朝倉という女
少しでも、夢のような不穏さが残れば嬉しいです。
「…あちぃな」
開け放たれた窓からは、もう9月も半ばだというのに蝉の声が絶え間なく聞こえてくる。
オフィスのエアコンは6月頃に壊れてから、未だに修理されていない。コンセントは抜かれて壁際にだらしなくぶら下がっていた。
うちわで扇ぐが、なんの足しにもならない。
「……全く、このままじゃ干からびそうだ」
「せんぱーい。
そろそろ取材に行く時間じゃないんですかー?」
カラカラと音を立て、椅子に座ったまま寄ってきた高田が間延びした声で話しかけてくる。
壁にかかっている古びたデジタル時計を見ると、確かにそろそろ出なければならない時間だった。
「先輩はいいっすよね。これから涼しいカフェでのんびり取材でしょ?俺らはこの地獄の中で編集作業っすよ」
「いいもなにも仕事だろうが。俺が出てる間もちゃんとやれよ」
「……はーい。いってらっしゃーい」
高田に見送られつつオフィスを出る。
ビルから一歩外に出た瞬間、ジリジリとした暑さに一気に汗が吹き出した。
あんなに暑かったオフィスも、照りつける太陽から俺たちを守っていたらしい。
待ち合わせ場所へ向かいながら、取材のことを思い返す。
相手は朝倉 香恵さん 二十八歳。
たまたまSNSで彼女の投稿を見かけ、取材の連絡を入れた。
ホラー雑誌の取材なんて、よくOKが出たものだ。
「……載せられるようなものなら、いいんだけどね」
────────
カフェの扉を開けると、軽やかなベルの音が鳴る。
店内には陽気な音楽が小さく流れていた。ヒンヤリとした空気に汗が引いていく。
店員に一声かけられ、店内を見回す。
案内された席には、ベージュのワンピースに白いカーディガンを羽織った女性が既に座っていた。
「朝倉さんでお間違いないですか」
「……はい」
見上げてくる顔は、青白くほっそりとしていた。
目が微かに揺れていて、緊張しているのがこちらに伝わってきた。
「今日はよろしくお願いします。片桐康と申します。」
「朝倉香恵といいます。よろしくお願いします。
……雑誌の取材なんて初めてなので、お手を煩わせたらすみません。」
「お気になさらず。実名は出しませんし、隠して欲しい部分などありましたら、遠慮なく言ってくださいね」
届いたアイスコーヒーを半分ほど一気に飲み干す。
その様子を見た朝倉さんは、僅かに笑った。
「今日は、暑いですものね」
「いや、お見苦しいところをお見せしました」
細い手がグラスを持ち上げる。カーディガンの袖が滑り落ちて見えたものに、視線が止まった。
俺の様子に気づいたのか、朝倉さんは手をテーブルの下に置く。
「……目、いきますよね」
「……いや…えぇ、すみません」
咄嗟に返す言葉が思い浮かばなかった。
なんとか絞り出そうと頭を捻るが、結局何も浮かばず謝ることしかできない。
「これ、夢でできた痣なんです」
「……夢?」
鞄からボイスレコーダー、メモ帳を取り出す。
「……詳しく、聞かせてもらえますか」
彼女は一度頷き、服の上から痣の部分を擦りながら話し出した。




