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第14話: 食育の時間

※ 残酷的な描写がありますので、ご注意ください

「と、うさん?」


「すばらしいだろう。やっとここまできた。やっと、動物の肉を食べるようになったんだ」


 いつもとは違うマタギの表情。眼が輝き、手の動きに力が入っている。


「動物の、肉……」


 人間の肉ではないことにホッと息をつく。人間を襲い始めたら、問答無用で殺されかねない。


「まずは肉の味を覚えさせないといけないんだ。食育だよ。マリアもよく覚えておくといい。動物の味を覚えて、やっと準備ができたことになる」


 別人のように饒舌に喋るマタギは、生き生きとしている。けれど。


「なんの話? お仕事なの?」


 口の周りを真っ赤にしながら、肉をむさぼるルルを、なぜそんなに嬉しそうに見ているのか。


 マリアはルルがまったく違うモンスターになってしまったようで、その様子を直視できない。

 ちらりと見えたルルの瞳は、ギラギラと黒光りしていた。


「そうだな。父さんの仕事だ。ここらのモンスターは肉を食べなくてな。小さい肉片から始めて、やっと自分から動物一匹を食べるようになったんだぞ」


 マタギに頭を撫でられる。思わず頭を引いた。


「あとは、待つだけだ」

「なにを、待つの?」


 草食モンスターに肉を食べさせる意味。

 普段なら、絶対しないはずの仕草。

 マタギが、アハハハ、と高らかに笑った。


「そうか。すまん、浮かれていたな。肝心なことを話していなかった」


 マタギが腰を折って、マリアと目線を合わせた。


「肉の味を覚えたモンスターはね、マリア」


 後ろでルルが肉を貪り続けている。


「次は人間を襲うんだよ」


 さあ、っと周囲の音が消えた。


「あと一歩で殺せる。少しでも人間を襲えば、ここのモンスターたちも討伐されるぞ」


 高らかな笑い声が森に響く。


「な、んで」


 マタギの腕をひっぱる。


「なんで、そんなことするの!? 人間を襲わないモンスターなら、殺す必要はないでしょう!?」


 マタギが訝しげにこちらを見る。


「そんなにひっぱるな。モンスターを研究するためには必要なことだ。当たり前だろう」


 ルルが肉を食べ終わったのか、口の周りの血をずるりと舐めた。

 ルルが、知らないモンスターになっていく。


「研究所でも、危険性の少ない草食モンスターの研究は進んでないからな。死んだモンスターでないと調査できないことが多い。これで、大手を振って草食モンスターを解体できるぞ。父さん、出世するかもな」


 マタギの笑顔に思わず後ずさる。


「研究するために、殺すの?」


「マリア。我々、力の弱い人間が生き残っているのは、理性で戦っているからなんだよ。研究が我々を生かしてきたんだ。モンスターの弱点がわからないと、こちらがやられるばかりだからな。最近では、少しずつ進化しているような傾向も見える。対策は早めに打つべきだ」


「だから、それなら、人間を襲うモンスターだけでいいんじゃないの?」


「さっきから、なにを言ってるんだ? 今は人間を襲わなかったとしても、今後も人間を襲わないとは限らないだろう?」


 答えるマタギは笑っているはずなのに、マリアには不気味な顔にしか見えない。


「なら、早く襲わせて対策を立てた方がいい。傭兵やらコントラクターやらは、被害が出ないと動かないからな。奴らは、被害を最小に抑えることが目標なんだ。けれど、我々は違う。我々、研究者は、被害を出さないことが目標なんだよ。マリア」


