085
講習の翌日、私はいつもの時間に、いつものようにギルドへ出かけた。
ギルド建屋に近づいた時点で、なんとなくだけど微かな異変を感じた。
少し騒がしいような……?
こんな時間に珍しい。
「なんか、混んでる⋯?」
屋内へ入れば、その異変は明らかだった。
普段ならカラカラなはずのこの時間帯に、大勢がカウンター前に並んでいた。
ギルドへ来るとよく情報収集がてら受付嬢と世間話をするようにしていたのだけど、今日は冷やかしにも行けない。
そのまま依頼票掲示板のほうへ行こうとしたら、キャサリンちゃんにニッコリ微笑まれた。
⋯恐ろしい。
そぉ、っと逃げようとしたら、微笑みの圧が増した。
逃げちゃ駄目らしい。
仕方なくその場に留まっていたら、カウンターを抜けてキャサリンちゃんが私のところまで来たよ⋯。
「昨日、あなたが『職員に相談するのもおすすめです』と説明しましたよね?」
心当たりしかないですね。
「⋯言ったね」
「その結果がこちらです」
どうぞご覧ください、と示される。
「大盛況だね!よかったよかった!」
「なので、採取や宿選びについての簡単な相談だけでも、手伝ってください」
ダメ元で言ってみたけど、やっぱり誤魔化せなかった!
「私、ギルド職員じゃないよ?」
「講師です」
「昨日だけのね?」
キャサリンちゃんには普段から世話になっているので断る気はなかったんだけどね。
つい言いたくなるのだ。
「どうしたらいい? そっちのテーブル使ってもいい?」
受付広間には椅子とテーブルがいくつか置いてあるが、その辺りを示した。
「ええ。お願いします」
即席相談窓口ができてしまったよ。
「新人さーん! 私に相談でも大丈夫そうな案件は、こっちでも話を聞くよー!」
声をかけたら数人こっちに来たよ。
初々しい十三から十五歳くらいのが、わらわらと。
「えっと、昨日はありがとうございました。あの、おれ、今まで泊まってた宿から別のところに移ろうと思ってて⋯」
「うんうん。じゃ、まずは譲れない条件を先に挙げちゃおう。そうすると探しやすくなるよ。いっぺん紙に書いてみてもいいし。文字は書ける?」
「はいっ」
「じゃ、書いてみよう」
最初に声を掛けてきた子を隣に座らせ書かせているうちに次の子の対応。
「自分に合った武器がわからなくて⋯」
「今のところ体格が前衛寄りなんだよね。まだ成長期だからはっきりとはわからないけど⋯。あとは動き方もみてみないと。どんなのが得意か、訓練場で見てみようか。待っててもらえれば後で私も付き合うよ」
「はい!待ってます!」
列から抜けて隅の方で待つことにしたらしい。
「おれも武器見てほしいです!」
「そっか。君も待ってる?」
「待ちます! あとダンジョン行ってみたいです!」
「ダンジョンはちょっと危ないからねぇ。火炎結晶の森自体がDランク以上推奨だから、やめておいたほうがいいよ。少なくとも一角狼に会っても大丈夫なくらいになってから行くのをお勧めするよ。ちなみにこの子は例のダンジョンの子だよ」
傍らでヘソ天で寝転んでるポチさんを示すと、一瞬迷ったあと、「やめときます」と言った。
「書けました! あとぼくもあとで武器見てほしいです!」
「うん。わかったよー。じゃ、まず宿の方ね。ふぅん⋯?」
譲れない条件は、昼食準備してくれるところか。
値段の条件が合うところは⋯。
以前みんなで調査した際のメモを取り出して照らし合わせる。
「麦穂の寝床とか、大きなパンが名物で美味いし、十日連泊前払いだとかなりの値引き率だね。日払いでも充分安いけど」
「⋯ありがとうございます!」
えーと最後の子は、なんかもじもじしてて何か言いにくいことなのかな?
「あの…じつは文字の読み書きがあんまりできなくて⋯」
「そっか。依頼に関しては受付嬢のみなさんに相談する方法で仕事を請けるといいよ。あと、もし今から覚えるなら、これをあげよう」
十五年前に私が共通文字を覚えるのに使った三十二文字の表を取り出す。
「ありがとうございます!! ⋯⋯⋯⋯あの、それと⋯」
声を潜めた相談モードかな?
