095
今日の私は子爵令嬢セシリアの護衛として、彼女の後をついて周るわけだけど。
そもそも馬車で移動しちゃったら目立つだろうとか、ツッコミどころは満載だった。
まあ、周囲も、薄々は彼女たちの正体には気づいているのだ。わかってて、なにも反応しない。
貴族には関わらない。
それが庶民の常識であり、処世術だ。
最初の目的地の小物屋は人気だと言うだけあって、それなりに客の姿もあった。
つまり、めっちゃ護衛しにくい。
通路は狭くて棚は高いので、視界は悪い。
客同士がすれ違うために身体を横へ避けなければならない程度には混んでいるから、立ち位置が遠いと咄嗟に駆け寄れない。
「アルフレート様、こちらをご覧になって」
護衛対象に助け舟を出される始末である。
意見を求められた体で隣へ移動する。
私は早々に正攻法での護衛を諦めた。
ロザリンの護身用魔道具に持たせたような効果ほどじゃないけど、本人の意思に反する強い接触だけを弾く魔法を三人それぞれに掛けておいた。
さすがにこの混んだ店内で軽い接触まで防いじゃうと逆に危険だ。
ちなみに発動した際の私への通知もつけてある。
その上で、少し離れた位置から三人まとめて見張ることにした。
「あら、こちら素敵じゃありませんこと?」
「ええ。絵柄が可愛らしいわ」
「わたくしはこちらも好きだわ」
その言葉遣いじゃ、どう考えてもお嬢様ですよ御三方。
「アルフレート様は、どちらがお好み?」
私にも意見を求めるのか…。
陶器の小物入れなのだけど、蓋と本体が蝶番で繋がっている。
「私はこっちですね。絵柄は可愛いけど、金具が少し弱そう。絵付けはこちらの方が筆遣いも上手いですし発色も良いですが」
「まあ。そこをご覧になりますのね…!」
つい実用品を吟味する目線で見てしまうよ…!
「アルフレート様は、こうした品をよくお求めになりますの?」
「ええ、たまには」
「まあ。婚約者さまのために?」
襟飾りを示しながら、くすくすと笑う。
もちろん嫌な感じとかじゃないんだけど、ちょっと照れくさくてそわそわしてしまう。
「ファッ…はい。そうですね。そういうこともあります」
「まあぁぁ!」
「素敵ですわぁぁぁ」
「きゃぁぁぁ」
何が素敵なんだ。
「やはり、お慕いになる方も多いのでしょうね……」
「そうね。慣れていらっしゃるんだわ」
「女性の好みにお詳しいのね」
何をどう勘違いしているんだ。
今目の前にいる男は、数カ月前まで年齢イコール御一人様歴の素人童貞だぞ。
自分で言ってて切ないが。
「それほど詳しいわけではありませんよ」
「ご謙遜なさらなくてもよろしいのに」
「そうですわ。婚約者さまはお幸せね。わたくしの婚約者なんて…」
おぉう。男の愚痴が始まりそうだぞ。
「贈り物を選ぶときも、いつも使用人任せですの…!」
「そ、それは…」
「きっとわたくしが何を好むかも、ご存じないのだわ!」
「わたくしの婚約者だって…!ロバート様ったら酷いのよ!?」
私知ってる。
こうなった女性の会話は、そうそう止まらない。
うん。多分ロバート君はガッツリ浮気してると思うよ。
ふとした瞬間に名前を間違えるのはヤバイ。うたた寝の寝言ヤバイ。複数回は絶対ヤバイ。
しかし現在の私は護衛なので、その会話にばかり耳を傾けているわけにはいかない。
視線は三人へ。
耳は周囲へ。
意識の半分だけは、ロバート君の悪行へ…。
そんな時だった。
令嬢の一人に近づく女性の動きに、違和感を覚えた。
偶然を装いぶつかろうとする動きだ。
肩を当てると同時に、伸ばした手で令嬢の鞄を掴もうとしていた。
しかし私の魔法に弾かれて、その場にうずくまった。
伸ばした手が障壁にいい勢いで当たっていたせいで突き指をしたらしく、手を押さえている。
令嬢たちは気付きもしない。
ロバート君とオリバー君とアラン君の話で盛り上がっている。
取り押さえたいが、普通に行くと私が痴漢扱いされて社会的に抹殺されかねない。
用心して、触れることなく魔法でその場に縫い止めることにした。
「店員さん、掏摸です。お客さんに被害がないか確認してください」
「えっ!?」
見ていたわけでもない店員さんには、にわかに信じられないのだろう。
戸惑っているように見えた。
「その女性が、こちらの方へ故意にぶつかり、鞄を掴もうとしました」
「してないわ!」
掏摸の女性はまだ手を押さえていた。
……折れてないよね?
