058
せっかく来たのだから、ともう一泊を勧められた。
知人や友人に挨拶してくるのもいいかと思うので、別にそれはいいんだけども。
「じゃ、おやすみ、ロザリン」
「ええ。おやすみなさい、アル」
客間のドア前で軽くキスをしてからロザリンと別れ自室へ戻る。
両親の寝室は相変わらず防音と隠蔽の魔法が展開されてる。
すっごい小細工の効いた見事な魔法ですこと!
組み方の正確さと緻密さに惚れ惚れしちゃうね!
くっそ。
私は何もできずに一人寝なのに。
悶々としつつ寝床に横たわるが、全然眠くない。
そぉっと下着に手を入れようとしたところで、扉をノックされ、むちゃくちゃビビった。
飛び上がりそうなくらいビビった。
心臓がすごい勢いで動いてる。
「兄さん、おきてるー?」
「ノア? 起きてるよー」
平静を装って、返事をする。
「おへやに入っていい?」
「ちょぉーっと待ってくれるかな!?」
1分くらい待ってほしいぞ。
母さんの顔を思い浮かべて、強制終了。なんとか問題箇所をおとなしくさせる。
「どうぞ。入ってもいいよ」
「うんっ」
一昨日まで存在すら知らなかった弟。
なのに今はとても愛おしい。
私より年下の家族というとカタリーナという妹しか居なかったから、ノアは初めての弟だ。妹とはまた違う感動がある。
まあこれから先、もっと増えそうだが。
「兄さん、ねむれないの?」
「ああうん。ちょっとね。ノアも起きちゃったのか。眠れないのかな?」
「うん。兄さん、あした帰っちゃうの?」
「……そうだね。明日帰るよ」
そう言った途端、ノアの顔がまるでこの世の終わりみたいに絶望に染まった。
ちっちゃい子って振り幅でかいよね。
目にみるみる涙が溜まっていく。
「ひっく…」
しゃっくりのような声のあと、ノアはすぐに泣き出した。
「ぅわああぁぁん」
我慢してるっぽかったのにダム決壊早いな!?
「ノア? もう来ないってわけじゃないんだよ? 結婚式のときだって来るし、他にも帰ってくる日だってあるよ?」
「ぅわああぁぁん!」
うん。わかってた。こうなった子どもは人の話を聞かない。朱里さん知識で知っている。
「ノア、おいで」
抱き上げて、向かい合わせに膝上に座らせる。
これで小さな弟と目線が近くなった。
めっちゃしゃくり上げてる。
「私はまたここにも帰ってくるし、何度だって会えるよ?」
「ロザリンさんも?」
「うん。…ロザリンも。ポチさんもね」
泣く子特有のしゃっくりが少しずつ治まっていく。
よかった…!
子どもの泣き止ませ方は三者三様というか、本当に子どもそれぞれで違うのだ。
この子の泣き止ませ方の予測が当たってて、よかった!
「よっし、ノア。一緒に寝よっか?」
「…うん!」
ノアと、その夜いろいろな話をした。
楽しい夢のこと、などを。
学校、公園。この世界ではない話。
現状、私とは若干違うが、夢という形で記憶を思い出しているのではないか、と私は仮説を立てた。
眠ってしまったノアの頬を軽くつついてみる。
ノアはくすぐったそうに身動ぎして、にへらと笑った。
*
「兄さんおはよ…」
「ふあ…。おはよう。ノア」
にこーっと笑うノア、かわいい。
「おしっこ」
よろよろして寝ぼけながらもベッドから降りてトコトコと歩いていった。
ノアが出て行ってまもなく、扉をコココンと叩く音。
こんな叩き方をするのはテオだ。ヤツ以外いない。
案の定、返事を待たずに扉が開いた。
ノアみたいに入っていいか聞くこともなく、礼儀もへったくれもなく入ってくる。
「アリー、今日帰るんだよな?」
「うん。いろいろ挨拶回りしてから帰るよ」
不義理をして出ていく形になった知り合いもいるし。
「そっか。次は式のときか?」
「多分ね。いろいろお土産用意してくるよ」
「おう。期待してる。…なあアリー」
リクエストでもあるのかな?
「…お前朝勃ちすっげえな」
「やかましいよ!?」
そういうのを指摘しないでいただけないか!?
確かに今朝は存在の主張がすっごいけども!
