004
集落を出てすぐの頃に入手して、そのまま荷物の奥底に仕舞い込んでいたルームウェアを取り出して着込む。
備え付けのじゃなくて私物、しかも予備です。
いつも着てるのは天気が良かったから今朝まとめて銀麦亭の洗濯サービスに出してしまっていて持ってきてなかったんだよ。
シャワー浴びたら下着だけ穿いたところでしばらく涼むのが常な私だけど、さすがに今日は何か着ておこうかなと思ったのだ。
私は夜眠るときにはしっかり着込む派。
バスローブ的なものって下半身が心許なくて安眠出来ないんだよね。
しかしお風呂上がりはシャワーだけのときより暑いね。
魔法で自分に風を当てて涼む。
服の上からだからか、なんだか微妙。
とりあえずで今日は紺色のハーフパンツを穿いたけど……。
うぅむ。ずいぶん前に買ったせいで揃いのシャツのサイズが合わない。
…胸と肩周りがちょっとキツイみたいです。
あちこち引っ張ってみたりしてみるけど、どうにもしっくりこない。
やたらピッタリで胸筋腹筋の凹凸がくっきりでなんかやだ。
横に広がっちゃうほど合わないわけじゃないのが唯一の救いかな。
それにしても…。
「おぉう…着ないままサイズアウトするとか」
やだ悔しい。
「どうしたの?」
浴室から出ていくとロザリンちゃんがお酒の用意をしながら聞き返してきた。
ふふ、って笑うのが可愛い。
「そのうち着ようと思って買ってから長らく放置してたら雄っぱいおっきくなったせいでシャツのほうだけキツイ。小銀貨1枚のセール品でも悔しいー」
「くっ!」
何かツボったのかロザリンちゃんはお腹を抱えながら自分の膝を叩いて悶えてる。
面白いかい。おかしいよね。私もそう思うよ。ふぅ。
「セール!?に、似合わないっ…。くっ…ふふっ」
「買ったころは私だってもっと細めだったんだよ…」
Fランクの頃まではね。
ちなみにハーフエルフのリィナにも初見で引かれた。
骨格自体が細いから服さえ着てしまえば胸周りが若干厚いだけで人族だったらこれくらいは普通体型なのだけどなぁ。
……お嫁さんは異種族で探そうと思います。
なお、これ以上筋肉はつけない方針。
動きが遅くなるからね。
速さは生きるか死ぬかにも関わるし。
「ところで、ずいぶん髪サラサラツヤツヤね。ここまでくると腹立つわ」
おぉ、流石です。美容関連には目敏く食いついてくるね。
「あぁ。コレはさっきロザリンちゃんにとってもらったやつのお陰。コレで髪洗うとキシキシしない」
ボトルを取り出し、テーブルの上に置く。
「ちょっと!なにそれ!?」
「簡単に作れるから、あげよっか」
「ほんと!?やったぁ!」
嬉しそう言って、私の頬にキスをした。ロザリンちゃんは美容関連の品のほうが喜ぶ、と心のメモ帳にしっかり書き込んだ。
「ふふ。ちょっと氷もらってくるわね。座って待ってて」
「うん」
暇なので部屋の内装を見回す。
一番目立つのは大きなベッド。部屋の奥にあって、かなりふかふか。これはまぁどうでもいい。
その手前に私が今座っているソファとテーブルのセット。わりと高そう。
ソファの背側にさっき私が入ってた浴室。広くて素敵。
浴室と反対の壁側にはキャビネットとワインセラー。
お酒は呑めるけど私には銘柄とかよく判らない。
美味しいのは美味しいでいいじゃない。苦手な味は苦手でいいじゃない。私は安かろうが好きなお酒なら飲むし高いからって美味しく呑めるかはまた別の話だと思うんだ。
ロザリンちゃんが用意しようとしてたのはウィスキーとかブランデーとかラム酒みたいな琥珀色した蒸留酒。少し楽しみだよ。
もしラムかウィスキーっぽいのだったらロックで呑みたい。齋藤朱里はブランデーならストレートが好きだった。
コココン、とノックしてロザリンちゃんが戻ってきた。
んん?今表情に違和感を感じたよ。
「どうしたの?何かあった?」
「いいえ。なんでもないわ」
グラスに氷を入れ、琥珀色の蒸留酒を注ぐ手をじっと見る。
ほんの僅か、一瞬だったけど震えたね。
表情の変化もわかる程度には長い付き合いだと思うんだよね。
「なくないでしょ。困りごと?私、荒事なら得意だよ?」
逆にそれくらいしかできませんけどね。脳筋ですみません。
「そういえば冒険者だったわね」
「忘れ去られてた!?」
「あなたって不思議ちゃん過ぎて仕事とか私生活まで想像が及ばないのよね」
「まさかの不思議ちゃん扱い!酷い!」
あまり虐めると涙が出てしまいそうです。
「……ねぇ、ランクとか聞いてもいいかしら」
「んーとね」
遠慮がちに聞かれ、受け取ったグラスの中身をちびりと舐めて私は素直に答えた。
やろうと思えば私程度チョロい相手、いくらでも利用できたはず。
でも彼女はそんなことはしようとしなかった。
そういう彼女の誠実さが好きだ。
「四、五年くらい前からBランクだね」
「えっ?」
「え?」
ははは。そんなに弱そうかい?そこまで吃驚されるとちょっと傷つくよ。
ところでこのお酒、前世で飲んだアイラウィスキーに似てるね。すごいピート香。クセがかなり強いけど美味い。まさかここで出会えるとは。
「このお店にこの頻度で来て支払に一切困らない程度のランクって考えれば信じられるでしょ?」
私の名前とかの情報が記載されてるギルドカードをぺらっと見せる。カードは偽造じゃないよ!本物だよ!
