099
家は買ったものの、すぐ取り掛かれるものではなかった。
そう!
レコルナス祭だよ!
祭りの五日前ともなると、街中が浮き立ってるというか、みんなどこか気もそぞろみたいだった。
銀麦亭が大通りに面しているせいで尚更感じるのかもしれないけど、確実に普段より通る人が多くなってる。
近隣の村や町からも、王都や別の都市からも、人が集まっているんだそうだ。
若干治安も悪くなるから、そこは注意しておかないと。
気がそぞろな人いっぱいなのと治安悪化。
その二つが揃ったおかげで、冒険者ギルドの依頼票掲示板に警備補助なんてのが連日貼られてるわけだ。
この時期恒例と言えないこともないけど。
私のところには何故だかここ数日、貴族のご婦人からの護衛依頼がくるようになったのだとか。
そうキャサリンちゃんに今日聞いた。
もしかしてあの子爵令嬢に関連しているのだろうか?
先日請けたご令嬢三人の護衛依頼を思い出した。
しばらくは貴族関連はスルーしたい。
話を戻そう。
祭りだ。
その影響は計り知れなかった。
なんと、購入した家の改装にもモロに直撃してしまった。
まず、木材が不足し、材料も高騰している。
大工さんも、家具を作る職人さんたちも、祭りの準備で忙しくてすぐには作業なんてできない。
布も今が売り時と、リネン類は軒並み高騰。
そりゃ私だってお金がない訳じゃないよ。
でも物がないのに、そこから買っちゃったら、私以外だって困るだろう。
急いでないなら、控えたほうがいいんじゃないかな、と思うわけですよ。
ついでに言うならケイティの露店用の資材も、ちょっと困ったことになっていたみたい。
木箱やテーブル、天幕用の布などを、一応自力で探してはみたらしい。
まあ、案の定というのか、なかなかの品薄と値上がりっぷりに、昨夜泣きついてきたところだ。
なにかと便利だからと持ってた林檎箱みたいな木箱だとか、一反買いしてた帆布みたいな布やらを、つい放出してしまった。
「これでよし、と」
もう夜なのに、外からはまだ祭り準備の喧騒が聞こえている。
新居で使う予定の灯りの魔道具を作っていたのだが、作り終えたものをテーブルに置いたところで、ロザリンが部屋へ戻ってきた。
シャワーを浴びて濡れた髪を拭いている様子に少し気を引かれたが、今はまだだ。
ノアからのおやすみコールが済んでない。
寝衣に着替えているのを横目に見つつ、そわそわと通信を待った。
よりによってシユラーデ風寝衣って、私に対する挑戦だろうか。
うわーん。触りたいよ!
マダカナー…。
キラッと光った瞬間、私は早押しクイズの回答ボタンを押すがごとく、通信機を叩いた。
「やあノア」
『わあ兄さん、早くない?』
「あはは」
『きょうはお姉ちゃん居ないんだね』
「ケイティは本来泊まってる部屋が違うからね」
昨夜は泣きついてきたケイティがちょうど居たため、ノアとしては、久しぶりにケイティと話せて楽しかったらしい。
『今日ね、ぼくね、ナナちゃんと遊んだよ』
「そっか」
互いに今日の出来ごとについて話す。
ノアの話を聞くのは自分の幼い頃なんかも思い出すし、結構楽しい。
『お姉ちゃんもだけど、兄さんたちって最近なんだか疲れてる?』
「ああ、うん。祭りの準備のせいでいろいろ忙しいんだ」
『祭り…?』
ノアに聞き返され、私は激しく後悔した。
相手が他の家族ならどうということもなかっただろう。
しかし実際に聞かせてしまった相手はノアである。
前世記憶があるかもしれない疑惑のある、ノア。
反応するだろうか。
『ぼくも行きたい!!』
「と、遠いし、無理だよ…」
そんな大人の言い訳で子どもが納得することなどない。ノアは不満そうだ。
しかし、そこへ救いの手がっ。
『ほら、ノア。もう寝る時間だよ。さあアリーにもおやすみを言って』
『え〜!?』
ノアもゴネたが、父さんに促され、しぶしぶといった体で就寝の挨拶をした。
『兄さんおやすみ…』
「うん。おやすみノア」
そうして、今夜の通信を終える。
切った途端に、後ろからロザリンが抱き着いてきて、珍しいなと思った。
そのうえキスまでされれば、さすがに私でも誘われてることに気づくよ。
「ロザリン? どうしたの?」
それに気づいてしまったら、仕草だけじゃなくて着ているものも、身にまとう香りさえも、全部が私を誘うためのものでは、と思えてきた。
これはちょっと珍しいというか、何があったのかと気になるレベルだね……。
これは勢いに任せてえっちにもつれ込むより先に、ロザリンを甘やかすべきな気がするんだ。
立ち上がって、自分に身体強化を掛けてからロザリンの膝裏をすくうように横抱きに抱き上げ、ベッドまで運んだ。
はたから見れば格好良くお姫様抱っこをしたように見えるだろうが、実情なんてそんなものだ。非力種族には無理な相談である。
