007
※本作の主人公は誰でも救おうと奔走する聖人君子ではなく、助けるかどうかを状況と相手で判断するタイプです。
酸の落とし穴を過ぎて少し歩くと、真っ直ぐと右へ行ける分岐に差し掛かった。
これまで進んできた距離的に、デイヴィッドが帰れなくなったというポイントがそろそろ近いはずなんだよね。
マップに記入してある問題箇所の奥にあるT字形の分岐がここなのではないかと思うわけで。
もしそうなら、帰れなくなったというポイントが右。その先は先程私が詰まった隙間に繋がる道のはず。
とりあえず右へ行って確認してみよう。
不思議と敵の気配はない。
だけど天井に仕掛けがある。
多分ガス系。
ベテラン冒険者なら長時間息止めて行くんだろうけど、私にはそんな芸当はできないし苦しい思いはしたくない。
空気ボンベ代わりに空気を無理矢理圧縮して保存してから、自分の周囲の空間を覆う。
頑丈なシャボン玉の中に入りながら移動してるイメージだ。
都度、圧縮を解いて新鮮な空気を補給する予定。
「多分これ以上進むとあそこからガスが出てくるから、ここで待ってて」
怪しい箇所を示し、狼に指示する。
待て。ステイ。
くぅん。
そんな声出すなよ。置いて行き辛いだろ。
「すぐ戻ってくるよ!!」
大急ぎで危険地帯を抜ける。待ってる子がいるからね!
案の定何か噴出したらしく、フシュー、と背後で音がした。
通路の先は小部屋のようになっていたが、床が無かった。
時間経過で戻るタイプではない様子。
あの細い隙間を通ってここまで来ちゃうこと自体が罠なのかな。
帰れなくなったのは、おそらくこれが原因だろう。向こう側まで優に七メートルほどはある。
陸上選手のように助走したって、装備の重さもある。
跳ぶのを普段から練習しているわけもない普通の冒険者が跳べる距離じゃない。
私だって装備がそのままで跳躍力の強化だけで跳ぶのであれば、四、五メートルがせいぜいだ。
魔法で足場を作る方法ならかなりの距離行けそうだけど。
確認が済んだので来た道を戻る。
偶然ガスの噴射に巻き込まれたのか床に夢幻蝙蝠が落ちていた。
戻った先には我が愛しの狼が伏せて待っている。
私に気づいたのか立ち上がって嬉しそうに尾を振った。なんだこいつ可愛いな!
周囲に張ったシャボン玉的な覆いを消し去り、狼に抱きついてわしゃわしゃと撫でた。
私が来たルートなら床の抜けた小部屋を通る必要もなく戻れるが、それにはゴーレムを倒す必要があり、パーティではなくソロのCランクではあれを倒すのは難易度が高い。
アレはさっき私が倒したが、一般的ダンジョン産ゴーレムであれば六時間ほどはそのまま通れる状態のはずだから、出来ればその間にデイヴィッドを見付けたい。
うん?もしかして今低ランクが迷い込んだら危険?同じように閉じ込められ案件になってしまうか?
いや、今はそこまで手が回らない。ゴーレムだった岩はそのまま残っているのだからその時点で撤退の判断くらいすべきだし、そこで引き返す判断も冒険者の実力のうちだろう。
確認を終えて、狼の待つ分岐まで戻る。
今度は最初に進むつもりだった正面側の通路へ戻り、さらに突き当たりを右へ曲がれば、デイヴィッドが進んだであろうルート、次のフロアへの階段だった。
「うーん。ここを越えられず戻れなくなったのに、どうしてさらに奥へ進むかな…」
次のフロアへ行くと、今度は道が左右に延びていた。
明らかに適正ランクがデイヴィッドに合わなくなっているので次の階層までは行けてないはず。おそらくこの階に居ると思われる。
ここから先のマップは無いので、私は薄く薄く探査の魔法を広げた。今度はフロア全体へ広がるほどに。
結構広いな…。端まで届くかな?
