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第17話: ファントムシーフと新たな真実

「ママ、おしごと、おそいねー」


 ジンはリリアの言葉で時計を見た。確かに、夕方には帰ってくる予定だったはずだ。

 リリアはマリアのエプロンをつけて、そこらで採れた雑草や実を食べ物に見立てて、料理のものまねをしていた。ジンはなぜかお店やさんだ。家とお店がごっちゃになっているのが子どもらしくて悪くない。


 正直、自分がこんな感情を持てるようになるとは思っていなかった。感情とは盗みをする上で、人をコントロールするための道具で、何かに自分の気持ちが動かされるなど、あってはならないと思っていた。自分の感情を持てるようになったのは、リリアとマリアのおかげだ。


「少し遅くなってるんだろう。先に夕飯食べておくか?」


 本当の夕飯も仕込み済みだ。

 リリアがぷくーと頬を膨らませ、ううん、と首を横にふった。


「ママとたべるの!」


 昨日のイチゴの件は、リリアの中で消化できたらしい。今日は朝からママ、ママだ。

 少し寂しい気もしながら、リリアの頭をなでる。


「そうだな。じゃあ、先に風呂に入らないか? ママには内緒で泡飛ばしやろう」


 泡飛ばしは泡立てた石鹸の泡の一つひとつを、魔法で宙に浮かせる遊びで、物体を動かす魔法がそこまで得意でないジンでも簡単にできる。リリアのお気に入りの遊びのひとつだ。


「やる! ふわふわするー!」


 リリアが嬉しさに飛び跳ねる。ぴょんぴょんと二つに結んだおさげが揺れる様が可愛らしい。


「じゃあ、風呂の準備するから、遊んでてくれ」


 元気よく返事をするリリアの頭をなでて、ジンは風呂場へ向かう。お湯を確認しながら湯船を用意し、外に出て空を確認した。


 マリアからの救難信号はない。ということは、何か危険があって不測の事態が起きているわけではないはずだ。


 ただ、少し嫌な予感がしていた。

 昨日仕入れてきた情報を今朝伝えなかったことを少し後悔する。


 もう少し、情報を収集してから。そう考えたのは間違えだったかもしれない。

 ジンは湯船に溜まるお湯を見ながら考える。


 のんびりした生活に慣れすぎて、鈍っていた可能性はある。けれど、自分が気づかなかったことを考えると、警戒するに越したことはない。


 警戒は一歩間違えると、相手に気づかれる。近くにいる人間は知らない方が良い場合もあることを考えると、迂闊には口に出せない。何しろ、マリアは身内に甘い。


 敵は、身近にいるものだ。





 ファントム・シーフには、独自の情報網がある。ジンは引退した身とはいえ、まだその情報網に、伝手も効く顔も持っていた。


 静かに帳の落ちた闇夜。マリアの過去を聞いた夜。


 新月の暗闇に浮かぶ赤いマントに、情報屋は慄き、同業者は身を引いた。

 ジンは、足音を立てない独特の歩き方で滑るように情報屋に近づく。


「これは、これは。ファントム・シーフともあろうお方が、直にお見えですか」


 食えない顔をした情報屋が、好奇の目を隠そうともせずに訊く。ジンが目深にかぶったフードをこっそりと持ち上げた。


「すでに引退した身なんです。詮索はやめてくださいね」


 ニッコリと笑う。顔は変わっていないのに、見つけられない魔法を使っている。だから、ファントム・シーフは捕まらない。そう囁かれている噂は本質をついている。


 表情や話し方ひとつで、人に与える印象は変わる。そうやって持った印象は、あとで思い返したときの顔を変えてしまう。だから、普段の自分とは対照的な人物像を持った方がいい、というのは師匠の教えだ。


