042
もう交代の時間か。
ルドルフが近付いてきた気配で目が覚めた。
目を開けると、寝起きのせいかぼんやりとルドルフの姿が見えた。
「アルフレート?起きてるか?」
「んン…。今起きたー…」
寝床から出て伸びをする。
簡易寝台を作ってからいくらかマシにはなったけど、やっぱり野営は寝心地がイマイチだ。
眠りが浅いからすぐ起きられるという利点はあるけども。
起きた瞬間隣を見てもロザリンちゃんが居ないのも寂しいね。
「ハァ。ロザリンが居ないなんて…」
代わりにポチさんにハグをする。
もっふもふ。
…おお。コレはコレで気持ちいいな…。
私と一緒に見張りをする予定だったリィナは既にマデリーンさんが起こしてたみたい。
「おはよ、リィナ。おやすみルドルフ、マデリーンさん」
「交代お願いします」
「リィナ、アルフレート。見張り、頼むな」
「任せて」
「はぁい」
ルドルフたちと交代した私たちが担当するのは夜明けまで。3時間弱といったところか。
相変わらず真昼みたいに明るいし、太陽も頭上から動かないのでただの勘だが。
その間、魔物やその他に対する警戒をして、異常があれば知らせ、万が一の際には他の人が対応出来るようになるまで時間を稼ぐのが見張りの役割。
私の場合、基本的に目視や音とかの気配よりは魔法頼りで警戒にあたってるので、警戒範囲に何か異常が起きない限り読書したりいろいろ他のことをしたりして過ごしてたのだけど、朝までにみんなの朝食を準備しておくのが最近のパターン。
最近ではルドルフもそれをあてにしてるのか、わざと私を明け方の当番にしているフシがある。
「アルフレート?大丈夫?」
「ねむい」
眠気覚ましにコーヒーでも飲もうか。あんまり効かないけど。
あとトイレ行きたい。
「リィナ、トイレ行ってきていい?」
「行ってらっしゃい」
「うん」
起き抜けなせいでへんな方向に飛ぶというか狙いがイマイチ定まらないことに苦戦しつつ用を足して戻ると、リィナは予備の弓の手入れをし始めたところだったようだ。
手を洗ったついでに顔を洗うと、さっぱりして少し眠さが無くなった。
「ね、リィナ。カフェオレ飲む?」
「うん。もらうわ」
小さなテーブルをひとつ出して、カップを2つ置く。
片方のカップに砂糖と温めたミルクを入れてから、それぞれのカップにコーヒーを注いだ。
弦を張り替える指先を眺めながら、コーヒーを一口。
いい香り。
「ねえアルフレート」
「うん?」
音を伝わりにくくする魔法が展開されたのを感じ、真面目な話かと少し畏まる。
「なんで異種族と結婚しようって考えたの?」
「…だって大好きなんだもん」
リィナからそういう恋バナ的な話をしてくるとは予想外だね。
「好きってだけで結婚まで決めたの?」
「うん」
なんか難しい顔してるな。なんだろう?
「一生一緒に居られるわけじゃないのに、っていうのは気にならないの?」
「……そりゃ、確かに順当にいけばほぼ確実に私が置いて行かれちゃうけどさ。それ言っちゃったら私は冒険者だし逆にロザリンちゃんを置いていく羽目になる可能性だってあるでしょ?」
言いながら、気づく。
ハーフエルフである彼女は、人族や獣人は当然のこと、エルフとも寿命が合わない。
共に同じ時間を歩んでいけるのは同じハーフエルフだけなんじゃないだろうか。
それはきっと、とても難しい。
彼女は誰かに置いて行かれるか、置いて行くしかない立場なんじゃないだろうか。
「…飛竜便屋のセオドアに言われたんだよ。他の男の嫁になった姿でも想像してみろ、って。置いて行かれるとしても、それならほんのひとときだろうと私のそばに居てほしいなって思ったの」
リィナは誰か好きな人でも居るのかな。
ルドルフは幼馴染みらしいし、もしかしたら。
「一緒に居られる時間が短いんだから、尚更時間を無駄にしたくないって思ったんだ。彼女が生きてるかぎり一緒に居たいから、結婚しようって思ったの」
同族相手だったらそんな慌てて結婚しようなんて考えなかったと思うんだ。
きっと、二〜三十年以内に結婚出来ればいいねー、なんて呑気に言ってたと思う。
「ロザリンちゃんに会いたいよぉぉ…」
「たった一日しか離れてないじゃない」
「今日も帰れないじゃないか…」
帰りたい。ダンジョン飽きた。
「明日までは帰る予定無いわよ」
そうですね。もう一泊以上する予定で出てきたもんね…。
「何かロザリンさんのお土産になりそうな綺麗な魔石とか手に入れられたらいいわね」
「…うん?お土産か!」
そうだ!プレゼントだ!