 誇らしげなマタギの表情に、また後退りをしてしまう。怖い。逃げたい。耳を塞いで、全部夢だと思って寝てしまいたい。


「最小では意味がない。ゼロにしなければ」


 マタギがふらりと立ち上がる。


「マリア。よく見てごらん」


 マタギに頭をつかまれる。いつのまにか、頭を下げていたらしい。狂った父も、ルルも、見たくなかった。


「見るんだよ」


 頭が意志とは別に上がり始める。

 ルルが、血と肉を求めて、彷徨うルルが、赤々と燃える瞳でこちらを見た。


「ルル……」


 喉から漏れた名前にルルがピクリと反応する。血の沼から這い出るように、立ち上がるとぬちゃりと音がした。


 恐怖が背筋をなで、思わず喉が鳴る。

 マタギは忍び笑いを隠そうともせず、囁いた。


「マリア。これが、この卑しい姿が、本来のモンスターの姿なんだよ。君が親しんでいた面影は微塵もないだろう?」


「……うそ」


 知っていて。ルルが、マリアの仲の良いモンスターだと知っていて。


「だから、私が会ってたから、ルルを選んだの?」


「決まっているだろう? 子どもがモンスターと会っていると知ったら、どんな親でもその怖さを教えるだろう。そのモンスターに子どもが殺される前にね」


 言葉が、マタギの言葉の羅列が、マリアの脳を泳ぎ回る。


 この男は、この狂った、マリアの父親は。

 言葉が濁流となって、意味を持って、マリアを襲ってくる。


 マリアのために。

 目の前が、真っ黒になった。


 マリアの大好きな、ルルを殺すと。

 恐怖が怒りに打ち勝つ。


 声にならない叫び声をあげて、マリアはマタギに飛びかかっていた。


「バカな子だ。お前は戦闘系ではないだろう?」


 簡単に地面にねじ伏せられる。体が鉛のように重くなる。マタギの魔法だ。


 戦闘に驚いたのか、気持ちが昂っていたのか。

 ルルがこちらを向いた。


 静止したその瞳に少しずつ光が戻る。


 ルルが、牙を剥き出しにし、

「ルル! ダメ!」

 突進してきた。


「本性を表したか」

 マタギが手に魔法の力を込め、強力な一撃をルルの、お腹に押し込んだ。


 ギャンとルルが悲鳴をあげ、地面に倒れ込んだ。


「ルル!」


 マタギに抑えられ、ルルに近づくことができない。こんなに近くにいるのに、ルルを助けてあげられない。


「やめてやめてやめてやめてやめて!」

 マリアの叫びをかき消すように、マタギが声を張り上げる。


「マリア。やったぞ! 成功だ。人間を襲うようになったぞ」

「ルルは私を助けてくれようとしただけよ!」


 マタギは、マリアの声などなかったかのように高らかに笑った。


「みろ! 私たちを襲おうとしたモンスターは退治したぞ!」

 ルルの背中に向けて、魔法で覆った力をルルに何度も打ち込む。


「やめて! ルルが死んじゃう!」

「ははははは! 最高な気分だ!」


 何度も何度も。

 撃ち込まれる打撃のたびに、ルルの体がおもちゃのようにはねる。


「ルル……」


 涙に視界がゆらぐ。

 力の入らない自分の体がもどかしい。マタギの魔法さえなければ、ルルに近寄って、ルルを抱きしめてあげられるのに。


「マリア。泣くほど嬉しいか!」


 もう、ルルの瞳からはすっかり色がなくなってしまった。打撃によって体は奇怪にへこんでいて、ふさふさだったしっぽだけが、ルルの面影を残していた。


「ルル……」


 地面に顔を埋める。

 嗚咽が止まらない。涙と土の味がする。


「ふはははは! これが、これこそが、食育だ! 研究の勝利だ!」


 なにが、食育だ。

 なにが、勝利だ。


「狂ってる。あんたは、狂ってるよ!」

「なんだい、マリア。反抗期かい?」


 マタギの顔が歪み、嘲笑うように鼻を鳴らした。


「私はこの研究成果を今すぐ研究所に持って帰らないといけないからね。お前は、良い子に家に帰るんだよ」


 そう言って、押さえつけていた頭をひと撫でする。


「ルル!」

「当分帰れないかもしれないから、マオ婆によろしく言っておいてくれ」


 笑顔でマタギが手を振る。止めるマリアの声も聞かずに、マタギはルルを連れて、転送魔法陣で消えてしまった。


 魔法陣が消えるとともに、ふっと体が軽くなる。

 途端に体に疲労感が襲い、立ち上がろうとする手に力が入らない。あらがい続けていたせいか、体力も消耗していたらしい。


 ルル。


 それでも、ルルがいた場所へ、ルルが倒れていた場所へ。

 這うようにして、体を引きずっていく。


「ルル。ルル。ルル」


 マリアの涙が、地面を濡らしていく。


「ごめん、ごめんね」


 黒い毛がいくつか。血と混じって地面に散乱した、その一本いっぽんを拾う。

 ルル。


「ルル。ごめんね」


 自分の髪の毛を一本抜く。

 ルル。


「ずっと一緒だよ」


 自分の髪の毛と一緒に、集めたルルの毛を、手で掘った穴に丁寧に埋める。


「ルル」


 泥だらけになってしまったリンゴを丁寧に拭いて。


「ルル」


 大好きなリンゴを。


「ルル」


 いつもの葉っぱに載せて。


「ルル。大好きだったよ」


 喜んでもらいたくて、好きなものを考える。


「それって、もう友だちだよね?」


 会話は、なかったけれど。

 抱きしめあうことは、なかったけれど。

 思い合う気持ちは、同じだったと。


「思っても、いいよね……?」


 もし、ルルが生きているときに聞いていたのなら、あのふさふさの黒い尻尾をふってくれたのだろうか。


「もう、いなくなっちゃったなあ」


 空を見上げる。青い空が、先ほどの惨劇などなかったかのように、澄んだ空が、そびえ立つ木で切り取ったように丸く見える。


「2人だけだったのに」


 好きな食べ物を考えるのは。

 その喜ぶ姿を見たかったのは。


「いなくなっちゃった」


 ルルと、マタギだけだったのに。

 涙が、顎の先に落ちていった。

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