065
ちょっとドキドキしながらルドルフの後を、カルガモの子よろしく付いて回っている私、アルフレートです。
夜会の護衛をすることになり、現在主催者である男爵家へ向かうところ。
貴族街に繋がる門のある、中央商業区の広場だ。
レコルナスに住んでる人には門前広場と呼ばれてる。
門番さんにギルド発行の通行証みたいなのを提示して手続きをする。
門番さんの視線が、私の頭から爪先までを順番に滑っていった。
いつもの白竜革のコートと手袋。
ユニコーン革のブーツ。
腰には、昨夜作った黒竜骨の剣。
襟元には、ロザリンから貰った赤い宝石の襟留め。きらきらして気に入ってる。
「アルフレート、それ、ロザリンからか? すっげえ気合入った襟留めだな」
「うん。もらった」
「まあ虫除けには丁度いいな」
ん? 私にはロザリンちゃんがいますよーって印にでもなるのかな?
初めて足を踏み入れた門の向こうは、同じレコルナスなのに空気が違っていた。
道幅は広く、石畳はやたら綺麗で平らだったし、建物の壁も窓も整っている。
中央商業区あたりはかなり整っていると思ってたけど、貴族街はもっと綺麗に整えられている。明らかな格差がある。
人通りは少ないのに、視線だけは多い気がするね。
屋敷が近づくにつれて、徐々に馬車の数が増えていった。
なんかよくわかんないけど貴族の家紋っぽい紋章の入った馬車が通っていく。
綺麗な服を着た従者の姿も見える。忙しそうに荷を運ぶ使用人たちも。
ちらりちらりとこちらに向けられる視線が、居心地悪かった。
ルドルフ、すっごい堂々としてるね…。
如何にも高ランク冒険者だよ…。
男爵家の屋敷は、思っていたよりも更に大きかった。
前世、海外旅行で訪れたことのあるロンドン近郊の城ほどではない。けれど、銀麦亭を何軒並べたらこれになるんだろう、というくらいには大きいね。
門の前には制服を着た使用人と、警備に当たっている騎士か兵士らしき男たちが立っている。
男爵家くらいだと兵士かな?
騎士と兵士の違い、実は正直よく分かっていない。
早く終わらせて帰りたいよー。
「冒険者ギルドより依頼を受けた。ルドルフとアルフレートだ」
ルドルフが通行証と貴族案件用にギルドが発行した依頼票を差し出す。
やっぱりめっちゃ堂々としている。
私も堂々としている風を装って自分の分の依頼票を差し出し、ルドルフの半歩後ろに立った。足が竦みそうである。
すぐに責任者っぽい雰囲気の人が出てきて、対応してくれた。
背筋が真っ直ぐで、声は穏やかだが、動きに無駄がない。
高級ホテルとかのフロントに居そうな感じ。
ルドルフに聞いたら、おそらく家令さんだろうとのこと。
会場となる広間へと案内され、護衛にあたる位置の説明を聞いたり、武器の確認をされたり。
新しい剣はルドルフに若干引かれた。
「ルドルフ様には主催者側の右後方、アルフレート様には左後方にお立ちいただきます」
ぬぅ。ルドルフが遠い。ルドルフと離れるこの不安感よ。
緊張してきたー。
「男爵様が会場にお出になるまでは、壁際でお待ちください。お出ましの後、先程の位置へお移りください」
男爵本人は全員が揃う少し前に会場へ出てくるらしいのだけど、その直前までは私たちは目立たないところで待機らしい。
「アルフレート。もう少し堂々としてろ。黙っていればお前は完璧だ」
「なんか酷くない?」
しかし、アレだね。何もせず待機ってのは胃に良くないね。
暇なのが良くないのかな。
簡易な探査でちょっと周囲の様子を探ってみる。
あまり深く探ると失礼な気がするので、表面だけね。
人の位置と大まかな動き。
招待客の持つ魔道具の反応。
そのくらいに留めておくほうがいいだろう。
外に馬車が到着する度、会場へ向かって来る客の気配が少しずつ増えていく。迎えるのは使用人さんたちか。忙しそうだな。
ちょっと面白いことにも気づいた。
会場に入ってくる貴族や裕福な商人というのは様々な魔道具を持ち歩いているようだ。
なんかそこかしこに、魔道具っぽい気配が結構感じられるのだ。
護身用だろう小さなもの。
身分証代わりのもの。
装飾品に組み込まれたもの。
効果も様々なんだけど、なんでそれなの?ってのが私の感想。見た目はどれも豪華だ。
貴族や商人の装飾品、実用と見栄の境界がよく分からないね。
ロザリンに持たせた護身用魔道具、もしかして物騒なのかな?
ただ暇つぶしをしてるだけなのもばつが悪いので、護衛っぽい仕事もしてみる。
変なものを持ち込んでる人居ないかなー?
