086
「カタリーナ、お話があります」
兄から改まった声で言われたのは、街に住み始めてから半月が経ったころだった。
さあ朝食を食べよう、っていうときに。
「なぁにアリー」
うるさいなぁ、という気分を込めて返事をする。
「そろそろいっぺん家に帰りなさい」
「嫌!」
何を言うのかと思ったら、しんじらんない!
そんなことを言うなんて!!
せっかくここで生活することに慣れてきたのに。
「帰らないわ!」
大きな声を出したら、がしゃん、とアリーの後ろで何かが食器にぶつかる音がした。
ライリーがスプーンを落としたみたい。
「ちゃんと両親を説得してきなさいって言ってんの」
「ケイティ。ご両親だって、改めて話し合ってみれば、きっと許してくださるわ」
ロザリンさんも、そう言うけど⋯。
「カタリーナ⋯帰るのか?」
こんなにびっくりした顔してるライリーなんて初めて見たわ。
でも答えは決まってる。
「帰るもんですか! あたしは絶対街に住むんだから!」
「じゃ、説得して来るんだね。私はケイティを一時的に預かってるだけなんだよ?」
アリーの言うこともわかってる。
そうなんだけど⋯。
でも万が一、二度とここに来ちゃ駄目って言われたら、あたしはどうしたらいいの?
とても悲しくなった。
その後、ロザリンさんに励まされたりして、一応は一旦帰って話をしてくることに決めた。
私はもう大人だもの。こういうこともきちんとするの。
家までは、アリーがポチくんに乗せて送ってくれるって言っていた。
あたしを乗せてきてくれたフォレストウルフのマリーは家に返しちゃったから、しかたがない。
「明日、時間ができたから送って行くよ」
「⋯⋯うん」
アリーはそう言って自分は仕事に出かけて行った。
部屋に戻って、日課の回復薬作りをしていたら、扉をノックされた。
誰かしら? と思って様子を探ってみたら、ライリーだった。
ライリーなら、出ていっても大丈夫。
「ライリー?」
「ああ」
扉を開けたら、そろそろ見慣れてきた、見上げるほど大きなライリーが立ってた。
ライリーは用事があればすぐに用件をいうのが常なのに、今日は何も言わなくて、ちょっと不思議だった。
「ライリーどうしたの?」
「その⋯明日だが」
なんだか珍しく、口ごもっている。
「うん」
「⋯⋯気をつけて行ってこい」
「うんっ!ありがとライリー!」
そっか。応援しに来てくれたのね。
ライリーはロザリンさんと同じくらいあたしのことをわかってくれる気がする。
「行ってくるね。すぐ帰ってくるわ!」
ライリーは待っててくれるらしいので、そう宣言する。
あんまり表情が動かないライリーだけど、少し笑ってるように見えた。
そうだわ、いろいろ準備するのよ。
私は大人だもの。
明日の両親との話し合いにむけて準備万端にするの。
父さんが心配してるのってなんだったかしら。
反論してきた父さんの言葉を思い出してみる。
住む場所はどうするんだ、どうやって暮らすつもりだ、街は危険な場所もあるんだ、だったかしら。
住む場所なんて、宿屋がいっぱいある街なんだから困らないわ。アリーと同じ宿屋だし、ロザリンさんもそこで働いてるし。
稼ぐ手段だって、もうできたし。
危険な場所だって、みんなが教えてくれた。
アリーもロザリンさんも、ルドルフさんも、ライリーも。
午後からは、朝作った薬を納品して代金を受け取った。
この受領書も父さんに見せてみようかしら。
夜は、自分の考えをちゃんと言えるように、何度も練習してから寝たわ。
いっぺんアリーに聞いてもらおうと思ったけど、部屋の前に行ったら、父さんと母さんの寝室に掛かってるのと同じ魔法が掛かってたから、それはあきらめた。
