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下調べを終えたら、あとは地道な作業だった。
ただひたすら情報をまとめる。
地味な仕事だ。
カリカリとペンが紙の上を走る音が、小会議室内でやけに大きく聞こえた。
パソコン欲しい!
ワープロでもいい!
そうじゃなかったらせめて鉛筆。清書の紙は間違う度に最初から書き直しとか、どんな拷問だよ。
「ああっ!」
⋯また書き損じました。
共通文字で長文書くの苦手なんだよね⋯。
早く書こうとすると、つい共通文字ではないエルフの現代語文字が混じったりしてしまう。
「アルフレート、書き損じ、多くね?」
私の正面に座っているルドルフが覗き込んでくるが、恥ずかしいので手で隠して丸めた。
「見ないでよ」
音が同じせいで、紛らわしい。
ついでにいうと形が似てるやつも時々あるのが更に紛らわしい。
一文字ずつ確認しながら書かないと⋯。
「アルフレートさん。休憩しますか?」
「します。もう集中できない」
今の書き損じで心が折れました。
間違うのが私ばっかりなのも心が折れました。
「うわーん。共通文字難しいよー! もう書きたくないよー!」
机に突っ伏していると、正面のほうからカサカサと紙を広げる音がした。
笑うなら笑え。
「⋯あ、そうか。お前の場合、母語じゃねえのか」
「もうむり。⋯母語っていうか、音は同じなんだよ。使う文字が違うだけで。⋯⋯それで余計に混じるんだけど」
「それは⋯⋯紛らわしいな」
もう、腕が疲れたよ。
動かしたくないよ。
なんか魔法でなんとかならないかな?
スタンプみたいに押せたらいいのに。
「あ、そうだ」
「⋯⋯なにかやらかそうとしている気配がする」
手元の紙面から目線すら上げずにルドルフが言う。
「ちょっとした実験だよ」
「休憩とは」
「作業中断して休んでるでしょ?」
⋯⋯スタンプを押せばいいんじゃないのか。
それくらいなら、魔道具作るほどじゃないね。
ミスリルを少量取り出して、三十二文字分の小さな印面に分ける。
それぞれの文字スタンプに、『紙に押しつけ』る前に『都度、文字表面にインクをつける』ように指示しておく。
書き損じの紙を広げて裏に試し押し。
文字を思い浮かべると、スタンプが動き、ぺちっと紙に文字が押された。
⋯ふむ。書くよりは楽だけど、文字を一文字ずつ思い浮かべるのも面倒だな。
せっかく表音文字なんだから『音で判断』させるようにしようか。
私の声で打ってくれたらさぞかし楽だろう。
よーし。
「新人冒険者向けの……」
ぺちぺちぺち、と喋るのに合わせて印面が動く。
「おお。いいじゃん。⋯ってちゃうわそこまで打たんでよろしい!」
「……そこまで打たんでよろしい、まで書いてあるぞ」
「指摘しないでもらえるかな!?」
打つ場所は自分の指先で示そう。
オンオフは魔力を流すか止めるかでやるか。
⋯いや、魔法で浮かせてるんだから、完全にオフにすると紙面に落ちるな。
浮かせるための魔力と、文字を打たせるための魔力を分ければいい⋯?
もういっかい。
「⋯新人冒険者向け案内。宿泊施設について」
ヨシ!
その後、私は打刻の開始と停止、印字位置、改行、文字間隔を調整した。
内容については、既にまとめた下書きがあるので、それを読み上げればいいかな。
ここまでくればあとは簡単!
