第22話「飛鳥ナイトセッション 〜和は尊し、でも現場は修羅場〜」
夜の静寂に包まれた飛鳥の宮。
風は草を撫で、虫の声がひとつ、またひとつ。
油灯の揺らぎの下、聖徳太子は静かに書を読み、国の行く末に、ため息ひとつ――いや、半分だけ。
そのとき。
ふいに空気がゆらぎ、まるで湯気の立つ味噌汁のように、光がぐるぐると渦を巻いた。
「……ここは、どこだ?」
現れたのは白衣の女性。
どこか神秘的、しかしどこか“会見慣れ”した落ち着き。
名は――サナエ丸卑弥呼。
弥生から令和へ戻る道すがらの……サナエ丸卑弥呼。
太子、さすがに一瞬だけ目を見開くが、すぐに平静を取り戻すあたり、やはり只者ではない。
「あなたは、この世の者ではないように見える」
「時を越えてきた、と言えば信じますか?」サナエ丸はさらりと言い、少しだけ肩をすくめる。「未来から来ました。ええ、だいぶ先です。かなり揉めてます」
太子、無言で頷く。
「……ならば天の導き。ちょうど政治を考えていたところだ」
――この時代、相談相手が少なすぎる。
二人は向かい合い、静かに語り始める。
「いかにして国を治めたのか」
サナエ丸、迷わず答える。
「人々の“声”です」
「声、とな?」
「はい。時代が変われば、苦しみも変わる。だからまず聞く。とにかく聞く。時には同時に百方向から」
太子、少しだけ遠い目になる。
(十七条憲法、もう少し簡単に書けばよかったかもしれぬ……)
「だが、それではまとまらぬのでは?」
「まとまりません」即答である。
「だから“方向”は示します。
安全、経済、未来責任――この三つは絶対にぶらさない。あとは……だいたい現場でなんとかします」
「ほう……」
「理想だけでもダメ、迎合だけでもダメ。間で揺れて、最後に腹をくくる。それが仕事です」
しばしの沈黙。虫の音だけが、妙に場を仕切る。
やがて太子は静かに言った。
「和をもって貴しとなす、か。
だが、おぬしの和は……“調整”だな」
サナエ丸、ふっと笑う。
「ええ。きれいな和は、だいたい会議室で止まりますから」
再び沈黙。
やがて太子、ぽつりと呟く。
「……未来も、大変そうだな」
サナエ丸、少しだけ間を置いて答える。
「はい。でも一つだけ進歩しました」
「何がだ?」
「“炎上”という概念が増えました」
太子、静かに筆を置く。
「……火は昔から怖いが、
見えぬ火ほど厄介なものはないな」
その夜、飛鳥の宮では――
史上初の「時空を超えた政治対談」が行われたが、記録には一切残らなかった。
なぜなら翌朝、太子が書いた覚書の最後に、こう記されていたからである。
――「なお、“SNS”なるものは、当面、導入を見送る」――
(英断である)




