008
アルフレートの描いたマップ? とやらを元に、件の男らしい人物の居た場所を目指す。
アルフレートのマップは記入の仕方が独特でつい「?」をつけたくなる感じなのだ。
アルフレートはいろいろ出来るくせに妙なとこで欠点がぼろぼろ出てくる面白い男だ。
ひどく子供っぽいかと思えば次の瞬間には年長者らしいことも言ったりする、不思議なエルフの男。
素早くそれなりの時間を動き続けられることを目的とした筋肉の付け方で、手数を増やす目的だろう双剣に魔法での強化を乗せて敵を叩き斬る豪快な戦い方をする。
同じパーティメンバーであるハーフエルフのリィナによればアルフレートのように魔法より先に手や足が出たり、身体を鍛えるエルフというのがまず信じられないらしい。
息をするように魔法を行使し指一本動かすことなく大岩を真っ二つに斬れるのがエルフだから肉体を鍛える必要性自体がそもそも無いのだとか。
アルフレートも早朝の寝起きなど寝惚けている時には一切動きたくないのか、あらゆることを魔法で済ませていたから、「息をするように魔法を行使」というのは何となく理解できた。
エルフの種族的な特徴でもあるが、表情によって男性的にも女性的にも見える、性別の判りにくいやたら整った顔だ。
黙って無表情で居れば彫像のように美しく近づき難くすら感じるような男だが、普段は子供のように表情豊かで気安い。
ハーフエルフは街でも稀に見ることもあるが、リィナの母を除けばエルフに会ったのなんて俺もアルフレートが初めてだった。
そのうえ冒険者をしている純血のエルフなど、俺はアルフレート以外に見たことも聞いたこともない。そもそも隠れ里から出てくるエルフ自体が珍しいらしい。
つまり、アルフレートは、相当な変わり者ということだ。
同じ依頼を請けた際に、非常に仕事がやりやすかったのでパーティに誘ってみたら、「いいよ」と気安く即決してみせた。
何を考えているやらいまいち理解できなくて、苛立つこともあるにはあるが、基本的に善人で、身内には甘い。
しかしその言動の端々からは身内以外には冷酷さを見せることもあるように思えた。
博愛を主張し慈善家のように振る舞うようではこの仕事は長続きしないので、初心者でもなければ大概の冒険者は似たようなものだ。
長く冒険者をしているなら当たり前に必要なことだとは思うし、俺も大差ないので人をどうこう言える立場ではない。
「ルドルフ、後ろ、50メータ。多分フレアヴァイパー。あと15秒。やる?」
「ああ」
後方50メータほどにフレアヴァイパーがおり、現状の速度で歩けば15秒後に襲ってくる、と最小限の言葉での伝達。
この、まるで目が全方位に向いているかのような精度の索敵・探査能力。
アルフレートがパーティに入ってからというもの、後方への警戒の一切を任せ、前方及び横へ意識を集中できるおかげで、不意打ちを食らうということが一切無くなった。
アルフレート自身は「後ろしか気にせずに居られるって楽で良いね」などと言っていたが、それはこちらの台詞だ。
非常にありがたい。
フレアヴァイパーが後方10メータ程に迫ると俺でも気配に気づく。
もうすぐ飛び掛かってくるだろう。
跳ねて地を離れた瞬間を狙って振り返り、首を切り落とした。
フレアヴァイパーの胴体と頭部を拾ったアルフレートが魔法で手早く血抜きを済ませ、こちらへ手渡してくる。
「助かる」
受け取ったフレアヴァイパーを、マジックバッグに収納した。
何かの折に礼だといってアルフレートに以前貰ったものだ。
思い付きで作ってみたと言っていたが、驚くことに容量は飛竜が2体入るほどもあるうえに入れた物は時間の経過が非常にゆっくりになるという特殊効果付きだった。
とてもじゃないが人には言えない代物である。
元々各工房で制作されているマジックバッグに掛けられている魔法はエルフたちが使っていた魔法を転用したものらしいが、エルフ自身が作るとこうも性能が上がるのかと驚いたものだ。
貰えないと固辞しようとしたら、「それ受け取って貰えないと贈り物代で私の財布が死ぬ」と真顔で返却拒否された。以後有り難く使用している。
「アルフレート、お前のマップ?が正しければこの角曲がった先だよな?」
「うん。まだそこに居るみたいだ…ん?アレか…」
立ち止まって一瞬で再探査したらしいアルフレートの表情が微妙なものになった。
「ね。ここからは私への依頼だから、ルドルフと君は手出し無用だよ」
そう俺と一角狼に言って、アルフレートが無造作に歩き始める。
抜き身の剣を2本その手にぶら下げて。
髪や目の色、体格や装備品などの特徴から、やはり聞いていた通りでデイヴィッド本人だと確認できた。