ロザリンからはふわりといい香りがする。
いつもなら小玉スイカに顔を埋めるところだけど、我慢。
ロザリンを横たえた隣に私もそっと寝そべり、彼女の額にキスをして、頭を撫でた。
「お疲れさま。ロザリン」
「うん……」
「今日は大変だった?」
そういえば毎年この時期はゾフィさんもお疲れな様子だったな、と思った。
「祭りの前だからなのかしらね。泊まりたいって人が何組も来るし、満室だって言っても帰ってくれない人もいるし……」
どうやら三人部屋に五人泊まりたいと申し出があったり、こっそり入り込もうとしたりと、問題続出だったらしい。
それはさぞかし面倒なことだろう。
「そっかぁ…」
頬にキスをして、唇を親指でなぞり、ロザリンの話をひたすら聞いた。
身体の一部だけは空気を読まずにテントを張っていたが。
仕方がないじゃないか。
ロザリン自身、どう見ても私を誘うつもりの格好をしているし、私の好きな香りまでまとっているのだから。
しばらくして、一通り話して気が晴れたらしいロザリンが、それに気づいて笑った。
*
甘えたロザリンは、とても可愛らしかった。
昨夜、衣装と香りに興奮してつい三回致した結果、ちょっと体力的によろしくないコンディションだ。
三回だと終わった途端に寝落ちてしまう体力のなさはなんとかしたい。
今日は街中での仕事をしたほうがいいか…。
さすがに魔物との戦闘行為が含まれる仕事はフラフラでは危ない。
ギルドで依頼票掲示板を眺めると、街中系はわんさとあった。
『Cランク以上、街中巡回警備』
ちょっと請けてみようか…。
カウンターで手続きをして正式に請けたら、珍しく装備についての指示があった。
ある程度、自身の戦闘能力を示せる格好をしなさい、と。
いつもの双剣を出そうとしたら、キャサリンちゃんは首を横に振った。
これじゃないらしい。
黒竜骨製の双剣のほうをご所望らしい。
普段の双剣は、拵えから既に安物だからか。
黒竜骨製は貴族対応用なので、拵えからしていかにも高そうに見えるようにしてあった。
ぱっと見でも、こっちのほうが強そうに見えるのかもしれない。
そのうちあの倉庫を改装して作業場にしたら、見た目重視の剣を作って遊ぶのも楽しいかも。
ポチさんと並んだ私を見て、キャサリンちゃんは頷いていた。
「じゃ、行こっかポチさん」
「わふ」
尻尾をふりふり、私の隣を歩くポチさんを一撫でしてから、警備のお仕事に出た。
該当区域をウロウロするだけの簡単なお仕事です。
指示のあった場所は第二商業区北側だ。
中央商業区に近いので、庶民からするとそこそこ高級志向な店が並んでいる。
普段なら見かけるはずもない眠りこけた酔客の姿がちらほら。
……祭り前という雰囲気がするよ!
聞いた話だと、宿の空きが見つけられなくてそのへんで寝ちゃう人もいるらしいので、ちょっと厄介。
寝ている人に声を掛けて起こしつつ歩いていると、どこからか少し荒げた声が聞こえた。
こういうのも多分警備のお仕事かなーと思いつつ、声のする方へ向かう。
「ほら、起きろって! ここに居られちゃ店も開けられねえよ」
「ぁあー…? うるせえー…うぷっ、おえぇぇぇ」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
…惨劇を見てしまった。
簡単なお仕事じゃないかも。
「大丈夫ですか?」
「…大丈夫に見えるか?」
「見えないよ」
店主らしき人が半泣きになっていたので、嘔吐物を魔法で綺麗にしてやったら、とても感謝された。
酔っ払いはとりあえず治安部の詰め所へ引き渡すことになっているので、手筈通りに連れて行った。
この時期って治安だけじゃなく、衛生も悪化するんだよね…。
路地裏に入ると、所々に嘔吐物、排泄物が落ちている……。
それを片付ける若い冒険者の姿もちらほら。
……朝の清掃の臨時依頼って、こういうことかぁ。
路地裏もちゃんとまわったほうが良さそうだな。
そう考えて、細い路地のほうへ入ってみる。
角を曲がったところで、ゴソゴソと股間をいじる観光客っぽい男に出くわして驚いたよ…。
これ以上彼らの仕事を余計に増やさないために、私は今まさに壁に向かって立ち小便をしようとしたその男に声をかけ、止めさせた。
公共トイレは混んでるし、そこまで行くのが面倒だったんだそうだ。
フル装備の私とポチさんを見て驚いたあと、慌ててチ〇コを仕舞っていたけど、勘弁してほしい。
清掃作業をしていた子たちに拍手されてしまった。
彼らがいくら注意しても、こういう手合いからは無視されるか、みんなやっているからいいだろうと言い返されるのだとか。
おお。もしかして私のフル装備、役に立ってる?
思ってたより、こういう仕事も大事なのかもしれない。




