045
「階段登ってばっかりってキツい…!」
息が上がる。脚、痛い…!
「大丈夫か?」
「ちょっと体力なさ過ぎないか? 階段登る以外何もしてないぞ…!?」
その階段登り続けることこそが、私には大変なことなんですよ。
転移と階段登りをひたすら繰り返した結果、ようやく5階層目までたどり着く頃には私の脚が悲鳴を上げ始めていた。
登りっぱなし、辛い…!
膝が笑うというか、脚がパンパンだよ!
このままではぷるぷる震え始めるのも時間の問題に思える。
「ひぃ……帰りたいよ…。じ、人族とは根本的に違うんだから仕方無いじゃないか…」
自分自身の身体が重い!
壁に縋り付きつつ、なんとか段を登る。
病み上がりなクローヴィスさんたちよりも乏しい体力しか持ち合わせていないのが哀しいね。
「むり…!もうむり!」
助けてポチさん!
「もう五階層だし、俺たちなら全然大丈夫だぞ!?」
「ひとまず休んでから、パーティの居るとこまで戻ったほうがいいんじゃないか?」
「無理するな。な?」
ダリエンさんたちが口々に私を気遣うような発言をする。
足が上がらなくて階段で躓くことが増えてきたせいだろうか。みんなに心配されてしまっているようだ。
ごめん、子供かお爺ちゃんくらいの体力しか無くて。
「エルフってみんなこうなのか?」
「見ての通り私はエルフとしてはありえないと言われる程度には鍛えてるので、かなりマシなほうです。他のエルフはもっと体力無いです」
「コレで!?」
これで、ですよ。
出会うことがあったら大事にしてあげて下さい。
まぁ、普通のエルフは疲れるまで自分の足で歩いたりしないし魔法で身体強化したり重力操作したりして、なんとかするんだけど。
私自身はそんなことをしてると鍛錬にならないので我慢して自力で歩いてたわけだけど、さすがにもう辛くなってきた。
「ううぅ。戻る体力無くなっちゃう…」
やむを得ず、重力操作して自身の体重を1/10くらいに軽減し、床を蹴って跳ぶことにした。
おお。楽だな。
「ぅお!?」
「…っ。魔法か…。すごいな」
「びっくりした」
ギョッとされてしまったけど、体力的にもう保たないので仕方が無い。慣れてほしい。
私はそのまま、とん、とん、と数歩床を蹴って、階段を登りきった。
「さて。この先は5階層目のエリアになるわけだけど、本当に大丈夫?」
「ああ。何から何まで、ありがとう」
「命を助けられたこの恩は忘れない」
「いつか俺たちにできることがあれば声を掛けてくれ」
「うん。またね」
ダリエンさんたちを助けられてよかった。
彼らが無事レコルナスへ戻りギルドへ報告すれば、彼らを裏切ったあの腹立たしい3人組は冒険者としてはおしまいだろう。
元々ダンジョンで彷徨ってるくらいだし、今から無事帰れる可能性からして少ないのだけどね。帰ってこれたとしてももう遅い。
念のため私からギルド宛てのお手紙も持たせてみた。必要なら記録の魔道具の提出もしますよ、と一筆添えて。
報告を受けたギルドはただペナルティをつけてくれるだけだろうけど、そのペナルティを甘く見てはいけない。
あの3人組のやらかした内容から考えると、ギルドでの三ヶ月仕事受注制限、ランク降格&昇格五年停止あたりの処分が下されるはずだ。
実質、クビ。
ランクをいくつ落とされるかは知らないけど、昇格五年停止は人族なら相当痛かろう。中堅層くらいの冒険者なら残りの現役期間のほとんどをランク据え置きって意味に近いから。
面白半分に冒険者登録の際の契約書類の端っこまで読んだときに罰則規定欄で見つけた事項だ。
登録時の口頭説明には一切出てこなかったのに、ちっちゃい文字でいろいろ罰則が書かれてたのを見つけたときは、薄ら寒いものを感じたものだ。
盗賊にまで堕ちたりしなきゃいいけどね。
「さ、ポチさん。ぼちぼちみんなのとこに戻ろっか」
「ワゥ」
体感なので、たぶん、と注釈がつくけどもあと1時間もすれば昼だ。
リィナに早く戻れと念押しされたしね。
重力操作でふわふわと階段を降り、転移を繰り返した。
先日の魔力枯渇以来、魔力総量がぐんと増えたせいで本来かなりの魔力が必要になるはずの転移がいくらでも使えてしまう。
保持できる魔力の総量が増えると魔力の回復量も増えるから、使ってもすぐに回復してる感じだ。ちょっと吃驚。
