第四話
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「うわー、あついー」
帰り道、タイロは早々に溶けそうになっていた。アスファルトの道路の上は、灼熱の世界だ。こころなしか、陽炎まで見えている。
ハローグローブにおいて、気候は管理されたもので、ある程度は人工的なものだとタイロは聞いていた。
一般人にまでは、そのあたりの情報は降りてこないから「そうらしい」くらいのものだ。
それにつけても異常気象は起こりうる。どうやら完全な管理下にはないようで、豪雨の災害も起こることはあった。
その不完全な管理は、気温にもいえる。
どういうことかわからないが、ここでの気候や四季は完全な作り物でもないらしい。
夏は暑いし、冬は寒い。そして、その気温も人間の生きていける程度のものではあるが、特に暑い日もあれば、特に寒い日もある。
年によって猛暑の夏もあるのである。そして、今年は暑い。
中華料理店から管理局に帰る道すがら、タイロとユーレッドは真夏の暑さにさらされていた。
この周辺は地下道がない。地下道さえあれば、涼しい中移動できるのにと思った。
シャロゥグの地区でも中央の方は、周辺に地下道が完備されているのだが、獄卒管理課は獄卒街に程近いため、都市の中心からすこし外れている。
「ユーレッドさん、暑くありません?」
「うるせえな。そう言われると暑くなるだろ」
真夏にジャケットを着るのは本当は暑いということを暴露したユーレッドだった。
一見、いつも通りの涼しげで、少し気怠い雰囲気だが、その顔色をうかがうと、確かに本当は暑いらしいのがわかる。
いつも青白い顔で気怠い雰囲気の彼だが、今日はよく見ると血色が良い。彼の場合の『血色が良い』は、他の人の『暑くて顔が真っ赤』と同じなのだ。
涼しげな顔をしているのはただの痩せ我慢だとわかったあとでは、「ユーレッドさんも涙ぐましい努力をしているんだなあ」と感心するタイロだった。
ユーレッドだってこれで、格好をつけるための努力は相当しているのだった。格好つけるのも楽ではない。
なんだか可哀想になってきたので、タイロは暑さには触れないことにして、他の話題に変えることにした。
「でも、こうしているあいだに、あっつい夏も過ぎちゃうんですねえ。なんか楽しいことしたいなあ」
「んー、なんだ。お前だって交代で夏休み取るんだろ?」
ユーレッドが目を瞬かせる。
タイロは頭の上に降りてきたスワロに手を伸ばす。スワロの表面はまだひんやり冷たい。
「そうなんですけど、ヤスミちゃんと予定も合わないし、他の友達も休み合わなくて、特に予定ないんですよー」
「そりゃ残念だな」
そういうタイロの視線の先に、ビニールバッグを持ったカップルが現れた。
シャロゥグは居住区内に海がないし、川も綺麗ではないが、リゾートプールの施設がいくつもある。
彼らとて暑そうだが、楽しそうだった。暑さをものともせず、話している。
それに比べて自分は——。
先ほどのユーレッドの力の影響で、少しはおとなしくなっているだろうが、それでも楽しくもなんともない、むさ苦しい獄卒達で満載の部屋に戻らなければならないタイロだ。
なんだか絶望的な気持ちになる。
「いいなあ、せめて、泳ぎに行きたーい。海が見たいなあ」
「お? なんだ、お前。海にでも行きたいのか?」
ユーレッドが、ほんの少しネクタイを緩めながら尋ねてきた。流石に暑いのを誤魔化しきれなくなってきたようだ。
「そりゃー、行きたい気持ちはありますよう。でも、シャロゥグだと安全な海にいくのって大変でしょー。海水浴場は別の管区にあるから、申請も必要だし」
タイロは、スワロを見上げるようにして、
「海は一般市民の憧れなんですからー。せめてプールでも良いから行きたいな」
「なあんだ。そうか。そんなに海に行きたいもんなのか」
ユーレッドは顎を撫でつつ、そんなことで良いのか、という顔をした。
「言えばはやくに連れて行ってやったのに」
ユーレッドはこともなげに言う。
「そろそろクラゲが出てくる頃だが、場所を選べばなんとかなりそうだ。バーベキュー兼ねてお前の休みに連れて行ってやろうか」
「えっ、でもご迷惑では?」
「おいおい、水臭えなあ。俺とお前の仲だろうが。遠慮すんな」
驚くタイロにユーレッドはにやりとした。
「いいんですかあ!」
「いいともいいとも。俺も海は好きだぜ。昔からよく行ってる」
「それは楽しみです! どこの管区が良いです? サーフィンで有名なとことか?」
タイロは、楽しそうにいいながら気づいたように、
「あっ、でも管区外渡航は申請いりますもんね。ユーレッドさんは獄卒だから特に。それじゃ、俺、戻ったら早速申請の手続きをして……」
「何言ってんだ? 申請は要らねえだろ」
ユーレッドがきょとんとする。
「海はここにもあるだろうが」
ユーレッドが、当然のような顔でろくでもないことをいう。
「えっ?」
「荒野だよ、荒野。シャロゥグの荒野だ」
ユーレッドの瞳が一瞬怪しく輝いた。
「あそこの海はいいぜぇー。なにせ他人がいねえし、変な監視もねえ。場所によっては囚人がいるからクラゲも食い尽くされてるし、水は透明で青い。浜辺は綺麗なプライベートビーチ。完璧だろ」
えっ、この人何言ってんの?