「私の財布が無いわ!?」
少し離れたところにいた女性が、青ざめた顔で鞄の中を探っている。
他にも被害者が居たのか…。
常習じゃないの。
「一度、調べたほうがよろしいかと思います。共犯がいないとも限らないので、出入り口も閉めましょう」
実はとっくに私が障壁を張っているけれど。
犯罪手口を紹介するテレビ番組の記憶がよぎり、念のため。
私の言葉に反応したように、一人の男が出口に向かって走り出した。
「あっ!」
そんな速度でぶち当たると、だいぶ危ない。
案の定、男は何もない空間に正面から衝突し、ものすごい音を立てて仰向けに倒れた。
……やべえ。
背中に嫌な汗が流れ落ちる。
大丈夫だよね…?
「な、何ですの!?」
さすがに今の音で、令嬢たちも話を止めたようだ。
うん。ばいんって弾かれてたもんね。
「まぁ…! 掏摸ですの!?」
気づいてなかったんかーい。
その時、推定掏摸共犯氏がよろめきつつ、身を起こした。
よかった…! 生きてた…!
心配したよぉぉぉ!
店員さんたちが二人の持ち物を改めると、いくつもの財布や小袋が出てきた。
「アルフレート様、随分と慣れていらっしゃるのね」
「いえ。掏摸を捕まえたのは初めてですよ…?」
三人から、また妙に感心したような目を向けられた。
過大評価が酷い。
保安部への引き渡しなど、店に後始末を任せ、ご令嬢方と私は店外に出た。
「さあ次は装飾品のお店ですわよ!」
…まだ行くんだ!?
ご令嬢つおい。
でも装飾品の店は私もぜひ行きたいよ!
…そう思って楽しみにしていたのだが、移動した先は、知ってる店だった。
ロザリンとの初デートで訪れた店である。
「いらっしゃいませ――…あ」
一歩足を踏み入れただけで、店員さん数名が私に反応する。
『ここからここまでください』をやったせいだろうか。
ちょっと気まずい。
「先日はありがとうございました。本日も贈り物をお探しでしょうか?」
ご令嬢より先に私へ挨拶しないで…!
「いえ。今日は仕事で。お嬢様方の付き添いです」
平静を装い答えるが、ご令嬢方の興味は装飾品ではなく私に移ってしまったようだね…。
「まあまあまあ。以前にもこちらへ?」
「え、ええ、まあ……夏前に一度だけ」
「贈り物をお求めになったのですわね!?」
しまった。
若いお嬢さん方といったら大概恋バナが大好物なのだ。
食いつきが半端ない。
目もキラキラというかギラギラしているように見えた。
「おや。おめでとうございます」
襟飾りを見たらしい店員さんにも祝われる始末。
「その時ご一緒だった方ですの?」
「…はい」
「きゃぁぁ!」
「まあぁぁぁ!」
控えめに答えても燃料投下にしかなっていない。
「なにを選ばれましたの!?」
「そ、そのときはシンプルなペンダントに魔力結晶をはめ込んでもらって…。あとは彼女が一番長い時間眺めていた指輪を……」
「なんてこと!」
「きちんと見ていらしたのね!」
「素敵ですわ!」
なんだかよい方向に誤解してくれているようだが、実際には自分では選べなかっただけである。
きゃぁきゃぁ言いながらご令嬢方はアクセサリー選びを楽しんでいた。
時々意見を求められるのは困ったが。
赤い髪には金色の蔦の意匠の髪飾りがよく似合う。
艷やかなロザリンの髪にも映えることだろう。
ちらりと見た魔力結晶の棚は、充実しているね……。
…いいなぁ。
「ここからここまで、今のうちに計算して、包んでおいてもらえます? 間に合わないようなら後日来ます」
「承知しました。ありがとうございます」
「あと、あの金色の蔦の髪飾り、そっちは取り置きって頼めますか?」
コソッと店員さんに頼むと、実に良い笑顔になった。
「アルフレート様、何をお求めになりましたの?」
「仕事と趣味用の素材ですよ」
「まあ。婚約者さまへの贈り物ではなくて?」
「魔力結晶は全部、私のです。贈り物は一緒に出かけたときに買う予定なので」
デートプランに盛り込んでおきたいんです。
「一緒にお選びになるの?」
「一緒に選んだほうが喜ぶようだったので…」
「素敵だわ」
「そうよねぇ。素敵だわ」
「周囲の殿方にも聞かせて差し上げたいわ」
やめたげて。
贈り物に正解なんてないみたいだし、相手によって喜ぶものも違うらしいし。
ロザリンの場合は、一緒に選ぶほうが嬉しそうだった。
ただそれだけだ。
断じてリィナにモテない男丸出しとか言われた記憶を引きずっているわけではない。
まあ、髪飾りを見せたときの反応は、ちょっと楽しみだ。
そんなことを考えながら、ご令嬢方の買い物が終わるのを待った。
なお、包み終えた魔力結晶の量を見た三人からは、別の意味で驚かれた。