「⋯どうした?」
「六日⋯。六日出てないんです⋯」
「それは辛いな⋯。水を多めに飲むのと、適度な運動と、あとなんだっけ⋯? お腹痛いとか吐き気は?」
「お腹痛いし気持ちわるいです⋯⋯」
「とりあえずそこまでいったら治療院行こう!?」
よく見りゃめっちゃ顔色悪いじゃん!
最寄りの治療院の位置を教える。なお、地図は描けないので、口頭でだけだ。
「お金ある? 無理そう? 足りなそうならこれ貸すから行っておいで。余った分だけ返して」
ナイショだよ?と言い添えて、大銀貨を差し出す。
この辛さは経験者にしかわからないと思う。
私だって六日は想像すら難しい未知の領域だ。
フラフラしながら立ち上がろうとするのを見て、予定変更。
「ごめん、武器見てほしい子たち、ちょっと待ってて。この子治療院まで連れてって来る! ポチさん!」
あまりに辛そうだったのでポチさんに乗ってもらい、治療院まで付き添った。
そのまま急いで、ギルドへ戻った。
「お待たせー。じゃ、みんな訓練場行こうか。その前に⋯」
キャサリンちゃんに声をかけねば。
「キャサリンちゃーん。訓練場の武器貸し出しって手続きどうすんの?」
「今日は訓練場に職員が居るのでそちらへー」
なるほど。
「じゃ、行こうか」
新人の少年三人を引き連れて訓練場へ。
訓練場には数人の冒険者の姿があった。
「すみません、武器選定前にいろいろ試させたい子たちなんだけど、訓練用武器の貸し出しをお願いしたい」
「はい。武器選定前ですね。それなら一人百ロフで一通りお試しいただけます」
「そっか。三百ロフね⋯いや面白そうだから私の分も。四百か」
まとめて支払い、貸し出し武器の置いてある辺りへ向かった。
「えっ?あの、代金⋯」
「たまには私にも先輩風吹かせる機会をおくれよ」
自分も新人の頃、ベテラン勢には世話になったからね。
「うわ、かなりいろいろ取り揃えたんだね⋯」
貸し出し武器置き場には、短剣、長剣、戦斧、弓、メイス、ロッド、槍など、一通り揃っていた。
おっ。大剣や曲刀もあるな。
珍しいところだと、鎖鎌とか拳甲もある。
武器を目の前にした男の子ってのはだいたいテンション上がるものです。
うわー。すっげえ遊びたい。
⋯いや、武器は玩具じゃない。それに今私は新人たちの頼れる先輩である。
遊んではいられない。
「と、とりあえず、使ってみたいものを手に取ってみようか」
少年たちに一人ずつ武器を持たせてみる。
最初に合う武器がわからないと声を掛けてきた子は槍を手に取った。
槍は遠くから攻撃できるとこがいいよね。
「じゃあ、あそこの藁束を軽く突いてみて」
構えたときの穂先は意外とぶれずに安定している。
引き戻す動きも悪くない。
「腰の落とし方がいいね。ちなみに元々使ってた武器は?」
「短剣です」
「じゃあ、短剣と、長剣試してみようか」
短剣を持つのは慣れているだけあって、その動きは悪くないみたいだ。
ただ、藁束へ踏み込む瞬間だけ、ほんの少し腰が引ける癖がある。
長剣のほうは初めて触れるみたいだったけど、振れないわけではないが、剣先の重さに外側へ引っ張られ、バランスを崩して戻しが遅い。
遠心力が結構掛かるんだよね。
「なるほど。間合いを取れるほうが楽?」
「⋯はい」
「確かに長物が向いている気はするよ。しばらく槍を使って、練習してごらん。せっかく借りたんだから時間いっぱい使っちゃえ」
「はい!」
いいお返事だこと。
さて次の子は⋯。
「大剣はやめとけ」
いや、わかるよ?
昨日ルドルフを見たんだろう?
