067
その後、酔っ払い氏ことエーリヒがどうなったのかは知らない。
知るべきでもないだろうし。
家令さんが回収していって、私が飲んだ杯の底には何かが残っていた。
そこまで揃っているなら、後はもう男爵家のお仕事だろう。
私は護衛であって、探偵でも裁判官でもないからね。
それより、脚が疲れた。踵も痛い。
夜会が終わり、ギルドへの簡単な報告も済ませ、ようやくすべての仕事が終わって解放された頃には、もう限界だった。
「ルドルフー。疲れたー。帰って一緒に飲もー」
「いいけど、どこでだよ?」
「いつも通り私の部屋で飲む?」
「それ以外で」
「えっ、なんで」
「ロザリンもいるだろうが」
「あっ。いるね?」
「いるね、じゃねえよ。迷惑だろ普通に」
あ、一人だった頃の感覚で言った。
私の部屋で飲む、はもう私だけの問題ではないのだ。
それがなんだかちょっとこそばゆかった。
銀麦亭に帰った私たちは、そろそろ後片付けを始めようとしていたご主人、ブルーノに頼み、場所だけ提供してもらうことにした。
「本当に場所だけでいいのか?」
「酒も食べ物も全部持ち込ませてもらえるなら。駄目かな? 後片付けもきっちりしとくし」
「うーん」
「灯りも要らない。食堂の灯りは消灯してもらっても全然かまわないよ」
自分でなんとかできるしね?
灯りを浮かべてみせる。
「…じゃあ、頼むぜ?お前らだから貸すんだからな?」
さすがにこんなことで遅くまで残業させるわけにはいかないからね。
ちなみにロザリンはとっくに仕事を終えているので部屋へ戻っている。
先程部屋へ行って帰還の挨拶代わりにキスを交わし、階下でルドルフと飲んでいる旨を伝えておいた。
先に寝ていてね、とも伝えておいた。
マジックバッグから取り出した二つのガラス杯の中に氷を作って、それぞれ蒸留酒を注ぐ。
「では!」
「お疲れ!」
二人で乾杯し、同時に杯を干した。
「仕事の後の一杯が美味い!」
「あー…このために生きてるぅー」
「なんだそれ」
酒呑み丸出しな私に、ルドルフは呆れ顔だ。
「夜会、本当に戦いもしねえのに疲れるな」
ブルーノさんの言ってた通りすぎて、こういうことか!と納得せざるを得ない。
「ほんとだねぇ。身体強化に重力操作まで使っちゃったよ」
「後半、お前がぐだぐだになってきたのは結構焦った」
「うあ。面目ない」
貴族案件の場合、私の都合で動けないので、最初から身体強化もしていたほうがいいのかも知れないな。
「あと、あの局面で飲むとは思わなかった」
「だってしつこいんだもん。お客に掛かる迷惑から考えたらさっさと飲んで黙らせたほうが早いと思ったんだよ」
「雑!」
「でも、場は荒れなかったでしょう? 証拠も残したし、最速で片付けたつもりなんだけど」
「判断は悪くねえんだよ。やり方が雑なんだよ。…で、何が入ってたか分かったのか?」
「わかんない」
皆目見当もつかないね。
杯の底に沈めといただけで、私は全く調べてないから。
「何故それを飲もうとした!?」
「色素と糖分と水以外を全部底に固めたから安全性は問題無かったんだよ」
「……お前な」
「色素と糖分と水だけだから不味かったけど」
香りと酸味は重要なんだなと思ったよ。
かき氷シロップが匂いが違うだけで味は同じってのもなんとなく今ならイメージできる気がするよ。
「そこじゃねえ。…でもまあ、初回にしちゃ上出来だったんじゃねえか」
「本当に?」
「お前の言う通り、少なくとも、騒ぎにはしてねえし。主催者の顔も潰してねえ。妙な相手も処理した」
「でしょう?」
「そういうことにしておこう」
なんだか反省会の様相を呈してきたね。
「ね、ルドルフ。私、人族の文化に疎いから聞いておきたいんだけど」
「話をブッた斬ってきたな」
君のツッコミは心地よさすら感じるよ。
