098
「まず、ギルドから離れていない場所が便利よね」
ギルドに近い、ということは、銀麦亭にも近いということだ。
二人の職場に近い立地。
最重要だね。
「私は日当たりのいいところがいいわ。あと、使いやすいお台所」
「そうだね」
台所。
エルフの家にはない設備だが、普通は要る。
私が料理を作るにしても、気分的には台所で作業したいし。
「まあ、部屋数は最初からあったほうがいいよね。常に私たち二人ってわけでもないし」
そう言ったら、ロザリンの顔が真っ赤になった。
ペシペシと肩を叩かれてます。やだ可愛い。
「…家や土地を扱う商会がある、って前にゾフィさんに聞いたの」
まだ先程のが尾を引いているようで、ロザリンは私のほうを見ない。腕にしがみついて俯いている。
不動産屋、あったのか。
「ね、ロザリン。行ってみよっか」
「……行きましょう」
なんだか初めてのことだからドキドキするなぁ。
実はしっかり調べてあったらしいロザリンに案内されてたどり着いたのは、中央商業区の端にある商会だった。
中央商業区らしく、大きな窓には防壁魔法の施されたガラスが嵌め込まれていた。
その窓にはところ狭しと間取り図らしい図面が貼られている。
…せっかく透明な一枚ガラスなのに、採光用の窓ではないらしい。
ロザリンと顔を見合わせてから扉に手をかけた。
うん。行こう。
二人とも緊張しつつ、重厚な作りの扉を開けて店内へ。
店内の壁面は、窓なんて全然比較にならないほどびっしりと物件の図面で埋め尽くされていた。
上の方なんて何が書いてあるんだか全然見えないよ!
一応試しに視力強化して見たら、普通に物件斡旋だった。
「いらっしゃいませ。ご購入でしょうか? 賃貸をご希望でしょうか?」
ちょっと圧倒され気味な私たちに、店員さんが話しかけてきた。
「…購入を考えています」
声が震えてしまいそうになりながらそう言うと、店員さんはにっこり笑った。
「ご予算と、希望される地区、それから必要なお部屋数を伺っても?」
ロザリンと私は顔を見合わせた。
予算。
そういえばプロポーズして了承されたあの日、何も分からないままに、二人で話し合ったなぁ。
後日、具体的にいくらまで出せるかも話し合った。
私は一千万までなら家に使ってもいいと思ってたし、ロザリンも三百までなら出せると言った。
……二人で出せる額よりちょっと少なめに言っておこうかな。
「地区は、第二商業区…というか冒険者ギルドのそばが良いです」
「なるほど…」
まずはダイニングとー…。
キッチンとー。
主寝室とー。
「実家の連中が来る可能性…。ゲストルームは3部屋以上ほしい…」
部屋数多めになるけど、普段使わない部屋の掃除くらいは使う前にサッと魔法で埃を払えばいい気がするんだ。
将来的に子供部屋になるかもしれないしね。
…趣味部屋が欲しいとは言いにくいな。
魔道具いじって遊べる部屋。
「あとは、廊下や部屋の出入り口が広めだと助かるわ。お庭とかも」
「うん? 廊下? 庭?」
「狭いとポチさんが快適に過ごせないでしょう?」
「うっ。そうでした」
「わふ…」
希望を聞き取って書き込む紙が用意されているらしく、店員さんが書き込んでいく。
「予算は一千三百万ロフくらいで」
べりっ。
ペン先を強く当てすぎたのか、紙が破れたようだ。
「そのご予算で、その規模の物件をお探しで……? そのご予算でなら大邸宅が買えちゃいますよ」
店員さんは困惑を隠しきれない笑顔のまま、奥の棚から間取り図を綴じたものを持ってきた。
「その規模の場合は、おおむねこのあたりとなります」
見せてもらった間取り図に記載してある金額は、三百万ロフだった…。
隣のロザリンを見ると、彼女も真っ赤だ。
元のご予算では住み込みの使用人の要る規模になります、と言われてしまった。
二人揃って世間知らずもいいところだ。
でももうちょっと部屋数欲しい。
…便利な立地で庭付き戸建てでちょっと部屋数多め、って考えたら一億円くらいするよなーとかぼんやり考えたのが失策だった。
「コホン。…すみません。冒険者ギルド付近の物件がいいです。日当たりよさげなとこで…」
「…承知しました。こちらと、こちら、あとはこれがおすすめですが…」
提示された三軒のうち、一軒はシャワー室がある…!
