056
アルの実家に泊まった昨夜は、ケイティと夜中までおしゃべりして、すごく楽しかった。
私に割り当てられた客間のベッドは充分広かったので、そのまま二人で眠ってしまった。
朝起きたらアルとそっくりな顔がすぐそばにあるものだから、少し混乱してしまったくらい。
つい手を伸ばしかけて、慌てて引っ込めたのは、先ほどのことだった。
ケイティは街で買った石鹸を手渡したら、すごく喜んでくれた。
あの日買ってよかったと思う。
「んん~」
「ふふっ」
寝顔といい、この寝相といい、そっくり!
「ロザリン、そろそろ朝食が出来るよ。ねえもしかしてケイティそこに居る?」
「ええ。居るわ。昨日一緒に寝たの」
「やっぱりか! ケイティ!! 起きろーーー!」
あら。普段あんまり聞かないような大声だこと。
珍しい。
「うーー…! いっつもうっさいなー! アリーうるさーい!」
そう言ってケイティは飛び起きた。
こういうやりとりも日常だったのかしら。
「ケイティ、髪が跳ねてるわ」
アルによく似た色の、でももっと柔らかい質の髪をブラシで梳かしてやると、ケイティはアルそっくりな笑顔で嬉しそうに笑った。
「すぐ行くからアリーは先に行ってて!」
「早めに来いよー。ロザリンもねー」
「わかったわ」
返事をすると、アルは部屋の前から遠ざかっていったようだった。
「ねえロザリンさん、お化粧してる?」
「ええ。今朝は軽くだけど」
「いいなぁー」
「あら。次のお土産は化粧品かしら?」
「うん!!」
ケイティは可愛い。年上の、義妹。
「よっし、ロザリンさん先に行ってて! あたし着替えてくる」
「わかったわ」
元気に隣室へ駆けていく。
私は少しだけ気合いを入れて、部屋を出た。
広間へ行くと、昨日採寸のあとにご挨拶したお義父様、義兄のテオドールさん、義弟のノアくんのほか、義姉のマルガレーテさん――マギーさんの姿もあった。
マギーさんの隣には血縁ではなさそうな水色の髪の男性の姿があった。旦那様だろうか。
そして、こちらも血縁ではなさそうな金髪の女性と、その隣にはテオドールさんに顔立ちが似ていて、髪や瞳の色合いがお義母様に似た男性。多分長兄のパウルさんね。大勢が集まっていた。アルとお義母様の姿はない。
「すみません、遅くなって…」
「どうせ夜中までケイティの相手させられてたせいなんじゃねえ?アイツ放っとくと朝まで付き合わされる羽目になるぞ?」
テオドールさんはそう言って笑った。
「ケイティ、ロザリンさんに懐いてるからなぁ。すまんね」
お義父様や義兄テオドールさんの気遣いに感謝する。
なんだかアルに似ている気がして、嬉しくなった。
「なんか、みんな私の話をしてる?何よー」
着替えてきたケイティは、自分がいないところで話題になっていたのが気になったみたい。
「ケイティは、話し込むと朝まで寝かせてくれなくなるじゃん。私、あの日眠くて大変だったんだからね?」
「私のせい?私のせいじゃないでしょー?」
アルとお義母様がなぜか玄関から入ってくる。
「朝からだと重いから少しずつだけど、私が狩ってきた黒竜の肉を用意してみたんだ。みんな食べてみて」
空中で薄く切られた肉に火が通り、香ばしい匂いを漂わせながら、既に食卓へ並べられていた料理の皿の端へ置かれていく。
何度見ても、不思議な光景だ。
皆が着席したところで、アルがパウルさんご夫妻や、マギーさんの旦那様に私を紹介してくれた。
「こちら、ロザリン。私の妻になる人です」
「ロザリンです。よろしくお願いします」
水色の髪の男性はマギーさんの旦那様で、ニコラウスさん。
金髪の女性はパウルさんの奥様で、アーデルハイトさんというらしい。
「マルガレーテの夫のニコラウスだ。クラウスでいい」
「パウルの妻のアーデルハイトよ。ハイディって呼んでね」
私にも、改めて皆さんを紹介してくれて、それから食事が始まった。
「このお肉おいしい!」
ノアくんは真っ先に黒竜の肉を食べ、気に入ったみたい。
「兄さん、もっとたべたい!」
「あはは。ごめんね。まだ全然解体できてないから、今はこれだけなんだよ」
「ノア、野菜も食べなさい」
「竜って美味いんだな。見たことねえけど。街のほうに行くと居るのか?」
「王都のほうとか、たまに出るって聞くよ。これはレコルナスの近くで見つかったダンジョンで取ってきたやつだよ」
アル。まるでそのへんの鹿や兎のように話してるけど、竜よ?
