060
レコルナスへ戻ってきて、私たちは銀麦亭へ直行した。
今の私には、銀麦亭が『家』みたいな感覚なんだよね。
「なんだか、帰ってきた、って感じがするわ」
「うん。私も今そう思ってた」
お昼の忙しい時間帯より前に帰って来れてよかった。
「あら!お帰りアルくん、ロザリンさん」
「ゾフィさん! ただいま戻りました」
「ゾフィさん、ブルーノさん。戻りました。コレ、実家の方のワインです」
そっと手土産を手渡す。
これなら街で出回ってないしお手頃かなと思って持ってきたものだ。
ワインを造ってる伯父のところで黒竜肉二kgくらいと物々交換した。
「これは…。どこのだ?」
「私の伯父が造ってるものだね」
「へえ。そいつはありがたい……。ん!?」
ラベルは手書きで、よく見たら共有文字にエルフの文字混じりな表記になっていた。
「お前の伯父ってことはエルフじゃねえか!?」
そりゃそうだ。私は純エルフである。今のところ親類縁者は全員エルフである。
「父方の伯父が毎年ワインを造っているんだよ。量はそれほどでもないのだけれど、昨年のものを分けてもらったんだ」
「アルくん、それ手土産にすることってロザリンさんに相談してないでしょ」
確かに、勝手に一人で思いついて勝手に渡したな。
「エルフのワインは超高級品よ、アル」
ロザリンの声の調子が、完全に私がやらかした際のそれである。
「た、高いんだ!? ワイン数本と黒竜肉二キロを交換したんだけど、伯父さんに悪いことしたかな…」
後日補填すべきか。
「…まあ、レートは近いんじゃねえか? 問題はそこじゃねえが」
そっか。レート近いのか。よかった。
黒竜肉もやっぱり白竜さんと同じで取引すると高いんだね。
黒竜さんはまだいっぱいあるし、贈答用にも便利に使えるかもしれない。売らずに持っておこうかな。
「お前今、黒竜肉を菓子折りみたいに使おうとか考えてねえか?」
「……」
「考えてたな?」
なんでわかるんだろう。
「アル。目が泳いでるわよ」
「だって。喜ばれるかなって。元手タダだからオイシイなって…」
私、やらかしてる!?
「いいか。礼にはなる。なるが、相手を選べ」
「相手を……?」
「アルくん、見事に解ってない顔してるわねぇ」
「下手に渡すと、礼じゃなくて貸しになる」
…なるほど? よくわかんねえ。
「…うん。次からロザリンに相談することにする…!」
「お前、理解を諦めただろ」
「でもそれがいいわ。きっと」
「そうしてちょうだい」
これ以上やらかさないために、本当にロザリンに相談することにしようと思った。
そうこうしているうちに銀麦亭もお昼の営業時間に。
予定にはなかったけれどロザリンも手伝うことになった。お仕事してるロザリンが見たかったので、私も厨房で皿洗いの手伝いをするのだった。
やっぱり制服姿のロザリンはかわいいと思った。
帰ってきた実感がわいてくるね!
*
昼営業が終わり、一息ついていた頃。一人の商人が銀麦亭を訪れた。
「こちらに、先日黒竜を倒した冒険者が宿泊していると聞いたんだが、居られるか?」
親竜のほうは討伐部位の魔石もまだギルドに確認してもらってない。
まだ正式には討伐扱いになってないはずだからセーフだな。私のことじゃない。
ちなみに通常だと討伐部位はギルドに所有権が移っちゃうんだけど、竜種の場合は調査の後で返してくれることになっている。
「申し訳ございません。お客様それぞれの個人のお仕事につきましては、当店では関知しておりませんわ」
ロザリンちゃんつおい。
「ですが、黒竜素材を扱う商談でして」
「でしたら。なおさら冒険者ギルドを通されるのがよろしいかと」
「急ぎの話でしてな」
「当店では、お客様のお取次ぎも承っておりませんの。お客様にお寛ぎいただくための宿ですもの」
「せめて伝言だけでも」
商人も諦めない。すごい。
「冒険者ギルドへご依頼くださいませ。あちらでは確か、所属する冒険者へ連絡する方法も用意されていますわ」
あったね、そんなサービス。有料だがな。
「大変申し訳ございませんが、これ以上は他のお客様のご迷惑にもなりますので、お引き取りくださいませ」
鉄壁の防御かな。
それこそ階段の前に陣取ってた黒竜を思い出しちゃうよ。
「……承知した。失礼した」
そう言って商人は引いてくれた。
まともな商人だったらしい。
「ここで粘るほど馬鹿ではなかったようだな…」
ブルーノさんが低く呟いた。
「…もしかして、こういうの増えてます?」
「今ので二人目ね。冒険者の泊まる宿ならたまにあることよ。気にしないでアルくん」