「っぐう…」
雑多な情報が頭に流れ込んできて焼き切れそう。頭痛い。貧血のように視界が暗くなるが、しゃがみ込んでなんとか耐える。
人の気配は…一人と三人か…。
見当をつけてからすぐに探査の範囲を通常に戻した。
おそらく三人のほうは普通に攻略中のパーティ、一人のほうがデイヴィッドだろう。
休憩中か、或いは何かあったか。一箇所に留まり続けてる。
今のですごく疲れた…私も少し休も。
階段まで這い、そこへ座り込んだ。
「あ、鼻血出てきた」
急にぼたぼたと目の前の床に落ちてきて驚いた。
鼻を摘んで俯くんだったかなと応急処置を思い出し、摘んでみるが、魔法の使えるこの世界では癒やしたほうが早かったと思い直し、癒やした。
詳細な損傷箇所の情報が判らない状態での魔法だったので若干魔力消費が多かった。
「クゥン」
心配してくれてるのか私の顔を覗き込んでくる。愛しい。
とか思ってたら顔をべろんべろんと舐められた。
「わっ、ちょっと、やめっ。鼻血なんて舐めるなよ汚い。うひゃぁあ!」
伸し掛かってくる狼の重量に負け、押し倒された。
腹毛がふわっふわのモフモフ。素晴らしい。
幸せにもがいていると、上の方からかすかな足音が聞こえた。
人の足音。
冒険者だろう。
前衛職で…うん?
知ってる足音な気がするよ?
「お前、何やってんだ?」
真上を見上げたら、今朝ぶりな顔。
黒飛竜の革の上下に大剣を装備したやたら体格のいい男。
「おんっ?ルドルフ?」
「ガウッ!」
この人は大丈夫、とルドルフを警戒してる狼を落ち着かせる。
ルドルフに怯えつつも私を守ろうとするとか、もうなんなの。
威勢いいのにめっちゃ尻尾股に挟んでる。
「アルフレート、どういう状況だコレ?」
階段降りたらでっかい一角狼に戯れつかれ押し倒されて鼻血垂れ流してるエルフの成人男性を発見とか、ルドルフも災難だったね。
「一角狼に懐かれた。あと休んでたら鼻血出た」
「いつも通り、お前の説明って意味分かんねー」
「ごめーん」
ルドルフの機嫌も悪くなさそうで少し安心した。
あんなふうに出てきてしまったから内心ドキドキしてたんだよね。
「捜索対象がこっちまで進んで来ちゃったみたいで。さっきフロア全体を魔法で探査したんだよ。そしたら鼻血噴いた」
「あー。それでか。なるほど」
ルドルフの前で探査に集中し過ぎて鼻血噴いたこともあったので、理解したようだ。
「で、こっちの一角狼は?」
「上の鍾乳石のとこで初心者喰おうとしてたんだけど初心者たちが引き返してゴハン食べ損ねちゃったみたいだったから霧兎あげたら懐いた」
ダンジョンの階段は魔物が襲ってこないことから、休憩に使ったりする冒険者は多い。
会話したり物音を立てても大丈夫なので、私達は階段に並んで座り、情報交換。
「なんでお前ルーキーじゃなくて狼側なの」
「私を露払いに使おうとしてた」
「…へぇ、そういう。やっぱりお前初心者に絡まれ易いよな」
ルドルフもいろいろなことを経験してきたベテラン冒険者だ。それだけで何があったかを大まかに察したのだろう。一瞬声に侮蔑が混じった。
「なんでだろう」
「一見、歳が近そうに見えるせいだろう」
「見ればエルフだって判るだろうに」
「それ本気で言ってんのか?顔以外のせいでエルフに見えねえよ?」
「えっ?」
…心外です。私よりガチムチのくせに。
「今回の仕事、何かあったのか?」
「うん?」
「昨日まで絶対ダンジョン来ない雰囲気だったのに今ここまで来てるからな」
「んー…。私の恩人の親友が、捜索対象と結婚の約束したらしくて。資金稼ぎにココへ潜ったまま帰ってこなくなったみたいで」
「……そいつ、マトモなのか?」
思いっ切り怪訝そうな顔をされた。
「…そうだよねぇ。そう思っちゃうよねぇ」
そこなんですよー…。
溜息出ちゃう。
解ってくれるかい。
串焼きでも食べる?
「どう考えても計画性のないイイ加減男の戯言に騙されてるようにしか思えないんだよね」
「自力で帰れないくせに先に進むとかアホ過ぎだろそいつ」
私が差し出した茶と串焼きを受け取り、ルドルフは溜息と共にそんな言葉を吐き捨てた。
「…………だよねぇ。私も話聞いてから「ヤベェ!」って思ったもん」
「なんでそこで断らねえんだ」
「うーん。その結婚の約束した子が、私の恩人にとって大事な友達だったからだよ。そうじゃなかったら、そこまでして助ける義理はないかな」
「なんだかわからんが、その恩人のためだからってことか。…コレ美味いなどこのだ?」
「そういうことー。…第三商業区のほうの屋台だよ。息子が冒険者らしくて産地直送新鮮お肉なのにお手頃価格なんだよ」
一角狼には味のついた肉は拙かろうと思って、生肉いろいろを少量ずつ出してやる。
ほぅら。白竜もあるよ!