…何あげたらいいんだろう。全然おもいつかないよ!
「ね、リィナ。女の子ってどんなもの貰ったら嬉しい?」
「モテない男丸出しなセリフね」
あははと笑ってリィナがひどいことを言う。
わりと真剣に聞いてるんだけどなぁ。
でも今はロザリンちゃんが居るもんね、と思うと前ほど悔しくないし腹も立たないのが不思議。
「しかたないじゃない。実際に年齢がそのままお一人様歴だったんだから。ねえ、いいから女の子の喜びそうなもの教えてよ」
「あはは。女ってひとくくりにしてるあたりがモテない男丸出しって言ってんのよ。誰でも同じものを喜ぶわけ無いでしょう?」
「むぅ…」
「例えば、宝石のたぐい。女性へのプレゼントの定番みたいに言われちゃってるけど、私は全然嬉しくないわよ?同じ金額なら可愛いグローブとかブーツを貰ったほうが嬉しいわ。ブーツも金属補強のあるやつね。無いと役に立たないもの」
確かに。
現に私も朱里さんが服飾関連や貴金属類のプレゼントを好まなかった記憶があるせいでこんな質問をしているわけだし…。
朱里さんは妙な食材や特殊な調理器具とか貰うと喜ぶヒトだったよ。
糖度計とかチェリーの種抜き器とか赤外線式温度計とか卓上ミキサーとか。
「この前一緒に出掛けたときに買った服とアクセサリーはあんまり喜んでなかったように見えたんだよねぇ…。一昨日あげたイヤリングも趣味合わなかったのかなぁ…」
「一度も身に着けずに仕舞われてるんじゃない限りは大丈夫よ」
「本当!?」
服、着てくれてたし、アクセサリーは毎日ずっとつけてる!
あ、でもアクセサリーは護身用魔道具だからっていうのもあるかも…。
「うああ。判断に困るぅぅぅ。気に入ってくれてるのか、単に護身用魔道具だからなのか…」
「なにそれ。一体どんなものあげたの?」
「この前初めてのデートで寄ったお店に良い魔力結晶があったから、ネックレスの宝石部分をその魔力結晶に変えてもらって、魔力込めて護身用魔道具にしたの。ネックレス自体はロザリンちゃんに選んでもらったんだけど…。でもあんまりいい顔しなかったんだよね…」
選んでもらったんだからデザインが気に入らないってことはないはずだ。
そう思ってたら、リィナにため息をつかれた。
「アルフレート、最初のデートでそんな額のプレゼント渡すんじゃないわよ。見た目とお金目当てで近付いた女でもない限りは喜ぶ前に引くわよ」
「…ぉおう。あの微妙な反応はそのせいか」
ドン引きされてたのか…?
「ロザリンちゃんに万が一何かあったらって思って、しんぱいで、どうしても護身用魔道具持たせたかったんだよぉぉ…」
「どんな効果つけたの?」
「ロザリンちゃんの許可なく彼女に触れると最初は警告として電流…小さな雷が相手側に流れる。それで退かない場合はロザリンちゃん自身の意思とキーワードで防御か反撃の魔法が発動する。威力や範囲、発動する魔法の種類は使用者の任意」
主にチカン撃退グッズとしての用途を想定してるので、ロザリンちゃんの安全確保が第一。ただし万が一のときには魔物に襲われても私が駆けつけるまでの時間稼ぎになれ、と思って作ったものだ。
入れた魔力量から考えると最大威力は竜種の鱗は無理だけど皮革程度なら貫通できるくらいまで上げられるかな…。
「緊急事態の場合、私のところへ強めに通知が来る」
「ひ……引くわー…。何なのその頭おかしい仕様は…」
「えっ?」
「ほぼ無詠唱で攻撃魔法使い放題とかいう危険物ホイホイ製造してんじゃないわよ…」
「思うほど便利ではないと思うよ。使用者限定なのと、すっごい高純度の魔力結晶使ったから効果を大きくできたってだけだよ? さほど威力出ないし」
なんといってもロザリンちゃん限定です。
ロザリンちゃんだから護りたいんです。
「ベタ惚れにも程があるわよ」
苦笑されてしまったけど、悪い気はしない。
照れくさくて、つい私も笑ってしまった。
「さて。朝食でも作り始めようかな。リィナ何食べたい?」
「なんか甘いのがいい!」
さすが甘党なリィナ。
こんな朝っぱらからでも甘い物食べたくなるんだね。
私も甘党ではあるけどさすがに敵わないよ。
マデリーンさんはリィナと同じでも大丈夫かな?