気をつけないと怠けてしまいそうで怖い。気軽に転移が使えるようになったとはいえ、怠けて身体が鈍ったらいざというときに困るだろうし、今後も極力転移と重力操作は使わないようにしようと思った。
そうして、どうにかこうにか戻ってきた十五階層目。
綺麗に晴れ渡ってる空を見上げて、つい座り込んだ。
魔力回復は早くても体力や筋疲労の回復はさほど早くないのだ。
「ポチさぁん。私、ちょっと休みたい」
「ゥオフ…」
いいから乗れよ、とでも言いたげなポチさんは、仕方が無いなと言いたげな様子で私を一瞥してから正面に伏せた。
若干不満げ。無言の圧がすごいね。
「…わかったよ」
のそのそとポチさんの背に跨がると、視界が一気に揺れる。
急に立ち上がった動きに吃驚してつい目の前のワシャワシャした毛皮を掴んでしまったけど、ポチさんは気にするふうでもなく軽やかに走り始めた。
私が休みたいと主張してたせいか、駆けるのではなく軽く走るだけにしてくれているようだ。
お気遣いありがとうございます。
ありがたいよ。
ふと、今になってようやくこの至れり尽くせりな感じに気づいたのだけど、どうやら従魔であるポチさんと私との間の意思の繋がりが既にある程度構築されてきているらしい。
私が何の指示もしてないのにポチさんは私の行きたい方角を目指してるようだった。
「ポチさん、ありがとー」
なんとなく仲良くなれた気がして嬉しくて、礼を言うと、ポチさんは鼻を鳴らし、少しスピードを上げたのだった。
エルフ以外の種族で私と共に生きてくれる相棒になってくれそうなポチさんと会えたことの幸運に感謝だ。
おそらく、普通の魔物や動物と違いダンジョン生まれのポチさんは寿命というものがない。
魔力が供給され続ける限り、つまり供給源である私が生存する限り存在するのだろう。
将来的にも同族のもとへ戻る気のない私とは、多分今後誰よりも、長い付き合いになるんだろうなと思った。
「ポチさん、これからもよろしくね」
「わふ…」
あとはフェイに持ってもらっている魔力結晶に入れといた自分の魔力を目印にして、ひたすら進む。
走りやすいように魔法で補助してやるとポチさんも楽しそうにスピードを上げ、とんでもない速度で周囲の風景が流れていった。
私もなんだか楽しくなってきた。さほど経たずにリィナやフェイの魔力まで感じられる距離まで近づくことができた。
無駄に警戒させるのも迷惑だろうから先触れとして魔法で声を伝えてからスピードを落として近づいた。
「ただいまぁ」
「お帰りーアルフレート」
「早かったですね」
丁度良い頃合いで私が合流をお知らせしたことで皆はここらで休憩をとろうとしていたらしく、各々昼食の準備に取り掛かろうとしていたみたい。
「よかったぁ、間に合って。危うく固いパンと干し肉と水だけの寂しいぃぃぃ食卓になるところだったわよ」
「あはは。ごめんね」
お詫びも兼ねてリィナの好きなオムレツの皿を彼女の目の前に置く。
バター香るとろとろふわふわ半熟に仕上げた特別仕様だ。
実家の母も作ってたし私にとってはどうということもない普通のオムレツなんだけど、この世界の基準だと加熱が足りなくてちょっと不安になるっぽい。
朱里さんの暮らしてた日本のような安全な卵が流通してるわけではないこの世界では生や半熟の卵というのは危険極まりないんだろうね。
リィナはお母さんがたまに作ってくれていたのだそうだ。
魔法での殺菌工程が必須なので多分魔法で殺菌処理できる人以外にはそうそう作れない料理だね。
以前銀麦亭のご主人に食べさせたらものすごく羨ましがられた。
「卵を生でも食べられるように処理する魔道具とか作ったら売れるかなぁ…」
「えっ?」
「はいぃー?」
「アルフレート、相変わらずまた明後日の方向に思考が飛んでんなぁ」
マデリーンさんの時を止め、フェイに聞き返され、ルドルフに笑われた。
でも銀麦亭のご主人なら買う気がする。
いつだったか作った半熟ポーチドエッグとかにも羨望の眼差しを向けてきていたし。
「アルフレート。あの3人はどうなった?」
食事中、別行動中の情報交換をした。
ルドルフたちは特に問題もなく時々出没する魔物を狩りながらここまで進んできたそうだ。
「とりあえずある程度動けるくらいに応急処置して5階層まで送り届けた。そこからなら帰れるって言ってたから」
「そうか」
