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初のライリー視点
ある日突然やってきたアルフレートの妹カタリーナは、接してみればたしかに血の繋がりを感じるような女だった。
ルドルフやリィナによれば、標準的なエルフというのはこういう外見らしい。
なるほど。
アルフレートも細めだが、本来のエルフというのはこう、触れるだけで折れそうな華奢な種族だったのだな。
アルフレートの体型について話すとき、皆が妙な反応をしていた理由が、ようやくなんとなくではあるが、理解できた。
カタリーナが普通なのであれば、アルフレートはだいぶおかしい。
共通点など、首から上しかない。あとは、植物⋯花のような匂いがすることくらいか。
アルフレートが仕事で予定を空けられない日、カタリーナは行きたい場所があったが、付き添う者が居ないために断念しようとしていたことがあった。
その日は俺もどこかで魔物を狩ろうかと思っていたのだが、カタリーナがあまりにも悲しそうな顔をしていたので、つい引き受けてしまった。
人族には十五歳ほどに見えるのかもしれないが、豹の獣人からしたら、未成年に見えなくもないのがいけない。
子どもは皆で護るものだ。そう思って引き受けた。
外へ出るからと外出着に着替えたらしいカタリーナを見て、子ども扱いは失礼だったと思い直した。
そういえば彼女は外見上そうは見えなくとも、だいぶ年上なのだ。
子どもみたいだったのは背丈や手足の細さだけで、外出着をまとった姿や立ち居振る舞いは、きちんと年頃の女性のものだった。
自身の思い違いを悔いた。
異種族は難しい。
「ね、瓶のお店はこっち?」
「ああ。第一商業区だ」
「遠い?」
「少し歩く」
「会話、短いわね」
必要最低限だけの返答をしていたら、ついには指摘されてしまった。
「必要なことは言ってる…。すまない。仕事以外で女性と接したことがあまり無い」
アルフレートから預かっている、彼の大切な妹だ。
だから、カタリーナを意識しているわけではない。
そもそも豹の獣人からすれば、カタリーナはひどく貧相だ。
細いし、薄いし、どこを見ても頼りない。
少なくとも、好みの体つきではない。
豹の獣人なら、しなやかな筋肉のついた脚や、丸みのある健康的な体つきを美しいと思う。
カタリーナは、そのどれにも当てはまらない。
美しいが。
半月が過ぎた頃、アルフレートがカタリーナに実家へ帰るように言った。アルフレートの婚約者もそのように促している。
手からスプーンが滑り落ち、派手な音を立てたが、それどころではなかった。
「カタリーナ⋯帰るのか?」
「帰るもんですか! あたしは絶対街に住むんだから!」
彼女は鼻息荒く胸を張り、フンスと鼻を鳴らしていた。
その負けん気の強そうな仕草には、誰になんと言われようと一歩も引くつもりはない、という決意が満ちていた。
その日は何の仕事をしていたのだったか、記憶が薄い。
午後には銀麦亭に戻っていて、カタリーナの部屋を訪ねていた。
「ライリーどうしたの?」
ほとんど真上を見るように顔を上げて、カタリーナが俺の顔を覗き込む。
「その⋯明日だが」
「うん」
「⋯⋯気をつけて行ってこい」
「うんっ! ありがとライリー! 行ってくるね。すぐ帰ってくるわ!」
嬉しそうにそう言って、彼女は翌日出て行った。
彼女の望みが叶うといい。そう思った。
カタリーナたちはその日のうちに帰ってきていたらしい。翌朝の朝食の席で知った。
アルフレートと婚約者のロザリンの後ろにカタリーナの姿を見つけ安心したが、彼女はどこか緊張した様子だった。
どうやら、正式にこれからレコルナスで暮らすことになったらしい。
それから彼女は、初めて経験するらしいこの街の祭りに興味を示した。
どうやらカタリーナは露店に参加したいらしい。
賑やかな祭りのどこか浮き立つような空気を思い出した。
「カタリーナは、店をやるのか? 護衛なら俺がやるぞ?」
俺はそう言って護衛を買って出た。
彼女は庇護すべき、か弱い女性だ。
祭りのときなどは酔客もガラの悪い者たちもあたりをふらついているものだ。
護衛は当然必要だろう。
その日のうちにアルフレートと共に出かけて申し込みまで済ませてきたらしい。
