094
昼前に中央商業区の劇場へ――
指示通り、私は通用口へ回って訪ねた。
子爵令嬢と、その友人二人。合わせて三人の護衛が今日の仕事だ。
街から出ずに金貨三枚になるのだから美味しい仕事⋯⋯とその時点では考えていた。
服装はとりあえずいつものコート。
無手という指定なので、剣は佩いていない。
着替えるそうなので耐刃繊維の上下は着ていないが、一応仕事用の下着にした。
一番外側と内側だけ、お仕事仕様。
竜種と戦うわけではないので、充分だろう。
契り飾りはペンダントのようにして首から下げている。
きちんと話も通っていたのだろう。
私はそのまま楽屋へと通された。
呼ばれて行ったのに、訪問先の会社では誰も話を把握しておらず、そのうえ胡乱なものを見るような目まで向けられる――朱里さんにはそんな嫌な仕事の思い出もあったので、ここの劇場内部の連携って結構良くね? と思った。
通された楽屋には、ずらりと衣装が並んでいた。
豪華なドレスを模したもの、商会のお仕着せみたいなもの、ハリボテの騎士甲冑風まである。
演劇の衣装ってこうなってんのか。早着替えとかもあるから仕掛けとかもあるのかな。
ちょっと興味惹かれる。
朱里さん、若い頃に二回くらいコスプレしたことがあったんだよ。
黒い革ジャケットの黒魔術士と、赤いコートの災害扱いされた賞金首。
今気づいたんだけど、カッコいいからって選んだくせに、面倒くさいと後悔してた私のベルト大量の耐刃繊維上下って、もしかして無意識下に⋯。
いや。考えるのはやめよう。
私の冒険者装備、前世のヲタク趣味に侵食されてないよね?
そんなことを考えて動揺していたら、扉をノックされた。
入室してきたのは、劇場の人、かな?
黒い制服のようなものを着た女性だった。
「護衛依頼をお請けいただいたアルフレート様ですね?」
「はい」
そんな丁寧に対応されると、腰が引けてしまいそうになるんだけど。
「本日はよろしくお願いいたします。では早速ですが、上着をお預かりいたします」
「大丈夫。これは自分で管理するから」
コートを脱いで、マジックバッグにしまう。
白竜革のコートは人族が一生暮らせる額なので、もし紛失や盗難など、何かあったら劇場の人がかわいそうだ。
私が自分で何とかすべきだろう。
「まあ……思っていたより細身でいらっしゃるのですね」
「骨格のせいかと思います」
「申し訳ないのですが、採寸をさせてくださいませ」
「あ、はい」
なんだかよくわかんないけど、あちこち測られる。
私の身長、一・八八メータだったらしい。
そっか。百八十八センチあったのか。
朱里さんの記憶の中の視界が低く感じるわけだ。
肩幅、胸囲、腰回り、腕の長さ。
服を仕立てるときみたいに次々測られていく。
腰骨のあたりを測ったところで、だいぶ驚かれた。
男女共に骨盤が小さな種族だからね。
「こちらは⋯⋯かなり詰める必要がありそうですね」
「あ、やっぱり?」
ボトムを買うときだいぶ苦労してるんだよ。
「ええ。人族の男性向け衣装ですと、腰だけ余ってしまいますので。⋯ひとまず、こちらの青年向け衣装を調整いたします」
「ひとまず?」
「候補が何着かございますので」
「護衛の服に候補が何着も要る?」
「お嬢様方のお召し物と釣り合わなければ、かえって護衛だと目立ってしまいますので」
なるほど。正論だ。
腰を詰め、丈を整えた濃紺の上下を差し出されたので、それを着⋯ようとしたのだが、この場で着るべき?
