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U-RED in THE HELL —プリズナー・ハンター—  作者: 渡来亜輝彦
遅れてきた夏休み

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16/19

第一話

 夏。

 夏といえば休みだ。

 夏休み。


 夏。

 休み。

 バカンス。リゾート。

 サマーバケーション。

 

 なんて甘美な響きだろう。夏は大人だって休んでいい。だって、こんなに魅力的じゃないか。


 そう、世間は夏休み。


 な、つ、や、す、み!

 

 もうすぐ、俺も、夏休みっ!


 エアコンが入っているのに暑苦しい室内。罵声飛び交う空間。

 タイロは、そんな中、呪文のように心の中でそれを唱えていた。


(やだー! 俺も休みたいようーー!)


 世間では夏休みに入っている。


 *


 ハローグローブにも夏休みというのはあった。タイロは詳しく知らないが、元々は宗教的な儀式が元であるらしい。

 ハローグローブでは、宗教的なものは推奨されないが、まったく禁止されているわけではないから、お盆という儀式があって、先祖のお祭りをする。

 それで、かつてはその周辺に休みがあったというのは、タイロもユーレッドあたりから聞いている。

 ユーレッドは、あれで昔のことに詳しいのだ。

(いいなあ、夏休みかあ)

 タイロたち、管理局職員には夏休みはある。警察機構やそれに準じる機関、銀行などの金融機関などにはないが、ギリギリ、タイロの属している獄卒管理課のしがない公務員である獄吏には、ちゃんと夏休みがあるのだった。

 それなのだが。

「てめえ、今、なんつったあ!」

「あぁ? 殺すぞ!」

「やめてくださいよー! マイナス点つきますよー!」

 肝心の獄卒の方に、夏休みはない。

 寧ろ、稼ぎどきであることも多い。

 特にこの夏は、気候の問題かなんなのか、囚人が荒野に湧きまくって彼らも動員されていた。幸い、そんなに強いものがいなくて、囚人を狩ることで日々の生活の糧を得られた上、社会的地位も向上し得るという獄卒にとっては、思わぬ夏のボーナスになったはずだ。

 が、仕留めた囚人の識別票の集計は、主に獄卒管理課やその支部で行われる。それをしないと換金できない。

 ユーレッドの話によれば、小さな支部には、古の強者の監督官がいることもあるらしい。怖いもの知らずの獄卒も、自分達を力でねじ伏せられる可能性のある詰め所は避けるという。

 ということで、実は獄卒管理課本体がもっともゆるいのだそうで、意外とこういう時に獄卒管理課の窓口は混み合う。

(大型の討伐イベントが終わると、いつもこうなんだけど)

 囚人が湧くのを、まるでゲームの季節イベントのように感じつつ、タイロは目の前の惨状に目を覆いたくなっていた。

(今日は夏休みで、怖い先輩たちもいないんだよなあ)

 そう、先輩たちが夏休みを取ったので、タイロは働かなければならない。一応交代制のはずだが、こうも忙しくてはちゃんと休みをもらえるかどうかも不安だ。

 そして、この惨状だ。

 スキャナーを使う順番を待つ間、タイロは混乱のないように案内する係だが、そこは獄卒。 

 こういう場所で顔を合わせると、何かと揉め事が発生するのだ。

 やれ押しただの、やれ手順が悪いだの、元からの因縁もあって、喧嘩が発生する。

 実質、極刑同然のコキュートス送りもあるマイナス評点をつけられる獄卒管理課の獄吏を前に、好き勝手できる度胸というか、後先の考えなさは流石だが、獄吏の側も手続きが面倒だから目の前の揉め事は無視しがちではあった。

 獄卒の武器の携帯は認められているが入口で没収なので、刃傷沙汰になることもない。なのでよほどエスカレートして管理局側に被害がなさそうなら、獄吏も放置気味である。

 それでも普段は手慣れた海千山千の獄吏たちが詰めており、あの手この手で宥めてしまう。彼等は獄卒との裏の繋がりも強く、有力な獄卒に仲裁を頼んだり、金や評点の力でなんとかすることもできるのだ。

 コンプライアンス的にはグレーだが、獄卒を扱う獄卒管理課に綺麗事は通じないので、ある程度は黙認されている。

 しかし、今日はそんなグレーな先輩も『夏休み』でおらず、タイロは一人置いて行かれてしまったのだった。

 そこで、発生した獄卒同士の争いだ。

「てめえの紹介した札屋はどうなってんだよ! 話が違うじゃねえか!」

「知らねえよ! ハズレつかまされたのは、てめーがアホだったからだろ!」

 掴み合いの喧嘩に発展しつつある獄卒二人。

 それぞれ大柄で凶悪な人相をしていた。獄卒には珍しいことではないが、元々、重たい罪を犯して獄卒に堕ちてきた連中なのだろう。

 しかし、タイロも新米ながらも仕事に慣れてきていたから、彼等の強面にも慣れてきた。乱暴で凶悪な獄卒といえど、公務員である獄吏のタイロにそうそう危害を加えないのもわかっている。タイロを傷つけるとマイナス評点が一際大きい。彼等にとっても破滅を意味するのである。