「竜種はエルフを嫌うみたいだから、この集落あたりじゃ近寄りもしないし、狩りたくても難しいわねぇ」
「街で買ってくればいいさ」
「父さん、レコルナスでもそうしょっちゅうは竜種は流通しないよ」
魔物の情報に疎い私でも分かるわ。
絶対ズレている、って。
「あっ。でもこれから1カ月くらいは黒竜も流通するかも。私達が狩ったやつが多少流れるはずだから。それに私のも解体が終わったら皆にも分けるね」
「まぁ。楽しみだわぁ」
「解体なら手伝おうか?アリーめっちゃ下手だったじゃん。それとも流石に上達した?」
テオドールさんの言葉に、アルが顔を引きつらせた。
苦手だと言っていたものね。
「今もちょっと無理かな…」
「ちょっと大きいけど、身体の構造はリザード系だろうし、私も手伝えるわよ? ねぇアリー、私もクラウスと家で食べたいし、解体するなら手伝うわ」
解体なら自信があるのよ?とマギーさん。
「ウチにも欲しいな。僕も手伝おう」
そう言ったのは、パウルさんだった。
お義姉さんもお義兄さんもずいぶん乗り気みたい。
確かに夫婦二人で食べるのも良いものね。
「うーん。ならお言葉に甘えるよ。実際すっごく助かるし」
「じゃ、早く朝食を食べてしまいましょう」
朝食後、家の裏で黒竜の解体が始まった。
私も怖いもの見たさもあって、少し離れたところでノアくん、ハイディさんと一緒に見学中。
冒険者ギルドでもその威容は見たけれど、本当に大きい。
「わぁ! お家よりおっきい!」
「すごいわねえ」
「まぁ。本当ねぇ」
詳しい手順は、正直よくわからない。
けれど、アルが魔法で大きな部位を保持して、パウルさんとマギーさんとテオドールさんが慣れた様子で魔法を操り、触れもせずに解体していくのはわかった。
「アリー、鮮度保持掛けとくぞ? 俺、内臓やるから、姉ちゃん皮剥いで」
「わかったわ。アリーは動かないように支えてるだけでいいわ。皮を剥ぐのは私がするから」
「マギーはそっち側から頼む。僕はこっちから剥ぐよ」
パウルさんも当たり前のように作業へ加わっていく。
黒竜の解体が、兄弟総出の仕事になっていた。
「アルフレートくん、内臓を保管する容器はあるかい?」
ニコラウスさん――クラウスさんに聞かれ、アルは少し考えてから、大きな容器を取り出した。
「えーと、コレがいいかな。義兄さん、コレに入れてください」
「すっげえでっかい肋骨! アリー、骨どうすんだー?」
テオドールさんが、何メータもありそうな長い骨を指し示した。
「骨はそのまま街で売れるから売っちゃうかな」
「あらそうなの? いいおダシがとれそうなのに」
「姉さん、売りにくい小骨とか要る?」
「もらうわ」
マギーさんは嬉しそうに黒竜の小骨を受け取っていた。
流れるようにすべての作業が終わり、黒竜が骨と肉と皮に分けられるまで、それほど時間は掛からなかった。
「みんなー! おふろの準備しといたわよー」
みんな一息つこうかという頃、ケイティが解体場所に現れ、そう言った。
「は? 風呂!?」
「いいねえ。ねえハイディ、やっぱりウチにも風呂を作ろうよ」
「うちにも作ろうかしら」
「何!? えぇ? なんで? この集落、風呂に入る風習なんて無かったよね?」
アルは驚きつつも嬉しそうという、器用な表情を浮かべていた。
「ぼくが作ったんだよ!」
「ノアが!?」
「うん。夢で見たの。お湯がいっぱい入ってて、あったかくて、みんなで入るところ!」
「…マジか」
*
「気持ちよかったわー。やっぱりうちにも欲しいわ、お風呂!」
「お先に。ありがとうございました」
「お兄ちゃんたちもどうぞー」
ロザリンとケイティとマギー姉さんが上がってきてから私たちの番に。ハイディさんは今日はやめとく、とのこと。
ちなみにクラウス義兄さんは魔法で綺麗にするだけでいい、と固辞していた。まあ妻の実家で風呂というのも気まずかろう。
ところでなんで何もしてないケイティが先に入っているんだろう。
「テオ兄ぃー、お風呂ー。ぼくもはいるー!アル兄さんも、パウル兄さんも、はいるのー!」
