第二話
「もうっ、本当に! 本当に大変だったんですからねーっっ!」
タイロはラーメンを食べながら、思わず愚痴っていた。
「みんな、夏休みでバカンス楽しんでるのに、俺だけひどくないですか?」
エアコンの効いた町中華の中。昼飯時がズレて人はまばらになっている。
獄卒管理課の建物から近いここは、半ばスラム化している獄卒街からも遠くはないのだが、ビジネス街の真ん中なので比較的安全な店だ。稀に獄卒も来るが、ビジネスマンが主な客層である。それにここにくる獄卒は、彼等の中では表向きおとなしい良識派が多いから揉めることはほぼない。
昼の時間は流石に混んでいるが、それさえ外せば比較的ゆったりしている。
行列のできるような店で待って食べるほど、気の長くないユーレッドと来るにはちょうど良いし、またまったり雑談しても許される。
タイロのような公務員がいてもよいし、ユーレッドのような訳ありの獄卒がいても、さほど違和感もない。
しかも、美味しいので、タイロとユーレッドの行きつけになっていた。
食事中、スワロは二人の間の机の上にいて、かわるがわる二人を見ている。
今時珍しくキンキンに冷えた店内は、暑い夏でも熱々の美味しいご飯を食べるにはちょうど良い。
とはいえ、流石にラーメンを食べ始めると、暑くなって汗だくになりつつあるタイロは、冷やし中華にすればよかったかな、と少し後悔しつつあった。
(まあ、無性に温かいラーメンが食べたかったんだけどねえ)
タイロは、向かいでラーメンをすするユーレッドに目を向けた。その顔は涼しげに見える。
「ねえ、ユーレッドさん」
「あん?」
ユーレッドが声をかけられてきょとんとした。
「ユーレッドさんは、それ、暑くないんですか?」
「それってなんだよ?」
「だから、ジャケット」
ユーレッドは、夏も冬も基本ジャケットスーツに身を包んでいる。開襟シャツを着ていることもあるが、これでビシッとネクタイも締めている。
彼のこれは特注の戦闘服で、見た目以上に動きやすく設計されていて耐久性もある。
色やデザインがちょっとカタギに見えないだけで、服装自体はちゃんとしているのだ。
「そんなもん、暑いに決まってんだろ」
ユーレッドが当然のように言った。
「一応、夏服と冬服なんかは分けているが、だからって涼しくはならねえよ。俺は体質的なもんで寒いのは氷点下でもさほど辛くはないが、暑いのはあんまり得意じゃねえんだ」
「それならTシャツとかのが良くないですか?」
「ふん、そんなスタイルで戦いに出るなんざあ、素人にも程がある」
ユーレッドはむっつりとした。
「軍人でも、野戦の時は砂漠でも長袖だろうがよ。あれと同じだ。できれば衣服は長い方がいいんだよ。汚泥をかぶることもあるからな」
「そういうもんなんですか」
「ああ。俺のスーツには汚泥対策のコーティングがしてあるから、汚れも付着しねえ。軍隊の戦闘服を模したもんもあるが……」
それに、と彼は付け加える。
「まあ、俺は、あのだっせぇタクティカルスーツなんざ、着る気にはならねえがな」
きゅー、とスワロが反応する。
またご主人が何か言ってる、と言わんばかりの視線を送っている。
ダサいといっていたが、今のユーレッドの服装はダサいを超えて悪趣味だ。
いっそ、反社の方みたいだ、とタイロだって思う。そばにいるスワロは、もっと思うところがあるらしい。
「あと、俺は右肩がほとんどねえからな。服がずれやすくて脱げちまうことがあるから、こういうパッドなんかの入れやすい、キッチリした服のが着やすいんだ」
ユーレッドはそういう。ユーレッドの右腕は肩先から欠損しているが、義手はあまりつけない。右の神経部分に問題がある彼は、調子の悪い時は義手の神経接続が障るらしく、必要時以外は装着しないことが多い。
それだけに着るものには工夫をしているようだ。
「まあ、それよりも、さっきも言ったがダセエ戦闘服なんてまっぴらごめんだからなあ。多少暑くてもこっちのが洒落ているだろう?」
なんとなく誇らしげなユーレッド。
その白いジャケットは、よく見ると無地ではなく模様が織り込まれている。柄自体は上品ではあるのだが、ますますもっていかつい。
「これなんかは夏用だからな。暑いとはいえ、夏っぽい模様もあるし、比較的快適だ」
スワロが、表情をくしゃっと歪めた気配があった。モノアイのロボットであるスワロに、表情を作る機能も機構もないけれど、なんとなくその感情はわかることがある。
スワロはこのご主人のファッションセンスに、つねづね閉口してドン引きしているらしい。
「うーん、なるほど」
汗をぬぐいつつ、一方のタイロは冷たい麦茶を飲んで頷いた。
「オシャレの為に、暑さを我慢できるなんて、ユーレッドさん、さすが根性ありますよね! カッコいいです」
タイロがお世辞なのか本気なのかわからないことを言う。
はぁ、何言ってる? 正気か! とばかり、スワロが、思わずタイロの顔を確認する。が、タイロの顔からはどちらかわからなかった。
計算してお世辞を言うこともあるタイロだが、意外と天然なところもあり、本気で褒めていることもあるのだ。
そんなタイロの言葉に、ユーレッドは満足げである。
「そうだろう!」
ふふふ、とユーレッドが含み笑いをする。ユーレッドは褒められるのが好きなのだ。
「まあ、暑いちゃあ暑いが、気合いでなんとかなるってもんよ」
「気合いで着ているなんて、さすがですよー。伊達男って感じがしますよね」
