077
「アリー、第三商業区って行っちゃ駄目って言ってたところじゃなかったっけ?」
「手前! 手前の健全なところだから!」
後ろを歩いてるルドルフが、ブフォ!と吹いた気配がした。
「ケイティ。アルとルドルフが居るから大丈夫よ」
「そっか!」
ご機嫌で私の隣を歩くケイティは周囲を興味深げに眺めている。
まぁ、初めて歩く場所だし、仕方がない。
周囲に注意を向けるのは案内している私の役目だろう。
「この辺なら普通に買い物してたりするからな。ただ、道一本外壁側に紛れ込むだけで危ねえ区画に行っちまうから、道を覚えるまでは一人では来ねえほうがいい」
危なっかしく見えたのか、私が言う前にルドルフが注意を促した。
ここらを歩くための知っておくべき注意事項なので、ありがたい。
「はぁい」
「返事がアルフレートそっくりで、不安しかねえよ!?」
「「失礼な」」
くすくすと笑うロザリンは可愛いが、ルドルフ、失礼じゃない?
そんなこんなで歩いてきたわけだけど、串焼き屋は第三商業区でもかなり手前の方なので、すぐに辿り着いた。
「やあ。また来たよー」
「おう。⋯って、ずいぶん大人数だな!」
「まるで私がいつもひとりぼっちみたいに言うなよ⋯」
「そこまで言ってねえだろ。⋯ん? そっちの嬢ちゃん、もしかして……」
「妹だよ。判るのか⋯」
「まあそんだけ特徴が似てりゃな。他は嫁さんと⋯そっちは初めてだな」
店主はルドルフのほうを見て、いつものように豪快に笑った。
「ルドルフという。コイツと同じパーティの冒険者だ」
「へえ。⋯ん?ってぇと、アンタも黒竜狩ったのか⋯!」
ルドルフの正体を察したのか、私に苦笑を向けてくる。
ごめんなさい!!!
「その節は大変ご迷惑をお掛けしました⋯」
「気にすんな! 売ると決めたのは俺だし、儲かったのも事実だ!」
「でも、あんな騒ぎになるとは……」
気軽にひょいっと渡した肉であんな大騒ぎになるなんて予想できてなかったよ⋯。
「俺も思わなかった。さすがに黒竜は慎重に扱うべきだった。でもな、あれからクレイが狩ってくるちょっと珍しい肉も売れるようになったんだ」
悪いことだけではなかった、という店主の気遣いがありがたい。私が気を使うべきなんだが申し訳ないな。
「えー。珍しい肉ってなぁに?」
ケイティは遠慮も物怖じもなく疑問をぶつける。
「この前はバークボアだったな。皮は硬えが、肉は脂が甘くてな。串にしたらすぐ売り切れたぜ」
「そのバークボアっていうのはもうないの?」
「今日は普通の肉だな。ファングボアとフォレストシープだ」
「えー。アリーなんか美味しい肉出してよ」
「おい。駄目だろ。おい⋯」
ルドルフの後半の「おい」は、なんだか私へ向けられていた気がするよ。
「この店、普通の肉だってすごく美味いよ。私はそれを買いに来たんだから。食べてみなよ。とりあえずファングボア四本焼いてよ」
まずは食べて判断したまえよ。
「おう。ファングボア四本だな。今日は何か飲むか?」
そういえばお酒も出してるんだったな。
「甘めのワインは?」
「相変わらず、ねえよ」
そんな会話を聞いたケイティが、キラキラした目をしていた。
「⋯お酒かぁ」
「初めて飲むならエールか薄めたワインくらいにしとけよ?」
釘を刺すルドルフ。ほぼ初見なのになぜかケイティへの理解度が高いな。
「お兄ちゃん、飲んでいい?」
「うーん⋯。一応、もう大人だからなぁ⋯⋯。最初は自分がどれくらい飲めるかわからないわけだから、ちょっとにしとくんだよ?」
「うんっ!」
こういうときは、すごく良いお返事をするね。きみ。
「あと、もし気持ち悪くなったら、自分に解毒する魔法を掛けるといい。酔いは一気に覚めちゃうけど」
一気に泥酔まで行くようだったら、本人には余裕もないので私が掛けよう。
「なんだ、エルフってのは便利だな」
「便利でしょう。二日酔いにも効くよ」
「ずっる!!アルフレート、それ先に言えよ!」
「じゃあいっぱい飲んでも平気?」
「ケイティ!? そういう意味じゃないよ!? 飲める量の把握は大事だよ。一気に酒が回ると魔法も使えないうちに倒れるからね? 魔法も使えないエルフなんてただの非力種族なんだから簡単に攫われちゃうよ?」
危ないな!?
