009
※ダンジョン内での死亡者及び負傷者に関する描写があります。
トイレ事情が若干改善され、少し嬉しいアルフレートです。
他に聞いておきたいことはあるかと聞かれたので、つい娼館での避妊事情について尋ねたら、ルドルフには無言でスルーされた。
……どうやら今はそういう話をする場面ではなかったらしい。
ルドルフって下ネタ駄目なタイプの人なの?
それなら以後気をつけるけど。
いつか機会があったら誰かに聞いとこうと思ってたのはそのくらいで、今のところ他に疑問なんてすぐ浮かばないよ。
仕方ないじゃないか。齋藤朱里の知識はあるけど、それがこの世界でも一般的なものかどうかがわからないんだよ。
それに父さん教えてくれなかったんだよね。一人でシたら換気しとけとか朝何かついてたらパンツは自分で洗えとかそういうのしか聞いてないよ。
エルフの出生率が異様に低いせいで避妊なんて必要なくて父さんも知らんという可能性もあるけど。
ちなみに私には78ほど歳の離れた兄を筆頭に、42歳上の姉と15歳上の兄と7歳下の妹が居る。
ウチは珍しく子沢山な家なのだ。
「とりあえず下半身周りの話から離れようか」
「うん。そうだね」
下半身周り以外では困ってないよ。
それにしてもルドルフが居ると私は後ろしか警戒せずに済むので非常に楽だ。
憎きデヴィルモスが出たときもナイフを投げて一撃で仕留めてくれた。
私がやるみたいに灼いたりすると灰とかが周囲に散ったり舞ったりするのがまた嫌悪感すごいのだけど、壁に縫い止めて動けなくしてくれているのが嬉しい。
コントロールの悪い私には出来ない芸当だ。
酸の落とし穴まで戻ってきたけど、ここで4人パーティとすれ違った。
持参したらしい折り畳み式のはしごを格納しながらも一角狼をしきりに気にしていたので、普通の魔物と間違われて襲われちゃたまらないと思い、所有権を主張するように近くに寄ってやり過ごした。
「ルドルフ、ここどうやって越えてきた?」
「壁走った。お前は?」
「空中に足場2個作って跳んだ。この子はそのまま跳んだ。すごいよね」
私がなでくり回しても「ウォフ」とか言うだけで怒らないのが良い。可愛いな!
とりあえず各々の方法で対岸へ渡る。
正面にあった扉を開ければ、バラバラのゴーレムだった岩が散らばる大広間だ。
もうここまで来れば既に通ったことのある場所なので会話や物音で寄ってくる魔物も大したこともないのは判ってる。多少は気を抜けるのだ。
「アルフレート、ここまでバラバラにする必要は無いと思うぞ」
「無機物系は死んだか生きてるか判んないんだもん……あれ? なんで私だと思った?」
「いつもこれくらいバラバラにバラすだろお前。こんな狂気を感じるほどゴーレム斬り刻むやつを俺はお前以外知らない」
「狂気言うな。加減が判んないだけだし」
失礼な。
「ねえルドルフ。疑問なんだけどさ、コレみたいなのって倒して6時間くらいで復活するじゃない?戻る瞬間ってどんな感じかな。くっつくのかな?それとも新品が何処かから出てくるのかな?」
「時々お前の着眼点に吃驚させられるわ俺」
「見てみたい…」
「あと4時間強はあるだろ。待ってられるのか?」
「んー。無理だね。流石に飽きる。帰ろ」
そんな会話をしながら歩を進めると、前方から3人パーティが扉のむこうから転がるように駆け込んできた。
ガッコンドッカン扉に重くて硬いものが多数当たったようなすごい音がする。
ダンジョンの扉の頑丈さに吃驚だ。確かこの向こうにいたのはガーゴイルだった気がするよ。
「ここ、あと4時間くらいであのゴーレムが復活するから注意したほうが良いよ」
「あざす!!」
ガーゴイルから逃げなきゃならないようだとこのゴーレムに復活されたら帰れなくなると思うんだ。
扉はまだガーゴイルが体当たりしてるのかゴスガス言ってる。
「ちょっと面倒くせえな」
「そうだねぇ。私、先に飛び込もうか?」
扉開けてすぐに殺到されるのを急いで捌くのが億劫なんだよね。
威力はルドルフの方が上なんだけど私のほうが手数多くて素早いので立候補したよ。
「頼めるか?」
「いいよー。ルドルフ、狼守ってよね」
「こいつはお前のペットか何かか?」
出来れば飼いたい!
