063
翌日、再び黒竜が欲しい商人が銀麦亭に来訪。
まともな商人なら今後はギルドを通す、というのだから目の前のこの商人はまともではないのだろう。
なるほど。判別方法として、なかなか良いな。
身なりは悪くない。
むしろ、昨日来た商人たちと同じように、なかなか上等な服を着ていた。
けれど、店内に入ってくるなり食堂の客席ではなく階段の方を見た時点で、察した。
「こちらに、黒竜を討伐した冒険者が泊まっていると聞いた」
ほらね。
「私だが?」
下手に出る必要もないのでこの返答でもいいだろう。
立ち位置が階段の上なせいで少々居丈高にも思えるかもしれんが。
「おお。おお!まさしくエルフの冒険者!」
興奮した様子で顔を紅潮させている。
取引に成功した先の想像でもしているのかもしれない。
「名乗りもせずか。何用かな?」
「これは失礼。ベーレンス商会のハインツ・ベーレンスだ。王都にも伝手のある商会でね。黒竜を売って欲しいのだ。もちろんギルドよりは高く買い取るぞ!」
こういうタイプ、好きじゃないなー。大概人の話聞かないし。
「私が出せる分は総てギルドに販売した。残念だが既に私の手を離れていてな。あとはギルドを通してもらおう」
「そのギルドが取り合おうとせんのだ!」
「ならば縁が無かったのだろうよ。商人ならば潔く諦めろ」
商人氏は、なおも食い下がろうとする。
諦めて帰りたまえよ。
「待ちたまえ! こちらには王都の伯爵家からの引き合いもあるのだぞ!」
ゾフィさんは笑顔のまま、けれど一歩も通す気のない位置に立っている。
そのおかげで商人氏は私に近づけていない。距離があるからこそ私も安心して対応できるというものだ。
「さて、その伯爵家とやらは、ギルドを通さず私の元へ直接押しかけろと命じたのかな?」
もし本当に命じたんだとしたら私はロザリンを連れて全力で逃げるが。
「ベーレンス商会のハインツだったね。覚えておくことにするよ」
出来るだけね!
「今回は縁が無かった。お引き取り願おうか」
控えめに微笑みながら私がそう告げると、商人氏は悔しさを滲ませつつ青い顔をして慌てて帰っていった。
やっぱり完全には居なくならないんだな。
もう来ないといいな。
「アル。あれじゃ、貴人への対応じゃなくて逆に貴族の対応になってしまっているわ」
「だめかー」
「なんだかこう、無駄に高貴なのよね。雰囲気が」
「祖父を参考にしただけなんだけどな…」
じいちゃん、言葉遣いが古いんだよね。
いや、実際には正解はなんとなく分かっている。
だから自分では『出来る』って言ってるわけだし。
朱里さんの仕事用の顔や口調を真似ればいいだけでしょ?
相手の話は最後まで聞く。
その場で約束しない。
曖昧に笑って、必要なら持ち帰る。
できないことは、申し訳なさそうに、でもはっきり断る。
たぶん、それでいいんじゃないかな?
それじゃ駄目っていうなら途端に詰むが。
問題は周囲からの信用である。
私、そんなに出来ない子に見えるのかな?
……やっぱり見えるのか。
対応出来ないわけじゃないんだよ。
さっきのだって一応、意味はあった。
朱里さん仕様のビジネス対応だと、少しだけ謙る形になる。
そうすると、ああいう相手には、つけ込む隙のある対応になってしまう。
だから偉そうに対応した意味だって、一応はあるのだ。
私、結構できる子だと思うんですけどー!?