 ただ、それということを聞いてくれるかは、また別の問題だ。

「やめてくださいよー。待ち時間が余計に発生して」

 揉めている二人のせいで、スキャンが行えない。機械の前を占拠して掴み合っているからだ。このままでは、待機列の獄卒達も喧嘩を始めそうだ。すでにヤジが飛んでいる。

(どうしようー。大丈夫と思っていたけど、俺だけじゃ無理かもー)

 タイロが助けの連絡をとろうか考え始めた時、ふと、居並ぶ獄卒を押し除けるようにして、背の高い男が楽しげに室内に入ってきた。

 待機列の獄卒の何人かがざわっとしたようだ。

「おい、休み返上だってなあ」

 その男は居並ぶ獄卒を完全に無視し、タイロに声をかけてきた。

「かわいそうなので、俺が陣中見舞いに……」

 ぴぴっ、と電子音が鳴って赤くて丸い小さなロボットが、彼の肩から浮かび上がった。ご主人より先に、この室内のカオスさ加減に気づいたらしい。

「あっ、ユーレッドさん! スワロさん!」

 タイロが声を上げると、スワロの方が何事かといわんばかりにきゅきゅっと鳴いた。

「あー……」

 男の方が気怠く唸った。

「なんだ、暑苦しいことになってんなあ。正気の沙汰じゃねえ」

 そう言って、すたすた入ってきたのは、夏だというのに黒い襟に白いジャケットが目立つユーレッドだった。

 例によってピンクがかったサングラスをかけ、赤いシャツにカラフルなゾウリムシみたいなペイズリー柄のネクタイを締めた姿。

 なかなか特異なファッションセンスだが、個性豊かな獄卒達の中にあっては、そこまで不自然でもないのが困りものである。

 流石のユーレッドもここに来る時は帯刀していない。他人に武器を触られるのが嫌なユーレッドは、刀を外に待たせたスワロに渡すこともあるが、スキャナを使う場合などスワロが必要なこともある。大人しく受付で預けてきたらしい。

 ユーレッドは、今ではちょいちょいタイロをからかいに獄卒管理課に顔を出すようになった。

 スワロがタイロの肩の上に乗る。くだんの獄卒たちはこの乱入者に気づいていないらしく、いよいよ殴り合いに入ろうと押し合っている。近くの書類が床に落ちた。

 きゅきゅー、とスワロがご愁傷様といわんばかりに声をかけてきた。

「やれやれ。まったく、ここに来りゃあ少しは涼めるかと思ったのに」

 ユーレッドはそう吐き捨てると、持っていたビニール袋を無言でタイロに押し付ける。陣中見舞いといった通り、タイロが好きそうなお菓子や飲み物のペットボトルが入っていた。