飼いたいよ!懐いてくれてるし、可愛いし!
「行ってきまぁす」
剣は最初から2本とも手に握っていく。
ガーゴイルの数と速度から考えて、扉を開けてから抜いたんじゃ多分間に合わない。
扉も手で開けたのでは初撃が間に合わないだろう。
魔法で押し開けようか、蹴り開けようか。
いやその前にあまりに扉に近い位置に密集して居られると動き難いな。
扉の向こうに人の気配がないことを確かめてから、圧縮した空気を送り込み、一気に解放する。
ゴゥン!!と爆音がした瞬間に扉を開け、飛び込んだ。
爆風で体勢を崩したらしい手近なガーゴイル2体を斬り、その2体の間からこちらへ向かってきた1体を強化した右脚で蹴り砕く。
あとは向かってきた順に殺るだけ。
柄で殴り、斬り伏せ、重力を操作し踵で踏み潰した。
後方でルドルフの大剣がガーゴイルを叩き斬る音がする。
ここのガーゴイルは20体だったような気がするのであと4…いやあと3体か。
ルドルフが1体を縦真っ二つに斬り、私がもう1体を横真っ二つに斬ったところで、一角狼が体当たりで1体を弾き飛ばし、壁にぶち当てて砕いてた。
私の狼すごい。
本来一角狼は単体ではCランクの魔物。群れのボスだけはBランク相当の場合もあるけれど。
どうやらこの子、見た目どおり群れのボス級だったらしい。
一体だけとはいえ、Bランク相当のガーゴイルを体当たりで砕くとは大したものだ。偉いぞ。
わしゃわしゃと撫で回し、褒める。
白いふわっふわの腹毛を見せてもっと撫でろと要求されては私には抗えない。ヒャッホーと狼の腹に飛び込み顔を埋めた。たまらん。
「ウワァ!一角狼!」
おっと、他の冒険者が階段を降りて来てしまったようだ。
顔を上げると青褪めた顔の若い冒険者たちが居た。
「こっ、この一角狼は怖くないよ!おとなしい子だよ」
「これはコイツの従魔なので大丈夫だ。気にするな」
「はっ、ハイっ!」
なるほど。従魔ということにすればいいのか。
ルドルフ頭良いな。
「ふぅ。ここまで来ると人が多いね」
「そうだな。ここまではランクDくらいでも余裕もあるだろうしな」
先程の冒険者はあの「隙間」と呼ぶのがふさわしいあの道を選んだようだった。
「そっち、その先で床が抜けちゃってるから、注意したほうがいいよー」
「えっ!? ありがとう!」
あの道は実に恐ろしかった。
「先へ進もう」
「うん」
階段を登れば何も無い長いだけの通路がしばらく続く。
その通路を過ぎればそこは、狼と出会ったあの場所だよ。
鍾乳石の通路に辿り着くと状況変化に驚いた。
まず、どうやら物量で強引に突破したヤツが居るようだ。
林立する石筍の上に木材を投げ込み、足場にして無理矢理通ったっぽい。無惨にも石筍がバッキバキに折れまくっている。
それから、死んでるヤツが居る。
よくよく見れば、あの時引き返したはずの初心者3人組の槍使いだった。
落ちたのか、運悪く太い石筍に腹を貫かれている。
……助からなかったか。
あの時点で引き返しても、結局こうなるやつはなるのか。
いや、人を気にしている場合じゃない。
油断すれば自分だって何が起きるかわからないのがダンジョンだし。
「ねぇルドルフは、ここどうやって通った?」
「壁際、ちょっとだけ出っ張りあるだろ。それ足場にした」
「なるほど」
よくよく見れば幅3センチ位の出っ張りがあるように見える。
「先に行くぞ」
「あ、うん」
ダァン!!とすごい音を立ててルドルフが地を蹴る。
先程示した狭い足場につま先で着地、すぐさまジャンプ。
私より体重あるのにすっごい身軽。軽やか。
鍾乳石の細い通路を蹴り、再び壁際を蹴り、と対岸へ移動して行った。
周囲の冒険者に注目されてますよルドルフさん。