私含む野郎どもの分はジャムやクリームの代わりに野菜やソーセージ等を添えることにすればいいか。
何にしよう。
パッと思いつくのはパンケーキとフレンチトーストか。型から作ればワッフルもイケるな。
できればパンケーキがいいな。上手くできるようになったらロザリンちゃんにも食べさせたい。
ただ、問題は膨張剤。
文明レベルから考えてあと三百〜四百年くらい先までは使われることも無さそうなんだよね。
だから手持ちにベーキングパウダーなんて無いし、それ以前の重曹すら無い。
卵を泡立てるか、膨張剤を作るか、だ。
現状有るものだけで、となれば卵の泡立てを頑張る一択なのだけど…。
……ふむ。
物は試しだ。やってみようか。
いろいろおぼろげな記憶を辿りつつマジックバックから塩を取り出した。持ってるうちで一番純度の高い透明な岩塩の塊。
空気中の水を集めたとこにその塩を溶かして、擬似的な電極を設定し電流を流す。
…微調整難しいな。
酸化反応と還元反応を起こして出来た水酸化ナトリウムに空気中の二酸化炭素を集めて無理やり混ぜる。更にめっちゃ混ぜる。
道具も何も要らない魔法あってこその実験だね。
途中で出来た物騒な劇物は何かに使えるかもしれないので一部はそのまま保管しておこう。
ただ、どんな材質の容器が適切なのかの知識がないので魔力で無理やり障壁を張ってそれを器にしておき、障壁を何層にも重ねておく。ひとまずそのままマジックバッグへ。
足らない知識をカバーするべく魔力にモノを言わせてゴリ押しして作成したので、消耗がそこそこ多いね。
朱里さんは理系ではなかったので化学分野は詳しくはないのだ。時々妙なことだけ知ってたりするってだけで。
たぶんこれは膨張剤の歴史を調べた時の記憶だな。
ベーキングパウダーを作るには重曹が必要で、重曹はトロナ鉱石を精製するらしい、ってのとソーダ灰から作るってのと、塩を電気分解して炭酸水を混ぜる、って書いてあったようなのを読んだ記憶がある。
…とりあえず、アヤシイ白い物体の出来上がりだ。
魔法で不純物がないことを確かめたあと、水に溶かして反応を見る。…いいんじゃね?
ほんの少し指先にとって味見。…ほんのりしょっぱいような苦いような変な味。知ってる味に近い。
…………すごい。
………………本当に出来た。
「…Yes!」
思わずガッツポーズしたけど、リィナはその白い物体と、ついでに私のことも、怪しい物を見るような目で眺めてた。
「………塩?」
「いや、発泡剤。酸っぱいものと混ぜるとぶくぶく泡が出るから、ふわっと膨らませたい菓子を作るのにいろいろ使える…はず。あと掃除にも使えていろいろお役立ちアイテム」
天秤を使って分量を量って生地の材料を次々と混ぜていく。
卵を割って塩と砂糖を加えてちょっと泡立てておき、酸の代わりのヨーグルトと牛乳を入れて混ぜる。
異世界転生もののラノベとかだと、現代人ってだけでみんな料理上手になりがちだけど、実際そんなことないよね。
少なくとも私は料理人レベルではないし。
レシピを見ながら作れるのと、何も見ずに粉から作れるのは別物だ。
朱里さんの記憶にも正確な分量なんてない。
でもこのくらいの生地なら焼ける、というのはわかる。
パンの買い置きもなく、ごはんを炊き忘れた朝、ホットケーキミックスすらなかった朱里さんの絶望は無駄じゃなかった。
腹が減ったと文句を言う子どもは待ってくれないのだ。
一人でも煩いのに、それが三人にもなったときには…!
…最速で某製菓学校のホームページを検索したんだ、朱里さんは。
なお、素人投稿型のレシピサイトは急ぐときには向かない。
地雷レシピを避けるのに掛ける時間がもったいないからね…!
