072
「ね、アリー。瓶を売っている店を教えてくれない?」
朝食を食べている最中にそう言われ、私は困った。
今日は前々から護衛依頼の仕事が入っているのだ。
流石に妹の案内が理由で当日キャンセルは私の冒険者としての信用が死ぬ。
「ケイティ、私は今日、大事なお仕事があるのでケイティについていることができない…」
まだ危なっかしい妹を野放しにはできないが、こればかりは仕方がないのだ。
「えぇー…」
「ケイティ。兄だって生きるために必死に金を稼いでいるんだよ…」
「うっ。そうだよね…」
ロザリンも銀麦亭の仕事がある。
「明日ならどう?」
「うーん。明日だと雨降りそうだから今日行きたかったのよ」
「そっかぁ。なんかごめんね」
「ううん。無理なら仕方ないよ」
納得したふうな返事をしているけど、ケイティはめっちゃしょげてる。
「……アルフレート。俺が行こうか?」
そのあまりの様子に見かねたのか、ライリーがそんなことを言い出した。
「ライリーが?」
「買い物くらいなら」
「いや、すごく助かるけど……いいの?」
「今日は予定もない」
「感謝する」
ライリーは私とは比べようもないくらい逞しい、豹の獣人の大男なので、見守りとしては充分に思える。
強さだけではなくかなりの常識人なので頼りにもなるしっかりした大人だ。
十六歳になったばかりの若者にお守りをされる五十歳の切なさよ。
「ケイティ、ライリーの言うことをちゃんと聞くこと。勝手に離れない。知らない人について行かない。値段を見る。マジックバッグのことは言わない。あと、周囲をよく見て、街の人が使ってないような魔法はあんまり使わないこと。あ、身体強化とかは使っていいよ。疲れちゃうし」
「うん。わかった。アリー長いよ…」
大丈夫だろうか?
「ライリー、本当に助かる。無理はしないでいいから、危ないと思ったらすぐ戻ってきて」
「分かった」
「あと、瓶代は絶対ケイティの財布から出させて」
「分かった」
ライリーがいてくれて本当に助かるけど、それ以上にケイティの行動の予測のつかなさのほうが不安すぎる。
いつまでも席を立てず出掛けられずにいたらロザリンに追い出された。ライリーと妹を信じろ、と言って。
それでも不安なんだよ〜!
*** カタリーナ
「じゃ、今日はよろしくね!」
ライリーはすごく大きいひと。並ぶとわたしの身長はライリーの胸の下あたりまでしかない。
アリーより背も高いし、アリーより、なんていうか分厚い?
頭の上のほうに、三角の耳がついてて、尻尾がある。
「ああ」
ライリーはわりと無口なのかな。
それとも昨日ちょっと失礼なことを言ったみたいだから、気を悪くした?
でも同行を買って出てくれたわけだからそんなでもない?
よくわかんない。
「ライリーさん」
「ライリー、でいい」
「そっか。ライリーもわたしのことケイティでいいよ?」
「それはさすがに。アルフレートが泣くぞ」
泣くんだ?
