078
串焼き屋へ行った翌々日の朝、ギルドから「補助員が決まりました」と連絡が来た。
そして今日の午前中に打ち合わせをする予定になっていた。
「お待たせしました。ルドルフ、行こ」
「おう。⋯⋯なあ、アルフレート。街から出ないからといって、その服装はどうなんだ⋯」
「えっ」
ルドルフは剣こそないが、そこ以外はいつもの黒飛竜装備である。
私は、生成りの麻の半袖シャツと黒いボトムだ。
契り飾りはペンダント状にして首から下げている。
「た、ただの打ち合わせって聞いたんだもん」
ギルドに行くだけで物々しい装備を身につけて行く意味がわからない。
「コートだけでも着とけ⋯」
「はぁい」
しぶしぶマジックバッグからいつもの白竜革のコートを取り出し、袖を通す。前は留めなくていいかな。
今日は涼しいから、半袖なら温度調整の魔法も要らないし楽でいいと思ったのになぁ。
「ただギルドに行くだけなのに⋯」
「口尖らせんな。ギルドだから言ってんだ。誰に会うかわからねえだろ」
唇を掴もうとしてきた手を掴んで止める。
ふふん。そう何回も同じことをやられる私じゃないよ。
「会うのなんて、補助員と職員だけじゃないの?」
「その補助員に初対面で舐められたらどうすんだ」
「服で舐めてくるような相手なら、こっちから願い下げだし、その程度しか働かないよ」
私は臍曲りで怠惰なエルフなのだ。
「お前が舐められるだけなら好きにしろって、俺だって言うがな。今回は講師がそれじゃあ講習そのものの信用に関わるだろ」
「⋯正論だ。⋯はぁ。わかったよ」
「お前、言われりゃ分かるんだけどな」
「なにが?」
「こういうの。前に似たようなこと教えても、別の話になるとまた自分基準に戻るだろ」
「……そんなことある?」
「ある」
「即答……」
私の格好ごときでどれほど変わるかは知らんが、講習の開催失敗は新人の命に関わるかもしれないからな。
今回はルドルフに従っておこう。
ギルドに着くと、受付広間へ入るなり職員さんにいつもの小会議室に案内された。
その小会議室には、すでに二人の補助員が待っていた。
一人は見覚えのある少女――リリアナ。
そしてもう一人は、私の姿を見るなり、白いコートから足元までをゆっくり見下ろした。
「あっ。リリちゃん!」
「アルフレートさん!?」
久しぶり、と再会を喜ぶのもそこそこに、もう一人の補助員へ視線を移す。
先程の様子といい、まるで面接官のようだね。
つい背筋が伸びるよ。
「はじめまして。Bランクのアルフレートです」
「同じくBランク、ルドルフだ」
「Fランクのリリアナです。最近はギルドの講習補助依頼を請けています」
リリアナはルドルフを見て、「わぁ。あの記録映像の……」と呟いた。
そうです。その人です。
あのときは調査依頼だったのだ。急に襲いかかってきたもんだから調査映像が殺害映像に…。
「Eランクのガレスです。主に前衛と、低ランク向けの護衛依頼を受けています」
もう一人の補助員はガレスと名乗った。
全員の自己紹介が済んだところで、案内してくれた職員さんが口を開いた。
「今回は、お二人にも今後講習を引き継げるよう、内容を覚えていただく予定です」
「はい」
「わかりました」
職員さんの言葉に、補助員二人が承諾する。
「まず、今回のルドルフさんたち発案の講習は新人冒険者の死亡や負傷を減らすことが目的です。戦闘技術だけでなく、採取、食事、水の確保、野営前の判断まで扱います」
「赤ん坊じゃあるまいし、そこまで必要ですか?」
驚いた様子でガレスが問う。むう。
「⋯要るんだよ。だから私たちは提案したわけだし」
「それは、その連中が向いてなかっただけでしょう? 冒険者なら、それくらい自分で考えて、学び取って、覚えるべきです」
うっ。ちょっと苦手なタイプの気配がするよ。
「それで死んだとしても、向いてなかっただけだと言って終わらせるのか?」
「冒険者は自己責任でしょう? あなた方だって、Bランクまで生き抜いてきたなら十分解っているはずだ」
彼自身、苦労した記憶も経験もあるのだろう。
