第11話: カザミとイチゴ②
「こんにちはー」
「よしゅあだ!」
よく通る声に、ガタガタガタと台所の方から盛大な音が響いた。リリアは椅子から飛び降り、玄関に走っていく。
「大丈夫?」
ひょこりと顔を出して見てみると、真っ赤な顔をしたカザミが尻餅をついていた。
辺りに散らばったイチゴを代わりに拾い上げる。
「ヨ、ヨ、ヨシュアさま?」
「んー、このイチゴの色キレイね。さすが、カザミ。果物を見る目もいいわね」
「やばい。どうしよう。髪、部屋、あ、ごはんんん」
「どれも素敵で美味しそうだから大丈夫よー」
全て拾い上げたイチゴを綺麗に洗い直す。
「よしゅあ、こっち! かざみしゃんのごはん、おいしーよお」
「リリアちゃん、ちょ、俺、ご飯食べに来たわけじゃないよー」
近くなった声にカザミの顔がますますイチゴ色に染まる。膝を抱えてしまう姿は、抱きつきたくなるほどに可愛い。
「あれー、かざみしゃんー、ままー?」
とてとてとリリアの足音が近づいてくる。
「あ、みつけたーっ!」
ヨシュアとリリアが二人して台所を覗き込む。座り込んでいるカザミと、イチゴの入ったカゴを手にしたマリアを指差してリリアがキャッキャッと笑い声をあげた。
「カザミさん! 大丈夫ですか?」
座り込んでいたカザミに何事かと思ったのだろう。ヨシュアが慌てたように台所に入ってきた。
「あ、え、う」
カザミの前に跪くヨシュアは、ファンキーな眼帯さえなければ、さながら騎士のようだ。
「ひっ」
思わず手を引っ込めようとしたようだが、ヨシュアはカザミの手をギッチリと握っている。
「はいはい、大丈夫よ。ヨシュアはこのイチゴをリリアと一緒にテーブルに持っていってくれるかしら?」
ヨシュアの手にむりやりカゴを持たせ、リリアと一緒に台所から追い出す。「かざみしゃん、いたいいたいなのかなー?」と心配するリリアの声が聞こえた。
「ほら、カザミ。しっかりして」
「あ、ああ。ああ。ありがとう」
惚けたように両手を握りしめていたカザミがやっと正気に戻る。
「ほら、深呼吸して」
「ん」
カザミが息をはくタイミングに合わせて、リキュアを薄くかける。興奮を鎮め、体の血の巡りをよくする魔法だ。
「ありがとう。少し驚いてしまったようだ」
「わかった。わかった」
カザミはいつも似たような言い訳をする。
食卓に戻ると、イチゴがキレイに盛り付けられていた。
「あ、がざみしゃん! おさらにのせたよ!」
リリアの頭を撫でつつ、「大丈夫ですか?」と様子を伺うヨシュアにカザミは「ああ」とそっけなく返す。
「さ、食べましょう。カザミが選ぶ果物は格別に美味しいわよ」
「いただきまーす」
リリアが真っ先に自分のお皿のイチゴを頰張る。
「おいしー!」
すぐに花が開いたかのような表情になった。
「ほんとだ。甘くて美味しいですね!」
「それなら、よかった」
カザミの返し方が力強い。
「かざみしゃん、めがこーんなんよ」
つり上がった目を指摘されて、カザミが慌てて笑う。
「すまん、怒ってるわけでは……」
尻すぼみになるカザミの言葉にヨシュアが眼帯ごしに笑いかける。チューリップかカザミを見る。
「わかってますよ。カザミさんはまじめですからね」
小さな安堵の息が聞こえた。
そのカザミの様子に密やかに微笑みながら、イチゴを口にいれる。
「ほんと、美味しい!」
口の中にあふれる果汁とさっぱりとした酸味がほどよい。舌に軽く残る甘さに、手がついつい次のイチゴにいってしまう。脳と胃が同時に満たされるような幸福感のある味だ。
ベビードラゴンにも食べさせたい、と考えながらも手が止まらない。
「おいしーねー」
リリアも幸せそうに顔がとろけきっている。
「そういえば、ヨシュア、何か用だった?」
手は次のイチゴのヘタをとりつつ、ヨシュアに話しかける。
「あ、実は、森の様子がちょっと騒がしそうだったので。大丈夫だったかな、と」
思わず手を止めてしまった。
今日は街に買い物に行ったことになっている。
「森? なんの話だ? 今日は街に行ったのだろう?」
あっ、とヨシュアが声を上げ、しまったという顔をする。リリアですら、もう少しごまかすことができる。
「あー、ジンね。きっと。今日は森で仕事だったのかしら」
なるべくわざとらしくないように、イチゴを頬張った。
「ぱぱ、おしごとー?」
「そうよー。パパは、おっきなモンスターがいるところで、みんなを守る仕事をしてるのよ」
冒険者が入り乱れるような場所では、モンスターも縄張りを荒らされたと思って、人間を攻撃してくることが多い。ジンは、そういうモンスターの気を引き、足止めしておく仕事をしている。コントラクターとも似ているが、殺したり狩ったりしない点で大きく違う。
「ぱぱ、すごいねー」
感嘆する姿にマリアたちは微笑む。
リリアのおかげでカザミの意識が逸れた。
「まあ、ジンさんなら大丈夫だろう」
「なんといっても、自称ファントム・シーフですから」
「ジンさんなら、あながち嘘じゃなさそうですよね」
どんなに厳重に守っていても、一瞬にして目的のものがなくなってしまう。そんな幻の大泥棒をファントム・シーフと呼ぶが、ジンもだいぶ昔にそう呼ばれていた頃があった。と、冗談めかして言っていることになっている。本当のところは、マリアとジンの秘密だ。
「疲れて帰ってくるだろうからな。イチゴを持っていけ」
「本当に!? ありがとう!」
キラキラ光るイチゴをカゴに入れてもらう。
「カザミさん、ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」
「いや、うん。よかった」
「また、ご飯食べさせてくださいね!」
そういうと、ヨシュアはリリアの頭をなでて帰っていった。
「よしゅあ、またねー」
「大丈夫? カザミ」
手を振るリリアの後ろで顔面を真っ赤にしたカザミがうずくまった。
「大丈夫、だっ」
「あれー? かざみしゃん、くわみゅしゅとるー?」
カザミの顔をのぞきこもうとするリリアを止めて、マリアはイチゴのカゴを持たせた。
「カザミはお仕事なんだって。リリアもこのカゴを家まで持っていくお仕事してくれる?」
ぱぁっとリリアの顔が喜びに変わる。
「やる! りりあ、おしごとする!」
「じゃあね、カザミ。ご飯ごちそうさま」
「ごちそーさま! かざみしゃん、ばいばい」
うずくまりながら、カザミがかろうじて手を振り返した。
「いちごみたいだったねー。かざみしゃん」
そんなリリアの言葉に思わず笑ってしまう。イチゴみたいに可愛い照れ顔だったね。そういうと、リリアが「てれがおってなあに?」と首をかしげるものだから、また笑ってしまった。