あれは絶対入っちゃ駄目なやつ。
翌朝、アリーの後ろに乗って、家に向かった。
二人で乗ってるのに、一人で乗ってるときのフォレストウルフより速くてびっくり。
あんまり速いからすぐ着いちゃった。
もう少し心の準備時間が欲しかったわ。
「母さん、父さん、ただいま」
まずは普通に挨拶よ。
「カタリーナ! おかえりなさい!」
「母さん、苦しい!」
「⋯⋯帰ってきたか」
こんなふうに出迎えられると、ちょっと気まずい。
「父さん、なによその言い方」
「別に」
父さんの口数が少ない。やっぱり怒ってるのかしら⋯。
「ふふ。寂しかったのよ」
「違う」
大丈夫。私は大人だもの。
「勝手に出ていったことは謝るわ。でも街で暮らしたい気持ちは変わらないの」
その後、昨日練習したあれこれをちゃんと伝えた。
手紙を送るとかいくつか約束をさせられたけれど、街で暮らすことは許してもらえた。
後で母さんから、ロザリンさんからのものだという手紙を見せてもらった。
うん。やっぱり義姉さんはしっかりした大人だわ。
***
私もロザリンと共にここからレコルナスへ戻る時は、まさかこんなすぐに実家に戻ってくることになるとは思ってなかったよ。
次はきっと結婚式のときかなと思ってたんだよね。
ノアは私の帰郷に喜んではくれたけど、ロザリンがいないことにはちょっとがっかりしていたみたいだった。
ノア、ロザリン好きだな。私もだよ。
「ね、母さん。ちょっとマギー姉さんのとこに行ってくるよ」
「ぼくも行く!」
「はいはい。行ってらっしゃい」
道中、喜ぶかと考え、ノアを肩車して歩いていく。
姉さんの家はそれほど離れていないので、数分で着いたけど。
ロザリンから姉さんにと預かった土産を手渡すと、包みを少し開けた姉さんは、なぜか私を家の外へ追いやった。
何故。
きゃー、という声が響いてたが。
喜んでいたのは確かなのだけど、何だったんだろう。
あとはまた散歩しつつ、ノアと話す。
通信機越しではしょっちゅう話しているが、直接話すのも楽しいものだ。
ノアは相変わらず、異世界の夢を見るらしい。
姉さんの家から帰る途中に、ノアが大好きだと言っていたナナちゃんにも会った。
ノアより少し年上か?
いや、女児だから成長早いだけか?
ナナちゃんにも肩車をせがまれたので、右肩にノア、左肩にナナちゃんを乗せてみた。
⋯ちっちゃい子とはいえさすがに二人は重いぞ。
ケイティと両親の話がどれだけ掛かるかはわからないが、昼下がりくらいまではここで待っていようと思ってノアと遊んでいたが、そろそろ頃合いか。
今日中にレコルナスへ戻るつもりだと母さんに伝えたら、そばで聞いていたノアにまた泣かれた。
外へ出てポチさんに乗ろうとしたとき、ケイティが慌てて家から駆け出てきた。
私が帰ろうとしていたのを察したらしい。
「ま、待ってアリー! あたしも帰るからぁ!」
「やだぁ! お姉ちゃんまで、また行っちゃうの!? やだぁ〜〜!!」
「ちゃんと手紙も書くし、また帰ってくるわよ」
「ノア、前も言ったけど、結婚式にはまた帰ってくるからね?」
「いや~!! ギャァァァ!」
子どもというのは、なぜこんなちょっとしたことで、この世の終わりの如く泣くのだろうか。
「まぁ。ノアったら泣き方がアリーそっくり」
「うそん!?」
*
その後、ケイティと共にレコルナスへの帰路についた。
「ケイティ」
「なに?」
「⋯よかったな」
返事はすぐには返ってこなかった。
「うん。⋯お兄ちゃん、ありがと」
ケイティはきちんと両親と話をして、しっかり自分で権利を勝ち取ってきたらしい。
連れてきてよかった、と思った。




