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第13話: マリアの過去

 緑。緑。青。茶色。赤。緑。


 森は好きだ。いろんな色がいろんな顔で揃っていて、見ているだけでワクワクする。


 ときおりモンスターの鳴き声が、木々の合間や空や、時には地面を這うように聞こえてきて、森の輪郭を感じる。


 村からは、森が鬱蒼とした木々に覆われているように見えるが、中に入ってみると意外に開けていることに気づく。


 木についた傷や、地面を掘った後、木の実を食べた残骸。モンスターたちが生活した跡が見えて、これもまた面白い。


 村にほど近い、ぽっかりと開けた空間で、ピーと口笛を吹いた。かすれてるとよく笑われるけれど、一向に上手くならない。


「ルルー」


 小さい声で友人の名前を呼ぶ。

 やがて、のっそりと黒い毛に覆われたモンスターが現れた。


「ルル!」


 熊にも似た容貌だが、犬歯が口からはみ出すほどに長く鋭い。額には白色の毛で三日月の模様が浮き出ており、それもあって、このモンスターはツキノワと呼ばれている。


「おはよ!」


 つかず離れず。近すぎないのがポイントだ。

 本当はあの艶やかな真っ黒の毛に頬を埋めて抱きつきたい。


 ぐぶぁーーー


 独特の鳴き声は、マリアへの挨拶だ。喉を見せて、敵意がないことを知らせると、ルルも同じように顎を上にあげた。喉の下は、ツキノワの弱点の一つで、額の月模様と同じような白い毛がふさふさとしている。


「今日は、ブルーベリーを採ったんだ。ルルにも分けてあげるね」


 腰につけていた籠から、いくつかの実を地面に転がす。ルルが口で近くの葉を器用にちぎり取ると、その葉に実を載せた。かわりにとばかりに、地面に赤い実をおいてくれる。


「ガマグミね! 嬉しい! あんまり森の奥へは行けないから、なかなか採りに行けなかったの」


 ルルは鼻をひとつ鳴らすと、葉の両端を器用に咥えて実を持って帰っていった。

 歩くたびに左右に振られる尻尾が、バイバイの挨拶だ。



「ただいまー」


 家に帰ってすぐにガマグミを洗う。日持ちのしない食べ物なので、すぐに処理しないといけない。いくつかはジャムにまぜることにして、きれいに洗った実を一つ口に放り込んだ。


「おいしー!」


 シャリシャリとした食感に、甘酸っぱい蜜が口の中に広がる。ガマグミはマリアの大好物のひとつだ。

 手早く潰して砂糖をまぜ、並行して夕飯も作る。


「ただいま」

「やば。父さん、帰ってきた!」


 メガネにローブを着て、のっぺりとした表情で入り口に立っているのが、マリアの父、マタギだ。


「今日はパウンか。これは具か?」

「そうだよー。トマトにチシャとキュウリ、こっちはショクドリの卵を茹でて潰したやつで、これはジャムだよ!」


 パウンは小麦粉をふっくらと焼いたもので、中はふっくら、外はカリッとしている。チシャのような葉と一緒にトマトやキュウリを載せたり、卵を潰したもの、時にはチシャ豆のトマト煮なんかも載せたりする。卵とコーン油とビネガーを混ぜたドレッシングで味付けするのが普通だ。


「とっても美味しそうだな」


 マタギが無表情な顔で褒める。

 モンスター生態研究所で働いているマタギは、モンスターの生活習慣や食事を調査する仕事をしているからか、食べ物に敏感だ。


 まったく美味しそうに思ってなさそうだが、普段感想や自分の気持ちをまったく言わないマタギにとっては珍しいことで、マリアは嬉しくなる。


「きっとそうだよ! さ、食べよう! お腹空いちゃった」


 パウンは期待通りにふっくらとしていて、ルルからもらったガマグミもほどよく酸味のある味になっていた。アクセントだと思うと、ちょっと苦めのチシャにも合う。


 満足な出来だが、マタギはモソモソと食べるだけで何も言わない。少し期待してたばかりに寂しい。


 ただ義務のように口を動かしながら、マタギがマリアの方をちらりと見る。


「今日は森に行ってないか?」

「行ってないよ。明日は街に買い物に行くから、通るかも」

「やめなさい。森は危ない」


 マタギとの食事はいつもこうだ。森に行ったか。森に行くな。森は危ない。


 モンスターの凶暴さに触れることが多いのか、マタギは、耳が痛くなるほどに、毎日まいにち、口酸っぱくマリアに言う。


「危ないって、みんな草食モンスターじゃん。人間は襲わないよ。それに、森を迂回すると2時間以上かかるんだよ?」


 どの反論にも、マタギは無表情のままだ。

 村の近くの森、カナンは、草食モンスターしかいない最弱の森と呼ばれている。人間が襲われることもなければ、珍しい植物や生物がいるわけでもないので、冒険者もコントラクターも来ないような、平和な森だ。

