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「じゃ、ちゃちゃっと傷薬作って売ってこよう。ケイティ、小瓶に三本分くらいを作ってごらん」
妹に花街について説明させられ、心が折れかけているアルフレートです。
ちなみに生物学と民俗学的な方向から花街とは何かを教えたら、一応は概念を理解してもらえた。
面白い商売思いついたものね、と。
朱里さんの記憶の中に、人類最古の職業といわれてる、みたいなのがあるんだけどな…。
「三本ね。わかった」
慣れた様子で葉をすり潰し、成分を濃縮し、願いと魔力を込め、練る。
その間に自分の持ち物から小瓶を用意しておいてやる。
ケイティ用に買うはずがウッカリ買い忘れたんだよ。自分の動揺具合がわかるというものだ。
「できたよ!」
「じゃ、綺麗に詰めて」
「うん……。できたっ」
ケイティも満足げだ。上手くできたんだろう。
「じゃ、売りに行こうか」
「ぅえー。また外行くのー?あたし疲れたよ」
「ポチさんに乗せてもらっててもいいから。行くよ」
無理矢理ケイティを連れ出し、中央商業区へ。
「疲れたよ~。街で暮らすって大変なのね〜」
「だから最初に言っただろ」
今向かっているのは、運送系の依頼を請けた際に立ち寄ったことのある薬屋だった。
「こんにちは」
「あっ! エルフのお兄さん! もしかしてまた売りに来てくれたの?」
「うん。今日は妹が作ったものなんだけど」
ケイティが差し出した小瓶の中身を確認し、推定店主の女性は、満足げに頷いた。
「品質もヨシ! 一瓶金貨二枚と銀貨二枚でどうかな。いくつ売ってくれる?」
「あれ?買取価格上がった?」
「回復薬関連が値上がりしてね」
「あぁ。ダンジョン需要か」
「そそ。で、いくつ売ってくれる?」
「み、三つ!」
「ありがとうー。金貨六枚と銀貨六枚ね」
ケイティは手渡された硬貨を、やけに緊張した顔で仕舞った。
「金貨、六枚……」
「と、銀貨六枚だね」
「あと銀貨六枚……」
いろいろ衝撃的だったらしい。
店を出たところで、大きなため息を吐いた。
自分で稼いだという実感は、教えられただろうか?
…いや、なんで私が親みたいな感じになってんだよ。七歳しか離れてない妹に。
「……私、今までどれくらい損してたの?」
「考えない方が心に優しい」
「人族の街、怖ぁ…」
だよね!私も価格差知った時にそう思ったもん!
なんで大銀貨一枚なんかで売っちゃってたの!って。
「父さんとテオ兄にも教えなきゃ…!」
「うん。これからは損しないようにすればいい」
「この薬屋さん、すごく誠実なのね…。それでわざわざここに来たの?」
銀麦亭からの距離を考えると、かなり離れているもんね。
離れているけれど、私が取引したことのある薬屋さんの中では一番高値をつけてくれる薬屋さんだから、ケイティに販路を譲ってみた。
決して、自分じゃこんな遠くまで来たくない、なんて考えてはいない。
「そういうこと。商売は相手選びも仕事のうちだからね」
「相手選び?」
「そう。高く買ってくれる相手、ちゃんと支払ってくれる相手、余計なことを聞きすぎない相手」
「最後の大事そう」
「すごく大事。今回の収入から、宿代と食費、次の瓶代、全部払うんだよ?」
「う…わかった。……お兄ちゃん、ありがと」
「…おう」
さて。銀麦亭に帰ろう。
ポチさんに乗ったケイティと一緒に、昼下がりの道を歩いた。
銀麦亭に辿り着くと、丁度ロザリンが仕事を終えたところだった。
三人で部屋へ戻る。
「おかえりなさい、アル。ケイティ。お疲れ様」
「疲れたけど、すっごく楽しかったわ!」
部屋へ戻った途端、ロザリンに今日の出来事や感じたことを次々話して聞かせようとするケイティは、とても楽しそうだった。
「ふふ。本当に楽しかったのね」
ロザリンはお仕着せを脱いで部屋着に着替えながら、ケイティの話相手になっていた。
「さて、ケイティ。今からアルには教えてもらえないことを教えるわよ」
「えっ」
「アル。シャワー浴びてくるわね」
「うん。行ってらっしゃい」
ふむ。男のいない場所でのお話か。
*** カタリーナ
「おかえりなさい、アル。ケイティ。お疲れ様」
「疲れたけど、すっごく楽しかったわ!」
銀麦亭に戻ったら、ロザリンさんが迎えてくれた。
今日の出来事やあたしの感動を伝えたくて、話が止まらない。
「ふふ。本当に楽しかったのね」
優しい義姉は静かに聞いてくれる。
着ていたお仕着せをするりと脱ぎながら。
側にはアリーも居るのに!
