第三話
「星の売買?」
「そう、星の売人、要はブローカーのことを札屋と呼ぶんだ。まあ、獄卒界隈で使われる隠語だな」
ユーレッドが『星』というのは、囚人の討伐数のことであり、それを計数する囚人の識別票データのことだ。
囚人を倒した後、そのコアにある識別票をアシスタント端末などでスキャンして読みとり、その情報を持って帰る。
そして、獄卒管理課や詰め所に置かれている端末でそれを読み取ってもらい、成績にするのだ。
獄卒の主な任務は、囚人の討伐だ。彼らはそれで成績を評価されるし、それの取得によって金銭を得ているので、帰還したら必ず読み取りを行わなければならない。
獄卒討伐の募集に応じれば、最低でも生活費は貰えるらしいが、自堕落な生活を送り、時に賭博に興じる獄卒達はそんな端金ではとても足りないのだ。
とはいえ、ユーレッドに言わせれば、星の交換で得られる金銭はそれでも端金らしいのだが。
「星を管理局に申請しても、大した収入にはならねえ。貰えるのはエースの栄誉や身分証くらいなもんだ。俺のIDに星が五つ並んでいるのを知っているだろう」
「あのブラックスターですか?」
確かにユーレッドの獄卒としてのIDカードにはツヤツヤの真っ黒な星が五つも並んでいた。それは押しも押されもせぬエースの証である。
「あれすごいですよね。みんな、せいぜいシルバーの星三つくらいなのに。ゴールドの一つとかでもエースですもん」
「そうだろう」
ユーレッドがすこしドヤ顔になった。
「でも、あれ、最初、てっきり素行不良すぎて真っ黒な五つ星なのかと思っちゃいました。禍々しいっていうかー」
「なんてこと言ってんだ」
タイロの素直で失礼な言葉に、むー、とむくれるユーレッド。それを面白がるようにスワロが、ぴぴぴ、と音を立てる。
「あれはクレジットのブラックカードと同じでVIPみてえなもんなんだぞ。ブロンズからシルバー、ゴールドと上がって、プラチナからのブラック。しかも星五つ! つまり俺は殿堂入りなんだ。そう簡単にお目にかかれねえんだから、お前らもっとありがたがれよ」
ユーレッドが不服そうに言いつつ、話を続ける。
「とにかく、星は直接金にはならねえんだ。ただ、獄卒にとってまんざら必要ないものではない。ここがポイントだな」
「えーっと、つまり、お金にならないけど、評価になるってことですか」
星の取得は、彼等にプラスの評点を与える。
マイナス二百点で、ほぼ極刑と同意の北部の囚人出現が頻発するコキュートスへの派遣が決まるわけだが、なんらかの罪を犯してマイナス評点があっても星の数さえ多ければ補填される。
プラス二百点で評価が上がり、加点評価され続ければ、人権のない改造兵士の獄卒から一般市民の身分に返り咲くこともできる。
ユーレッドなどは、自分で明らかに調整をしており、ちょっと問題を起こした後では大量の囚人を狩ってマイナス評点をチャラにするし、逆に評価点が高い時は、ほんのり問題を起こして評価が上がりすぎないようにしている。
彼的には、あまり評価が上がりすぎても困るらしい。
それはともかく。
大切なのは、この評点をあげられるという部分だ。つまりちょっとした罪を犯しても、チャラにすることができる。
マイナスが多くなると、獄卒は評価を上げるため、囚人を狩る必要がある。危険な囚人ほど獲得点数が高く、それだけ多く補填ができる。
ただ、そういう状況にあるような獄卒がそんなに勤勉に働くわけがない。
ユーレッドみたいなただの戦闘狂は彼らの中でも少数派なのだ。囚人を狩るのがほとんど趣味の範疇で、たまらなく楽しい彼らと違って、多くの獄卒は、危険で面倒臭い囚人狩りはしたくはない。呼び出しに応じて働きはするものの、最低限の仕事だけしてだらだらしているものも多いのだ。
しかし、そういう彼らでも、マイナスを補填する必要ができてくると、なんとか星を稼ごうとするのである。
そこで、マッチングが発生する。
つまりユーレッドのような、目的もなくやたらと討伐数だけ多いエースから星を買い取るのだ。