 ごっくんとパウンを飲みこむと、椅子から立ち上がった。


「馬車をたのみなさい」

「ごちそうさま。食器は置いておいて」


「いいかい? 森に入るんではないよ。被害が出てからでは遅いんだ。最小では意味はない、ゼロにしなければ。いいな」


 被害はゼロにしなければいけない、というのはマタギの口癖だ。ルルの話などしたら、卒倒してしまうだろう。けれど、こうもとやかく言われると、反発したくもなる。マタギの声を無視して、食器を下げた。


「マリア? 聞いてるか?」

「わかったー!」


 不満さを隠すことなく、とりあえず返事をする。承諾するまでは、延々とこの話題か続くのだ。そして、この話題以外で、マタギがマリアに話しかけることはほとんどない。

 本当にイヤになる。



 本当にイヤになった時には、森に行くことにしている。


 次の日。マリアは、マタギの注意も聞かずに、森の周辺を散歩していた。マリアもモンスターを刺激したいわけではないので、深入りはしない。普段、まったく生命を感じないマタギとばかり一緒にいるからか、森の空気がより清々しく感じる。


「昔はよかったなあ」


 母が生きてた頃は。

 マタギが変わったのは、マリアの母が死んでからだ。正義感の強い、よく笑う父だった。昔は、モンスターの生態や好きな食べ物をよく教えてくれていたのに。モンスターとの接し方を教えてくれたのもマタギだった。だからか、今では、ただの煩い父なのに、嫌いになりきれない。


 うろ覚えな母の面影は、なぜかいつも背景に森がある。森を見るとマリアはいつも落ち着けた。木の息吹とモンスターの鳴き声と生き物の気配が、マリアを包んでくれるようだ。


 ピーと口笛を吹いて、ルルに来訪を伝えると、ヴォーという鳴き声が森の奥で響いた。

 姿を現さずに鳴き声だけ寄越す時は、何か立て込んでるときだ。


「買い物したら、また来よう」


 ピーピーと今度は二回、口笛を吹く。バイバイの合図をすると、ヴォーという鳴き声が再び森の奥で響いた。


 こちらの声に反応してくれる。それが、嬉しくて街までの足どりは軽かった。


 街ではルルのお土産に、リンゴを買った。今日は少し奮発だ。いつもは畑で採れる野菜や、村に近い森のそばで採れた実を渡している。


 買い物を終えると、すっかり暗くなってしまった。足早に森へ向かう。遅くなるとマタギに変に思われてしまう。

 いつもの場所で、ピーと口笛を鳴らす。


「ルルー」

 小さい声で呼ぶが反応がない。


「ルルー?」


 ツキノワは気配を読むのがうまい。いつもはそんなに待たずに現れるのだけれど、今日は遠いところにでも出かけているみたいだ。


「ルルの好きなリンゴだよー」


 前にも家の残りを持ってきたことかあるか、その時はいつもの3割増しに尻尾が振られていた。その時から、リンゴはルルの大好物だと思っていたが、違ったのだろうか。


 持て余したリンゴを手でいじりながら、少し奥へと進む。ルルの喜ぶ様を見たい欲求が、マリアの足を前へと進めた。


「ルルー」


 マタギの呪詛に近い言葉が効いているのか、あまり奥には行ったことがない。恐るおそる木々の合間をのぞくと、黒くて丸い尻尾が見えた。


「ルル?」

 ルルを見つけた嬉しさに嬉しさに声をあげる。


「そこにいた──」


 ひっ、と喉の奥で声が鳴った。

 ルルの周りには血と肉が散乱していた。


 そして、ルルのその後ろには、

「来てしまったのか。いけない子だ」

 マタギが、マリアの父がいた。

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