082
「ね、ロザリン」
言いかけて止める。
これは事後のピロートークに相応しくないことくらいは私にもわかる。
「ごめん、なんでもない」
寝台に寝転がったまま、私はそっと発言を撤回した。
隣のロザリンは私の腕に抱き着いて、肩のあたりに頬ずりをしている。
「……なぁに? 急に言い止めないで」
「いや、今言う事じゃないなと⋯」
きっと言っちゃだめなやつ。
「ふふ。雰囲気台無しにしちゃうのは今に始まったことじゃないじゃないの。⋯そんなところも面白くて好きよ?」
楽しそうに笑うロザリン可愛い。
でもなんか、私に対する認識が正しいけど酷いかな⋯。
「仕事の話? 私には聞くことしかできないけど、聞くわよ?」
「うっ。仕事の話だけどさ⋯。なんでわかるかな⋯。今日も、初心者向けの講習資料を作ってたんだけど、ついでにいうと明日もなんだけど⋯」
枕元に置いていたマジックバッグから、紙の束を取り出す。
「今度やることになったって言ってた講習でさ。初心者に、もっと効率よく仕事をしろって教える予定なんだけど」
ぺらりと紙をめくる。
「うん」
「効率よく仕事をするためには、それなりのちゃんとした道具とか装備が必要になるでしょ?」
「そうね」
相槌を打つロザリンに耳をかじられる。
「ちゃんとした道具を買うには、お金が要る」
「そうねえ」
「でも、道具や装備がなくて効率よく仕事ができないから、お金がないんだよね」
負の連鎖?悪循環とでもいうのか?
ロザリンは私の耳を指でつつきながら少し考えるように黙った。
「……うん。それで?」
「これ、どうしたらいいんだろう⋯?」
自分で言っておいて何だけど、ものすごく頭の悪そうな質問だな⋯。
考えがまとまってないんだよね⋯。
でもロザリンの相槌の声を聞いてると、なんだか落ち着いてくる。
いろいろイタズラしてくる手や唇のせいで、身体はまた落ち着かなくなってきているが。
「全部、一度に変えようとしなくても、いいんじゃないかしら?」
「そういうもの?」
「昼食代を少し減らせるようになったら、その分を貯められるでしょう。道具や装備が傷まない方法を覚えられたら、次を買うまで少し長くなるわ。そうやって、少しずつ余裕を作っていくしかないんじゃないかしら」
そっか。
全部を詰め込まなくても、いいんだ。
無理に詰め込もうとしても、それじゃギルド登録時の書類と一緒だ。
きっと取りこぼしが出る。
「稼ぎ方を教えるだけじゃなくて、損を減らす方法も教えたら、いいんじゃないかしら?」
「⋯⋯なるほど」
そのほうが、すぐに対策できることは多いかもしれない。
「ロザリンありがと⋯」
「ふふ。どういたしまして?」
ちゅうっ、と唇にロザリンのキス。
「んんっ!?」
「ねえアル⋯明日も、街の外には出ないのよね?」
私に触れるロザリンの手の動きと声の様子が、少し変わった気がした。
「え?あ、うん。そうだけど⋯」
「⋯危険な仕事はせずに、ギルドでのお仕事だけ?」
なんだか圧を感じるよ?