なんでここでまた残念なものを見るような目をするの?
「ランクBっていったら、もっとこう…いや、でも…ああもう!何なの!?」
「わぁごめんなさい!?」
多分他のBランク以上ってなるとルドルフみたいなガチムチだったり、ある程度歳いってたりするから、納得しにくかったんだろうけど、私はエルフだよ。
見た目通りの歳じゃないし、この道15年のそれなりにベテランって言える頃なのですよ。
はー、とロザリンちゃんが深々と溜息を吐く。
なんかすみません。
「お店の娘のことなんだけどね…」
ロザリンちゃんの話し始めた打ち明け話は、ある意味予想通りで、起きるだろうなと思っていたものだった。
とある娼婦が冒険者と結婚を約束した。二人で暮らすためにいろいろ物要りだからと男は一山当てようと考えたという。
ようは、新しく発見されたダンジョンへ向かったのだ。
その冒険者は昨日様子見でダンジョンへ赴き、今日はここを訪れる予定だった。
男と分断された同パーティの冒険者が、先程娼婦の元を訪ねてきた、ということらしい。
罠か崩落かは判らないが帰り道を塞がれ戻れない、と。
冒険者の生死は自己責任。
救助が向かうかどうかはその人物の人望次第。
ふむ。まずいね。やばい話を聞いてしまったよ。
まず、私はよく知りもしない男、しかもリア充のためには頑張れない。指一本動かない。
そして、ただでさえ私はダンジョンが嫌いである。
つまり、よく知りもしない男を救出するなんてどうでもいい用件ごときのためにダンジョンへは行けない。
「ロザリンちゃんはその娘と仲良いの?」
「それなりに…」
「ふむ……それだけ?それなりって程度だけ?」
「えっと…?どういう意味?」
「私は、私と特に親しいわけでもなんでもない男のためにはダンジョンになんてとてもじゃないけど行けない。正直、まだ適正ランクすら判ってないダンジョンに行くなんて馬鹿過ぎだろ自己責任だろって思う」
言ってることの端々がゲスいとは思ってる。
自分で言ってて吃驚するほど冷たいし自分本意だという自覚はある。
私は慈善家ではないのだ。
「行くとしたらそれをロザリンちゃんが望んだ場合のみだよ。ロザリンちゃんは私にとって大事な友だちだからね。だからその娘がロザリンちゃんにとって本当に大切な娘だからその男を助けてほしいというなら、私は行ったって構わない。それほどでもないなら、ほうっておく。冒険者は正義の味方ではないからね」
どうする?とロザリンちゃんの顔を覗き込む。
彼女は内部のことは一切客に見せないプロだ。それがこういった話をしてくれる程度には個人的にも私のことを信頼してくれているのだとしたら嬉しい。
そんなことを考えていたのだけど。
「私はロザリンちゃんの望む結果のほうを目指すよ?」
ただそいつを助けてほしいっていうんじゃないんでしょう?という意図を伝えてみたら。
呆然とした顔で私の話を聞いていた彼女の目にみるみる大粒の涙が溜まっていき、こぼれ落ちていった。
えっ?えっ!?
なんか泣いてる女の子って無条件に焦らせる何かを持ってない!?気の所為!?
「大切な親友なの。あの娘が傷ついていく姿なんて見たくないのよ。結婚するって、あんな、嬉しそうだったの。助けて…お願い。私、もうどうしたらいいか判らないの…!」
その子はロザリンちゃんがまだ仕事に馴れてなくて大変だった頃、辛かったときに本当に世話になった相手らしく、ロザリンちゃんにとってはとても大切な相手だったようだ。
涙をぼろぼろ零して首にしがみついてわんわん泣かれるとか、今生では初めてです。
ウェーブがかった赤い髪がくすぐったい。
ロザリンちゃんの小玉スイカだとか柔らかいものがあちこち当たってるのをこんな時なのに意識してしまう。こんな時だけどアレな気分になってくるよ!雰囲気台無しだよ!むっちり柔らかいお尻が私の太腿に乗ってるよ!でも雰囲気的に言えない!