なるほど。今まで気にしたこともなかったけど、知らず知らずのうちに冒険者の行動とかもいろんなところに影響があるのかもしれないね。
「ああ、緊張した」
「緊張してあれなの」
やっぱりロザリンちゃんつおい。
先程の商人が去ってしばらくもしないうちに、今度は別の男が入ってきた。
身なりだけは良いけど、どこか落ち着きのない感じ。
「黒竜を倒した冒険者がここにいると聞いた。取り次いでもらおう」
「申し訳ございません。当店ではお客様のお取次ぎは承っておりませんの」
ゾフィさんもつおい。
ロザリンが子竜だったらゾフィさんは親竜くらいに。
「こちらは商談だ。店にとっても悪い話ではないはずだが?」
「でしたら、冒険者ギルドへご依頼くださいませ」
鉄壁どころかアダマンタイト壁である。
「君では話にならんな。店主を――」
「話にならんのは君のほうだ」
低い声が、階段の上から届いた。
客室から降りてきた宿泊客だね。人の良さそうなおじさんだ。
「商談ならギルドを通す。宿に押しかけて客を探るなど、三流のすることだ」
「なっ……」
「しかもここでそれをやるとはな」
「こ、これは……」
「名乗らんでいい。君の商会は覚えている」
名も知らぬ商人さんも、つおい。
もし冒険者ならランクA以上の猛者の風格。
剣も魔法も使ってないのに、なんか押しかけ商人氏が死にそうな顔をしていた。
口撃力つおい。
押しかけ商人氏は青い顔で何度も頭を下げ、逃げるように銀麦亭を出て行った。
「ローレンツ様。お騒がせして申し訳ございません」
「いや。銀麦亭で商人の恥を晒されるのは、こちらとしても気分が悪いからな」
ローレンツ氏、商人としての矜持をしっかり持っているようだし好感が持てるね。
たとえ好印象を残すための行為だったとしてもだ。
『やらない善よりやる偽善』という言葉は至言だと思っている。
「黒竜ほどの素材となれば、しばらくは騒がしくなるだろうな」
マジか。
「そんなにですか?」
「確実になるだろう。特に肉は足が早い。ギルドに入った分は保存庫に入るだろうが、それでも保管料はかさむ。早く押さえてしまいたい商人はいくらでもいるだろう」
王都からも商人が流れてくるぞ、とローレンツ氏は言った。
確かに、肉は足が早いもんなぁ。
意味もなく脚が生え逃走している肉のイメージ映像が脳内に流れた。
「ただ、今回商人どもが色めき立っているのは、それだけではない」
へー。そうなんだー。
「それだけではない?」
「第三商業区で黒竜串が出たそうだ」
あっ。
「しかも、ギルドに正式に肉が流れる前にな」
「あっ」
「持ち込んだのはエルフの冒険者らしい、という話になっている」
そう言ってローレンツ氏はそのナイスミドルの笑顔をこちらに向けてきた。
「あっ」
「……アル」
ロザリンが、静かに私の名を呼んだ。
完全にやらかした感が…。
そういえばアレが黒竜だとはロザリンに言ってなかったもんな。
ロザリンも、何か高級な肉だ、くらいに思って販売方法を提案したに過ぎない。
「もしかして私か…!?」
「もしかしなくてもお前だろうなぁ……。ルドルフたちがそんなヘマするとは思えねえ」
ブルーノさんが厨房の方から出てきて、呆れたように言った。
「私はただ、焼いてもらっただけなんだけどな…」
「黒竜肉を、だろ」
ぅわあん。
「そこだ」
問題そこだったー。
「ギルドに出る前に市中で黒竜肉が売られた。商人からすれば、本人が肉を持っている証拠みたいなものだ」
「実際持ってますもんね」
「言うな」
「はぁい」
ブルーノさんに即座に止められた。
危ない危ない。
お口チャックだ。
「親竜の肉は、売るつもりがあるのかな?」
ローレンツ氏が、こちらを見る。
商人の目だ。
さっきまで人の良さそうなおじさんだったのに、急に値段のつきそうなものを見る目になった。
いや、失礼。
でもたぶん間違っていない。
「ないです」
でもこのローレンツ氏にだったら少し流したい。助けてくれたし。
「アル」
「はい」
「今、少しならいいかな、って思ったでしょう」
「思いました」
この空気は私でも読めるよ。
駄目ってことだね。
「…ないです」
「ふふ。残念だ。もし流通させる気になったらヴァイゼル商会のローレンツを思い出してもらえるとありがたいな」
引き際が粋だ。なんだこの人かっこいい。
しかし、黒竜串の噂がそこまで広がっているとなると、ルドルフたちの方にも、何かしら影響が出ているかもしれないな……。
……大丈夫かな。




