093
ケイティがここのところ何か面白そうなことをしてるせいで、気になってならない。
つい手や口を出したくなってしまうので、できるだけ近寄らないように心がけているんだけど、なかなかこれが難しい。
「アル。ケイティは順調そう?」
「うん。商品も主力級が二つもできてたよ」
ロザリンは鏡台の前で髪を梳かしている。
ちなみにこの鏡台は銀麦亭の備え付けとかじゃなくて、ロザリンの私物。
ちゃんとしたガラス製の鏡ってのは高価だからね。
お値段まではわからない。
小さな手鏡でも金貨のやりとりになるので、おそらく相当なものだ。
ぶつかったりして傷つけないように私もかなり気を使ってる逸品だ。
まだかな⋯。
早く終わらないかな⋯。
櫛を置くのを今か今かと待っているわけだが⋯⋯長いね。
私はそんなに待てないよー!
「ね、ロザリン。レコルナス祭の日って⋯」
「ふふふ。二日目なら。お休みにしちゃいなさい、ってゾフィさんが言ってくれたわ」
「やったぁ!!」
後ろからロザリンに抱き着いて、そのまま抱きしめた。
「ね、ロザリン。今年のレコルナス祭は私と一緒に回ろう」
「もちろんよ」
「あと次のお休みも一緒にいられたら嬉しいんだけど」
「ええ。いいわよ?」
嬉しい。
ロザリンの頬にキスをして、そのまま耳元、うなじにも唇を寄せる。
「くすぐったいわ」
「これでも一生懸命誘ってるつもりなんだよ」
「ふふ。それを言ってしまったら、満点はあげられないわね」
「ぇええ⋯」
ロザリン厳しい。
いつぞや課された、「誘う時の雰囲気作りを頑張る」というミッションは、実はまだ続いていた。
頑張ってるんだけど、どうにも及第点止まりで、未だ満点をとったことは無い。
私には向いてないと思う。
「もー。どうすればいいんだよー。もう寝ようよー」
いつもこう諦めて直裁になってしまうんだけど、ロザリンも最後には笑って受け入れてくれるので、つい甘えてしまう。
振り向いてキスをされたら、今夜も受け入れてもらえた合図だ。
長いキスの最中に腕を絡めてきたロザリンを抱き上げて、ベッドへそっと下ろした。
私もいそいそと隣へ潜り込む。
空気を読んでるポチさんは寝てるのか寝たフリなのかわかんないけど、扉の近くに寝そべってる。
「ロザリン。明日は街中での仕事をしようと思います」
意訳。複数回したいです。
「みんな祭の準備で忙しいから、ゴブリンの巣がどうとか言ってなかったかしら?」
意訳。駄目です。
「うわあん」
ロザリンは、優しいが、なかなか手厳しい。
*
「キャサリンちゃん、近場の討伐系で溜まってる仕事ってない? 滞ってるやつ」
「ありますが、アルフレートさん向けには貴族からの指名依頼も来ていますよ」
「ぅぇええ⋯⋯」
わあ。それは聞きたくなかった。
「⋯ちなみにどんなやつ?」
「子爵令嬢の護衛兼、夜会でのエスコート役だそうです」
「夜は婚約者と過ごしたいので嫌です」
「昼間の依頼もありますよ。ご友人方とお忍びで市井の店を回る、別の子爵令嬢の護衛です」
どういうこと?
ただの街歩き?
「最近、貴族令嬢を狙った掏摸や、しつこい声かけが増えているそうです」
「それ、自分の家の普通の護衛でよくない?」
「目立たず、女性同士の買い物に混ざることができ、いざという時には無手でも強い方をご希望だそうです」
「条件だけ聞くと私向けに聞こえるのが腹立たしいな」
でもまあ、お嬢さん方に人気だろう店を、タダどころか報酬まで貰って見て回れるんだから、そう悪くはないのかも?