「あ、あのっ、ちょっと」

 ユーレッドはそのままズカズカと部屋の奥に進んだ。左手をポケットに突っ込んだまま、二人が争うカウンターの方に近づく。

 ちょうど揉み合いになりかけている獄卒たちが迫るが、ユーレッドは構わず進み、そのまま二人にぶつかった。

 突然、横から力を加えられて獄卒の二人が吹っ飛んだ。

「て、てめえっ!」

 起き上がりざま、獄卒が今にも噛み付かん顔でユーレッドを見上げた。

「なんだ、わざとか!」

「あ゛ぁん? わざと?」

 ユーレッドはガラの悪い返しをしたあと、ちょっと調子を変えてわざとらしく謝った。

「あーあ、悪い悪い。見えなかったもんでな」

 ユーレッドは、涼しげにカウンターにもたれかかった。

「そんなところにいるとは思わなかったんだ。勘が悪いんでなァ。許せよ」

「順番ぬかしやがって! 抜け駆けかてめえ」

 獄卒の一人がそう指摘した。後ろに待っている獄卒もたくさんいる。それを押しのけての横入りの不正を指摘し、味方を増やそうとしているらしい。

 しかし、待機列の獄卒達のいくらかは及び腰だ。

 ユーレッドは、このシャロゥグ地区にいる獄卒の中ではある種の有名人である。

 囚人ハンティングの成績がエースであることもさることながら、喧嘩っ早くて獄卒相手に絡んでいることでも有名なのだ。

 もちろん、獄卒同士の同士討ちは処罰対象だが、ユーレッドはうまく相手に先に手を出させて正当防衛に持っていくので、大した痛手にはなっていないのだ。

「順番だァ? なんの順番? 星のスキャナを使う順番か?」

 ユーレッドは、そう重ねるように問いかけて、

「ちッ、こすっからいなあ、おい」

 あからさまに彼等を見下しつつ、ユーレッドは言った。

「俺はてめえらクズどもと違って、星の登録なんざあ、混雑している時にちまちまやらねえんだ。俺くらいになりゃあ、まとめてやるんだよ、まとめて!」

 ユーレッドはエースの貫禄を見せつつ、ふと冷静になって言った。

「今日は別の届出をするのにカウンターに寄ったまで。それを道を塞いでいたてめえらが邪魔だったので、足がからんじまった……とこういう」

ユーレッドは唇を歪めつつ、

「てめえらよりちょっと足が長いんでな。年なんで、もつれやすいんだよ。ロートルなんでなあ」

 絶対に、本人以外が口にすると許されないことをいいつつ、ユーレッドはやや煽るようにサングラスを外して胸ポケットに入れた。

「で? 謝った俺に対して、お前らはどうするんだよ?」

 そういって口の端を歪めるユーレッド。言葉は静かだが、完全に獄卒二人を威圧している。

 色眼鏡で抑えられていた殺気がダダ漏れになる。目を見開くようにして、まったく瞬きせず相手を見ている。

 ユーレッドは口だけ笑って言った。

「なあ、俺に謝らせておいて、てめえらはだんまりか? 道を塞いですみませんでしたとかなんとかあるだろう? なあ!」

(わー、ユーレッドさん、こっわー)

 ユーレッドを見慣れているタイロも素直にそう思う。が、タイロは、ユーレッドが本気でキレているのでないこともわかっていた。

 これは駆け引きなのだ。どれだけ相手をビビらせるかの。

「それとも、なんだ? 俺と遊んでくれるのかよ?」

 二人がぐっと詰まったが、血の気の多い彼らは今度はユーレッドの方に敵対的な感情を振り向けていた。

 このままでは終われないのだ。

「てめえ! 殺してやる!」

 そういって一人が飛びかかったのを皮切りに、もう一人も何か訳のわからないことを喚き散らして掴みかかっていく。

「あーあ、まったく」

 ユーレッドは冷静にそれを見ながら、笑みを強めた。

「管理局の建物の中で揉めたくなかったんだがな」

 心にもないことを言うと、ユーレッドはつかみかかってきた男の手を身を逸らしてかわすと、近くにあったバインダーでその男の首元を叩きつけた。倒れ込む男を蹴り倒し、もう一人の男にぶち当てると、今度はその男の胸ぐらを掴んで背負い投げの要領で投げ飛ばし、頭を踏みつける。

「制圧完了……ってな」

 バーンとバインダーを床に捨て、ユーレッドはタイロにいった。

「今のうちに警備員呼んで拘束しておけ」

「えっ、は、はいっ」

 慌ててタイロがスマートフォンを手にして、警備員に連絡する。すぐに警備員がやってきて、まだ身動きできない二人を素早く拘束した。

 ユーレッドは床に転がる二人をそのままに、タイロの方に近寄ってきた。

「あ、ユーレッドさん、ありがとうございます」

 本当は、この建物でユーレッドが暴れるのもあまりよろしくないのだが、ここは暴れる彼らの制圧に手を貸してもらったので、多分ノーカウントで良いだろう。

「はは、なんてザマだよ。休日返上だときいたから、差し入れ持ってきてやったのに」

 ユーレッドがニヤリとした。

「おい、いくぜ。休憩時間くらい取れるだろ」

「えっ、あっ、でもー」

 チラッとタイロは、獄卒の待機列を見やった。

 ユーレッドがそばで耳打ちする。

「こんなやつら、お前がいてもいなくても変わらねえよ。それに俺がお前と懇意だってわかったから、連中はちったあ大人しくするだろうよ」

 だから、と、ユーレッドはちょっと悪い笑みを浮かべた。

「ちょっとフけろよ、タイロ。飯に行こうぜ。ラーメンでも奢ってやる」

「あー、またまたそんなことー」

 そうはいったが、そういえば今日は休憩なしで頑張っていた。トイレにも行きたいし、お腹も空いている。

 タイロは、チラッと獄卒の待機列を見やった。

 確かに、獄卒達は気のせいかお行儀良くなっている。ユーレッドと揉めるのを避けているのだ。

 まあ良いか。

 タイロもなんとなく、ユーレッドに影響されて、サボってもよいかなーという気持ちになっていた。


 まったく、ユーレッドは、悪いことを教えてくれるものだ。



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