「コレ。婚約者とか配偶者がいる人がつけるやつだったりする?」
襟元を示す。
「…おう。そういうやつだよ」
面白いものを見つけた、みたいな顔するなよ…。
「やっぱりかぁ」
「ロザリンに聞かなかったのか? よく自分で気づいたな?」
「んー。男爵夫妻も似たような意匠のアクセサリーつけてたし、渡してきたときのロザリンの照れ様からしてそうじゃないかなーと」
あの場で見なかったらまだ気づいてなかったかもしれないよ。
ロザリン、時々私が知らない可能性ってのを想定してないことがあるからなぁ。
夢見がちというか結婚に対する憧れもちゃんと…いや、かなりあるっぽいので、壊さないようにしないと。
「おう。成長したな」
「えへへ。かわいかったんだよー。渡すなり恥ずかしがってベッドに飛び込んじゃってさー。その後めっちゃ激しくて搾り取られたけど…」
「惚気るな酔っ払い」
「アレって決まりごととかあるの?」
「基本的には相手の色石がド真ん中に入って、その周りに二本の線とか、蔓とか、紐とかが絡み合って結ばれているような意匠になってるな」
言われて自分のを見る。
赤い宝石を抱く銀細工は、二本の蔓が互いに絡み合い、ほどけない結び目を作る形をしていた。
「どう見ても契り飾りだろ、それ」
「契り飾り、っていうんだ…」
エルフには無い風習だな。でも、素敵だ。
「そこからか…。普通は結婚を決めてから、正式に夫婦になる前に用意する。時々結婚を申し込むときに使うやつもいるらしいな」
アレか。婚約指輪をパカって見せてプロポーズする感じか。給料三カ月分か。
「石の種類は?」
「そっちは決まりは無えな。貴族も平民もつける飾りなんだからなんでもいいんだよ。相手の色であれば」
夫婦や、夫婦になる二人がつけるなら、妻側にも必要なはずだ。私の色の石か…
「ね、私の目は青系だし髪は紫系なんだけど、その場合どうすればいいの!?」
ロザリンは目も髪も赤いから迷わないけど、私の色ってどっちさ?
「どっちでもいいみたいだぞ? 目の色で選ぶほうが多いみたいだが」
「じゃ、ロザリンのは青い石か…」
なるほど。薄藤色じゃ限られてたところだけど、空色でいいなら魔石でも魔力結晶でも良さげだな。
金属も自由っぽい? 自分で作るなら魔力の通りの良いミスリルが一番細工しやすいんだけど。
「お前の場合、ロザリンの意見も聞いたほうがいいと思うぞ」
「そう?」
ぜひ本人に確認しろ、と念押しされた。
信用ないなー。
「んふふ。どんなのがいいかなぁー」
そういうのは考えるだけで楽しい。
「あ、笑い始めた。お前だいぶ酔ってるだろ?」
「えー?」
まだイケると思うんだが。
「あっ、これ以上飲もうとすんじゃねえ!おいっ!」
「あぁん、もう一杯ぃ」
「注ぐなっての」
「ルドルフ、契り飾りに詳しいけど、渡したい相手でも居るの?」
「居……ねえよ!」
あやしい。
*
「ただいまぁ…」
静かに解錠し扉を開けて室内へ滑り込む。
寝ているだろうロザリンを起こさないように、静かに装備を洗浄し、手早く脱いで、ベッドに潜り込んだ。
億劫だったので寝衣代わりの上下は着ずに下着のままだ。酔ってふわふわした気分のまま眠りたかったせいもあるかもしれない。
「ごめんね。ロザリンのぶんの契り飾り、少し待っててね」
ロザリンの頬にキスをしてから、そんな独り言を呟いて眠ろうとしたのだけど。
いつの間にかぱちりと開いていた赤い瞳が、じっとこちらを見ていた。
無言のまま、私にぎゅう、と抱きついてくる。
すり、と私の胸に頬を擦り付けて。
せっかくこんなにロザリンはかわいいのに。
飲み過ぎたせいで、ぴくりともしなかった。
第四章、これにて終了となります。
次話より『第五章 それもベテランのつとめです?』です。
すげえ!
投稿開始前に書いてた分、ほぼ全部使い切った!!