「んあー、でも、星の売買ってダメなんじゃなかったです? ユーレッドさんも、大っぴらにやってないですよね」
「おうよ。星の売買は御法度だ」
ユーレッドは、伸びないうちにと麺をすすってから続けた。少食のユーレッドは、麺の量がタイロに比べて少なく、もうそろそろ食べ終わる頃だ。
「だが、何事にも抜け道はある。星の売買は禁止だが、分配自体は許されている」
「あー、それはわかります。たまにユーレッドさんから星をもらったとか、ハブさんが言ってますもんね」
タイロは、ユーレッドがよくつるんでいる遊び友達の獄卒、ハブのことを思い出す。ハブは積極的に囚人狩りをするタイプではないが、何かやらかした時など、ユーレッドから星を工面してもらっている様子だった。
「そうじゃねえと、集団で協力して獄卒狩りを行うやつらが成り立たねえからな。俺は一人でやるが、獄卒連中にはグループで動く奴らもいる。わかるだろ?」
「はい。そういう獄卒の人たちは見たことありますし」
「なので、余った星を分けることは許される。それが顔見知りだろうと、見ず知らずの獄卒だろうと、その辺、上は知ったことじゃねえ。当事者間で握ってりゃいい話だ」
と、ユーレッドがニヤリとした。
「まあ、多くの場合、そこで金銭が発生するわけよ。あいつら、慈善家じゃねえんでな。俺はあんまりやらねえが、それで高額の報酬稼いでる賞金稼ぎみたいな奴もいるぞ」
「そういえば、ユーレッドさんはなんで売買しないんですか?」
タイロに今更のように聞かれてユーレッドは苦笑した。
「後が面倒だからだよ。即金で手を打つといっても、あとで値を釣り上げただのなんだのと、絡まれることは珍しかねえ。だったら、ハブみたいなやつなら、タダでくれてやっても良い。恩を売っておくと、あとで酒くらい奢ってくれるしな」
ユーレッドの金銭感覚は、正直、まともとは言い難い。
正直、金に対して彼は執着が薄すぎる。大金を使うのも厭わないが、目の色を変えて求めることもない。
もっとも、スワロをメンテナンスするために、それなりのまとまった金を必要としている彼は、そこで自制が効いているところはある。
そして、そのスワロ本人から監視されているので、例えば賭け事で全財産突っ込むなどの破滅的な行動を起こさずに済んでいる。つまり、スワロがいなければ、ユーレッドの金銭感覚では何をしでかすかわからないようなものだ。
そんな彼が貴重な星を、ろくでもない遊び仲間にホイホイあげてしまうのはスワロは正直快く思っていないようで、話を聞きながら不機嫌な様子だ。
「まあしかし、本当に金がいる時は、換金しないでもないんだぜ。そういう札屋がいるからな。俺の使っている札屋は、同業者の獄卒だからそんなに高額のやり取りにはならねえがな。同業のやつだと、どうしても互助会価格になるんだよな」
「でも、安く買える方が良いんですよね。互助会価格じゃないブローカーのひとは勝ち目ないんじゃないです?」
「世の中そんな簡単にできていねえよ」
ユーレッドは、チャーシューを口に放り込んだ。
「互助会なやつらは、そんなに大量に星を流さねえんだ。まああと、仕入れ先が限られてるからな。綺麗に洗浄された星ってことで信頼性が高い。となると、末端まで行き渡らねえ。そこから、買えるやつもコネがなくちゃならねえ」
「あーそうか。儲かるっていうのに、互助会価格で流してくれるひと、そんなにいないですよね」
獄卒は、その性質上、経済的には困窮していることが多い。そもそもが結構な犯罪者で、極刑や長期刑を免れるために、獄卒になるための改造を受けたものたちなのだ。その生活態度は、かなり劣悪であり、金銭感覚もまともではない。
「ただ、札屋は本当によっぽど選別しねえと危なっかしいんだ。ヤクザもんとの繋がりがあるからな。だから、おれは売るとしても、互助会連中にしか流さねえのよ」
「なるほど。本当に反社の方が関わってるんですね」
「ああ。しかし、あいつらは俺たちとちがって、扱いが一般市民だからな。獄卒の俺たちは逆に手出しができねえわけ」
ユーレッドは、水を飲んでナプキンで口元を拭う。
