097
昨夜だけで終わらず、今朝になってからも致した結果、ベッドから出るのが結局遅くなってしまう罠よ……。
せっかくのデートなのに。
いや、これはこれで有りなのか……。
「アルぅ。出かけるんでしょう?」
私の髪を指先にくるくると巻いて遊んでいたロザリンが顔を覗き込んでくる。
私が抱き着いてるせいで身動きできなくて手持ち無沙汰なのかな…。
「うーん。もう少しだけ、こうしていたかった」
口ではそう言いつつも、いつまでもぐだぐだしているわけにもいかないので、しかたなく身を起こした。
「洗浄、かけるよ」
一言断ってから、適温の湯を発生させて自分とロザリンをサッと丸洗いしてしまう。
わざわざシャワーを浴びてくる必要がないのがいい。
私たちの泊まっている銀麦亭ではシャワーが使えるのは夕方以降だというのもあるけど。
ベッドの上も、普通に寝ただけに見える程度には整った。
身支度をしているロザリンを眺めながら、肩のあたりをゴキッといわせつつ伸びをする。
「ねえ、アル。どっちがいいかしら?」
下着姿のロザリンが、私に二着の服を見せてくる。
朝から難問だな。
これはつまり、アレだ。
私の好みを聞いているわけではない。
ちなみに私はロザリンが右手に持ってるほうが好きだ。
「私は右が好きだけど、今日は歩くだろうし左かな。私は活動的なロザリンも見たいよ」
そしてその服なら、昨日見たあの髪飾りが似合うと思うんだ!
「じゃあロザリン、私はどっちを着るべき?」
着替えてるロザリンを見てたら、なんとなく真似してみたくなり、私も自分の服を二着並べて聞いてみた。
休日用の下着を穿きながら。
ロザリンはちょっと考えたあと、クローゼットのほうへ行って、数点の衣服を手に戻ってきた。
私チョイスは駄目だったらしい。
ロザリンの手にあるのは、見覚えのない黒いチュニックと白いシャツだ。
白いシャツの襟には金糸の縁取りがあった。揃いらしいクラバットまである。
装飾の感じが、絶対自分では買わない系統だ…!
「こっちがいいわ」
どう見ても男性向けだし、サイズ的にも私のだ。
私のために買っておいてくれたのか…。
じわじわ嬉しさが込み上げてきた。
「その…似合うと、思ったの」
「……ふふ。ありがと」
どんなふうに彼女が選んだのかを考えるだけで、口角が上がってしまう。
「これに合わせるならボトムはこっちだね」
「ええ。そうね。着て見せて」
「うん」
白いシャツに袖を通し、ボトムを履いて、ベルトを締めて。順番に身に着けていく。
慣れていないクラバットはちょっと手こずった。
「貸して」
「…お願いします」
やばい。ネクタイ締めてもらう的な嬉し恥ずかし感が。
ロザリンが正面に立って、私の首元へ手を伸ばす。
慣れた手つきで布を整えていくのを眺めながら、なんだか朝からずっと世話を焼かれているなと思った。
なんだろう、すごくいい。
「思ってたよりずっと似合うわね。素敵よ」
「わぁい」
ロザリンと並ぶ私、もしかして今日は結構いいんじゃない?
光の屈折や反射をいじって簡易的な鏡を目の前に創る。
映った自分は、昨日見た姿見の中の自分に全然負けてない気がした。
なにより、ロザリンの好みの私ってことなんだろうし…!
「ふふふ。ロザリンはこういう私がいいのか…!」
自分では同系統の服を適切に選べる気がしないがっ。
「確実に素材は良いはずなのに、なぜかいつも地味なのよね。何を着ようと似合ってはいるんだけど。さぁ、行きましょ」
「うん」
たしかに朝食を食べるにはギリギリな時間なので、急いだほうがいいかもしれない。
…と思ったのだけど。
階下に降りると、既に食堂の片付けが始まっていた。
「…どこかで食べよっか。ロザリン何食べたい?」
「そうねぇ…途中でパンでも買いましょ」
主に長引かせた私のせいだが、ロザリンと食べ歩きも楽しそうだ。
二人と一匹で外へ出て、中央商業区方面へ。
少し歩くと、食欲をそそる香りがした。
「おっ。薄焼きパンだ」
「あら。美味しそうな香りね」
まだギルドに近いこともあり、おそらくは街の外へ行く冒険者向けなのだろう。
具材をチャパティみたいな薄焼きパンで包んで持ち歩きやすくしたものが売っていた。
ポチさんはフンフンと匂いを嗅いでいたが、それほどお好みの匂いではなかったようだった。
冒険者が仕事を始めるには既に遅い時間なためか、さほど混んではいなかった。
包む具材、意外と種類ある。
こういうのって楽しくていいよね。
「ここで買う?」
「うん。そうしよう」
私はさっきから照り焼きみたいな匂いのしてるやつが食べたい。
メニューも多いな…。
「フロギのテノー煮込みとチーズがいいわ」
「あいよ。そっちの兄さんは?」
「うーん。ローストペズロアの甘辛ソースのと、クェイルの香草焼きのやつと、テノーとベーコンに胡椒をトッピングで」
「おう。ちょいと待ってくれ」
お腹が空いていたので三つ頼んだら少し驚かれた。
そんなに食べるの? みたいな目で見られてる。
今朝はがんばったからお腹が空いたんだよ…。
頼んだものをそれぞれ受け取り、歩き出す。
すぐ食べる分以外はちょっと邪魔なのでマジックバッグへ。
少し行儀はよろしくないが、歩きながら食べよう。
ロザリンはちょっと慣れてないから食べ難いかな?