「顔に出てるわよ」
「あえて出してるだけですぅー」
堅苦しいのは嫌いだよ。プライベートでまで肩肘張りたくない。
「なんか面白いことやってんなアルフレート」
「ルドルフ。見てたのなら助けてくれてもよくない?」
どこから見てたのやら。
階上からルドルフが降りてくる。
「俺が出てたら余計ややこしくなってただろ」
「まあそうだけど。ね、ルドルフ。ギルドからランクアップの話あった?」
「その話をしようと思ってお前の部屋行ったんだ。居なかったから降りてきたらお前が……ぷはッ!」
噴きやがりましたね。
貴族対応の練習してたら変な方向へ行っちゃったことを話したら、ゲラゲラ笑われた。
「そこまで笑わなくてもいいのに」
「ふはっ。…すまん。面白くて。でもアルフレート、お前わりとウチのパーティではいつも貴族対応係だったろ。主に断る方向でだけど。なかなか丁寧に上手く逃げるなと思ってたんだが」
ルドルフ〜。なかなか良いこと言ってくれるじゃないか。
「あら?そうなの?」
「珍しい素材を売ってくれだの、護衛をしてくれだの、合同依頼に入ってくれだの、全部ふわっと断ってたぞ。相手に恥をかかせず、確約せず、次につなげず、でも角は立てない感じで」
「断るのは得意だからね。貴族に関わっても良いこと無さそうなんだもん。今まで全力で避けてきたし」
出来ることならこれからも避けたいという方針自体は変わらないんだ。
貴族が、冒険者アルフレートではなくエルフのアルフレートをどう見るか。そこが私には恐ろしい。
最悪冒険者を辞めること、ロザリンを連れて逃げることを、この先は選択肢として考えておくべきかもしれないと思った。
多分、譲れない部分に触れられたとき、私は何かしでかすと思うんだ。
「んー。……なるようになるさー」
なんくるないさー、の精神でやるしかないよな。
朱里さん、沖縄人じゃないけど。ないちゃーだけど。
「アルフレート、お前どんなの請ける?」
「ちょっとここでする話じゃなさそうだね。私の部屋に行こうか」
「おう」
お客さんの目に触れるような場所でする話でもなかろう、と私の部屋に移動して、ルドルフと私は相談することにした。
貴族からの依頼というのはほとんどが護衛依頼だ。
その中でも一番冒険者に依頼されやすいのは領地間の移動護衛。
貴族家のお抱え騎士団だと対人が主で魔物に対する対応に於いては冒険者のほうが圧倒的に慣れてるせいだ。
他には、貴族の使者の滞在中の一時護衛だとか、貴族子女の市井見学の際の護衛、酒宴・夜会での護衛なんかもあるんだとか。
酒宴・夜会の護衛なんて騎士並べとけばいいのにね。
格好良さそうだし。
…って思ったんだけど、身分の高い客ばかりが集まる場所では、主催者側の騎士を露骨に配置しすぎるのも外聞が悪いんだそうだ。
客に紛れて動ける者や、魔法や毒物に慣れた者を別口で置いておきたい場合に、冒険者へ声が掛かるのだとか。
騎士と違って剣以外を主武装にしてる人も多いしね。
「今回支部長から領地間移動のと酒宴とか夜会のを紹介されてる。どっちも俺とお前の二人で請けていいそうだ」
「だったら無難に領地間移動の護衛依頼かなぁ」
御一行様に丸ごと認識阻害とか隠蔽系統の魔法を掛けておけば何事もなく終わりそうな気がするよ。
ただ、そうすると私自身にずっと身体強化をかけ続けるのが難しいかもしれないな。
私の場合一行についていくのだけでいっぱいいっぱいだよ!
同時にいくつも考えらんないし。多分ポチさんは連れていけないだろうし…。領地間移動の護衛は身体は疲れ果てるが気疲れは一番少なそう。
「酒宴とか夜会での護衛のほうが一晩で済むぞ?」
「ルドルフはそっち推しかー」
自分が飲めない酒の席は嫌いだよ。
「私、護衛対象のそばにずっと立ってるの無理な気がするよ…?」
「でもお前、移動長い依頼だと食事事情とトイレ問題耐えられんのか?」
「…無理じゃん!!」
「パーティでの行動以上に自由無えぞ」
日を跨ぐと普通に干し肉や固いパンなどの保存食になるんだそうだ。護衛の身分ではいつものような食事はできないらしい。
トイレもそのへんで立ち小便に野◯ソだそうだ。無理だ。
「ないわー」
「お前には、移動中だと貴族本人でも大差ない環境なことを、心底教えてやりたい」
マジか。
女性の場合はだいぶ違うだろうが、という注釈は入ったが、貴族でも立ち小便に野◯ソ。
大変だ。
「じゃあ酒宴か夜会がいい?」
「そっちの方がマシだと思うぞ。さっきも言ったように一晩我慢すれば終わるし」
「一晩、貴族の前で、礼儀正しく、飲めない酒の匂いを嗅ぎながら耐えろと?」
「そうだな」
「拷問か何かなのかな? …まあ、現実的にはそれがいいんだろうけどね」
仕方がないなー。
「服とかどうしたらいいんだろ? 護衛として背景に溶け込むには」
「あー…多分いつもの装備か、礼装だな。今回の目的からすると特にお前は如何にも冒険者な格好をしなければならないかもな」
「私、礼装なんて仕立てたことないから持ってない。…私だけいつもの装備って、めっちゃ浮かない?」
TPO弁えないやばめな人みたいじゃん。
「お前の装備が白竜だからだよ。まぁ礼装は俺も無えな」
そんな使わないものに時間もお金もかけたくないよ。