「でもまぁ、持ってみる?」
「はい!」
そうだよね。一度は持ってみたいよね。
ちなみに私は持てないよ。
ルドルフにひょいっと渡されたあのでっかいのを取り落とさなかったのは、今も奇跡だったと思ってる。
ひ弱エルフに鉄の塊手渡すとか、狂気の沙汰だと思う。
「はは。すっげえ。こんなに重いんだ⋯」
なんだか興奮した様子だ。
やっぱり憧れて持ってみたかっただけだったんだね。
「ルドルフが昔使ってたみたいな長剣使ってみる?」
「はい!!」
ルドルフファンか。ファンなのか。
「剣も長さや幅がいろいろあるから、とりあえずこのくらいのを最初に試してみようか」
剣を使う場合、多少重くても踏み込むのを怖がらないかどうかが、結構大切なんじゃないかなって私は思う。
振らせてみると、かなりいい音がした。
構えも悪くない。
「おっ。主武装、もしかして剣で登録してる?」
「はい。ずっと剣を使ってます」
「そっか。今使ってるやつ見せて」
「これです」
おう。私の剣が二本買えそうな、いい感じの剣だね。
これを下取りに出せば新しいのが買える算段なのかな。
「体格からするともう少し長くてもいいね。そうだな⋯今の剣振ってみて、その次はこの剣振ってみよう」
自分の剣と貸し出し武器の長剣を連続で振らせて比べてみる。
うん。
今の剣より、こっちのほうが動きが窮屈じゃない。
「うん。いいじゃないか。このくらいのも合うかもね。ただ、君って身長とか結構伸びる時期だよね?」
「あはは。実は脚とか痛くて眠れなくて」
「そういえば成長早い種族だとそういうのがあるんだったね」
朱里さんの成長痛を思い出した。
ちなみに今世の私にはそんなものはない。
これだけ身長が伸びた今世が成長痛と無縁なエルフで良かったと思った。
「じゃあ、高い買い物は慎重に考えたほうがいいかもね。君、足が大きいからもっと伸びそうだし」
「伸びますかね!?」
嬉しそうだな。
でっかくなりたいのか。
「買いたいタイミングで、切っ先が下がらないか、振り切ったあと戻せるか、踏み込みと剣の長さが噛み合うかを考えて買うといいよ」
「はい! ありがとうございます!」
さて、最後の一人だね。
ちょっと小柄な子だ。
どれくらいの筋力があるのか見たほうがいいかな?
「実は主武装がとくにないのでGランクで⋯」
とりあえず短剣とかテキトーに書いちゃえばFランクだったのに、なんて正直な。
でも安全考えたら、そうあるべきなんだけど。
「そっかー。ちょっとその短剣振ってみて?」
腰の引け具合といい、近接武器自体が難しいかもしれない。
「ね、弓、やってみない? ちょっと私も弓は門外漢なのだけど」
「⋯やってみます」
弓を持たせてみたら、なかなか様になっていた。
姿勢がいい。弓の構え方がリィナみたいにきれいだと思った。
「ちょっと弓を習ってみてもいいかもしれないぞ、これ。まずは弦を無理なく引けるか、同じ姿勢を保てるか、見てみよう」
「こ、こうかな」
「なんか違う。⋯やっぱりこれ以上は詳しい人に見てもらったほうがいいな」
弓は変な癖がつくと大変、って弓道部が言ってたしリィナも言ってた。
私じゃ教えられないな。
「あっ。そうだ、ついでに試そう。⋯魔力の動く感覚って知覚できる?魔力結晶式の魔道具に魔力を込めたことがあるとわかりやすいんだけど」
「できます!」
「マジか。じゃあさ、『水よ固まれ』って言いながら魔力を指先からこの水に流すようにして、この水を凍らせられるかな?」
マジックバッグから適当な木杯を取り出して水で満たし、差し出してみた。
彼は発音数回練習してから、そっと詠唱した。
『水よ固まれ』
水面にほんの少し、氷が張った。薄氷だが、確かに氷だ。
「うーん。⋯⋯魔法が使えるかもしれないねぇ。ギルドでそれも講習やってるから、参加してみたら?弓と魔法って結構相性いいよ?」
そうして私は、新人三人の武器選定のお手伝いを終えた。
わくわくしながら私はそれに手を伸ばす。
チャリ⋯と鎖の鳴る音に心が躍る。
「うわー。鎖鎌ってこんなふうになってるんだー」
鎖鎌だけでなく、バトルアックスや曲刀、ついでに拳甲まで一通り試したことで、私には双剣が一番相性がいいのだと再確認できた。
でもすごく楽しかった。
お読みいただきありがとうございます。
昨日休んでみましたが、宣言通り月・水を、とりあえずのお休みにしようと思います。
昨日休んだおかげで在庫が1話分回復しました。ふう。
なんかね、書いてると「早く今書いてるここまで読んでほしいっ!」ていう気持ちもあるんですよ。
追いつかれるとやべえ、という思いとともに。
2日連続休みは、私が耐えられないよ…!