「大丈夫? どこか座る?」
「ふふ。大丈夫よ。慣れてないだけ」
「そっか」
ポチさんにファングボアの肉をあげてから、テノーとベーコン薄焼きパンにかぶりついた。
瑞々しいテノーとベーコンの脂がよく合い、挽いた胡椒が味を引き締めている。
そういえばもうすぐ美味いベーコンが出回る時期だな。
冬前に豚をまとめて潰す時期になるからだ。
頭の中の買い物メモにしっかり書き付けてから、最後の一口を口の中へと放り込んだ。
中央商業区へ着くと、昨日より更に祭りの準備が進んでいた。
露店用の場所の区切り線が引かれ始めている。
花飾りを設置するための仕掛けも増えていた。
メイン会場になる門前広場は中央商業区にあるので、毎年この辺りは賑やかに飾られる。
「アル。私ね、レコルナス祭を近くで見るのは初めてだから、結構楽しみにしてるの」
「そうなの?」
「第三商業区だって、祭り当日は稼ぎ時だったのよ」
「…そっか。じゃ、今年はちゃんと見て楽しもうね!」
……ちょっと期待していたお祭りえっちプランは早々に封印された。
「ねえアル! ここって夏前に二人で来たお店じゃない?」
そのまま中央商業区を散策するように歩いている途中、ちょっと嬉しそうにロザリンが言うそこは、例の宝飾品店だった。
「入ってみる?」
「ええ!」
渡りに船と誘ってみると、ロザリンは快諾。
誘導はしたが、計画通りだ。
「いらっしゃいませ」
「先日はありがとうございます」
昨日とも前回とも取れる、「先日」という言葉の選び方が、プロだ。
昨日の髪飾りを、スッと品出しのふりをして売り場に出してくれていた。
このお店、良い。これからも来よう。
「ね、ロザリン。この髪飾り、すごく似合うと思うんだけど、着けてみてくれない?」
「あら。素敵ね」
髪飾りをそっと手に取って着けたロザリンは、やっぱり私の思った通りだった。
うん。かわいい…。
子爵令嬢よりロザリンのほうが明るく鮮やかな赤なこともあり、とても色が映える。
「どう?」
「とても綺麗だ」
すごいだろ。この子が私のお嫁さんになってくれるんだぜ。
「これください!」
「ちょっと、アル!?」
「婚約者に装飾品を贈るのは普通のことだと思う!」
セオドアも前にそう言ってたし!
ロザリンさん。
何故、アルフレートから普通を語られるなんて、みたいな顔してるの。
多少の自覚はあるけど、ちょっと傷つくよ。
「でも、これ、輝黄銀でしょう? 結構するはずだわ」
「私、たぶん甲斐性はあるよ…?」
稼ぎは結構あると思うんだ!
要るの。ロザリンを飾るアイテムは必要なの。
私が押し切って、髪飾りは購入。
戸惑いつつも嬉しそうなロザリンの控えめな笑顔に満足する。
店を出てからも髪飾りを気にして、時々そっと触ってるロザリンを眺めながら思う。
…結婚後の生活費とか今後の話も、そのうちしないとかな。
この国だと、庶民の女性は基本的に子どもを産んだら家事に専念する、みたいな風潮があるっぽい。
世帯収入的にはロザリンが働く必要もない。
でも毎日楽しそうだから、働けるうちは銀麦亭で働いていてほしい。
家事に関しては、私も人並み以上にはできるつもりだし、ロザリンだけに任せるつもりなんてサラサラない。
「ね、ロザリン。住む家も、そろそろ探してみない?」
ロザリンはぱちぱちと目を瞬かせ、少しぽかんとしたあと、嬉しそうに破顔した。
「私たちの住む家?」
「そう。住む家」
ロザリンは、髪飾りを買ったときより、嬉しそうだった。




