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手頃な空倉庫の古びた錠を壊さないようにいつもの針金でこじ開け、女を運び入れる。
括れた腰、柔らかな丸い尻、デカくて形の良い乳房。思った以上の一級品の女だ。
赤く長い髪は艶やかで甘い匂いまでする。
こんな女を手に入れる機会などそうそう廻ってくるはずもないだろう。みすみす逃すのも馬鹿らしい。
そう思って子どもを使い、こいつを捕らえた。
とにかくツイていたんだろう。ここまで簡単にいけるとは思っていなかった。
急だったため、買い手に受け渡せるのは二日後以降になってしまうが、それまでこの倉庫に置いておけばいいだろう。
こういった住宅や店舗のそばにある倉庫は作業の騒音が外に漏れないように、防音の魔法が掛けられているというのもお誂向きだ。
手首と足首を縛っておく。
大事な商品なので傷つけられないな。
縛る個所は傷にならないように、倉庫内にあった適当な布をあてておいた。
後で食料と水だけをそばに置いて女を保管しておけば、充分保つだろう。
俺は未だ眠り続ける女を倉庫内に下ろし、しっかり施錠し、食料調達のために倉庫を後にした。
***
今日は雨だというのに妙に客入りが良い。
まあそんな日もあるだろう。
先程も銀麦亭の従業員が買っていったところだ。
あの宿屋の主人になったブルーノはかつてこの店で修行したこともある元冒険者なのだが、嬉しいことになかなか繁盛しているらしい。
「雨の中ありがとうな」
「ここのパンが一番の気に入りだからねぇ。どんな天気だろうと買いに来るよ」
あのあとに訪れた客をドアの外まで見送ると、店から少し離れた場所に見知った籠が転がっているのが見えた。
あれは確か、銀麦亭の赤い髪の嬢ちゃんが持っていた籠だ…!
先程、ありったけの丸パンを入れてやったものだ。
そのそばには浮浪児だろうか。子どもが倒れてる。
「おいっ! 店番頼むっ! それと子どもが倒れてる! 対応頼む!!」
店の奥へ声を掛け、俺は急いで銀麦亭へと走った。
運動不足の身体には堪えたが、そんなことを言っている場合ではない。
「ブルーノ! 赤い髪の嬢ちゃんは戻ってるか!?」
銀麦亭に着くなり奥の厨房に向けて叫ぶ。
ブルーノの妻、ゾフィに促され、そっと奥へと案内される。
「あなた、ハンスさんが…」
「ブルーノ、お前が使いに出したあの赤い髪の嬢ちゃん、こっちに戻ってるか?」
「…いや、まだ戻ってねえ。もうそろそろ戻ってきてもいい頃だとは思ってたんだが…」
「籠が、店の前に落ちていた。…嬢ちゃんの姿は無かった」
「…ロザリンさんが!?」
ゾフィが口元を手で覆い、身を震わせた。
ブルーノの雰囲気が一気に変わる。
「ゾフィ、俺は冒険者ギルドに行ってくる。ニルスは保安部に通報してくれ」
「はいっ!」
ブルーノの指示に従業員が駆け出して行こうとする。
「俺も保安部に行くぜ! 状況説明は要るだろう」
「頼む!」
慌ただしく、銀麦亭のニルスと共に、保安部の詰所へと駆け込んだのだった。
***
気がついたら、ポチさんに乗ってレコルナスへ向けて走っていた。
正直どうやってここまで来たのか、かなり曖昧だ。
まあやってしまったことは今更どうしようもない。
これからのことを考えよう。
現状、一番問題なのはロザリンちゃんの安否が判らないこと。
レコルナスに着けば、護身用魔道具の位置だけは辿れるだろう。
次に、私の魔力が1/3以下になっていること。
ごっそり減ってる。
減っているせいで回復もだいぶ遅い。回復速度は魔力枯渇したときの回復過程の三日目くらいの感覚だと思う。
ポチさんが走るための補助魔法を今も使っているが、魔力の減りがあまり望ましくない。
普段であれば大概の魔法を使ってもすぐに回復する。
消費量より回復量の方が多いくらいだから、私が魔法を使っても実質的には減ることもない。
普段私の魔力が無尽蔵に見えているのはそのせいだ。
けれど今は違う。
