068
あの夜会の護衛から、三カ月ほどが過ぎた。
酔っ払い氏ことエーリヒ様がどうなったのかは、結局詳しくは知らされることはなかった。
まぁ、日雇い警備員に知らせる内容でもなかろう。
ただ、男爵家からギルドへ正式な礼状が届いたらしく、私とルドルフの護衛依頼は問題なく完了扱いになったようだ。
支部長からは「次もこの調子で頼む」と言われた。
黒竜騒動も、完全に収まったとは言えないまでも、銀麦亭に商人が押しかけてくることはなくなった。
ロザリンの契り飾りも、本人に相談したうえで無事に完成した。
形は指輪。私の若干のこだわりのため、左手薬指に着けてもらっている。
中央には、私の瞳の色に近い空色の魔力結晶を入れた。
その周囲を、二本の銀の蔓が絡み合うように包んでいる。
素材はミスリル。
理由は、綺麗だから。あと、魔力の通りが良いから。
ちなみに、ただの飾りではない。
ロザリンが意識を失っている時、事前に本人が許していない相手が彼女に触れようとすると、薄い膜のような防壁が働く。
反撃や警告用の魔道具は既にあるため、ただ、触れさせないだけの効果だ。
最初は「何人たりとも触れられない」仕様にしようとして、しくじった。
寝てるロザリンに触れて起こして致そうとしたら私も触れなかった。
その夜の辛さときたら…!
後でロザリンにも叱られた。
治療師さんまで弾いたら困るでしょう、と。
ごもっともだ。
なので、許可できる相手はロザリン本人が選べるようにした。とりあえず現在はロザリンに害意を持たないもの、となっている。
私の許可を出すのに若干渋られたのはただの冗談だと信じたい。
最近では、銀麦亭にいる綺麗なお姐さん、としてロザリンのことを知っている客も増えてきた。
少し前までは、水蜜の館にいた頃の客に見つかったら嫌だ、なんて彼女も言っていたけれど、今のロザリンは銀麦亭のロザリンだし、私のロザリンだ。
実際のところ、化粧のせいでだいぶ印象も変わってるように思うんだ。
左手には、私の色の契り飾り。
本人も、隠す気はあまりないらしい。
ちなみにロザリンの指輪の相手として、私のことも知られ始めた様子。白黒竜装備のエルフ、とか言われてるのを先日耳にした。
白黒竜装備。
言いたいことは分かるけど、もう少し、こう、何かなかったのか。
そんなある日の早朝、彼女は突然やってきた。
眠っていたところ、困った顔のゾフィさんに呼ばれてポチさんと共に階下に降りてみた。
薄藤色の髪を後ろで一つに結び、生成りのチュニックとモスグリーンのキュロットを身に着けている。足元は遠出用のブーツといった出で立ち。
そして空色の瞳と尖った耳。
彼女を見れば、当たり前にゾフィさんだって疑いもなく私の関係者だと考えるだろう。
それは仕方がない。
「あははー。来ちゃったー」
「来ちゃった、じゃないよー! ケイティ!!」
どうしても街へ行きたい熱が冷めず、とうとう家を飛び出してきたらしい。
ここまで運んでくれたフォレストウルフは街から少し離れたところで家に帰したそうで、もう戻れない、と。
絶対わざとだろ!
なんかヒートアップして大声を出してしまう自信があるので、音が私達から半径二メートルより外に漏れないように、遮蔽するための魔法をつかっておく。
早朝から宿屋の一階で兄妹喧嘩してたら他の宿泊客に迷惑だ。
「母さんは!?」
「たぶん、そろそろ気づいてると思う」
「事後承諾じゃん!」
「置き手紙はしたわ」
うわぁ。…兄さんは頭痛が痛いですよ!?
「ケイティ、なんで来ちゃったの?」
「あたし、昨日大人になりましたー」
言われて気づく。たしかに昨日で50歳。エルフだったら成人だ。
「大人だからいいと思ったの? えぇー…」
「アリーは成人前からレコルナスに居たじゃん」
「私はちゃんと両親説得してから家を出てるよ!?」
「だから置き手紙したわ」
「説得と通知は違うんだよー!」
この問題児がっ。
「アルくん、まずは座らせてあげましょう? 朝食もまだでしょうし」
「ゾフィさん、こいつは座らせたら居座ります」
「わぁ! お世話になります!」
「ほらぁ!」
「そもそも、こんな早朝なら街門だって閉まってたでしょう?」
「そこは、ほら。ねっ!」
アウトーー!
