062
世の中のしくみを少しだけ学んだアルフレートです。
そうなのか…。
肉、そんなに希少だったのか。
希少だとは聞いていた。でも私が思ってた何倍も希少だった。
ちょっと珍しいクジラ肉くらいの感覚だったんだよ。
朱里さんの記憶の中のクジラだったらスーパーに並んでたから…。
……こういう、自分ではセーフだと思ってるところが一番厄介なんだろうなぁ。
集落内で親しい人に配りまくったが、まあ相手は集落から出ないエルフなのでセーフだろう。
「実際どれだけ保管されているかはお聞きしませんが、竜種の肉というのは、そういうものです」
支部長さんにはデイヴィッドの件もあって、私のマジックバッグが時間経過も操作してあることは既に知られている。
けれど、今はそこに言及せずにいてくれるようだ。
無駄な争いも起きないし、そのほうがギルドにも結果的に利益になる、という判断なのかも知れない。
「今から言うのは独り言ですが」
そう前置きして、支部長さんが教えてくれた。
時間経過遅延のほうは誤魔化しも効くんだそうだ。
水を保存するときの水瓶に掛けてある魔法を、もっと強力にしたような魔道具自体はあるらしい。
貴族や大商会が竜肉みたいな希少食材を手に入れた場合、時間経過を遅らせる保存用魔道具に入れるのが普通なのだとか。
食材であると同時に資産や投資対象でもあるので、価値を落とさないための保管には金を惜しまない、ということらしい。
隠すべきは容量ってことか。
ひとまずギルドには今回もありがたく甘えさせてもらうよ!
時々はギルドにも付け届けするようにしよう。
賄賂?ちがうよ。差し入れだよ。
「いろいろと便宜を図っていただき、感謝します」
「いえ。こちらこそ。…あと、実は別件でアルフレートさんにはお話が」
「…なにかな?」
ちょーっと場の雰囲気が変わったことに少し緊張する。
「悪い話ではありませんので、そう身構えずに。この話は同パーティのBランク冒険者、ルドルフさんにもさせていただいています」
なんだろ?
パーティへの指名依頼なら、ルドルフと私ではなく、パーティ全員もしくは逆にリーダーのルドルフのみに話すはずだけど…。
「あなた方のランクアップに関するお話です」
「あっ。そっちかー」
身構えて損したぞ。
「あなた方は今回、竜種を討伐されています。ルドルフさんは今回の黒竜こそ単独ではありませんでしたが、非公式ながら過去に飛竜を単独で倒している。アルフレートさんは今回、黒竜一匹を単独で倒されている。そのような冒険者なら、Aランクへの昇格の話も出てくるものです」
「…なるほど?」
「ただし、竜種討伐の功績だけで即日昇格というわけにはいきません」
ですよねー!
「はぁ」
「Aランクは実力だけではなく、依頼人、貴族、商会、他支部との折衝も増えます。ギルドとしても、一定の信用と対応力を確認する必要があります」
私に足りないものだらけだね!
「何件か、貴族の領地間移動護衛依頼などを請けてみませんか」
「…うーん」
とても気が進まない。
一回何日掛かるんだよそれ。非力貧弱エルフには厳しくない?
「通常であればBランク冒険者ならそういった依頼も請けているのですが、ルドルフさんもあなたも、圧倒的にそういう系統の実績が無いのです」
そういうことかー。
「うん。無理だね。私はBランクのままでいいよ。困らないし」
「…そうだね。君がBランクのままで困らないのは分かる。だが、ギルドが君を紹介するときに困るんだよ」
「紹介?」
「Bランクとして扱えば実績や実力と釣り合わない。Aランク相当として扱えば、なぜAランクではないのかと聞かれる。君が安く動けば、他の高ランク冒険者が困るんだ」
なるほど。私だけの話じゃないんだ…。
「ギルドとしては黒竜を倒す者がBランク料金で護衛を受けた、という前例は作りたくない」
うん。そこはCからBになるときに聞いたね。
……そういえば、白竜のときは今回みたいな騒ぎにはならなかったな。
あのときはたしか、解体も売却も面倒だったので、討伐後の処理はほとんどギルドに丸投げしたんだ。
今までは単純に、「全部やってくれて楽だったなぁ」くらいに思ってたんだけど。
もしかして、売却の窓口とか、市場に出す量とか、その辺までギルドが色々調整してくれてた?
だから今回みたいに、私やとばっちりのリィナのところへ直接人が押しかけてくることもなかったのか…?
……私、知らないところでだいぶ守られてたのでは?