「まあ、元気そうで何よりだわ」
「どこ見て言ってるんだコラ」
「次はもうちょい長くいろよ」
兄なりに寂しがってくれているといえば聞こえはいいが、これはどうなんだ、と思わずにいられなかった。
着替えたり諸々の身支度を整えてダイニングのほうへ行くと、全員揃っていた。
「今日の昼食後、出発します」
そろそろ戻ることにした、と告げる。
「じゃあ、お昼はちょっと豪華にするわね」
「あはは。そこまで凝らなくてもいいのに。ありがと母さん」
「兄さんやっぱり行っちゃやだぁ…」
ノアがまたぐずり始める。
「まだ行かないって。昼まで居るよ」
「あらあら」
「ノアー。俺にはそんなこと言わねえのに何なん?」
「テオ兄いつも一緒にいるもん!」
日常的に一緒にいるテオより、物珍しさもあるのだろう。
それでも、少し嬉しい。
「ロザリンさん帰っちゃうの寂しいー。私も街行きたいー」
今度はケイティがロザリンにくっついた。
「カタリーナ。ノア。アリーたちは向こうに生活があるんだから引き留めてはいけないよ」
「うー…」
「また来るってばー。15年帰って来なかったのはごめんて」
ほんと、度々帰ってきたほうが良いんだろうか。
デカいのを狩ったら帰ってくる、ってのもいいかもしれない。
土産にもなるし、姉さんや兄さんは思いのほか解体上手。
なによりギルド経由で頼むのと違って鮮度が全然落ちないのがいい。魔法ばんざい。
「これからは度々帰るし、…そういえば通信機あるじゃん!」
どこにあるんだよ。帰省中見かけなかったぞ。
「そういえばそうねぇ。たしかケイティがどこかに持って行ってたわよね?」
母さんは相変わらずのんびりだ。
「うん。あたしの部屋にある」
「お姉ちゃんずるいー!」
ノアの抗議にケイティが怯んでいる。
「ケイティ、自分の持ち物にしないで。こっちの魔道具はこの部屋にでも固定しちゃう?」
「そうねぇ。買って来てほしいものとか、アリーに頼めたら便利だし」
おつかいか。
「あたし、化粧品とか欲しい」
家族それぞれの土産の希望を聞き取り、朝食を終えてから挨拶回りに出た。
ロザリンを伴って。
まずはアイツか。一番親しい同族の友人、ヴォルフラム。私と1歳違いだったため、わりと一緒に居ることが多かった。
この時間なら家に居るだろうと訪ねてみた。
「アルフレート!? え?アリーなのか!?」
「やあヴォルフ」
「うわー。アリーがエルフじゃなくなって帰ってきたー!」
「失礼な」
「なんかテオが、『アリーが結婚する』とか言ってたけど…そちら、嫁さん?」
15年ぶりでもヴォルフは変わらないな。
「うん。こちら、私の妻になるロザリン。よろしく」
「よろしくお願いします」
「アリー…」
チョイチョイ、と手招きするヴォルフに近づくと、耳打ちされた。
「人族だよな?」
「うん。でも一緒に居たかったんだ。だから結婚するよ」
「…そっか」
短いやりとりだけで伝わる心地よさ。
本当に、変わらない。
「そうそう、これお裾分け。私が狩ってきた黒竜。昨日解体したんだ。よかったらヴォルフんちのみんなで食べて」
「お、おう。珍しい肉だな。ありがとうな?」
「レコルナスで冒険者になったんだ。毎日なんだかんだ楽しく暮らしてるよ」
「そっか!…そっかぁ。よかったなぁアリー」
レコルナスでの暮らしぶりや、冒険者の仕事のこと、それからこの肉はどうやって食べるのが美味いのか、なんて話で盛り上がっていたら、見知った顔が。
「ん?」
「あっ!フィリ! アリーが帰ってきたんだよ」
「は? アルフレート!?」
ヴォルフの家を訪ねてきた別の知り合いに会ってしまった。届け物に来たらしい。
実は私はコイツが苦手だ。
あまり相性がいいとは言えないのだ。
私がエルフ基準ではあんまり魔法が得意じゃないのを嗤うし。
フェリックスは2歳年上。同年代で一番モテてたのも腹立つ。
「本当にアルフレートか。ずいぶん変わったな」
「久しぶり、フェリックス」
私をじろじろと見たあと、鼻で笑った。
ロザリンのほうは見もしない。
「外で暮らすと、エルフらしさまで失くすものなのか?」
「うるさいなー。じゃあね、ヴォルフ!」
やっぱり苦手だ!
その後は、いくつかの家を回って挨拶をした。
たまたま通りかかった母さんの友人に捕まったりもした。
昔の私がいかにものぐさだったかをロザリンに暴露され、父さんの知人には「外で随分鍛えたな」と腕を掴まれ、かつては毎日のように顔を合わせていたはずの相手にはしばらく誰だか分からない顔をされた。
朱里さんの記憶の中にあった、名前も知ってますよ?という顔をしつつ、相手の名前を探る方法が思い起こされた。
よく中高年がやるやつだ。
まあ、判明したあとは変わりすぎだと笑われたけど。
挨拶回りを終えて家に戻り、ちょっと豪華な昼食後、軽く旅装を整えて、いざ出発。
出掛けに案の定ノアがゴネた。
帰っちゃやだ、帰るなら付いていきたい、と。
「ノア。ノアを連れては行けないけど、夜に通信機でおやすみを言おうか」
「まいにち?」
「うーん。毎日は無理だけど、できるだけ。私も外泊する日があるからね」
たぶんこれから増える。きっと増える。
ほんとに行きたくないなダンジョン!
「また来るよ」
そう言ったらノアは母さんに抱きついて、そのちっちゃい肩を震わせていた。




