを向けているのかが分からなかったが、すぐにオリビエは察した。
恐らくセシーリアは、シーグルを探しに城下へ降りた時にこのグロディーゼと接点を持ったのだ。