「ちょっ、お前。それ白竜!」
「ちょっとくらいいいじゃないか」
「解っててやってるならいいが。お前のだし。で? 恩人ってのが、昨日泊めてもらったっていう友達か?」
「うん。そう」
一角狼も喜んでる。美味いかい?
「その、なんだ。…お前もあの辺行ったりすんのか」
言い淀むね。その妙な間はなんだ。
「あの辺りというよりその奥の方かなー」
「奥って怪しい飲み屋と娼館しかねえだろ」
「だからその娼館。恩人ってのもそこの子」
「ゴフッ!!」
そこで咽るなよ。
「…昨日娼館行ってたのか?」
「うん」
「娼館……行くのか…?」
「私だって成人男子なんだから行ってもいいよね?」
そんなに意外なの?
「………………すんの?」
「………そういう日だってあるよ。何故そこに疑問を憶えるの」
「いや、風呂入って女の子と一緒に酒呑みながら話して疲れたらそのまま就寝しそうに思えて…。すまん」
「ゴフッ!」
今度は私が噴いた。
「う、うん。そういうこともあるかもね……ハハ」
「やっぱりか。で? 昨夜イイコトした後にでも頼まれて断れなくなったのか?」
「そーいうわけじゃないけど。シたの朝だし。…ルドルフ話題変えよう。アレコレ思い出して私のあらぬところが切ない感じになってきてる」
今はこれ以上は勘弁してください。階段とはいえダンジョン内で咄嗟に立ち上がれないのは困ります。
「おう。すまん。……なら、男と結婚の約束したってのも、もしかして娼婦か?」
「そうなんだよ」
「クロだろ。真っ黒じゃねえか。騙されてるだろ」
「…そうなんだよ。朝ギルド寄ってそのデイヴィッドとパーティについて確認してきたし。真っ黒だったよ。キャサリンちゃん的には「大した成果も挙げてこないのに妙に金回りのいいパーティ」だそうだし」
真っ黒じゃなかったらこんなとこで休憩してたりせずにすぐさま救出に向かってますよ。
そもそもDランクパーティ所属のCランク冒険者の収入であそこに通い詰められるのがおかしい。収支があわない。
「その子にとって良いところを着地点にしたいとは思ってるんだけど、どういう方向に持っていくか迷ってて」
「いっそのことお前の恩人のほうに本当のこと言って話を合わせてもらったほうが良いんじゃないか?」
「うーん…。やっぱりそうなるよねー。そいつが女のコのことを本当に愛してるようなら極力救助するけど、騙して酷いことをしようとしてるなら、危険を冒してまで助ける気はないかな。ロザリンちゃんの一番の希望はヘレナさんが傷つくのを見たくないってことだったし」
ロザリンちゃんの言い方だと、多分そういう意味に思えるんだよね。
「おい。名前。匿名じゃなかったのか?というかロザリンってあの、こう、スゴい子?真っ赤な髪の」
お胸上げるジェスチャーとか要らないです。ルドルフのご立派な雄っぱいが強調されるんでやめてください。
「そうだよ。……まさかルドルフ…」
「…………スゴくイイよな」
「そんな言葉は君の口から聞きたくなかった!!!」
~~~~~~~~~~~~~~
協議の結果、とりあえず一緒に行こうかということになった。
手数も増えるし周囲への警戒も楽になる。互いに利点があるのだ。
なにより私と同程度の芸当は出来る人なので私が相手を心配する必要がないのが良い。
ちなみにルドルフはどうしても我慢できずにここまで探索に来たらしい。ダンジョンそんなに来たかったのか。
「たしかあっちの方角に一人だけで居る気配があったんだよ」
探査した際に記憶しておいた順路をマップに描き込んでいく。
「…なぁ、アルフレート。もう少しきれいに描けんのか?」
手元を覗き込んだルドルフが憐れむような目で私を見ている。
「これが私の限界だよ……!」
そんな残念そうに言わないでよ!苦手なんだから仕方がないじゃないか!
「いつもながら斬新だな。順路しかわかんねえぞ」
「順路がわかればいいでしょ!?」
マッピングとか細かくてめんどくさいことは私には向いていない。
本来は距離とかもわかるように描くんだろうけど、無理。
調べる手段は無いけれど今生の私の血液型はO型なんじゃなかろうかと思わないでもない。
「そうだな。今回のはアルフレートにしてはわかり易い」
我ながらワームののた打ち回った跡にしか見えないマップだけど、生暖かい目で見ながらルドルフが言う。
いつもはもっと解らんとでも言うんですか。
…そうですね。
「描画力がスライム以下ですみません…!!」
「お願いだから今度ギルドのマッピング講習受けてくれないか」
「うんわかった!」
正直すまんかった。