「え?四人も入れるような広さなの?マジで?」
どういうことなの。ノアってもしかして私と同じなんだろうか。
「アリーは風呂知ってんだ? やっぱ街にはあんのか?」
「レコルナスだとちょっと贅沢な施設とか、貴族のお屋敷とかにあるくらいじゃないかな。お忍びの貴族が泊まるような宿屋でもシャワーしかなかったし…」
少なくとも私は水蜜の館や同じくらい高級な娼館でしか見たことがない。
「ここでふくをぬぐんだよ」
初めてここの風呂へ入る私に、ノアが一生懸命教えてくれる。かわいい。
テオやパウル兄さんは慣れた様子で既に脱いでいる。
なんか体型でドン引きされそうで嫌だなぁ。まあいいか。
「兄さん、お風呂はいろ」
「うん入ろう」
服を脱いでマジックバッグにしまう。完全にいつもの癖だ。
「兄さん、それおもしろいね」
「ああ、マジックバッグ? いろいろ仕舞うのに便利だよ」
「まちの人はみんな使ってるの?」
「ううん。買うと高いらしいから、実際に使ってるのは一部の冒険者と商人さんだけみたい。ノア、脱ぐの手伝おうか?」
「…いらない。もう一人でできるよ」
「そっか」
ちょっと釦を外すのに手間取っている様子だったので手伝おうかと思ったが、不要だったらしい。
エルフは身体の成長に引っ張られて、感情や運動能力の発達も他種族よりゆっくりだ。
知識だけなら年齢分増えていくのだけれど、できることまで一緒に増えるわけではない。
だから、こういうところは本当に見た目相応に近い。
私自身、思春期真っ只中な自覚もあるしね。
まぁ、ノアも今は、何でも一人でしたいお年頃なのだろう。
つい見守っちゃうね。
「ぅわ」
無事釦を外し、服を脱ぎ終えたノアは、私のほうを振り返り、そんな声を上げた。
浴室内に入ると、先に入っていたテオとパウル兄さんにまでまじまじと見られた。
「うわとか言うなよ傷つくよ」
「だって兄さん逆三角形…」
「エルフだと珍しいかもしれないけど、人族なら珍しくもなんともないし、獣人ならむしろ普通だからね!?」
「家を出ていった頃はテオと同じくらいだったのに…」
しみじみ言うなよパウル兄さん。
「冒険者やってると、本当にこれくらい筋肉量がないとキツいんだよ。身体強化だって、十を五倍にすれば五十だけど、二を五倍したって十にしかならないんだよ?」
私が鍛え始めた理由が実はこれなんだよ。
「いや、理屈はわかったけど、エルフがそこまで鍛えるかよ?」
「他種族の街で暮らすのって結構エルフにはキツいよ?」
軽く汗や汚れを魔法で流してから浴槽へ入ろうとすると、ノアに止められた。
きちんと洗い場で洗えということらしい。
ぅわぁ。再現度高ぇ。
どことなく露天風呂みたいな造りだな。
まるで源泉掛け流しみたいに湯が出続けるように細工されてる芸の細かさだ。
屋根もあって外じゃないけど。
そして問題は浴槽内に浮かぶ黄色いアレである。
浮かぶと言うか若干沈んでるというか微妙な浮かび具合だけど。
とっくに身体を洗い終えたノアは、そいつを突付いて遊んでいる。
アヒル隊長ォォォォ!?
よくよく見れば木彫りに色を塗ったもののようだが、明らかにデフォルメされた黄色い水鳥だ。
「兄さんまだー? 僕もうあがるよー?」
そう言ってノアはもう風呂から出て行った。
子どもって湯に浸かっていられる時間が妙に短いもんね。
「ちょっとびっくりしちゃって…」
びっくりしすぎてお兄ちゃん心拍上がっちゃうよ!?
まぁ、落ち着こう。
ノアの言う通り、素直に身体を洗おう。
…シャンプー持ってくればよかった。
ケロ◯ンとか書かれた桶が置いてあるわけではないのだからいいじゃないか、と自分を納得させ、目の前にあった石鹸を手に取った。
よく見たらロザリンが土産にって持ってきたやつだね。
すごくいい匂いのするやつ。
夜、シャワーを浴びた後のロザリンからする匂いだ。
まあ…
…アレだな。
匂いというのは、ヒトの記憶に強く結びついていたりするものである。
「アリー…。お前それ…」
テオが私の下腹方面を見て、何とも言えない声を出した。