「うん、そうだね、ぅわあ!」
答えた途端にロザリンは身を起こし、素早く私の上に馬乗りになった。
下からの眺め、すごい。
どうやら今まで二回目や朝に拒まれていたのは、私の体力の無さから仕事中の事故を心配してのことだったらしいと、その夜初めて知った⋯。
***
「なるほど、損を減らすことを強めに出したほうが、確かに新人たちの利益になりそうですね⋯。それと、複数回に分けた講習ですか⋯」
俺もアルフレートの提案には賛成だった。
ギルド職員も思うところがあったらしく、資料に目を落としながら何か思案しているようだった。
確かに、最初は初心者に稼がせることばかり考えるより、無駄な出費を減らさせるほうが現実的だし、盛り込みすぎて一度で詰め込める情報量にならなくなってきている。
「俺もいいと思います。ところでアルフレートさん、今日はなんだかぐったりして⋯具合でも悪いんですか?」
今朝もギルドでの準備作業だったのだが、アルフレートがあまりにもぐだぐだしていたため、ガレスから心配されていた。
おそらく心配するだけ無駄なのだが。
「んー⋯⋯。元気だよ⋯」
「でも」
「⋯⋯大人の事情です」
「えっ?」
「ガレス君、大人の事情です」
「はぁ⋯?」
どうせロザリンとのあれやこれやが原因なのだろう。
「ガレス、放っておけ」
「えっ。でも本当に具合が悪そうですよ?」
「本人が元気だと言ってるなら元気なんだろ。あれはむしろ、無駄に元気さを発揮した結果だと思うぞ⋯」
「⋯なんかルドルフ冷たくない?」
「自業自得だからだろ」
「まあそうなんだけどさ⋯」
妙に満足げなのが腹立たしいが、講習の準備も大詰めだ。
資料作りもかなり進んでいて、終盤に差し掛かっている。
アルフレートが即興で始めた、妙な魔法による代筆も、大いに役立った。
実は昨日まではあまりに自然に文字を書いていたため、アルフレートが元々は違う文字を使っていたことに思い至らなかった。
そういえばリィナの母も、同じようにエルフの文字が混じって所々読めない文章を書いていたな、と懐かしく思った。
「損をしないための講習、か」
「装備だって、自分に合ったものに出会えるかどうかって結構ギャンブル性高いよね。ガレス君って主武装なに?」
「俺は普通に長剣使ってます」
「そっか。ルドルフっていつからその大剣使ってるの?」
そういえば話したこともなかったな。
特に言うようなことでもなかったし。
「あー⋯六年くらい前、か? ⋯すまん、正確には覚えていない」
「アルフレートさんはなぜ双剣を?」
「私のは手数を増やすためだね。あんまり重い剣は向かないし、一撃の威力もさほど無いから」
魔法での補助がなければ、という注釈がつくがな。
最初は自分でも言う通り、威力の無さも理由だったのだろう。おそらくは使ううちに戦い方も変化してきたということか。
「ルドルフさんはなぜその大剣を?」
「純粋に威力と間合いの長さだな。大剣の場合、剣自体の重さで威力が上がる。徐々にでかくしていったら最終的にコイツに行き着いた」
「そういえば俺、初心者の頃ですけど、大剣に憧れてました」
そう聞いて、ガレスの全身を眺めてみた。
「大剣よりは、バランス取れた長剣向きだな」
「ええ。いろいろ俺に教えてくれた人たちもそう言ってましたよ」
なるほど。やはりガレスには教える世代がしっかり居たらしい。
「それこそ、装備貸与制度でなんとかなればいいのにって私は思うんだけど」
「いやぁ、あれは困窮時の無料貸与制度なので⋯」
「無料じゃなくて有料で、一日だけとか、ギルドの訓練所内だけとかでお試しさせてくれたらいいなって思うよ? 普通は武器って高いでしょ?」
まあ、普通は高いな。
というかお前のような剣の買い方はしないな。
アルフレートの言いように、つい笑ってしまう。
「上に提案だけでもしてみる価値はありそうですね」
制度化には盗難防止だとか、整備に掛かる費用や破損時の扱いも調整が必要だろう。
「そっかー。駄目か。⋯でも、制度化できたらきっと講習で紹介してあげられるね」
「⋯訓練所なら中堅層も使うし、刃を引いた訓練用の武器として各種置いてあったら、ある程度指導ももらえたりするんじゃないか?」
「そういう方向での提案なら、通るかもしれません!」
ギルド職員としてもなんとかしたい想いもあったのだろう。
声にも表情にも、喜色が浮かんでいる。
「じゃあ、講習までに用意できるかな?」
「さすがに明日までは無理ですよ」
「そっかぁ⋯」
残念そうに言いながら、アルフレートは机に突っ伏した。
「では、制度案と訓練用武器の一覧も資料に追加しておきましょう!」
「ふ⋯⋯増えたぁぁぁ⋯!?」
たしかこういうのを、墓穴を掘る、というのではなかっただろうか。
俺はそう思った。