「とりあえず、その娘って会える?」
「…っ!今すぐ連れてくるわ!」
ふぅ。
*
わたしは幸せだと思ってた。
先日、デイヴィッドに結婚しようと言ってもらった。
最初は、貢がせるだけの客だった。
それでも何度も通ってきて、優しい言葉をかけてくれた。わたしを愛していると言う客ならほかにもいたけれど、結婚しようとまで言ったのは彼だけだった。
本気なのか、どこかで疑っていた。
それでも、この仕事を続けられるのもあと数年だろうと考えていた頃だったから、信じてみたかった。
ダンジョンが発見されたと嬉しそうに語る彼は冒険者だった。
そこへ行ってくると言ったデイヴィッドはCランクのベテランだったから、わたしは不安だったけど、きっと大丈夫と送り出したわ。
それがこんなことになるなんて。
デイヴィッドと同じパーティだという人が、デイヴィッドがダンジョンから戻れなくなったと話してくれた。
彼に、なんとかデイヴィッドを助けてもらえないかと頼んだけれど、ダンジョン内は危険過ぎて他人を助けている場合じゃない、と素気無く断られてしまった。
悲しくて悔しくて泣いていたら、彼は帰る前に「もっと高ランクの冒険者に頼め」と言って、デイヴィッドが戻れなくなった箇所までの道を描いたダンジョン内の地図を描き写して置いていってくれた。
明日、冒険者ギルドへ行ってみよう。
今まで貯めてあったお金で、彼を助けてくれるような冒険者を探そう。そう思った。
「ヘレナ!今すぐ私の部屋へ来て!」
その時大慌てでやってきてそう言い放ったのは一番長く一緒にここで働いている仲のいい同僚のロザリン。
真っ赤な髪が乱れてる。
急いで来たせいなのか、お客との行為のせいかは判らないけれど。
目元のメイクが崩れているし、泣いてた跡が残ってる。
何があったんだろう。
気の強いロザリンが泣くなんて、余程のことだわ。
酷いお客に当たったのかしら。
もしそうなら助けなきゃ。
「お願い!今すぐ来て!」
「わ、わかったわ」
*
「な、なんで睨まれているの私」
ロザリンの部屋に居たのは淡い藤色の髪の男?だった。首から下は確実に男なんだけど顔が性別不明で違和感すごい。
よく見たら耳が尖ってたし、話に聞いたことのあるエルフという種族の血を引いている人だっていうのは一目瞭然だった。悔しいくらいの美貌も当然ね。
そんな男が気の弱そうなオドオドした態度でソファの隅で身を縮めていた。
「アルフレート。彼女はヘレナよ」
ロザリンがわたしを男に紹介すると、男は嬉しそうに笑った。花綻ぶように、とはこういうことをいうのかもしれない。
「よろしくー」
「…あなた何ニヤニヤしてんのよ」
「今!ロザリンちゃんが初めて私を名前で呼んでくれたんだよ!「あなた」じゃなくて「アルフレート」と呼んで。「アル」とか「アリー」だともっと嬉しいけど!さぁ!カモン!」
「アル、ステイ!」
「わん。…じゃなくて!」
「話が進まないからお黙りなさい」
「…わん」
二人のやり取りを見てどうやら酷い客ではないみたいで安心した。
ロザリンったら顔まで真っ赤。
「そこの駄エルフが、ダンジョンまで行ってくれるってさっき言ったのよ」
「えっ!?」
「駄!?「残念」はよく言われてたけどそれは初めてだよ!」
「一瞬でもあなたをカッコイイとか思ってしまった私が悪かったみたいね。せっかくの私の感動と感激を返しなさいよ全部台無しよ、お馬鹿!」
「ごめんなさい!?」
あのひとを助けに、行ってくれるの?