DかCランクっぽかったから、多少体調が悪くてもあのへんからなら問題ないだろう。
「各自、食後の飲み物何にする?」
「私、カフェオレがいい!」
「お茶ください」
「お水で…」
「コーヒー」
「冷たい水くれ」
「はいはい」
それぞれご希望のものを配り、私はリィナと同じカフェオレを飲むことにした。
リィナのカフェオレには砂糖たんまり入れたけど、自分のは無糖で。
水をご所望なマデリーンさんとライリーのは涼やかに氷を浮かべてみた。
「はぁ。贅沢ですねぇ」
氷の浮かんだ水を口に含んでから、マデリーンさんがしみじみ呟いた。
「そうらしいね」
ダリエンさんたちが力説してた話を思い出し、呟いた。
「認めたわ」
「…アルフレートにしては珍しいな」
今回の件もあり同意すると、リィナとルドルフに突っ込まれた。
「好きなだけ水を確保できるってのは贅沢なことだって話を聞いたんだよ。水の心配の要らないパーティは少ないんだってさー」
「水どころの話じゃねえじゃねえかこの有り様」
ルドルフが「カフェオレおいしー」とか言ってるリィナのほうを示した。
「あぁ…、そういえば俺も最初からリィナと一緒だったから水で苦労したことは無えな」
少し思案してからそう言ったのはルドルフ。
「なんて贅沢なパーティ」
「普通は水の確保は死活問題だぞ」
おそらく一般的な感覚なのは、マデリーンさんとライリーのほうなんだろう。多分。
「ウチは魔法が使えるのが私とフェイとアルフレートの3人居るもんね」
「ねぇフェイ。魔法使いって実は数が少ないのかな?」
ウチのパーティでも魔法使いとしてギルド登録してあるのはフェイ1人だけだしね。
「少ないですよ。冒険者で実用レベルで魔法が使える人自体がそもそも1割以下ですし。10組のパーティがあったとして、2〜3組にそれぞれ1人ずつくらいじゃないですかね。まぁウチの場合、リィナさんもアルフさんも弓使いと剣士で魔法使いとしてカウントはされてないですけど、ふたりとも稀な例ですよね」
「そっかー」
「Cランク以上になると水を出す魔法だけ、身体強化だけ、って1つの魔法だけ習得してるって人なら意外と多いですけどね」
なるほど。そういえばダリエンさんも強化の魔法が使えるみたいだったもんね。
「普通のパーティのダンジョン攻略ってどんななんだろう…」
水を汲んで持っていく?
それだとマジックバッグがあること前提だよね、水って重いし嵩張るし。
でも普通のマジックバッグだと時間経過による劣化は止められないらしいけど汲んだ水ってどれくらい保つんだろう?
「時間経過をゆっくりにする水瓶を買って使うんですよ」
私の思考を読んだようなマデリーンさんの答え。
「へー。そういうのがあるんだ」
ダリエンさんたちに水をあげた際のあの水瓶がそれだったんだろうか。
「それでも5日くらいが限界だから、あとは腐らないような、薄めたワインを持ち込むぞ」
「お酒飲んじゃうの!?」
アルコール類が好きじゃないライリーは苦い顔をしてる。
勇者だな!
手元狂うとか判断力鈍るとか無いのかな。
安いワインなら薄めてあるせいで然程のアルコール度数でもないから、とかいうことなんだろうか。
水分摂取と考えちゃうとアルコールは利尿作用あるから余計に脱水症状出そうな気がするんだけどな。
「普通はそうなんですよ。食べ物だって2度焼きしたパンと干し肉くらいのものですし」
「……マジで?」
二度焼きパン。
ビスケットの原型とも言われてたけど、保存性を高めるために徹底的に水分抜いてあって、すごく硬い。
物珍しさで一度だけ食べてみたけど防災食のカンパンなんて目じゃないくらい硬かった。
エルフの華奢な顎にはだいぶ厳しい硬さでした。
「高ランク冒険者になるとナッツや乾燥させた果物なんかも持ち込みます」
さすがマデリーンさん、物知りだな。
「うーん。ナッツもドライフルーツも嫌いじゃないけど毎食それっていうのは嫌だなぁ…」
冒険者の食事事情、早くなんとかなるといいねぇ。
私は飲み終えたカフェオレのカップを片付けながらそう思った。
「さて、この階層もあと少しだ。このまま行ければ今日中に次の階層へ辿り着くだろう」
「最前線ね」
「地図が高額で売れますね」
未踏の地、つまり完全に未知の場所を進まなければならないってことだ。
何があるかわかんないし、私も最大限気をつけることにしよう。




