第16話: ベビードラゴンとイチゴのダンス②
「そんなものは食育でもなんでもない。ただのエゴだ。マリアがしてることとは違うし、リリアがそんなふうになるなんてことは絶対ない」
昨日の夜、マリアの過去について聞いたジンは、きっぱりとそう言った。
「そのクソジジイのことで気に病んでたのか?」
ジンの言葉に小さく頷く。
「だから、その逆もできるんだって、見せたかったのかもしれない」
だから、ベビードラゴンの食育をしようと思ったのかもしれない。それは、マリアのエゴでしかないのかもしれない。
「食育なんて、本当は、やっちゃいけないのかも」
草食だろうと、肉食だろうと、食べたい物を食べるべきなのかもしれない。ベビードラゴンにしようとしているのは、マタギと所詮同じことではないのか。
ジンがマリアの頭を抱える。
「違うさ。そうしたら、あいつがこの森で生きていけると思ったんだろう? 生きていくための知恵と、強制的に覚えさせられる衝動が一緒なはずがあるものか」
ジンの腕の中が暖かい。
「まだ、気に病むなら、探し出して殺してこようか?」
半分冗談、半分本気の声でジンが言う。
「ううん。いまさら、どこにいるかなんて知りたくないし」
あの後、ルルと共に立ち去った後、マタギは二度と戻ってこなかった。
「昔は、探したこともあったんだけどね」
研究所まで出向いたこともあったが、体よく追い返された。もう、生きていないとも思っていた。
思わず俯くと、ジンがマリアの頭をよしよしと撫でてくれる。
「そんなことがあったから、コントラクターやってたんだな」
「今まで、話せなくてごめんね」
ジンが首をふる。
「過去について話しにくいのはお互いさまだ。俺は、マリアとリリアがいればそれでいい」
ふっとジンが忍び笑いを漏らす。
「なに?」
「いや、昔は手負いの猫みたいだったなって、思い出してな」
モンスターが凶暴化するといえば調べに行き、人間を襲わない場所と聞けば、モンスターたちが食育されていないか観察した。
そうやって、モンスターに詳しくなり、コントラクターとしても特異な存在になりつつあったころ、ジンに出会った。
「それは、もう忘れてよ!」
羞恥に顔が赤くなる。人が信じられなくなりそうなときもあった。ジンに食ってかかっていた、あの頃を思い出す。
ジンが首をふる。
「俺たちの出会いだ。忘れるわけないだろう」
どこか楽しげだ。ジンは、ホットココアを飲み干すと、仕事着の準備をする。
「え、これから仕事?」
「このままだと、お前が気になって仕方ないだろう? 凶暴化の件、調べてくる」
ヒメギリスがさらに高い声で鳴く。
「でも、もう遅いよ?」
「なに言ってるんだ」
黒い仕事着に身を包んだジンは、さらに深紅のマントを羽織った。
「ファントム・シーフは眠らないんだよ」
今朝起きた時には、ジンはベッドにいた。
いつ帰ってきたのかはわからないが、朝はいつも通りに起きて、リリアを見ていてくれている。
イチゴの件でご立腹だったリリアは、一晩寝て、朝思い出して泣いた後は、イチゴを食べて落ち着いた。リリアを泣き止ませたのもジンだ。
何かわかったのだろうか。リリアの前では聞けず、いつもと同じようなジンの表情からは、何かをつかんだかどうかさえも読み取れなかった。
「マリアさん、あいつ、寝ちゃいましたよ」
ヨシュアに肩をたたかれる。はっと正気づくと、ひとしきりイチゴと遊んだからか、ベビードラゴンがすやすやとお日様の当たる場所で眠っていた。
「まだ、赤ちゃんだから、寝る回数が多いのね」
「あんまり緊張感なくて、ハラハラしますけどね」
ちょっと待ってて、とヨシュアに声をかけると、大量の落ち葉にステルスをかけた。そのまま、魔法で移動させてベビードラゴンの体の上に毛布のように載せる。
「即席のベッドですね」
「寝心地がいいか、保証できないけどね」
ベビードラゴンが、もぞもぞと体を動かすと、そのまま落ち葉から這い出て、頭から突っ込みなおした。
尻尾が振り子のようにゆっくりと揺れて、パタリと動かなくなった。
「〜〜!」
その寝ぼけた仕草とキュルンとしたお尻のあまりの可愛らしさに、ヨシュアの肩をバシバシ叩いてしまう。
「みて、ヨシュア! あの尻尾と足! ヨシュア、絵描いて! あの姿、額に飾りたい!」
「マリアさん、落ち着いて! 絵なんて描いたら、マオ様たちにバレちゃいますよ!」
そうとはわかっていても、この可愛らしさを全世界に広めたい。
「こんなの見たら、絶対モンスターを倒せなくなるのに」
凶暴さだけが独り歩きしているせいか、モンスターの普段の仕草を気にする者は少ない。
「確かに、モンスターのこういう姿を見ると、普通に俺たちと一緒だなって思います」
食べたり、笑ったり、眠ったり。
「そういうふうに、みんなが思ってくれるといいんだけどね」
ベビードラゴンがもう一度起きるまでは、残っていることにした。草食系モンスターたちに食べられる心配はないだろうが、昨日のようにベビードラゴン自身がパニックになってしまう可能性もある。
「ヨシュア、戻る?」
「まさか。ジンさんにひとりでは絶対に行かせないようにって、キツく言われてるんですから!」
確かに昨日みたいにアンデスとやりあうようなことがあると、ひとりでは対応しきれない。
「でも、駐在のお仕事あるでしょう?」
「大丈夫ですよ。ガイ様も帰ってきましたしね」
ガイはマオの右腕で副村長的な存在だ。ガード、つまりヨシュアと一緒に村の治安を守っている。つい最近まで、マオ婆の代わりに周囲の村長との会合に行っていたはずだ。
「ガイ、帰ってきちゃったのかあ」
村で一番信頼されていると言ってもいい男は、村で一番マリアのことをよく思っていない。
「マリアさん、ガイ様と相性悪いですよね」
「あっちが突っかかってくるのよ」
意識していないと、眉間にシワがよりそうだ。渋い顔になってしまう。
「まあまあ。大丈夫ですよ。ガイ様はこの森には絶対に近づかないですから。バレようがないです」
ヨシュアに慰められながら、昼過ぎまで観察したその日。ベビードラゴンは2個のイチゴを自力で食べた。