報告しなきゃいけないようなのが居ないと助かるなー。
とりあえず、殺傷力のある危険物はない。
人々の動きも見ていよう。
笑顔で挨拶しているのに、目が笑っていなかったり。褒めているようで、微妙に値踏みしていたり。
なかなかに面白い。自分事じゃないなら人間観察というのは面白いのだ。
遠回しに自慢している人。
遠回しに断っている人。
言葉と仕草だけで戦う。ここは確かに戦場だった。
少し離れた場所では、若い男が令嬢らしき女性に話しかけていた。
男も女性も、とてもにこやかだ。
けれど、女性の扇がほんの少し閉じて、足先が半歩だけ逃げている。
「本日はお父上もご一緒で?」
「ええ。父は家令殿にご挨拶を」
言葉だけ聞けば普通の会話だろうね。
でもこれは『父が近くにいますよ』という牽制らしい。
男は早々に話を切り上げ、別の令嬢のもとに蝶のように去っていった。
商人らしき二人は、天気の話をしていた。
そのはずなのに、いつの間にか馬車の積荷と街道の安全と最近の魔物被害の話題に移っている。
そこから護衛費の相場へ。さらに黒竜騒動へ。
そして私へと視線が流れる。
ちょっと私が危ういな。認識阻害魔法が自動的に発動してしまわないようにしないと。
やがて、広間の空気が少し変わった。
扉の近くにいた使用人たちが姿勢を正し、ざわめきが波のように鎮まっていく。
男爵のご登場かな?
家令さんがこちらへ視線を向け、小さく頷く。
私とルドルフは、言われていた位置へと移動した。
現れたのは、穏やかな顔立ちの男性だった。
四十代くらいだろうか。派手ではないけどその分素材や仕立てに拘ったのだろう良い服をきちんと着こなし、隣には同じく落ち着いた雰囲気の夫人が寄り添っている。
あれが男爵夫妻か。
男爵の襟元と夫人の耳元には揃いの意匠の装飾が光っていた。
…もしかして私の襟元のやつ、結構深い意味があったりする?
渡す時のロザリンの照れ様とその夜の彼女の情熱的な様子からすると、かなり重大だったり?
夫人の視線が、一瞬だけ私の襟元で止まった気がした。
やめて。
私も今気づいたばかりなので。
男爵は穏やかな声で、集まった客への礼と、今宵の趣旨を述べる。
ざっくりまとめると、今後ともよろしくお願いします、ということらしい。
男爵の挨拶が終わると、止まっていた空気がゆっくり動き出した。
控えていた楽師が音楽を奏で、使用人たちが飲み物を運び、配り始める。
客たちはまた笑顔の仮面を被り直し、それぞれ近くの相手と話し始めた。
男爵夫妻に挨拶に来る人々も多くて、本当に気が抜けない。
夫妻との会話の中で黒竜の話題になっては私たちを見て、遠くからもひそひそと話しながら私たちを見る。
もう、何かにつけて私たちを見る。
こんなに見られてたら、うっかりケツも掻けないよ。
目の前では次々と盃が重ねられていく。
酒が回って気が緩んできたのか、来客の様子も徐々に変わってきた。
そして私を見る視線のほうも露骨になってきているようだ。
「本日の護衛を務めておられる冒険者殿は、ギルドから?」
「ああ。今日のために呼び寄せた」
直接私たちに話し掛けて来るわけではない。あくまで男爵との会話なのだ。
「黒竜討伐に関わられた方々と伺いましたが」
「そのようだ。もっとも、今宵は我が家の護衛として立ってもらっている。詳しい話を聞く場ではあるまい」
「これは失礼を」
すぐ引いてくれるお客はいいお客だ。
護衛が守られてどうするんだという話だが、基本的には発言権もないので、これはどうしようもない。
そういったやり取りが、この後も何度か続いた。
黒竜、ギルド、護衛依頼、竜種素材。
話題は変わるようで、だいたい私たちに戻ってくる。
けれど、誰も直接こちらには来ない。
見られてはいる。値踏みもされている。
でも、線は越えてこない。
黒竜という単語が何度目かに出たところで、男爵が小さく笑った。
「どうやら皆、今宵の護衛殿が気になって仕方がないらしい」
場の視線が、ゆっくりとこちらへ集まる。
「ルドルフ殿、アルフレート殿」
呼ばれたぁー。
私は顔に出ないよう気をつけながら、一歩だけ前へ出る。
隣ではルドルフが自然に同じ動きをした。
「今宵、当家の護衛を務めていただいている冒険者、ルドルフ殿とアルフレート殿だ。どちらも冒険者ギルドから信頼に足る者として推された冒険者であり、黒竜討伐にも関わった腕利きと聞いている」
聞いている、という言い方に留めるあたり、男爵は上手いな。さすが言葉で殴り合う戦場を生き抜いている男だ。
とりあえずルドルフに合わせ、私も一礼しておく。出来るだけ綺麗に見えるような所作で。
無駄を極限まで省くと動作というのは綺麗に見えるのだと朱里さんの記憶にある。
「ただし、今宵は護衛として立ってもらっている。詳しい武勇伝や素材の話は、また別の機会に願いたい」
男爵はそう話を締めて、場を収めた。