「解毒するときは、身体全体にばら撒くより、この辺を意識すると効きやすいよ」
そう言って、ケイティの右脇腹あたりを示す。
「このへん?」
「そうそう。飲んだお酒を処理してるところだから」
「へえー」
念のため、アルコールを素早く分解するコツを伝えておく。
酒そのものだけじゃなくて、そのあと身体の中にできる悪いものも一緒に消す感じにするのがコツだよ。
「よくわからんこと言ってるな」
「そうね」
ルドルフとロザリンはエールを注文し、木杯を受け取っていた。
木箱を利用した席に腰掛けて、串焼きが焼けるのを待っている。
「アリーは何飲むの? 同じのがいい!」
「んー。店主、サングリア作っていい?」
「おう。ワインでいいんだな? 嬢ちゃんの分もそれか?」
以前と同じものを用意しようか。
「ロザリンとルドルフは?要る?」
「甘い酒は好かん」
「私も今日はエールにしておくわ」
「そ? じゃ、二杯分で」
「おう。ワインなら、グラスだな」
出してもらった厚手のガラス杯に、切った果物を入れて凍らせ、シロップを足してから、ワインを注いでもらった。
ケイティは目の前に置かれた『彼女の人生初の酒』を凝視している。
わかる。なんか特別だよね。
「綺麗⋯」
ガラス杯の中で、凍らせた果物と赤いワインが涼しげに揺れている。
ガラスの厚さは不均一で歪んで見えるが、色とりどりのフルーツが沈む様子は確かに綺麗だ。
……そして、それを夢中で覗き込んでいるケイティ自身も目立っていたようで、通行人がちらちら振り返っている。
見世物じゃないですよ。さっさとお目当てのお店に行きたまえ。
そんな背後の様子には気づきもせず、恐る恐る口をつけたケイティが、ぱちぱちと瞬いた。
「……甘い。果物の味がする」
「飲みやすいかもしれないけど、ちゃんとお酒だからね」
「うん。ちょっと喉と口の中があったかくなって、ぴりぴりする⋯」
「慣れたら今度伯父さんのワイン飲もうな」
「うん!」
「やべえ単語を聞いた気がする」
ケイティは、ちびりちびりと少しずつ飲んでいた。
そうしているうちに、ファングボアの串焼きが焼けたようで、店主が持ってきてくれた。
「フォレストシープも二本くれ」
「あ、私も一本⋯じゃなくて二十一本。二十本は持ち帰りで」
「はいよ」
後日食べる分がほしいからね。
「んふふ。おいしぃ⋯」
「おい、アルフレート。カタリーナ、酔ってねえか? 酔ってるお前にそっくりな顔してんぞ」
「どんな顔だよ⋯」
頬と目元と耳が、少し赤いか。
表情も普段より柔らかい雰囲気になっている。
「おっと。ケイティ、串焼きも食べようか。お腹に何も入ってないと酒の回りが早いから」
「うん。ね、お兄ちゃん。ここ、楽しいねえ」
ケイティは、心底楽しそうに笑っていた。
「集落より?」
「うん。ずっと住んでも飽きなさそう」
彼女もまた、私みたいに街で生きることを選ぶのかもしれない。
そのときはできるだけ助けになりたい。
「じゃあ、いろいろと覚えていかないとね」
「⋯うん。えへへ。なんかふわふわして、きもちいい⋯」
気分良さげに笑ったケイティは、兄の贔屓目無しに可愛かった、と思う。
「ケイティ、今日はもう、やめとこうね?」
視線をこちらに向ける通行人が増えてきた。
不本意ながら、この場にルドルフがいてくれて良かったと思った。
「……ルドルフ、もう少しこっちに立って?」
「俺を何だと思ってやがる」
「壁だよ。魔物と私たち後衛の間に立つ壁。もしくは盾。パーティメンバー一同、いつも頼りにしてます」
信頼感あふれる背中、ほれぼれしちゃうね!