人前で下着姿にはなりたくないのだが。
特に今日穿いてるのはお仕事用の、動かないように支えるやつである。
「お着替えはこちらの衝立の奥でお願いいたします」
「あ、そりゃそうだよね」
よかった。
劇場の楽屋で、知らない女性の前に仕事用下着を晒す羽目にならずに済んで。
私の下着はともかく、とりあえず試着してみたところ、鏡で見る限りはそこまで変ではないみたいだった。
「こちらで一度、お嬢様方にご確認いただきます」
「うん? …確認?」
ほどなく扉が開き、三人の少女たちが入ってくる。
先頭にいたのは、ロザリンより少し落ち着いた赤い髪の少女だった。
所作が美しい。
「お待たせいたしました。わたくしはセシリア・ヴァルハイトと申します。本日はよろしくお願いいたします」
家名を聞く限り、どうやら彼女が依頼主の娘さん――子爵令嬢らしい。
残る二人も、それぞれ簡単に名乗った。
「Bランク冒険者アルフレートと申します。本日は護衛の任を精一杯務めさせていただきます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いいたしますわ。もっとくだけた口調でも、よろしくてよ?」
彼女は令嬢らしく、柔らかく笑った。
「ありがとうございます」
「まあ。こうしていると、冒険者には見えませんのね」
「鍛えてはおりますが、何分種族特性のせいもあり、なかなか外見には出難く」
そうだよね。
Bランクを雇ったのに、来たのは私だもんね。
「では、こちらのお衣装でよろしいでしょうか?」
「いいえ。少し地味ですわ」
「ですわね」
ご令嬢からダメ出しが出たよ⋯。
「こちらは落ち着いていて、わたくしは良いと思いますけれど」
「けれど、お買い物へ参りますのよ? もう少し華やかなほうがよろしいのではなくて?」
「⋯では、アルフレート様。こちらを」
「……えっ」
劇場の人、改め衣装係の女性は、スッと別の衣装を手渡してくる。
差し出されたのは、淡い灰色の上着だった。
衝立の奥へ行き、着替える。
襟と袖口には青銀の刺繍が入っていた。
細身のボトムと揃いになっていて、一応、腰回りは調整してあるらしい。
人族の男性体型に合わせたボトムだと、ベルトをしっかり締めないと、すとーんと落ちそうで怖いのだ。
洒落にならない。
ちょっと緩いが、ギリギリ腰骨で止まってはいる。
下がるのでベルトは必須か……。
その後、あーでもない、こーでもない、と取っ替え引っ替え着せ替えられた。
さすがの私も、三着目くらいでこれがそういうお嬢様たちのお遊びであることは理解した。
途中で舞台衣装のドレスを持ち出されたときは思わず笑ってしまったが。
「さすがにそれは着られないな…」
「あら、そうですの?」
「服の上からじゃわからないだろうけど…。それは腹筋八つに割れてる人が着ちゃ駄目なやつだと思う…」
「まぁ!?」
「本当に?」
「そうは見えませんわね!?」
面白い食いつきっぷりだった。
最終的に選ばれたのは、灰青色の上着と、黒に近い細身のボトムだった。
商家の子息風、だそうだ。
私の体型でもすごくぴったり合ってて着やすいので、めっちゃこれ欲しい…。
胸元には銀の飾り鎖。髪まで軽く整えられている。
契り飾りは襟飾りとして付けさせてもらった。
「大変よくお似合いですわ」
「……ありがとう、ございます…」
疲労感がなかなかすごい…。
「では参りましょうか」
まだ始まってもいなかった…!
私は商家の子息。商家の子息。
事前に説明されていた自分の設定を心のなかで復唱しながら、劇場の表口から外へ出る。
お休みの日同様、今の私も冒険者には見えてない。
どう見ても護衛とは思わないだろう。
その代わり、着飾ったお嬢様三人と、その後ろで商家の子息を演じているエルフとして、普通に目立ってるけど。
「まずは、最近評判の小物店へ参りましょう」
セシリア嬢が楽しそうに告げる。
ま、いっか。
ここから先は、明日のロザリンとのデートの下見だったと思うことにするよ!