不法侵入じゃーん!
あの壁の高さ程度じゃエルフの侵入は阻めないけれども…! やりやがったね!?
「ゾフィさん、ごめんなさい。この子、今すぐギルドと門に連れて行って身元確認と入門手続きをしてきます」
「そうねぇ。それがいいわねぇ」
「えっ、朝食は?」
「その前に合法化!」
不法滞在、ダメ。絶対。
まずはギルドか。もうそろそろ開くはず…いや、ロザリンに報告してからだな。
「ちょっと待ってろケイティ。出掛ける準備してくる」
急いで戻って、ロザリンに事の次第を話した。
寝乱れた姿も素敵です。
…じゃなくて。
「ちょっとギルドとかいろいろ行ってくるね!」
「行ってらっしゃい」
ケイティを連れて外へ出る。
早朝の街は少し涼しく、人通りが少ない。
夏の盛りは過ぎたもののまだ暑い時期なのだけれど、朝ならばだいぶ涼しく感じられるようになってきた。
ポチさんはケイティを守ろうとしているのか、いつもより周囲を警戒している。
「アリー、街って思ってたより広いのね」
「不法侵入者は観光気分を出さないで」
銀麦亭がギルドのすぐそばで良かったよ。
早朝の業務が始まってすぐなせいか、ギルドの受付広間は朝一番の依頼票貼り出しを狙った初心者冒険者しか居らず、空いていた。
あまりこの時間に利用することがないせいで、ギルド職員に見知った顔が無い。
「すみません、新規登録お願いします。コイツの。身元保証人が居れば確か身分証明も要りませんでしたよね」
「ええ。もしかしてご家族ですか?」
「…残念ながら、見た目通り私の家族ですね」
エルフは人族の街での身分証明を持たない。
そして昼間であれば、大概のエルフが強力な認識阻害魔法を使ってしまっているせいでスルーされてしまい、結果的に入ってしまっているのだ。
殆どのエルフは人族の街の身分証明という制度も認識していない。
グレーゾーンというかだいぶ黒寄りだけど、先にギルドへ来たのはケイティの正式な身分証明を得るためである。
ギルドで身分証明証にもなる登録証を得て、門での手続きをしたほうが多少話がスムーズになる。
ちなみに私も最初は困った。
私の保証人になってくれた冒険者は王都に移ったようだが、元気にしているだろうか。
さて。
そんなわけで、まずは登録である。
「ケイティ、共通文字って書ける?」
発音は同じなのだが、エルフが使っている文字は、他種族が使っているものとなんだか違うのだ。
「書けるわ。頑張って勉強してきたもん」
誇らしげだ。ケイティはお馬鹿だが地頭はいいのだ。
「えっと、名前…カタリーナ。ねんれい? 50歳…っと。ねえアリー、主武装ってなに?」
「ケイティの場合は空欄か、短剣とかにしといたら? 魔法は使えても試験に受からないと書けないから」
「ふぅん?まぁいいや空欄で」
「主武装が空欄ですと、初期登録はGランクになりますがよろしいですか?」
「よくわからないけど、いいわ」
ギルドに登録した冒険者の受ける恩恵や罰則など、簡単な決まりごとの説明を受け、登録証を発行してもらい、私たちはギルドを後にした。
次は門だね!
門も、もう少しすれば開く時間だ。
詰所にはそろそろ人も居るだろう。
詰所で門番さんに会うなり、私は平謝りした。
「申し訳ありません。ウチの妹が門で手続きをせず侵入してしまいました! どうか正式な手続きをお願いできませんでしょうか?」
「うわ、わざわざそのために来てくれたのか? しかしよく越えられたな? たまに獣人とかがやっちまうことはあるけど」
「申し訳ございません。おそらく魔法で壁を越えました」
「ごめんなさい」
「あーエルフだとそうなるか。聞きしに勝るってやつだな…。お嬢ちゃん、もうやっちゃ駄目だよ?」
「はぁい」
門番さん、そいつもう子どもじゃないよ。…とは、私も言えなかった。
「身分証、エルフじゃ持ってない、かな?」
「さっき作ってきたんだけど、入ったときは持ってなかったの」
「じゃあ、入門料が要るか…身分証無しの金額だと金貨1枚なんだけど、持ってるかな?」
「それは私が払います。申し訳ない」
街のルールを一切知らないこいつは放置できない。
私はそう考え、身震いした。