「昨日のこと、嫌だった?」
「昨日?」
「獣人って初めて会った、って言ったこと」
「ああ。それか」
「嫌だった?」
「驚いただけだ」
「そっか」
「悪気はなかったんだろう? 俺だって、『初めて普通のエルフを見た』と思っていたから、おあいこだ」
ライリーも、アリーが普通じゃないって思ってたのね。
それが可笑しくて笑ってしまった。
「でも、知らないからって失礼なことを言っていいわけじゃないわ。次から気をつける」
「……そうか」
ライリーはいい人ね。
「ね、瓶のお店はこっち?」
「ああ。第一商業区だ」
「遠い?」
「少し歩く」
「会話、短いわね」
「必要なことは言ってる…。すまない。仕事以外で女性と接したことがあまり無い」
今までわたしは女性扱いされたことなんてなかったから、ちょっと嬉しかった。
「しかし、カタリーナは話しやすい、と、思う」
ライリーはそう言って黙ってしまった。
「そこのお嬢ちゃん、髪が綺麗だね。飾り紐でも見ていかないかい?」
「えっ」
色とりどりの飾り紐を扱う露店の人が話しかけてきた。
知らない人に声をかけられて、わたしは昨日のロザリンさんの言葉を思い出した。
曖昧に笑わないこと。
「…要らないです」
「そう言わずに、見るだけでも――」
「行くぞ」
ライリーが一歩だけ、前に出た。尻尾がゆっくり揺れている。
大きな声ではなかったのに、お店の人はそれ以上声をかけてこなかった。
ライリーはあまり喋らない。
けれど、人の流れが増える場所では、いつの間にかわたしを道の内側に置いてくれていた。
路地の近くを通る時は、少しだけ歩く位置が変わる。
歩く速さも、わたしに合わせてくれている。
わたしよりうんと大きくて、もっと早く歩くだろうに。
しばらく歩くと、綺麗な硝子瓶や陶器の壺を並べた店が見えてきた。
その店の前でライリーが足を止めて、わたしを振り返った。
「ここだ」
「ここで買えばいいの?」
「ああ。アルフレートが言っていた店だ」
ちょっと緊張する。
ちょうど良さそうな大きさの瓶もいろいろある。
アリーが持っていた瓶に近いものは、きっとこれね。
飾り気はあまりない、でも使いやすそうな、機能的な形の瓶。
「値段を聞け」
身を屈めて、耳打ちしてくれた。
「うん」
きちんと値段を確認する。
大事なことだ。
「この小瓶を十本ください。いくらですか?」
「十本なら銀貨一枚と銅貨五枚だよ」
銀貨一枚と銅貨五枚。
ちょっと確認したくて、隣に立つライリーを見上げた。
「高い?」
「普通」
「普通か…」
…よし。
「これでお願いします」
わたしは自分の財布から、銀貨一枚と銅貨五枚を取り出した。
昨日、自分で稼いだお金だ。
「カタリーナ。蓋の合わせもよく見ろ」
「蓋?」
「漏れると困る」
「あ、そっか」
蓋がきちんと閉まる瓶を選び、昨日作ったマジックバッグとは別に持参した袋に入れてもらって、店を出た。
人目につかないところに行ってからマジックバッグに仕舞うつもりだ。
「では帰るか」
「もう?」
まだお昼にもなってないのに。
「用は済んだからな」
「少しだけ見て回るのは?」
昨日は楽しかった。
「それはアルフレートに心配をかける」
「アリーに?」
「アルフレートは今、カタリーナのことを守ろうと周囲を警戒している。寄り道は多分アルフレートの負担になる」
確かに、街で再会してからのアリーはわたしから見ても過保護だ。
「心配をかけ過ぎないほうが、次に出かけやすくなると思うぞ」
「なるほど!ライリー頭いい!」
仕方がない。帰ろう。
でも多少の未練は残ってしまう。
人の流れに目を奪われて、少し横へ逸れかけた。
その瞬間、肩に手を添えられ、ぐっと引き戻された。
「そっちは荷車がくる…!」
「え?」
振り向くと、荷を満載した車がぎしぎしと軋んだ音をたてて通り過ぎていった。
「す、すまん…!肩に触れた!」
「大丈夫だよ、ありがと」
銀麦亭に戻るまで、ライリーはやっぱりあまり喋らなかった。
でも、道の内側を歩かせてくれて、荷車の音がすると少しだけ立ち止まってくれた。
無口だけど、ちゃんと見てくれている人なのだと思った。
夕方になって帰ってきたアリーはとても疲れた様子で、ロザリンさんにどことなく甘えているように見えた。
兄の見てはいけない新たな一面を見てしまった気がした。