回復が遅いせいで、回復よりも補助の消費魔力の方が多い。魔力量が減れば、回復量もさらに減る。
完全に悪循環だ。
一旦、走行補助は止めるべきか…。
走行補助をやめてしまえば速度は落ち、到着は遅れるだろう。
しかし、ロザリンちゃんの元に辿り着いた頃に魔力が無くなっているようでは、何の意味もない。
魔法も使えなくなった脆弱エルフでは、荒事には向かない。
ポチさんがいつもより早く走ろうとしてくれているのが解るが、とても苦しそうだ。
「ポチさん。もう少し速度を落とそう。ロザリンちゃんが意識を失うような襲われ方をしたなら、傷付けることが目的ではなかったはず。きっと粗雑な扱いは受けていない」
たぶん、無事。そう思いたい。
彼女は彼女を狙う者にとってはそれはそれは美味しそうな獲物に見えることだろう。
伝を辿り金貨を積んででも一夜をともにしたいと願って、ようやく逢えるような、そんな高嶺の華だったんだから。
だから、そんな彼女を単純に殺したりはしないだろう。
彼女自身の価値が彼女を守ってくれていることを願う。
水蜜の館にいたことで、今まではあまり人の目に触れることもなく結果的に守られていただけだ。
それを連れ出したのは私だ。
その小さな後悔と、護りが足りなかったという大きな後悔で、胸が痛む。
走行補助を止めたことで、少しだけ魔力の消費より回復が上回るようになった。
今は少しでも回復させよう。
最良の結果を目指すために。
***
目が覚め、自分が硬い床の上に居るのが分かった。
埃っぽい空気の匂い。
確かパン屋を出たところで小さな子どもがぶつかってきた。
そこまでの記憶はある。
そこまでしかない。
ここがどこかも判らないし、何が起きたのかも判らない。
でも、自分が無事なことは判る。怪我はない。
手首をまとめて前で縛られている。
足も縛られている。
衣服は乱れてはいない。何もされていない。
盗まれたものもない。
籠は取り落としてしまったみたいだけど。
アルフレートの護身用魔道具は、しっかりある。
たぶん、私が一瞬で気を失ったせいで相手を退けるほうの魔法は発動しなかったのね。
盗られていなくて本当によかった。
安心できる。
どういうわけか私をここに連れてきた人はここには居ないみたい。
それならどうにか今のうちにこの魔道具を隠しておくべきだと思った。
なかなか難しかったけれどなんとか鎖を外し、胸元に押し込んだ。
こうすれば小さなものなら隠せたりするのだ。
しばらくすると、錠が開けられ誰かが入ってきたような音がした。
「よう。目が覚めたかい看板娘さん」
店の裏口前にいた男だった。
手には食料か何かが入った袋を持っている。
「相変わらずいい女だな」
なるほど。元々狙われていたのね。
動けないように縛られているけど、擦過傷防止の布まで巻かれているということは、この男自身がどうこうしたかったのではなく、どこかの誰かに私を売り払うのが目的といったところかしら。
男が私に触れようと手を伸ばしてくる。
魔道具は、私が許可していない、拒絶した接触で発動してしまう。
駄目。魔道具の存在がばれてしまう。
閉じ込められてるこんな状態では、反撃だけできても多分意味がない。
なら、魔道具の存在は今知られるべきじゃない。
今だけは、触れるくらいは許可してあげるわ。
そう無理やり思う。魔道具が発動しないように。
許可すれば発動はしないはず。
男が服の上から身体を探るように触れてきた。
いやらしい触れ方。
胸元に押し込んだ魔道具がバレてしまえば私はおそらく助からない。
アルにも、もう会えない。
胸元へ手が近づくたび、魔道具に気づかれるのではないかと心臓が跳ねた。
「ふん。せいぜい大人しくしてろよ」
けれど男は何も見つけられず、やがてその手は離れていった。
魔道具は発動せずに済み、男は魔道具に気づくことなく、倉庫を出て行った。
重そうな音を立てて扉が閉まり、錠の下りる音が、やけに大きく響く。
「アル…」
私はようやく、息を吐くことができた。
次話で三章は終了となります。