「俺のような身分だと、用心棒のクチもあるんだが、獄卒が極道に関わるとロクなことねえからな。なにかやらかして捕まったら、こっちの罰則がやべえ。弁明不能で一発でコキュートス送りだな」
ユーレッドが口を歪めてニヤリとする。
「へえ。ユーレッドさんもそんなに気をつけてるんですか。んでも、さっきの人たち、そんなブローカー絡みでなんの揉め事だったんだろう」
ユーレッドが嫌がるくらいの組織との揉め事。獄卒管理課の獄吏のタイロは、ユーレッドと違って、万が一にもその後始末をしなければならないかもしれない。そうなると怖いなあと思う。
「星の読み取りができなかったんだとよ。お前が休憩に入るまでに、その辺の獄卒捕まえて事情聞いておいたんだが」
とユーレッドは言った。
「さっきも言ったが、互助会の星がありがたがられるのは信頼性が強いからだ。たまにああいう偽物をつかまされるやつが出る。いざ、読み取りって段になって、紛い物だと気づくのよ」
「読み取りできなかったんですか?」
「そうらしいぞ。あいつらも客商売だから、最近は精度が高いモンを出してきてるはずなんだが。なにせ、奴らの話だと急にできなくなって、それで斡旋したやつに絡んで殴り合いになっていたようだ」
「読み取り……」
ふと、タイロが唸った。
「あれっ、なんか、ちょっと気になることがー……」
「気になること?」
ユーレッドが眉根をひそめた。
「いや、その、夏休み入って、業務に携わってましたら、見慣れない部品がスキャナーに取り付けられてたんですよ」
タイロはそう話始めだ。
「それで、なんだこれ、ってなりまして、業者に聞いても知らないっていうし。でも、大体、メンテは俺の仕事なんですよね。俺の知らない部品なんてあるわけないはず。んで、これは獄卒さんのイタズラかと思って、取り外しちゃったんです」
ぱたん、と最後の麺を掴もうとしたユーレッドが、そのまま箸をとり落とす。
「あれ、俺何かやっちゃいました?」
「お前はなー……」
ユーレッドは頭を抱えつつため息をついた。
「なんでそういう厄介なところにピンポイントで気づいちまうんだ」
「えっ、えー? なんです?」
タイロは訳がわからないと言いたげだ。
「その部品、おそらく、お前の先輩の取り付けたモンだぞ」
「えー? な、なんで?」
「なんでって、俺がききたいね。普通に考えりゃあ、お前の先輩が、良からぬところとつながりがあるんだと思うぞ。偽の識別票でも読み取れるような装置なんだろ」
「えっ、えー! 聞いてないです」
「そりゃあ、お前みたいな下っ端に言うわけがねえ。新米は無駄に正義感の強いヤツがいるからな。お前だって現にそうだろ」
ユーレッドが呆れた口調になった。
「休暇前に取り外すつもりだったか、お前にはどうせ見つからねえと舐めてかかっていたのかしらねえが、とんだドジを踏みやがる。連中の星が読み取れなかったのは、そのせいだな」
「えっ、俺が犯人ですー?」
タイロがちょっと呆然としつつ、ユーレッドに恐る恐る尋ねた。
「えっ、それ、まずいんですか」
「まぁな」
ユーレッドは否定しない。渋い顔をしている。
「仮にも連中の顔に泥塗った形になってるからな。どうせ、先輩はお前の暴走ってことにするだろうし」
「そんなー。俺、巻き込まれただけですよー」
と、その時、
「はい。杏仁豆腐お待ち」
その微妙な空気の中に、おばちゃんがデザートの杏仁豆腐が運んでくれた。
「わー、美味しそう! ありがとうございますー!」
タイロはまだ事の重大さがわからないので、杏仁豆腐の方に気を取られているようだ。
「デザートきちゃった。まだラーメン食べ切ってないのにー。これは、麺が伸びる前に食べなきゃですね」
タイロが慌ててラーメンをかき込む。
「お前はのんきだなあ。まあいい。腹一杯食っていいぞ。本当、いい性格してるぜ」
ユーレッドは呆れたらしく、ため息をついた。そんな主人にスワロが珍しく同意したように、きゅきゅっと鳴く。
「しかし、逆恨みされなきゃあいいんだが……」
ユーレッドが、ふと眉根を寄せ顎を撫でた。




