最初の夢
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最初は、それが夢だと気付きませんでした。
がたん、という揺れで目が覚めて。
どこかに車で出かけていたっけ、そんなことを思っていたんです。
少しぼんやりしていると、誰かが鼻歌を歌っていることに気付きました。
のんびりとした、可愛らしい曲です。
知らないはずなのに、どこか懐かしく感じるような不思議な感じでした。誰が歌っているんだろうと目を開けると、私は見覚えのない車の後部座席に座っていました。
大きい、ワゴン車のようなものだったと思います。
助手席には、男性が座っていました。
車はガタガタと揺れているのに、その方はピタリと動かずに前を見たまま座ってるんです。
顔はよく見えませんでしたが、知らない方だったと思います。運転席には赤と青の何かが見えました。
なにがなんだか分からなくて、叫びそうになりました。
でも、声が出なかったんです。外を見ようとしても体が動かなくて、動くのは目だけでした。
ただ、窓から夕日に照らされて真っ赤に染まっている林のような場所にいるとわかりました。
どこへ向かっているのかは、まったくわかりませんでした。
なんとか落ち着こうと思って様子を窺っていたら、後ろの席にも誰かいるような感じがしたんです。
一人なのか、何人かいるのかわかりませんでした。
なんとなく息を潜めて座っている気配だけがありました。
……ただ、時々。
私の耳のすぐ後ろで、小さく鼻歌が重なりました。
車の中では、誰も話しませんでした。
聞こえるのは、車の揺れる音と調子はずれの鼻歌だけ。
どれくらい走ったのかはわかりません。
周りは徐々に暗くなってきたとき、遠くの方でポツンと光るものが見えたんです。
車がその光に近付くにつれて、それが駅だとわかりました。木造の、見たことのない古びた駅でした。
なんの駅かはわかりません。普通なら駅名が書かれているはずの場所に、看板がなかったんです。
ホームには、古い電車が止まっているのが見えました。
車は駅の前にゆっくりと止まりました。
運転席の人が降りて私の横のドアを開ける瞬間でした。
私は無我夢中でその誰かを突き飛ばし、駅まで走ったんです。
体が動いた。
このわけのわからない状況から逃げられるんだと、走りながら思ったのを覚えています。
でも、駅の入口に着いたとき、なぜかわかりません。
その誰かを確認したくなったんです。
車の方を振り返ってみると、ヘッドライトの前にその誰かは立っていました。
カラフルな服を着た、白塗りの男でした。
……まるで、ピエロのような。
男は、動きません。
ただ、こちらをじっと見ているんです。
車から離れているはずなのに、男の真っ赤な口がゆっくりと開くのがはっきり見えて、また体が動けなくなりました。
……目が、合った気がしたんです。
「…歌、間違えちゃった。次は、もう間違えないよ」
まるで耳元で言われたかのように、そうはっきりと聞こえました。私は、その声に弾かれるようにして電車に飛び乗ったんです。
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「ベッドの上で目が覚めてやっと、これは夢だったんだと気付きました。でも、近くに誰かいる感じがしてしばらく動くことができませんでした」
俺は、手帳に滑らせていたペンを止めて朝倉さんを見た。
「…夢は、それで終わりですか」
「いいえ。これは始まりだったんです」
彼女は氷の溶けかけたコーヒーをひとくち飲むと、また話し始めた。