そんな顔をするタイロに、ユーレッドは妙に満足げな目をする。
「荒野の海に連れていってやるってことよ。まあちょっくら囚人は出るが、危険はバカンスにおいては良いスパイスだよなあ」
と、ユーレッドは青ざめるタイロをチラッと見て目を細めてニヤリとした。
「あー、そんな面しなくていいぞ。やべえのがきたら、俺がなんとかしてやる」
「それ、いつもの囚人狩りとなんら変わりないですよね! バーベキューついてるだけで!」
「ははっ、完璧じゃねえか。マジで楽しみだ。よし、決まったぞー」
「えー、俺、返事してないですようー」
タイロは慌てて抗議するが、とはいえ、ユーレッドが一緒なので、危険があってもなんとかはなりそうだ。海は行きたいし、興味もある。バーベキューで肉も食べたい。それもまあ良いかと一瞬考えてしまう。
(いやいや、なんか誤魔化されている気もするけどっ! 海は行きたい)
ユーレッドは、サングラスのレンズ越しにそれを確認してニヤリとした。
「ほーら、お前も本気で嫌じゃあねえんだろ」
「まあ、多少は、気になるんですけどー。でもなあ、荒野は危ないからなあ」
ボソボソ言ってみる。このままでは、荒野に連れていかれそうだ。何か対案も出さないと。
ふと一つ思いついて、タイロは顔を上げた。
「あ、そうだ。実はナイトプールとか、そういうオシャレなとこも行きたいなーとか思っていたんです。いったことないですしー、あれ、楽しそうじゃないですか。大人っぽくて。どうでしょう?」
ユーレッドは左手を振る。
「よせよせ。チャラいだけだぞ、あんなところ。第一、男二人で行って何が面白えんだ。俺とお前で娘っ子でもナンパするつもりかよ? ありえねえだろ」
「うーん、正論すぎる」
ユーレッドはこれでとても硬派で意外とそこはお堅い人だ。タイロは幼馴染のジャスミン一筋……(のつもり)だし、ナンパができるタイプでもない。それにそういう行動をすると、いま頭の上に乗っているスワロに、ガチめの説教をされるのが目に見えている。
タイロはあまり派手な若者ではないから、ダンスクラブなども行かない方なのだ。そういわれると、年相応のちょっとした憧れだけで言ってみたまでで、別に深く考えたわけでもない。
しょぼんとしたタイロに、ユーレッドがちょっとにやりとする。
「まあしかし、海とは別に、プールサイドの見えるビアガーデンくらいは連れていってやっても良いぞ。水辺が見えるのは涼しげだからな」
「えっ、本当ですか?」
「おうよ。まあ、お前のいう映えとかいう感じとはちょっと違うと思うが、普通にビールがうまいところだぜ」
言われてみれば、ご飯とビールが美味しいのが一番だ。タイロが目に見えて明るくなる。
「それは嬉しいです。いつ行きます?」
「お前が休みに入る前の夜があるだろ? お疲れ様ってことで、俺が奢ってやっても良いぜ」
「本当ですかあー! へへー、それは仕事頑張れそうです! 楽しみにしていますね!」
「ああ。でも、その代わり、ちょっとそれまで身辺には気ィつけろよ」
浮かれるタイロに、ユーレッドがすこしだけ釘を刺すように言った。
「おれもなるべく気をつけているが、なにせ、お前は、逆恨み買うかもしれねえことになってんだからな」
「だいじょーぶです! 忙しいし、ほとんど日中は管理課の中にいますし! 家に帰る時も寂しい道はあまりないですしね。忙しくて管理課の宿直室で泊まりがけのこともあるんですから」
「んー、まあそれもそうか」
ユーレッドは、ふむ、とうなる。
「流石のやつらも役所の中で揉めごとは起こさねえだろうからな。でも、気をつけるんだぜ」
「はい! 楽しい休みが目の前に控えてるんですから、邪魔されたくないですもんねっ!」
タイロは明るく答え、頭のスワロを両手で抱えて下ろしてきた。まだちょっとひんやりしている。
どうやら、携帯クーラーがわりに使われていることを知ったスワロが、きゅきゅっと抗議の声をあげた。