…風呂、作れるのでは?
ロザリンも私が以前風呂が欲しいと言っていたのを覚えていたらしく、その家の図面を眺めていた。
「……残念だけど駄目ね。部屋数もあるしそれぞれの部屋は広いけど、廊下と入り口が狭いわ。あと庭も」
うーん。ポチさんに厳しいか…。
「これも…。駄目だな。逆にギルドに近すぎる。絶対うるさいし暮らしにくいよ。朝と夕方の混雑状況酷いもん」
大通りに近いうえにギルドから六十メータしか離れてないのはきっとやばい。
「最後のは……他に比べるとちょっと高いわね?」
「商家だった物件なのですが…」
言われて気になり、再度視線を図面に落とした。
挙げた条件より少し広めになるけれど、という注釈が入ったけど、ちょっと気になる。
大通りからはちょっと奥まった位置。店舗はついてなくて、住居のみ。ただし倉庫や商品の洗浄に使用してた水場があるようだ。
「部屋数も多く通路も余裕があるのですが、荷車が置けるようにと敷地が広めで、倉庫などの屋外設備も大きいのです。やはり同業の商家でもないと、不要ですかね…」
私とロザリンはまた、思わず顔を見合わせた。
「アル」
「うん。…あの、ここを実際に見せてもらえませんか?」
「ええ。これからでもかまいませんか?」
「お願いします…!」
仲介業者の店員さんに案内されて、来た道を戻るように第二商業区にあるそこへと向かった。
期待に胸が高鳴るが、努めて冷静を装う。
「こちらです」
銀麦亭まで二百メータくらい。ギルドまでは三百メータくらい。かなり近い。
案内された物件は、思っていたよりも横に広い家だった。
いくつかの窓には板ガラスも嵌め込まれていた。
飾り気はそれほどない。
それはいい。むしろ好みだ。わくわくしてきた。
通りに面した門は大きく、その脇には荷車が余裕で通れそうな幅の通路が奥まで続いている。
通路の先、白い塗り壁の母屋の向こうには、大きな倉庫らしき建物まで見えた。
荷物の積み下ろしのためか、入り口前は軒が深い…。
母屋、大きいな。
たぶん本来は夫婦二人だけで管理できるような広さではないだろうけど、普段使わない部屋の埃払いだのはパパっと私が魔法でなんとかすればいいかな。
「まず母屋からご案内しますね」
店員さんは、鍵束に繋がれた鍵の一本を玄関扉の鍵穴に差し込んだ。
かちりと小さな音たてた扉を開けて、屋内へと進む。
無人の家独特の少し埃っぽい空気だったので、ちょっと魔法で換気した。
「この広さなら、ポチさんも通りやすいわね」
たしかにこれなら途中でターンも可能だ。
玄関と廊下の広さはロザリン的にも合格らしい。
建具なんて見ると、ここをこう補修して、とかをつい考えてしまう。
「んー。結構補修が要るね」
「……ええ。空き家になってから長く…。そうですね、今でしたら、三百三十万ロフまでお値引きできます」
「もう一声」
「三百二十万ロフで…!」
ついノリで言ったら本当に下がったよ!?
キッチン、商談に使ってたっぽい部屋、従業員用だったっぽい個室がいくつか。何を商っていたのかはわからないけど、何かを洗うためだろう水場もある。
二階にも客間と、主寝室だったのだろう広めの部屋があった。
採光部がしっかりしているからか、この家は全体的に明るい。
キッチンは思っていたより広く、窓も大きかった。動線を考えても動きやすそうだ。
ロザリンがしばらくそこを眺めていたので、どうやら気に入ったらしい。
最後に家の裏手にある倉庫へ行った。
荷車をそのまま入れられるスペース、たくさんの棚。
家主が置いていったらしい作業台もあるね。
……なんか妙な既視感があったんだけど、アレだね?
ガレージだ…!
男の趣味部屋だ…!
朱里さんの夫も、すごく凝ってた。
なにやってんだこいつ、みたいに朱里さんは眺めていたけど、私には配偶者氏の気持ちがすごくよくわかるよ!
鉄道模型並べてジオラマを作り始めてたのは今の私にも理解できないけど!
「ね、ロザリン」
「そうね」
こうして、私たちは家を購入した。
住めるようになるまではまだ掛かるけれど、とても心が躍った。
魔改造、という単語も、思い出した。