実際、新人時代に関しては、いろいろなアドバンテージのある私よりも苦労は多かったはずだ。
私たちが対立しているように見えているのか、リリちゃんはおろおろしている。
「自己責任であることは私も否定しないよ。でも学ぶ機会すらないままの彼らは、放っておくべきじゃない。半年前の新人とは、まるで状況が変わっていたんだよ」
「実際、中堅冒険者が新迷宮へ流れたことで、新人へ教える人手が減っていて、依頼の達成度や採取物の収量などに明らかに表れ始めています」
職員さんのフォローが入る。私の言いたかったことを具体的な形にしてくれたのがありがたい。
「現在、ダンジョン発見の影響も大きく、ギルドとしても、新人支援を強化したいと考えています」
「状況が悪化しているのは分かりました。ですが、どこまで教えるべきかは分けて考える必要があると思います」
実際見ればどれだけまずいことになってるか、一発で理解できるんだろうけど、まさか想像なんてできないよね。
「現在の新人は、ダンジョン発見前の世代とは明らかに持っている情報量が違っていた。メネル草の効率的で正しい採取方法も、携行食の選び方も、そのゴミの処分方法すら知らないのが現状だ」
「多分、リリちゃん世代のすぐ後の子たちが、よくない状況に置かれちゃってるかな」
ちょっと身の置きどころがなさそうにしているリリちゃんに話を振ってみる。
「⋯たしかにそうかもしれません。私の頃は、先輩について行けば誰かが教えてくれました。でも最近は、同じくらいのランクの人だけで依頼へ行っているのをよく見ます」
リリちゃんが言うには、登録後にまずメネル草採取や解体補助、荷運びなどで資金を貯め、装備を整える。半年も経てば、少しずつ別の依頼でも稼げるようになるのだそうだ。
だから今、採取場には半年前に登録した世代がほとんど残っていない、ということらしい。
採取場での仕事を新人へ教えるはずだった、すぐ上の先輩たちが抜け落ちているのだ。
意外と短いんだな、メネル草期間。
ルドルフも意外そうな顔をしている。
近くの狩場で魔物を狩る中堅層もいない。
採取場で教えてくれる、すぐ上の先輩世代もいない。
新人だけが、新人だけで固まっているとか、そりゃ、何も知らないままになるわけだよ。
「今、メネル草採取をしている世代は、冬までもう時間が無い。今回は特にそこがまずいと見ている」
「うっ。冬、厳しいですもんね。安くて温かい宿に移る季節が来ますねぇ」
しみじみと実感のこもった感想だね。
だがいい意見だ。
「そこだよリリちゃん!安くて温かい宿!」
「多分、今の新人は、安くて温かい宿も知らないし、季節で宿を変えるという知恵も教えてもらえていない状態だ」
職員さん、リリちゃん、ガレスがものすごくびっくりしてる。
うん。そうだよね。私たちも驚いたもん。
「戦闘以前に、街で暮らす知識まで欠けているのか⋯」
ガレスも認識が変わったらしい。
「『街で暮らす』『外で生き残る』『依頼をこなす』の三つくらいに分けたほうがいいのか⋯⋯?」
各自考えた案を出し合い、紙に書いていく。
街で暮らす:宿、食費、冬支度、金銭管理、ギルドへの相談
外で生き残る:水、携行食、野営、危険察知、撤退
依頼をこなす:採取方法、依頼条件、納品、ゴミ処理、報告
ちょっとしたこともメモとして書いていくと、会議には便利なんですよ?
最初は四人に驚かれたけど、そのうち便利さにも気づいてもらえた様子だった。
「……思っていた講習とは、ずいぶん違いますね」
紙いっぱいに並んだ項目を見ながら、ガレスが呟く。
「今の、新人への講習だからね」
この冬を無事越えられるように、せめて「自己責任」以前の状態からは、なんとかしてやらないと。
ただ、私は一つ気づいてしまった。
私の普段していることは、一切、誰の参考にもならない、と。
「ルドルフ。⋯私が知ってる情報が、思ったより少ないよ!」
「⋯⋯⋯⋯今回ばかりは俺もかもしれない!」
「やっぱりこの講習、高ランクに向かなかった!!」