「おお。悪辣非道なお方かと思えば、そうでもないんですね。ささ。こちらへ」


 口の軽さに内心舌打ちをする。ハズレを引いたときは煙に巻いて退散すぎるに限る。


「いえ、ご主人。私は……」

「ババさま。お客さんですよ」

「わかっとる」


 情報屋が奥に声をかけると、しわがれた声を出しながら老婆が顔を出した。


 無造作に伸びて傷んだ白髪に、深く刻まれたシワ。目は見えているのかわからないほどにしか開いていない。


「すまんな。口も中身も軽いやつで」

「え? それ、俺のこと?」


 片眉を上げながら、情報屋は大げさに自分のことを指差すして驚いている。


「こんなんでも、人を見る目はあるんだ。さあ、奥へ来なさい」


 何か言い募る前に、老婆が踵を返した。情報屋がひらひらと手を振って、いってらっしゃーい、と陽気にジンを送り出す。


 事を荒立てるようなことになったら面倒だ。ジンは老婆の後に続いた。


「散らかっていてすまんな。お客さんは久々だ」


 奥の部屋は、ろうそくひとつだけが灯されている暗い場所で、無造作に置かれた書物や見たことのない人形、食べかけのリンゴやパンで埋め尽くされていた。部屋全体が、少しカビ臭い。老婆は適当に周囲のモノを退けると、二人がようやく座れるスペースに古ぼけた椅子が二つ現れた。


「さあ、座っとくれ。御用は何かな?」

「最近のモンスターの凶暴化について、知り得ることを全部教えてください」


 老婆の目がすっと細くなる。


「高くつくよ」

「モノでよければ、なんでも」


 老婆がひとつ頭を掻いた。


「この歳になったら、欲しいもんなんてないよ」

「では、換金してきます」

「いや、待ってくれ」


 老婆が手をあげてジンの発言を押し留める。


「探しモノでもいいかい?」

「それが確実にあるというものでしたら」

「わかった。じゃあ、一次情報だ」


 そう言って、老婆は傍に積まれた書類のひとつを寄越した。


「最近、裏マーケットで出てきた、モンスターの書物だよ。こいつの著者が、今回の件に関わっていると言われとる」


 サゲン・ゲンサイ。マタギの名前ではない。ずいぶんと色あせたその本は、長い年月の間、読まれずに放置されていたのだろう。


 本を開くと、著者の肖像画が描かれていた。そのほかにも挿絵付きで、さまざまな情報が書かれている。モンスターの習性。モンスターからの逃げ方。モンスターから受けた被害。


 ジンのページをめくる手が止まった。


「……」

「どうかしたか?」


 食い入るようにその挿絵、正しくは人物画を見ていたジンを老婆が訝しげに見る。


「いえ、知り合いによく似ていたものですから」


 本を閉じる。


「問題ありません。報酬はいかほどに?」

「これを探してきてくれ」


 渡されたのは一枚の紙。そこに描かれていたのは、ひとりの女性だった。


「もし、死んでいたら、何か形見のようなもんでいい」

「なぜこの人なのか聞いてもいいですか?」


 30前後だろう。髪が腰に届くほどあり、唇の下にホクロがある。


「それが、探すことに役立つかね?」

「クライアントの真の要望を理解するのも仕事ですから」


 老婆がはあっと息をついた。


「店の前に座ってる男は、私の倅の息子なんだが、息子はどうしようもないロクデナシでな。私も長くない。母親だけでも見つけておいてやりたいんだ」


 捨てられた、ということなのだろう。そうすると見つけたところで、どうしようもない可能性が高い。それをこの老婆もよくわかっているだろうに、一縷の望みは捨てきれないのか。


「わかりました。1週間後に来ます」


 奥の部屋を出ると、情報屋の男がまいどありーと陽気な声を上げた。よく見ると、声に反して目が笑っていないのがわかる。


 リリアとマリアと暮らして、ジンは人の痛みが多少はわかるようになった。静かに情報屋に頭を下げる。


 立ち去る頃には、少し空が明るみ始めていた。


 脳裏には、書物に描かれていた人物。15歳くらいだろうか。死んだような目をしていた。それが本当にそのような目だったのか、画家がわざとそうしたのか。今となってはわからない。


 ドラゴンによって失明した被害者。


 年齢も合う。容姿も似ている。ただ、今の行動との辻褄が合わない。


 辻褄が合わないことには、大抵裏がある。

 ジンの頭には、チューリップの描かれた白い眼帯が浮かんでいた。

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