089
ちょっと変わり者の兄、アリーは、昔から物を作るのが上手い。
上手いというか、細かいのかな。
いつもは大雑把なのに。
板状のものを作れば真っ平らにするし、曲面にすれば滑らかな曲線を描く。
精度がおかしい。
アリーが作った小瓶は、ガラスなのに宝石みたいにキラキラしていた。
使っちゃ駄目な気がした。自分で作ったものだけにしよう。
「ね、アリー。封蝋押すやつってどうしよう。何か作ってくれない?」
「あ、うん。いいよ。どんな模様にするの?」
「んー⋯よくわかんない。あたしの店ってすぐわかるやつがいいわ」
複雑で細かいものだって、すぐに作っちゃう。
「ブラス⋯真鍮って在庫あったかな⋯おっ。あった」
こんなふうに、材料さえあれば器用にすぐ細工してしまう。
平らだった円形の金属がみるみるへこんで、判子のような形になっていく。
あっという間にできあがったそれには、耳の長いエルフ女性の横顔が彫ってあった。ちなみにあたしの顔じゃない。
でもなかなか洒落ているし、レコルナスではエルフ自体が珍しいから、きっとこれでもあたしの店ってすぐわかる。
「アリー、これすっごいかっこいい! ありがとう!」
砂を取りに行った帰りに薬包用の蝋紙買ってきたし、封蝋用の蝋も買った。
作り置きしてあった傷薬を少量取って、包んでみる。
意外と折り方が難しかったけど、練習するうちにすぐできるようになった。
蝋を温めて溶かし、先程作ってもらった印章を押しつけた。
⋯きれいにできるかな。
蝋が少し冷めてきたところで印章を外せば、きれいに模様が浮かび上がった。
レコルナス祭で売る商品、第一号よ!
「素敵。かわいい! 見てアリー!」
「おー。なかなかいいじゃん」
「⋯⋯ありがと」
「⋯うん」
あたしがお礼を言うと、テオ兄もそうなんだけど、アリーもこういう短い返事しかしない。
いつもそう。
そのあとすぐ黙っちゃう。
「ね、これ見本に持ってって商業ギルドに申し込めばいいかな?」
「うん。私はそれでいいと思うよ。念のために持って行こう。ちょっと着替えてくるから待ってて」
そう言ってあたしの部屋から出て行った。
戻ってきたアリーは、いつもの冒険者の格好をしていた。
砂を取りに街の外へ行ったときでも普段着のままだったのに。
いつも使うやつじゃない、黒い鞘の剣まで下げてる。
「じゃ、行こっか」
「うん」
商業ギルドは中央商業区にあるので、ちょっと歩く距離。
アリーはあたしをポチくんに乗せてくれた。
午後も半ばを過ぎていたからか、人通りが多い。
視点が高いのと、目立ってるみたいですごく周りの人に見られるのが、ちょっと恥ずかしい。
みんなあたしの顔をじろじろ見てくるの。
もう余所者じゃないのよ。あたしもこの街に住むんだから。
見せ物みたいになりながらたどり着いた商業ギルドには、登録手続きに来たらしい人がいっぱいいた。
「うわぁ混んでるね」
「時間かかるかな⋯」
どう見ても商人じゃない人や冒険者に見える人もちらほら。
『レコルナス祭出店申し込み』って書いた紙が貼ってある急拵えっぽい受付がある。
もう共通文字も結構読めるようになってきたわ。
「次の方どうぞ」
あたしの前に並んでた人が呼ばれて受付前の席に座った。
「緊張してきたわ」
「大丈夫だよ」
アリーは普段と変わらない様子ね。
「火を使うなら消火用の水桶を用意してください」
「あ、わかりました」
「では。次の方」
呼ばれて前の人と入れ替わり、席に座る。
「では、出店内容を確認しますね。どんなお店を出す予定ですか?」
「えっと⋯傷薬と、ちょっとした魔道具を売ろうと思ってます」
「傷薬と魔道具ですね。薬品類は見本を確認します」
持ってきてよかった!
「見本はこれです。魔道具は、まだ準備中です」
「魔道具の種類だけ、記入をお願いします」
生活魔道具、娯楽用魔道具、冒険者用魔道具、護身用・攻撃用魔道具、って項目が並んでた。
「⋯生活魔道具と娯楽用魔道具と冒険者用魔道具ですね。⋯緊張なさらなくても大丈夫ですよ。エルフ族の傷薬ですね。これが主な出品物として出品されるのは初めてです⋯⋯。偽物とは思えませんが⋯規定ですので確認させていただきますね」
封蝋を撫でて確認したあと、係の人は薬包を開封した。
見た目を確認したあと、係の人は別の職員さんを呼んで、何か小声で確認してから手を差し出させていた。
よく見ると、指先に切り傷があったみたい。紙で切ったのかしら。
その指先に私の傷薬を塗る様子を見ているとちょっとどきどきしてしまう。
「うわ、本当に一瞬で治った⋯…なんてことするんですか! これ本物じゃないですか! なんでこんなどうでもいい切り傷に使わせたんですかぁぁ!」
「わぁ、ごめんなさい!?」
傷の治った指を見て、職員さんが慌てだしてて、どうしたらいいのかわからなくて、あたしも慌てた。
「確認に必要だっただけです! 申請者がびっくりするでしょう? 騒がないでください!」
なんだか周りがざわざわし始めた。
ちょっと怖い。
「君! わ、わたしは王都で商会を営んでいる者だが、取り引きを願えないか!?」
後ろに並んでた人まで近寄ってきた。
「うん。そういうのは、今はちょっとやめてもらおうかな? 私の妹はただ、レコルナス祭に出店してみたいだけなんだ」
「なんだ、君は⋯!」
「王都の商人さんなら、黒竜狩ったエルフの冒険者で通じるかな?」
大きな声の怖い人にも、アリーは静かに対応してる。
「そして、この子の兄だよ。顔見れば判るだろうけど」
アリーがそう言うと怖い人が一歩下がり、息をするのが少し楽になった。
「そこまでにしてください」
受付の係の人が、怖い人に向かって少し強い口調で割って入る。
「こちらはレコルナス祭への出店申請の場です。商談をなさるのでしたら、後日ご本人の了承を得てからになさってください」
それから、あたしのほうへ向き直る。
「驚かせてしまって申し訳ありません。傷薬が本物であることは確認できました。出店品としても問題ありません」
「ほ、本当?」
「はい。魔道具については、護身用や攻撃用魔道具ではないので、前日準備中に巡回している者が確認させていただくだけで結構です。それ以外は通常の出店規則に従っていただければ大丈夫です」
出店料というお金を払う。
受付の人は書類へ何か書き込んで、金額を確かめ、最後に判を押した。
「これで受付は完了です。出店場所などは後日お知らせします。――それから皆さん、列を乱さないでください。申請を続けますよ」
どきどきしながら席を立ち、商業ギルドから出ると、もう夕暮れ時になってしまっていて、人の姿もまばらになってきていた。
ふう、と息を吐いたところで、ぽん、とアリーがあたしの肩に手を置いた。
「すごいじゃん。出店はさすがに私もまだやったことがなかったよ」
なんだか認められたみたいで嬉しい。
ライリーにも報告したい。
「あー。疲れたわ! 早く帰りたい」
「私も疲れたー!」
二人と一匹で銀麦亭への帰り道、アリーは大人なんだな、となんとなく思った。
あたしと七歳しか離れてなかったのに、なんだかずいぶん先を歩いているように見えた。