さて、狼と私はどうしようかな、とおもったところで、今度は狼が地を蹴った。
ルドルフのしてみせたように壁際の足場と鍾乳石の細い通路を交互に蹴って危なげ無く無事に渡り切る。
あとは私だけだ。同じことはやれば出来るけど、安全性とか魔力の効率的運用とか考えると酸の落とし穴のときみたいに、数箇所に踏み込む瞬間だけ足場を作る方式がいいね。
軽く助走してから真っ直ぐ跳び、仮想着地点としておいた箇所に魔法で空気を固めたみたいな足場を作り、蹴って解除。
足が下に着く前に次の足場を作って蹴ってから解除。
あとはその繰り返しで対岸に渡った。
「ずいぶん怖い渡り方をするな」
「怖いかな? 私なりに安全確実な方法を選んだつもりだったんだけど」
鍾乳石の通路を通過し、左へ曲がると、少し先に冒険者らしいのが座り込んでいるのが見えた。
装備品からランクE程度の魔法使いと推測。
こんなとこまで迷い込んだのかと思ったところで、あの時の初心者パーティの魔法使いだと気づく。
槍使いはさっき死んでたけど、剣士はどうした。
「お前らまだこんなとこに居たのか」
ルドルフも会ってたのか。
聞けば、鍾乳石の通路の上を彼らがゆっくり移動してて時間が掛かりそうだったため、ルドルフはあの移動方法をとったのだとか。
「ひぐっ、一人落ちちゃって、僕も最後にしくじって足に怪我しちゃって…。そしたら…」
「アッサリ見捨てられたと。臨時で組んだパーティなんてそんなものだろうに。まさか信じてたのか?」
「だって…!街に戻ったら正式にパーティ組もうって約束したんだ!」
ルドルフがうっかり話し掛けちゃったせいで、事情説明を始めてしまったぞ…。
「ただの口約束でしょ?信じちゃ駄目だよ」
契約書があるわけでもなし。
何の意味もないよそんなもん。
アホらしさについ私も口を出してしまった。
たかだか結成数時間の即席パーティに、信頼などあるもんじゃない。
「何考えてこんなとこまできちゃったんだかわかんないけど、自分の実力に合わないことはしない方がよかったね。あと自分のものじゃない力を自分の実力だと勘違いすることもあるかもしれないけど、気をつけたほうがいいと思う。まぁ頑張れよ」
「えっなんで!?なんで誰も助けてくれないの!?」
逆に、知り合いでもないのに助けてもらえるとなぜ思うの。誰でも困ってたら助けてくれる「優しい誰か」なんてここには居ないよ。
お腹が空いたらボクをお食べよなんて言いそうな、そんな愛と勇気だけが友達なヒーローは現実には居ない。
戻れと警告はしたのだ。
そのうえで、仕事でもなく、ただの善意だけで助けろというのは、ずいぶん虫のいい話だ。
私にはせいぜい助言をする程度の優しさしかないよ。
「あのなぁ。冒険者は自己責任だ。自力で帰れもしないところまで来るのが悪いだろ」
ルドルフも若干苛立ってるようだ。
「僕だって足さえ動けば帰れる!治したのにまだ動かないんだよ!」
「…動くように治せない程度の技術しかないだけだよ。生意気は自力でまともに治せるようになってから言いなさい、半人前」
まぁ、動かないだろうね。多分治し方間違えてるからね。
足の甲まで貫通して骨や神経までやっちゃってるはずなのに、血を止めて傷を塞ぐだけしかしてないみたいだし。
私も医療に関する知識はさすがに無いので、そういった傷を癒やすなら、知識の無さをカバーするための魔力が余計に必要になる。
博愛精神など持ち合わせていない私は、基本的には親しい知人でもない人のためにタダで使う魔力も持ち合わせていないので、治してやるつもりも更々無い。
例外があるとすれば相手に興味がわいたときと、可愛そうだなと思えたときと、相応の対価があるときだけだ。