すごい。ハンディプリンターみたいだ。
朱里さん、欲しがってたな。彼女は文字を書くことに苦痛を感じるタイプだったから。
香典袋とか祝儀袋にも書きたがらなかったんだよね。
「なんだか凄いことを始めましたね⋯」
「コイツはいつもそんなだ」
「文字を書き間違わないための工夫だよ」
ふふん。
魔法で清書が出来るようになったら、スピードアップしたよ。
書くより読むほうが早いからね。
「よぉし!休憩おわり!」
その後は指先を紙の上に滑らせながら、下書きをひたすら読み上げていった。
「旅鳥の止まり木。第二商業区、南門と冒険者ギルドを結ぶ大通りから一本入った場所。屋根は緑色。野菜たっぷりのバランス良い食事を出してくれる。めっちゃおすすめ」
「アルフレート、私情が入っているぞ」
この筆記方法だと雑談しながら作業できないのが難点だね。
一旦スタンプする場所を示していた指を止める。
結構進んだし小休憩を入れよう。
「バランス良い食事って大事だと思うよ? 新人のうちって肉とパンだけとか偏った食事で体調崩す人も居るし」
「めっちゃおすすめ、は要らんだろ」
「えぇー⋯」
書き直し? めんどくさいな⋯。
「ルドルフもわりと放って置くと肉とパンばっかりになるけどさ、便秘になったりしないの?」
しばらく宿屋を転々として屋台メシばかりが続いた頃、私は結構苦しかったぞ。
ウンコ出ないの四日目以降の腹痛よ⋯。
「ブハッ。な、いきなり何だ」
「えっ? 肉とパンだけだと便秘になるんですか!?」
「原因ってそんなことだったんですか!?」
リリちゃんとガレス君、食いつくね⋯。
「栄養とか、食べるものの偏りって、体調崩れるんだよ。顔に吹き出物できたり⋯」
「⋯食事についても講習内容に入れたほうがいいかもしれませんね。⋯しかし、エルフは博識とは言いますが⋯」
「便秘の話で博識認定されたくないな!」
嫌だよ、そんなシモの話で⋯
「まぁ、初心者だけじゃなくて中堅層向けにいうと、脂身少なめの肉とかは筋肉を増やしたい人には有効だよ」
「……どの肉がいいんです?」
「そこ食いつくんだ、ガレス君。クェイルとかフロギの胸肉とかかな⋯。工夫せずに焼くとパッサパサになる種類の肉はだいたい脂身少ないよ」
職員さんとルドルフが頭抱えてるんだが。
「この話は、本当に講習に取り入れたほうが良い気がしてきました」
「⋯そうだな」
えっ?
本当に講習内容に入れちゃう流れ?
「⋯⋯書きにくいし説明しにくいですね」
「便秘話はぼかしていいんじゃないか?」
「じゃあ、野菜不足が続くと、病気にもなりやすくなるし、体調崩しやすくなるよーみたいな説明でもいいんじゃない? 実際、風邪とかひきやすくなるっぽいし」
なんでか軽い栄養学の話になりかけてる?
私詳しくないからこれ以上突っ込まれたくないんだけど。
「低ランクにとっては数日体調を崩すだけでも一大事ですからね⋯」
「貯蓄額によっては普通に破綻するな」
「そっか。病気にならないようにする方法も大切なのか⋯」
休業保証もないもんな。
「そこで下手なところで借金して、なんてのも聞くしな」
「ギルドの貸付制度がもっと広まればいいんですが⋯」
「えっ? 俺、それは初めて聞きました」
「ギルド登録のときにもらう書類の何枚目かの下の方に書いてあるよ」
ギルド側も、知らせたいことがいっぱいあるのはわかるんだけど、登録する側はそんな話なんて大して興味持たないから聞いてないんだよね。
そういうのを再度知らせる場としても、講習はいいんじゃないかな。
ちなみにルドルフも知らなかったようでびっくりしてた。
そうか。君もか。
冒険者ギルドの貸付制度は、一人につき一回最大五百ロフ。完済するまでは追加貸付なし。依頼報酬から一定額を天引きで、宿代や治療費はギルドから直接支払先へ支払う場合もある、という制度だ。
なお、利用には職員との面談が必要で、返済の見込みとか、現在の生活状況なんかも確認されるそうな。
遊び暮らして貸してもらえるようなザル制度じゃないようで安心した。
「できれば立て直し期間の低危険度依頼の優先斡旋制度や、装備や道具の貸与制度も、お知らせしたいんですよ⋯」
「制度の説明だって、登録したときより必要かもしれないと思ったときに聞けば、きちんと届くよ」
自分に必要な話にはアンテナが向くものだしね。
私だってどこに新しい劇場や美味しい店が出来たとかは、すっごい興味あるもん。
「結構あとからも盛り込みたいものがボロボロ出てくるなぁ」
このままじゃ終わらないよぉぉぉ⋯。