「おいおい、褒めても何もでないぞー」
ユーレッドが明らかに上機嫌になった。これは、パフェのひとつやふたつ、笑顔で奢りそうである。すでに杏仁豆腐を頼んでいるのに。
「それに比べてなー」
タイロは、むーと眉根をひそめた。
「うちの上司や先輩たちは本当にひどい。本当、新米の俺だけおいてくなんて、相変わらず人でなしすぎるー。漢気とかの前に、人として終わってますよ!」
ついつい思い出しむかつきしてしまうタイロだ。麺を口に運んでみる。むかついても、ここのラーメンはちゃんと美味しいのが救いである。
「お前の部署が人でなしなのは今に始まったことじゃねえだろ?」
ユーレッドの冷静な一言が突き刺さる。
「うー、そうなんですけどねー」
ずるる、とラーメンを啜る。
ユーレッドはニヤつきつつ、
「大体、さっさと俺を呼ばねえからだぜ? あの外道どもに絡まれたら即呼べって言ってあるだろ?」
「だって、ユーレッドさんばかり頼っちゃダメかなあって」
確かにユーレッドを呼べば、ことは一瞬で済んだろう。ユーレッドの実力行使は、力こそが正義である獄卒社会ではことさら効果がある。
「うーん、なんとかなると思ったんですが、見立てが甘かったかなあ」
「甘い甘い。海千山千のあいつらを、新米の小僧のお前がひとりで相手をするなんざあ、無理ってもんだぜ」
ユーレッドは少しだけ真面目な顔をした。
「お前の手助けをするのは、俺の任務でもあるんだぜ。遠慮なく頼れよ。それ込みでお前は俺の"担当"をしているんだからよ」
「でもなぁー、だって、先輩にあまり頼りすぎだって言われるから」
「言わせておきゃいーじゃねえか。あいつらだって、馴染みの獄卒に金渡してなんとかしてもらってんだからよ。あいつら、裏では本当ひでぇもんだぞ」
ユーレッドがニヤニヤしている。
獄卒管理課の獄吏と獄卒の癒着は、よくある話で珍しくなかった。
ただ、タイロとユーレッドの関係は、単なる癒着ではない。
ひょんなことでユーレッドからの信頼を得たタイロは、強かかつ危なっかしいユーレッドという危険人物を手懐けておくために、獄卒管理課で、特別に彼の担当をすることになった。他の業務より最優先で、彼の監視と更生のための必要な処置を行うのが任務、となっていた。
その方が、この扱いづらい古参の問題児のエースを飼う上で、課長たち上の人間もありがたいらしい。
とはいえ、それは表向きの話。
実際は獄卒管理課よりもっと上、管理局の上層部からの命令でユーレッドの方が、タイロ付きになっていて、ユーレッドには彼の保護と護衛任務が下されている。
ユーレッドは獄卒であるが、その実、混み合った深い事情で管理局上層部と関わりがあるのだ。もっとも、本人は、上層部をかなり嫌っているようではあるけれど、対象がタイロなので引き受けてくれているらしい。
それを自然な形で処理するのに、タイロがユーレッドの担当獄吏として、彼の監視に当たっている体をとっていた。
一方、タイロも守られるだけではなく、タイロの体質からくる能力はユーレッドにも大きな恩恵のあることであり、上の方では二人が組むことでの相乗効果を期待している。
多少、歪んだ形ではあるが、二人はある種のバディを組まされていると言って良かった。
だからこその、ユーレッドの発言だ。タイロを手伝うことは、ユーレッド的にも仕事の一部。だから遠慮するなと言うことである。
しかし、タイロ的には荒事を伴うことなら良いとしても、管理課内部のことに巻き込むのは忍びない気もしていた。
それに。
「んでも、ユーレッドさんに、獄卒さんたちの列の整理とか頼んだ日には、下手したら屍が量産されてしまいませんか?」
ユーレッドが問題児なのは、それはそれで別問題だ。
「おいおい、俺のことをなんだとおもってやがる」
ユーレッドは心外だと言う顔をした。
「いくらなんでも、獄卒管理課の建物で切った張ったするわけねえ。そのくらいの分別はあるぞ」
「本当かなあ。だって、獄卒さんたちみてたらイライラするとかいうから」
「そりゃあ、本能的にそう仕込まれてるんだから、仕方ねえことだろ? ……んまぁ、でもよ、そういうことをやるなら」
ユーレッドが一瞬剣呑な目つきになった。
「後で、路地裏に呼び出して、個別に話し合いした時の話だよな」
「それが困るんですー!」
タイロが軽く睨む。
「ははっ、冗談に決まってんだろ」
ユーレッドは、冗談と楽しげに笑っているが、本気かもしれないので、安心できなかった。
「まあ、でもよ、その独り立ちしようという気概は立派だぜ。男になってきたなー、タイロ」
ユーレッドが、ちょっと真面目にタイロを褒める。
「ひよっこだと思っていたお前の成長が、感じられてしみじみするぜ」
勝手に保護者ヅラをしているユーレッドは、本当に感心しているようだ。
「やだなあ、恥ずかしいですよ。あとそれ言われると今後頼りづらいー」
タイロも悪い気はしない。
「しかし、相手と状況の判断はまだひょっこだぜ?」
そんなところで、ユーレッドが肩をすくめて言った。
「今日のはもっと早く俺を呼ぶべきだったぜ。ありゃあ、ブローカー絡みの揉め事だろ? そいつは、お前にゃあ、荷が重すぎる」
「ブローカー?」
きょとん、と首を傾げたタイロ。
「なんですそれ?」
声をひそめて尋ねると、ユーレッドがやや渋めの顔になっていた。口の端に歪んだ笑みを浮かべて、ユーレッドは言った。
「札屋がどうとか揉めていたろう? あいつら、星の売り買いをしている」