それからというもの、カタリーナは露店の準備に明け暮れていた。
レコルナス祭の準備だと思われる依頼が増えてきた頃、カタリーナが俺の部屋を訪ねてきた。
女性が夜に男の部屋を訪ねるものではないと言おうとしたが、彼女は、思ったことや考えたことをまくしたてるように口にしていた。
「あのね、ライリー。露店の商品のことなんだけどね? 冒険者向けの魔道具も作っておこうと思うのよ。それでね!?」
声が大きく、他の客に迷惑にもほどがある。
「ここでは何なので、下に移動しないか?」
「えぇっ!? そんな疲れてるのにめんどくさい。ライリーの部屋に入れてよぅ!」
「駄目に決まってるだろう!?」
「なんでよー!?」
「若い娘が夜に男の部屋へ入ろうとするな!」
「ウチの集落みたいな田舎でもお爺ちゃん世代しか言わないわよそんなのー!」
「⋯いいから下へ行くぞ」
カタリーナを連れて階下の食堂へ行き、ひとまず相談するための場所を借りた。
「冒険者向けの魔道具だったか?」
「うん、そう。なんかライリーが不便に思ってることとか、もっとこうだったらいいのになーって思ってることって、何かないかな?」
なるほど。売れる商品作りか。
暫し、思案する。
「水と食料の保存ではないか? ⋯特に水だな。保存が難しい。今居るパーティでは一切困らんが」
「水かぁ⋯⋯」
そう反復し、彼女は思索を始めてしまった。
考え込む表情が、アルフレートに妙にそっくりだ。
「うん。何とかなりそうな気がしてきた。完成したら明日ライリーにも見せるね! ありがと!」
彼女は本当に嵐のようだと思った。
翌日、カタリーナに呼ばれ、彼女の部屋の前で待った。
中に入れと言われたが、そういうことじゃないと断った。
見せたいもの、とやらをカタリーナが持ってくるまで待つ間、今のパーティに加わる前のことを思い出していた。
水代わりの薄めたワインの不味さや、保存用水瓶の重さが身近だったのはそう昔ではないはずなのに、ずいぶんと遠い記憶に思える。
「お待たせー。ライリー」
カタリーナが持ってきたのはただの木杯と桶だった。
桶は銀麦亭が貸し出してくれるもののようだ。
「試作品だからこんな見た目なだけだからね? 本物は小さめの普通の水筒を使うつもりよ?」
そう言ったものの、彼女はぴたりと動きを止めて何か思案したあと、強引に俺を部屋に引き込んだ。
「うおッ⋯!?」
油断した⋯!
エルフは身体強化ができて、瞬間的にであれば俺よりも強い力が出せてもおかしくないのだ。
「やっぱり人前でこういうの見せるとアリーに怒られちゃうから。ちょっとだけでいいの。部屋の中で見てよ」
カタリーナが手に持った木杯を傾けると、まるでその中に元々入っていたかのように水が桶の中へと流れ落ちていった。
桶が水で一杯になる頃になってようやく、木杯の水は尽きたようだった。
「⋯この水は、どこに入っている? マジックバッグの類いか?」
「ううん。水は今この場で作ったのよ。保存じゃないの。だから傷まないわ。最初に設定した量しか出ないから使い切ったらただの容器に戻るけど」
「……それを祭りで売るのか?」
「うん。私は水筒に魔法を掛けるだけよ。人族の魔法使いだって水を出したりしてるんでしょう?」
何も特別だとは考えていないようだ。
「人族だって、魔石や魔力結晶を使えば同じ性能のものくらい作れるはずよ? それどころか何度も使えるものだって作れるはずだわ。これは使い切りで、あたしが作ると安く済むから儲けが大きいってだけ。ちゃんとリィナちゃんとフェイさんにも聞いたもん」
ずいぶんと、よく考えた結果のようだ。
「なら、容器が要るな」
「そうなの! 小さくて安い水筒を、まとまった数集めたいのよ」
明日探すのよ、と彼女は楽しげに笑った。
「それくらいなら俺も手伝おう」
「本当!? でもライリー、忙しくない?」
「大丈夫だ」
「じゃ、明日、一緒に行ってもらってもいい⋯?」
「ああ」
翌日の約束をして、カタリーナの部屋を出た。
「ん? ライリー⋯? ここってアルフレート妹の部屋⋯」
「ルドルフ。疚しいことなど俺には何もないぞ⋯!」
「⋯⋯ほーん」
通りかかったルドルフは、アルフレートを誂うときの顔をしていた。