その男は夢魔に襲われていた。どうやら現在搾り取られている最中のようである。
遠目にはヒトに見えなくもないそれは、蝙蝠のような翼とやたら骨張った尾と頭部に2本のねじ曲がった角を生やした醜悪な化け物だった。
現在のその男にとっては、絶世の美女に見えているのかもしれないが。
実際にはどう控えめに言ってもバケモノである。
夢魔は男に跨りキーキーと耳障りな奇声を上げていた。
男は既に枯れ木のようになった四肢を投げ出して壁にもたれて虚ろに微笑んでいる。生命力まで搾り取られ、もはや長くはないだろう。
夢魔は獲物に取り憑いて1日という長い時間を掛けて相手を死に至らしめる魔物だが、どう見ても取り憑かれた直後という様子ではない。
既に治癒魔法でも戻せる段階ではなかった。
アルフレートが夢魔に対し双剣を構えて強めに殺気を向けると、夢魔は慌てて飛び去ろうとした。
デイヴィッドから離れた途端にアルフレートによって切り捨てられていた。
夢魔はそのまま捨て置くつもりなようだ。
そちらには見向きもせずアルフレートは剣を納め、記録用の魔道具を取り出して、起動させていた。
冒険者ギルドで証言記録にも使う、音と映像を残せる高価な魔道具だ。
短時間しか使えない簡易なものでも5,000ロフもするものをこんなことに使うとはずいぶん酔狂なことだ。
「ねえ、なんでわたしを騙したの?」
男の目は焦点が合っておらず、おそらく夢魔に見せられていた幻の続きの中にいるのだろう。
アルフレートが男の前で目線を合わせるように膝をつき、別人の声で男に語り掛ける。どう考えても女の声だ。催眠状態なのをいいことに自白させようとしているらしい。
「かはっ…かねになるからさ」
「わたし達をどうするつもりだったの?」
「…べつの…ところへ売って…ゴホッ、ゴフッ」
「わたし達をどこへ売ったの?」
「王都の貴族の………」
アルフレートに聞かれるがままに一切合切の悪事をぶちまけたあと男は「疲れた」と言って眠ったようだった。どうやらそれで事切れていたようで身体が傾ぎ、そのまま床に倒れた。
それだけのことを仕出かしたにしては幸せそうな死に様である。
「うっぷす。さらにめんどくさいことに…」
アルフレートは死体になった男をまるごとマジックバッグにしまい、深い溜息を吐いた。
ダンジョンで死んだ場合、3時間も経てば遺体は「吸収」されて消えてしまうので、ひとまず回収したようだ。ちなみに落とした装備品や食料なども同様だ。生きている者の手を離れたものは掛かる時間の長短はあれど、どれも消えるのだ。
「ギルドへの報告案件だな」
「そうだね…。ね、ルドルフはまだダンジョン探索するの?」
「いや、今日は様子見だったからな。もう戻るつもりだ」
「そっか。じゃ一緒に帰ろっか」
後味の悪い結果だったが、アルフレートは気持ちを切り換えたのか、明るい声の調子だった。
冒険者は生きるも死ぬも自己責任。俺と同様、長く冒険者をやっているアルフレートにとっては既にそれが常識で、知り合いでもない冒険者の死にはさほど関心も持てないのだろう。
俺達はそのまま来た道を戻り、階段を昇った。
話し声がしても問題ない範囲に入るなり、俺はついそれを口にしていた。
「お前の声が別人に聞こえた」
あれはとても不思議だった。
喋っているのは確かにアルフレートなのに、その口から出てきた声は高めの女の声だった。
「音ってのは空気の振動だから、ちょっと魔法で干渉して振動数を増やしてやれば高い音になるんだよ。その周波数とか細かく調整してやればある程度他人に似せることも出来るんだ。今回は被害者のヘレナさんに似せたんだ」
音が振動?なるほどわからん。
「波状の振動だからそれを正確に打ち消してやれば防音の魔法になるし、音の量を増幅すれば拡声の魔法になるよ」
ちょっと何を言ってるんだか解らん。
「夢幻蝙蝠なんかは目は悪くて実は見えてないんだけど」
「見えてないのか!?あれで?追尾してくるぞ?」
どこで学んだやらアルフレートはいつもそれまで聞いたこともなかった知識を披露することがある。
エルフは博識だというが、これは本当にすごいといつも感心するばかりだ。
「うん。で、あれは目で見る代わりにヒトに聞こえない周波数の音を反響させて周囲の情報を集めてるんだけど、実際とは違う音波を送り返してやるとこっちに気付かずに通り過ぎてったりするんだよ」
「アイツら面倒だからそれは便利だな」
「でしょう?」
「そういえば、アルフレートのダンジョン嫌いって、何が原因なんだ?」
「うぐっ。それ聞くの?ていうか嫌いなの気づいてたの?」