「……重ね重ね、ご迷惑をおかけして申し訳ない……」
「ふふ……。君は面倒ごとも、莫大な利益も持ち込んでくれるね」
「……ごめんなさい」
「実績に対して肩書きが軽すぎると、商人や貴族から見て付け入る隙にもなる。だから、今すぐでなくても、昇格できる実績は積んでおくことをおすすめするよ」
貴族かー。
ウワァ。関わり合いになりたくねー筆頭っすなー。
「昇格できる実績を積むために、貴族の護衛依頼かぁ…。一番請けたくない仕事だぁー…」
「本音がダダ漏れていますよアルフレートさん」
「アラヤダウッカリ。私ったら」
「そのあたりの対応力を確認するための依頼でもありますので」
「あっ。今ので減点とか?」
「はて。どうでしょう」
「怖っ!」
私も一応オトナの会話が出来ないわけではないんだけどな。まぁギルドでそんな会話をする機会は今までなかったわけだが。
「だから最初は、比較的穏当な依頼を斡旋させてもらうよ」
「……まぁ、機会があれば真面目にやらせていただきますよ」
やらなきゃ駄目なら仕方がない。
人族の街で暮らすと決めた以上は、できうる限りルールにも従うさ。
ちょっとルドルフにも話を聞いてみるかな。
あとマデリーンさんと、銀麦亭のブルーノさん。
それからロザリンには報告と相談。
小会議室を出ると、相変わらず受付広間は商人さんたちでいっぱいだった。
護衛の皆さんたちの何人かは私に気づいたようで、目配せしてきた。
ほとんどはそのまま見なかったことにしてくれたが、一人だけ、隣の商人さんが身を乗り出しかけたのを軽く制している。
ありがたい。
小さく頷き、ギルドを後にした。
もしかして護衛の皆さんの行動は、私を助けるためではなく、雇い主が私に突撃してトラブルになるのを防ぐためか。
そういうのも護衛の仕事なの?
マジで?
お世話係じゃないんだから、護衛がそこまでやらなくてもよくない?
そこまでアホな行動をするなら、自己責任じゃないのかな?
ふう。
やっぱり私に護衛は向いてない気がするよ。
*
銀麦亭に戻った私は、外に出られないまま部屋に籠もっていたリィナに商人さんたちへの対応についての話をした。
それから冒険者ランクの昇格と護衛依頼の件について、ちょうど休憩時間に入っていたロザリンとブルーノさん、それからゾフィさんにも報告と相談をした。
「うーん…アルくんはそういう対応が出来ないわけじゃないのよねぇ。滅多にしないだけで」
「だいたい真面目な空気が嫌になって自分で壊そうとするんだよな」
「そうなんですよねぇ。アル、そういうところあるから…」
そしたらこの評価よ。
知ってた。うん。そうだよね私。
「アルが貴族相手の依頼を受けるなら、事前に練習はした方がいいわね」
「練習?」
「ええ。まずは本音を顔に出さない練習。表情がよく変わるところはカワイイけど弱点にもなるわね。まぁ案外そういうのも、やろうと思えばすぐ出来るのかもしれないけど」
出来なくはないと思うね。
「たぶん…できる…かも?」
「じゃあ、今から貴族に嫌味を言われたと思って、顔に出さずに受け流してみて」
「やってみよう」
表情に出さない。ヨシ。
「では、貴殿が黒竜を討伐したという話、少々大げさに聞こえるな」
「……」
「顔」
「え?出てた?」
「全然出てはいないけど」
「アルくん、あなたのお顔だと表情消しちゃうと怖いわ」
「途端に人形が動いてるっていうか若干バケモノ感出るな」
なんてこった。顔面が不利。そして言われようが酷い。
「表情を消すんじゃなくて、ちょっと微笑む感じにしてみて?」
「うん」
「駄目だ。表情を固めると途端に造り物っぽくなる」
「あ、衝撃受けてる?」
「どうすればいいの私」
無表情でいいならめっちゃ楽だったのに。
「アル。固定するんじゃないの。少しだけ動かすのよ」
ロザリンは正解を知っていそう。
そうだロザリンを真似てみることにしよう。
思い出しながら表情をつくる。
「ん?完璧じゃねえか」
「表情がロザリンさんっぽいわ。参考にしてみたのね」
よっしゃ。これでイイっぽい。
「じゃ、コレでいっか!」
「その顔のままいつもの口調で喋るんじゃねえよ台無しだろ」
「口調は気をつけるだけだから大丈夫だよ。一応私だって、困った時は、『確認してからお返事いたします』。嫌味を言われた時は、『恐れ入ります』。判断に迷ったら、『持ち帰らせてください』くらいは知ってんだよ」
「それじゃ完璧に知っててやってねえだけじゃねえか、タチ悪い」
「そりゃ、私だって無駄に56年生きてないよ」
やればできる子です。
「じゃあ、あとは必要な時にちゃんとやる練習ね」
「必要な時…?」
「ええ。勝手に真面目な空気を壊さない練習」
「難易度が高えー」
なんか壊したくなるんだよ。
「アルくんは、真面目にするのが恥ずかしいのかしらねぇ」
「そんな。ウチの駄目兄じゃあるまいし…」
「……確かにその辺りはテオドールさんにも似てるわね」
「すごく嫌そうなツラしてるな」
うん。そうだね。ぐぬぬってなってる自覚はあるよ。
「似てないよ?」
本当は多少の自覚はあったけど、反論してみる。
実際、テオとの類似性は確かにあるのだろう。
「似てるわ」
「やめて心が痛い!自制して真面目にすることくらいは出来るよ…。相手くらい選んでるし」
「選んだ結果がコレか」
「それに関しては甘えてしまって申し訳ないが…。うん。ごめんなさい」
「私たちを気を抜いていい相手って思ってくれるのはとっても嬉しいわ。でも、切り替える練習はしましょうね」
「はい」
ほんとは『はぁい』とか言いたかった。言いたかったが、どう考えてもツッコミが入る案件。さすがに抑えたよ。
「やればできるじゃない」
出来ることは出来る。したくないだけだ。