下着姿なのは一瞬ですぐに部屋着を着ていたけれど…!
まだ結婚してないけど、もう夫婦みたいなものなんだ!?
急に理解して、ちょっと居づらくなった。
明後日から別の部屋をあたしのために手配してくれたアリーに感謝した。
「さて、ケイティ。今からアルには教えてもらえないことを教えるわよ」
「えっ」
アルには教えてもらえないこと。
そう言われて、あたしは少し身構えた。
ロザリンさんはにっこり笑っている。
それだけなんだけど、でも、なんだろう。
逃げられない気がした。
「とりあえず、この宿のシャワールームね」
そう言って、シャワールームに移動したあと実際に設備の使い方を教えてくれた。
確かに兄には教えられないことではある。…絶対他にもある。
「ケイティ。まず、知らない人に食事を奢ると言われても、優しくされても、ついて行っちゃ駄目よ?」
「どうして? 親切なんじゃないの?」
「親切な人もいるわ。でも、親切の形をしているだけで、ほかの目的を持っている可能性が無いわけじゃない、ということも、必ず覚えていて」
どういうことだろう。
「贈り物も同じよ。受け取る前に、どういう意味か考えるの」
「意味?」
「ただの親切かもしれない。けれど、後で『あげたのだから言うことを聞いて』と言われることもあるわ」
「えっ。そんなこと言う人いるの?」
「いるのよ。だから簡単に受け取っちゃ駄目」
複雑なのね。
ご近所と野菜のやり取りをするのとは違うんだろう、とぼんやり考えた。
「断る時は、曖昧に笑わないこと」
「笑っちゃ駄目なの?」
「笑ってもいいわ。でも、言葉ははっきり。『要りません』『兄と約束があります』『銀麦亭に戻ります』」
「兄ってアリー?」
「ええ。アルの名前は使っていいわ。Bランク冒険者の兄が居ます、というのはだいぶ効果もあるだろうし。ケイティの場合、冒険者の兄って言うだけできっと皆、アルのことを思い浮かべてくれるわ」
アリー、有名なんだ?
「それから、知らない人に身体を触らせないこと」
「触らせはしないと思うよ?」
うん。さすがに他人に触られるのは嫌だもの。
「手を取る、肩に触れる、髪に触れる。そういうこともよ」
「髪も?」
「ええ。嫌なら嫌と言っていいの。怒っていいのよ。ちょっと仲良くなって『エルフの耳ってどうなってるの?』なんて言って触ろうとしてきたら、真っ先に逃げなさい。絶対下心があるに決まってるわ」
ロザリンさんはとっても優しくて、怖いことをたくさん知っていた。
でも、その怖いことを、あたしを怖がらせるためではなく、あたしが困らないように教えてくれているのだというのは分かっていた。
「……ロザリンさんって、すごいのね」
「そうかしら」
「うん。アリーが言うことより、分かりやすい」
「ふふ。それはアルには内緒よ? きっと拗ねちゃうわ」