悪さがバレた子供のような顔をしたアルフレートは、バレてないとでも思っていたのだろうか。
ライリーやフェイはアルフレートの言い分に騙されているが、この男は存外自分本位な一面もあるのだ。
「ここへ来たくない理由をいろいろつけてたが、お前自身がダンジョンを嫌いなのは判ってた。で?」
過去に何か嫌なことでもあったのか。
尋ねるとアルフレートは少し困ったように眉を下げ、視線を左下方面で彷徨わせた。
「…長距離歩くの無理。虫系の魔物が生理的に無理。あとトイレ事情が嫌」
「……は?」
アルフレートの口から出てきた答えは想定外だったが、本当に心底嫌そうだ。
「人族や獣人のペースに合わせてついてくと体力的にキツい。虫がきもちわるくてこわい。ひとのそばで排泄したくない。…何だよもう、そういう反応するから言いたくなかったのに!私には切実なんだよ?」
俺の反応がお気に召さなかったらしく、拗ねたように唇尖らせて文句を言う。
「これでもだいぶ体力ついて長時間活動できるようになったけど、多分私は今でもリィナより体力無い。魔法でかなり補助してるけどダンジョンとか歩く距離長いし正直キツい。」
「マジか」
「他の冒険者より頻繁に休憩が必要で、ペースが合わないからソロだった、っていうとこもあるんだよ?」
「おう。今度から気ぃつける。あと何だっけ?」
「虫!」
「このダンジョン、デヴィルモスくらいしか出なくないか?」
「それが嫌なんだよ!逃げ場のない閉塞空間で遭いたくないんだよ、あんなものと!」
アルフレートはそう言ってふるふると身体を震わせた。
首筋あたりにぽつぽつと鳥肌が立ったようで毛穴が見える。こいつにも毛穴あったのかと変なところで感心した。
リィナのフロッグ系が嫌なのと同じようなものだろうか。
「それに用を足すならそのへんで済ませればいいだろう?」
「だからそれが出来てたら苦労してないんだってば。一切遮るものの無いとこでしたくないってのが一番の理由だけど、それがなくてもパーティから離れられないし、いつどのタイミングでどう声掛けたらいいかわかんないし、排泄音を聞くのも聞かれるのも恥ずかしくてやだ」
逆にこれまでどうしてたんだそれは。
そう考えてアルフレートが言い出したことが一切無いことに思い当たった。
「あ?」
「言っとくけど、エルフはトイレ行かないと思った、は無しだからね」
…思ったぞ。
「娼館行ったりトイレ行くだけでなんで私だけ驚かれなきゃなんないの。だったら私のコレは何のためについてるっての!? 行くよ? 行かないわけないだろ? あれだけ飲み食いしてりゃ出るモノは出るし溜まるモノは溜まるよ!?」
なんだか今まで溜めに溜めた不満をぶち撒けているようだ。コイツはコイツで苦労してるんだなと思った。
「ちょっと他種族より魔法が得意な種族ってだけで同じだよ。ライリーたち獣人が身体能力が高いのと一緒だよ」
そうだな、と答えたら、嬉しそうに微笑まれた。
「とりあえず、言い出し難いならリィナ以外の他のメンバーが言い出したときに乗っかればいいんじゃないか?あとは休憩中とか」
やっぱりアルフレートは所々常識も抜けてるが、冒険者の常識という方面でも若干怪しいときがある。主にパーティでの行動についての関連が多い。
おそらくあまりパーティを組まずソロで長く活動していたせいもあるのだろう。
俺が誘うまでは特定のパーティに所属したことは無かったらしいからな。
「アルフレート、パーティでの行動中で「休憩したい」って言い出すのはだいたいそういう事情のときだぞ」
アルフレートが目を剥く。
そこまで驚くな。
「……………それはもっと早く知りたかった…!」
「あとな、出したモン見るのもアレだから基本的に進行方向と反対側でする、って暗黙のルールがあるから、音が聞きたくなかったら休憩中は進行方向のほうに居ればいいと思うぞ」
「いろいろ教えてくれてありがとうルドルフ!」
このようなしょうもないことでそのやたらきらきらしい笑顔を向けないで欲しい。
「とりあえず俺、小便してくる」
「あ、私も」
便乗することにしたらしいアルフレートと背中合わせにそれぞれ反対の壁に向かってしていたところ、アルフレートが「この位置からしたときに足元にハネるのがちょっと嫌なんだよね」とか呟いた。
確かに俺も嫌だが、今言うことか。
今だからなのか。
絶妙な間のあとの「遠くに飛ばせばいいのかな、どう思う?」でつい腹圧が掛かり、狙いが逸れて盛大に飛び散った。
許せない俺の心が狭いのだろうか。
ここまで読んでくださっている皆様、ありがとうございます。ブックマークしてくださった方も、ありがとうございます。
今日は昼頃にも更新予定です。