「骨とか神経がバラバラなまま傷口の表面だけ無理矢理塞いでるから動かないんだよ。骨の位置とか直して神経も繋げて筋繊維とかを修復しないと動かせるようにならないしそのうちそのままの状態で症状が固まっちゃうよ」
「えっ」
「あと、血管の修復が不完全なのに無理矢理止血しちゃったでしょう?場合によっては血が届かなくなっちゃった先の部分が後で壊死したりして脚が腐り落ちることもあるよ」
理屈もわからず無理矢理傷を塞ぐような未熟な治癒魔法は危険です。
傷だけ治癒して機能は回復しないままだったり、後で悪化したりで結局冒険者を辞めるようなことになってる人もそれなりにいるらしいし。
ウチでも危ないから子供は自分で掛けちゃダメ、きっちり習うまでは絶対ダメと母さんに言い聞かされて育ちました。
ちっちゃい擦り傷を隠そうと自分で癒やした痕を後に発見されて、オーガのような形相の母さんにこっぴどく叱られ、ケツが犠牲になった日もあったよ。
「どんな怪我も魔法で治癒できるから大丈夫って思ってた? どこでも同じ呪文唱えればどんな種類の傷もキレイに元通り治って終わり、なんてわけないでしょ。治癒魔法って難しいんだよ。私はすごく苦手だ」
ホイミでもケアルでもディアでもないんだよ。そんな単純じゃないんだよ。
「お前でも難しいレベルなのか?」
意外そうにルドルフが聞いてくる。治癒魔法はリィナがごく自然に使っていたから知らなかったのかもしれない。
「だって同時にすべきことがいっぱいで作業それぞれがすごく細かいんだもん」
「それは単にお前が大雑把なだけじゃないのか」
「…………ぉおう」
それはあるかもしれない。
「……ここに、大金貨1枚と金貨7枚ほどあります」
うん?
「大金貨2枚には足りませんが、これでどうか助けてもらえませんか…」
ああ。憶えてたのか。
俯いてぼろぼろと涙を零しながら、おそらく有り金全部なのだろう細かい金額の貨幣を差出してきた。
どうやら虚勢を張る意味のなさ、自分の未熟さくらいは学べたようだ。
せっかく学べたのにこのまま野垂れ死にではもったいないので、ほんの少しの手助けだけしてやろうかと思えた。
怪我さえしていなければここから出口までは初心者でも通れる程度の難易度だったし、仕事として治癒を請け負ったとしても積極的に連れて帰ってやる義理は無いので、基本的には治すだけだけど。
「依頼として請けます。何時でも誰かが助けてくれるなんて思うんじゃないよ。最初からやり直しになるから、怪我した瞬間くらい痛いからね?」
「…お願いじまずぅ」
ぐずぐず言ってたのがとうとう嗚咽し始めた。
まずは魔法使いくんの前にしゃがみ込み、探査の魔法で患部を確かめる。
異物は…無し。多少の細菌感染はありそう。骨の位置…3つに割れてるしだいぶずれてる。神経も切れてる。筋繊維はありえない方向にくっついてるから一旦切断しなきゃ。
思い浮かべるのは朱里さんの長女が骨折した際のレントゲン写真だ。
小さな修復をたくさん、それぞれ『指示』まで出した状態で『待機』させて、総てに一気に魔力を流して『起動』した。
「ッぎゃあぁ!!」
一瞬といえ切ったり繋げたり細胞を無理矢理増やしたり修復したりでかなりの痛みがあったはず。さすがに叫んだね。
痛みが全く脳に伝わらないようにも出来たけど、それはせず、一部遮断程度にした。ほんの少しくらいは痛い思いをしといたほうが忘れないだろうし。
「終わったよ。歩けるか確認して。私たちも帰るところだから、遅れずについて来られるなら勝手についてくればいいよ。護衛はしないけどね」
まだ収入も少ない頃の冒険者から財産没収はさすがに人生が詰んでしまう。
金貨1枚だけを受け取り、立ち上がり、ルドルフと狼を連れて立ち去った。