あとは油脂か…。溶かしたバターでいいかな。
入れてみたらすごく美味しそうな匂いがした。
バニラを漬けといたお酒もスプーン1杯分ほど入れておこう。
あとは粉類を混ぜるだけだね。
「アルフレートって変なところで器用よね。道具なくても出来るのはわかるけど、器すら使わないってどうなの…。ウチのママもボウルくらいは使ってたわよ」
「魔法って便利だよね。アウトドア調理は、いかに洗い物を減らすかが大切だと思ってる」
こういう微調整だけは得意なんだよ私も。
私は粉類を篩い入れるために、空中に浮かべてある生地の塊の位置を目線より下までおろした。
「天秤と篩と鍋は使うよ?習ったわけでもない素人だから多少雑なくらいは勘弁してね」
篩うとこだけはきちんと手でやりますよ。
予め均一に混ぜた粉類を、篩って生地の上に落としていく。
降り積もる雪みたいでこの様子が好きなのだ。なんとなく。
粉が見えなくなってツヤが出るまで混ぜたら、生地の完成。本当は粉乳なんかも入れると美味しく出来るんだけど、必要なかったから今まで作らなかったんだよね。
今度製菓材料になりそうなものもいろいろ作っておこうかな。
フライパンを出して底を熱して、適温になったところで生地を流す。ぷくぷく泡が出てきて跡が消えなくなってきたところでひっくり返した。
綺麗な焼き色だ。
裏面が焼けたところで用意しておいた皿に乗せ、すぐさまマジックバッグへ。食べる直前に出す予定。
こうしておけば夜が明けて全員揃ってから焼き立てが食べられるからね。
あとは次々焼いて皿ごと仕舞っていった。
「これも私の知ってるパンケーキじゃないわ」
そうだね。よく作られてるパンケーキは膨張させてないからクレープに近い平べったいものだしね。
「リィナ、味見する?」
行儀が悪いけど小さく焼いた1枚を手掴みでとり、1/3をちぎって差し出す。
残りはポチさんと私で分けた。
「いいの?」
「いいよ。コレに蜂蜜やシロップを掛けたりジャムやクリームを添えて食べます。どう?」
一口ぱくりと食べて、リィナが幸せそうに笑う。
「うん。美味し」
正解を知ってる私にとっては膨らみも若干足りてないしふんわりというよりモッチリ系食感だしヨーグルトの酸味が残ってて違和感覚えるけど、コレはコレでいいのかな。
きちんと重曹を中和出来てて苦味が残って無いだけ良しとしようか。
リィナは気に入っているようだし良かった。
朝食作りを終えて、使った道具を綺麗にして片付けていたところで、ポチさんの耳がぴくりと動いた。
私自身もちょっと背中がぞわりとした。
それの示すところは。
「三百メータ先、侵入有り」
方角だけを示す。
「魔物?」
「待って……ええと、うわぁ、魔物じゃない、ヒトだ。六人のパーティだね」
ざっと探査して報告。
いっそ魔物なら楽だったのに、面倒な。
「もっと近付いてくるようならルドルフたちも起こす?」
「うーん…」
出来ればルドルフとマデリーンさんはもう少し寝かせてあげたいんだけどな。ひとまず二人で対処しよう。
そう思って、エルフの集落に掛かってるのを小規模にしたような認識阻害の魔法を、寝てる人たちの居る辺りにかける。
そして、近付いてきてた人たちの来る方角へリィナと共に移動してから急いで野営の跡を造る。
直火の跡っぽく地面を軽く焼いてから、マジックバッグから取出した燃えカスっぽくなってる薪を並べ灰を掛けた。
「リィナ、寝てたような痕跡作ってくれる?」
「わかった」
意図があって近付いてきた場合の相手の目的が探りたい。
あまりよろしくない理由で近付いてくるのも多いから最大限の警戒をするに越したことはない。
探査するかぎりでは、やっぱり真っすぐこちらへ向かってくるように思えるね。
音だけでも拾いたいと思って、あちらの空気振動を私の耳元で再現させてみる。
音が聞こえたのはこっちだったはずなんだが、といった会話が聞こえた。
此処を目指して来てるっていうのは確定だ。
リィナにもそれを伝える。
「あと五十メータ…」
近づく相手に最大限の警戒を。
「あと二十。リィナ」
藪の向こうを進む姿まで肉眼で確認できるほどに近付いたころ、ポチさんがグルルと唸り始めた。
相手も気づいたようで六人パーティの歩みが止まった。
ポチさんにならい、私も剣を抜いて相手の接近を待った。
あと十メートルだ。さて。
「それ以上黙って近づくなら攻撃を開始しますよ」
私は剣を握り直し、わざとカチャリと音をたてた。