「本当に!?でもダンジョンは危険だって、救助するような余裕なんて無いって…もっと高ランクの冒険者に頼めって…だから、わたし…!」
素気無く言われたときを思い出すと涙が溢れてきてしまう。
「ヘレナ、この残念男、こんなのでもランクBらしいわ。だから、ね?」
デイヴィッドに以前聞いたわ。
冒険者ランクのFやEは駆け出しで、Dはやっと一人前、そこからCへ上がれるのは一握りで、その中でもすごい人がB以上に上がれるって。
目の前のアルフレートさんは確かに細身でも鍛えられた筋肉がついていて、それはもう高名な芸術家の創り出した彫刻のよう。
きっと強いのね。
「男として残念みたいに聞こえてやだよそれ」
「エルフとしても男としても充分残念よ」
「ぐぬぬ。否定できない」
…とてもそうは見えない、とは言わないでおくわ。
「その帰ってこない人と知らせにきた人の名前と、出来ればランクもおしえてよ。だいたいの場所とか知りたいしいろいろ詳しいことを聞きに行かなきゃいけないだろうから」
落ち着いた優しそうな声に安心する。
きっとロザリンとアルフレートさんはわざと馬鹿げたやり取りをしてみせてわたしを安心させようとしてくれたんだろう。
「帰ってこないのはデイヴィッド、Cランクの冒険者よ。知らせてくれたのはラウルさんというDランク冒険者。彼から地図をもらったの」
「わぉ。そこまで揃ってたらダンジョン内のことは聞きにいく必要も無いね。……そっか」
デイヴィッドの特徴だとか必要だろう情報をすべて彼に伝えた。
地図を見せたらニコッと笑ってから真剣な表情で考え込んだ彼。こんなの見せられたら婚約者がいてもドキドキしちゃう。
ロザリンも当然ポーっとなって見惚れてるわ。
最近良いヒトが居るのかもって噂されてたのは彼なのかもしれないわね。
「DとCランクでも1日足らずで到達できる場所なら、まぁ何とかなるかな。問題は引き返せないことでどんどん奥へ行ってしまう可能性が高いことか…。じっとしててくれると楽なんだけど…困ったな」
「どうしたの?」
「私、今朝ダンジョン行きたくないって言ってパーティメンバーと揉めたから気まずくて今夜泊めてもらおうかと思ってここに居るんだよね。それが翌日ダンジョン行ってきますって言うのも更に気まずいっていうか…うわなにをするふぎゃー」
「そんなくだらない理由で考え込むなこの駄エルフ!残念男!」
「怒らないでよ私にとっては結構死活問題なんだから。出来ればパーティメンバーを巻き込みたくないから行き先の報告だけして明日行ってこようと思うんだけど、リーダーがとにかくダンジョンへ行きたがっててどうすべきかすごく難しいんだよ」
アルフレートさんの言葉の意味を理解し、吃驚する。隣を見れば同時に思い至ったのかロザリンの顔色もサッと変わった。
「まさか一人で行く気!?」
「ウチのパーティ、私とリーダー以外はCランクとDランクなんだ。キツイの判ってて連れて行けないし、私たちだってフォローしきれるとは限らないからね」
「でも一人だなんて!」
「大丈夫だと思うよ。私は一人での活動も慣れてるし一人だと逆に気を使わずに行けるし。元々はソロだったんだよ?」
大丈夫、と言ったその態度も声も表情も、そんなのは当たり前だ、と言ってるみたいに思えた。
「少しは安心してよ私だってBランクなんだから」
何でもないことのように、軽い調子で笑ってる。
「誰かを連れて行くなら全員分の安全を考えなきゃいけないけど、一人なら危ないと思った瞬間に逃げられるんだから。ね?大丈夫だよ」
「もうっ!普通のBランク冒険者ってだけなら行けそうに思えるけど普段のあなたを知ってると不安材料しかないのよ!」
「酷い!思いっきりディスられた!?」
こうしたふざけたやり取りがきっとこの二人の「いつも」なのね。
「…絶対戻って来なさいよ」
「ロザリンちゃんがキスしてくれるというなら戻って来れる気がします」
とびっきり形のいいピンク色の唇を指先で示しながら、冗談めかせて。
「……………キスでも何でもするから帰ってきなさい」
やっぱりそういう仲なのね。
二人がすごく仲がいいのが見て取れて、わたしは胸の奥がチクっと痛むのを感じた。
「さて、明日は早いし私はもう寝るね!オヤスミ!」
「えっ!?」
「気にしないでヘレナ。いつも通りよ。あいつはここを宿屋代わりにしてやがるのよ」
「お風呂広くてベッドふかふかだしお酒いろいろそろってるしロザリンちゃんまで居てサイコーだよね。ふふふ」
「さっさと寝なさい。私はヘレナと少し飲んでから寝ることにするわ」
「んーオヤスミー」
そう言って彼は、軽く手を振って一人でベッドに潜り込み、そのまま眠ってしまった。
残念エルフ、という言葉が、実にしっくりきてしまった。
「放っておいていいの!?アルフレートさんって…」
「最初からあんな感じよ。いつもずっとあの調子ね」
「え」
「ゆっくり一人でお風呂に入って、楽しくお酒を飲んでぐっすり眠って、朝になって妙なことになっていても私には一切頼らず、自分でどうにかしてさっさと帰っていくわ。この人が来ると、私の職業って何だったかしらって毎朝思うのよ。私の役割は、ただの話し相手とお酒の相手ね」
達観したようなロザリンの様子に、「残念男」という言葉も、実に実に、しっくりと。きてしまった。