ロザリンとのデートの下見としてはなかなか良いかもしれない。
「ちなみに拘束時間は?」
「昼前から夕刻までですね」
「請けます」
「即決ですね」
半眼やめてもらえまいか。
「たまにはギルドにも貢献しないとね?」
「まあ白々しい。⋯この件の詳細をお伝えしますね」
依頼人は、ご令嬢の父、子爵様。
私が子爵本人に会うことは無いそうだ。
同行するのは、ご令嬢と友人が二、三人。全員、市井風の服装をする予定らしい。
私は護衛だと悟られないようにしれっと混ざり、危険時以外は彼女たちの自由を妨げない。
当然、正体や家名も周囲には漏らさない。
できそうな気はするね。
私自身が浮かない服装ってのが思い浮かばないが。
キャサリンちゃんに聞いてみよう。
「ね、私自身は何着ていけばいいの? いつもの装備じゃ駄目って聞こえるんだけど」
護衛なのに。
これ、普通の高ランク冒険者だと嫌がるんじゃないのか。
ついでにいうと、ポチさんもお留守番案件だね。これは。
足元に座ってるポチさんの顎を、指先ですりすりと撫でた。
「服装については、先方がご用意するそうです」
「えっ」
「ご令嬢方と並んでも不自然ではないものを、と。服装だけでなく、当日の髪型や装飾品も先方で整えるそうです」
「…なるほど?」
やたら至れり尽くせりなのが引っかかるよ。
「待ち合わせは三日後の昼前です。場所はこちらに」
「了解。服はそこで受け取るの?」
中央商業区の劇場が待ち合わせ場所なんだけど、どうやら子爵家の持ち物だったらしい。
何度か行ったことのある場所だ。
「ええ。そこで着替えていただくそうです。従業員用の通用口を訪ねてほしい、と」
「ふぅん?」
なるほど。
しかしこの案件、ご令嬢たち三、四人の中に私が混ざるってことは、これはちゃんとロザリンに報告しておくやつだな。
忘れないようにしないと。
ロザリンが、私が女性と会うことを少し気にしてくれるのは、実はちょっと嬉しい。
でもナイショだ。
「じゃ、正式に請けることにするよ」
「承知しました。では次の案件です」
「次!?」
了承後の、流れるような次の依頼票提示。
キャサリンちゃんの有能さには、慄いて震えてしまいそうです。
「ええ。例年通り、今年もゴブリンが増えています」
「毎度のことだけど、祭りの賑わいでゴブリン討伐が減って⋯っていういつもの流れかな?」
「ええ。毎年ありがとうございます。街道西側の林に一件、南の農地近くに二件。いずれも小規模な巣ですが、確認から数日経っています」
三カ所かぁ。
でも今年はポチさんも居るから、サクサク終わりそう。
「今年からは、依頼内容を少し変えてありますよ。討伐部位の持ち込みではなく、殲滅で構いません」
「マジか。それは私にとっては助かるけど」
今までは討伐部位が規定の数揃うまでちまちま対応し、その後殲滅という流れだったので、かなり大変だった。
それが、いきなり殲滅でいいらしい。
「現場の声が反映されました」
現場って私だよねそれ。
この時期受注してたのっていつも私だけじゃん。
「後日、巣の確認を行い、ゴブリンがいないことが確認され次第、達成となります」
「それは楽でいいな。この時期以外のもそうだといいのに」
「他の時期のものはほかの方も請けられますので⋯」
完全に私に照準合わせてきたんですね。びっくりだよ!
「じゃ、三件とも請けます」
「よろしくお願いします。あとは、決まりなので説明しますが、期限は受注から三日となっております」
「はぁい」
ポチさんの機動力はほんとに素晴らしかった。
今までこの依頼に掛かる時間の大部分は移動、次に討伐部位回収だったからね。
ものすごくサクサク進んだよ。
その日の混み合う時間より前にギルドへ報告したら、さすがのキャサリンちゃんも驚いていた。
「討伐部位回収、そんなに面倒だったんですか」
「面倒だよ。そっちこそ、討伐部位数えて依頼料精算のために計算したり、面倒だったんじゃないの?」
「⋯ええ。これはいい制度ですね⋯⋯実に」
今年のレコルナス祭前討伐は、最速で終わった。




