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003

 ギルドを出て食事をして二人と別れた後、お友達を訪ねる予定な私、アルフレートです。


 今夜は外泊しようと思ってます。


 なんとなくルドルフに遭いたくなくて逃げてるだけなんだけどさ。ヘタレと言いたくば言うがいいよ。

 私は臆病で怠惰で小心者なのだ。ノミの心臓なのだ。


 さて、宿屋暮らしに外泊もへったくれもないと思っただろう?

 別の宿屋に泊まればいいだけの話でしかないのだから。

 この街は冒険者も多いだけあって宿屋だって何軒もあるわけだしね。


 でも、私が安心して眠れる信頼できる宿屋となると、実は現在泊まっている宿屋以外には知らないんだよ。

 今までいろいろあってようやく辿り着いたのが今の銀麦亭なのだ。


 そこに帰れないなら、それはもう人を頼るしかないでしょ。


 馬車がやっとすれ違いできるかといった程度の道幅の通りを歩くのだけど、このあたりは夕方を過ぎると人通りが非常に多くなる。


 人にぶつからないようにとかいろいろ気をつけながら歩く。


 お酒を出すような飲食店が建ち並び、食後なのに興味をそそられてしまうような香りが其処彼処(そこかしこ)から漂ってきていた。

 ここ、第3商業区は、いわゆる花街だ。

 とはいえ今居る入口付近はまだ普通の飲食店や屋台も多く、仕事帰りの職人や冒険者が腹を満たす場所という雰囲気が強い。

 奥へ進むほど酒と香水の匂いが濃くなり、客引きの声も艶を帯びていく感じだ。


「そこの綺麗な兄ちゃん、パンとスープ!買ってかないかい!?セットで小銀貨1枚だ!」

「こっちは捕れたてのファングボアの串焼きもあるぞ!1本10ロフだ!」


 すごく賑やかで楽しい。

 繁華街だけあって治安も悪くスリとかひったくり被害も発生し易い地区だから、楽しいからといって浮かれては居られないのだけど。


 普通なら私程度に高ランク装備で全身かためてたら狙われないはずなのだけど、私はどうも弱そうに見えるのか、わりと狙われ易いようだった。

 こんなときこそ私自慢の小さめマジックバッグが役に立つわけですよ!


 いろいろ試行錯誤して作った甲斐があるというものだね。

 小さいからコートの内側のポケットに入れて厳重に保護してしまえるので、奪うには私自身を無力化しない限り不可能な仕様になるわけよ。

 そのうえで手のひらサイズの予備のマジックバッグをダミーとしてほんの少額の小銭入れ代わりにしてベルトにつけてある。


 ちなみにこの国の通貨単位は「ロフ」という。昔の王様の名前らしい。

 店先とかでは何ロフとか言って単位を使う場合もあれば、銀貨何枚とかで言うときもある。

 全ての市民が読み書き計算ができるわけじゃないからだって以前聞いたことがある。


 小銀貨一枚が五十ロフで、私の感覚では百ロフが千円くらいだ。

 だから串焼き一本十ロフは百円ほど。安いよね? 朱里さんの記憶にある焼き鳥より倍くらいのボリュームもあるし。


「ファングボアとフォレストシープをそれぞれ八本ください。タレと塩半々で」

「あいよ!百五十ロフにオマケしとくぜ!ちょいと待っとくれよ」

「おー。ありがとーございまーす。おっちゃんのとこ、新鮮そうな肉なのに安いね」


 他店より品質が明らかに良く、生臭さもなく新鮮そうな肉なのに、他店より安いのだ。

 臭み消しに大量のスパイス掛けて誤魔化すとこもあるのに、ここのは食欲を誘う絶妙なあんばいに調節してあるようだった。いい店見つけた。

 どうでもいいことだが、つい「おっちゃん」とか言ったけどもしかして私のほうが年上なんじゃね?という考えに至り今更突っ込まれたらどうしようとか思ってドキドキしてます。

 ごめん串焼き屋の店主!


「それはアレだ、息子が冒険者やってんだ」


 誇らしげに言う店主に、きっとその冒険者も良い人なんだろうなと思えた。


「なるほど」


 産地直送か。

 狩った魔物の肉を流用してるのか。

 ん?ならもしかしてイケるかな?


「ね、肉とか持ち込んだらそれ焼いてもらうのって出来る?」


 長く冒険者をやってると、珍しい魔物に遭遇することもそれなりにある。

 依頼された素材を売っ払ったあとに残った肉とか、興味をそそられるものもそれなりにあったりするわけですよ。

 普通は日持ちするようなものじゃないし肉も売っ払ったりするようだけど、私には時の流れを極々ゆっくりにしてある自作のマジックバッグがあるのだ。

 むしろその機能は食品の保管のためにつけたと言っても過言ではない。

 きちんと調理したらどんな味するんだろう、とか気になるんだよね。

 その筆頭が私のコートにもなってる白竜さんなわけだけど。

 あとは、昔私が解体にチャレンジした結果素材として売れなくなった切ないファングボアさんとか食べて供養したい。

 いつまでもマジックバッグの肥やしにしといても彼()も浮かばれない。


「そうだなぁ、もう少し早い時間だったらいいぞ。多少の燃料代とかはもらうけどな」

「ほんと?やった。今度白竜持って来るね。私、アルフレートっていいます。よろしくおねがいしますー」


 ダミーのほうのマジックバッグから小銀貨を三枚取り出して手渡し、包んでもらった串焼きを受け取って予備のマジックバッグに仕舞った。

 こっちのマジックバッグはただの予備なので他人に貸すこともあるかもしれないからと機能は盛り込み過ぎないようにしてあって容量も小さめだ。


「おう。待ってるぜ」

「ん。じゃぁねー」


 素敵な肉の誘惑に負けて、思いのほか時間をとられてしまったが、ホクホク気分で再び目的地へと歩き始めた。

 ここまで来ると道幅がだんだん狭くなってきているせいでさらに歩き難くなってきた。

 人が多すぎて身動きがとり難いし避け難い。

 まだ時間が掛かりそうだなと上を見あげると薄着なおねえさんたちが建物の窓辺で微笑んでいた。

 目が合うと手を振られた。


「一人大銀貨一枚だよ!寄っていかないかい?美人揃いだ」


 ボッタクリキャバクラの客引きを思い起こす文句だね。

 それぞれの店の客引きまで居るからこの辺りはいつも人が多いようだ。

 このへん一帯は着飾ったおねえさんやおにいさんが客を接待する飲食店が並んでいる。

 お触り厳禁、一緒にお話して飲むだけのお店だ。

 知り合いでもなんでもない従業員相手に自分のお金で飲み食いさせなきゃならないシステムの意味が私には解らないよ。

 しかしなぜかこの近辺の客引きの皆さんは私を避けるのだけど。あまりにも初心者っぽく見えなくもないデザインの装備のせい?お金なさそう?それとも亜人差別だろうか?いや獣人は普通に声かけられてるな。

 目を逸らされると地味に傷つくよ。

 もう少し進むと私に声を掛ける人もちらほら出てくる地区なので、その辺りまでは無心で歩く。


「ねぇエルフのお兄さん、一緒に飲まない?」

「ごめんね行くとこあるんだよ」

「あら残念」

「…」


 このへんまでくれば私にも声をかけてくる地域だ。

 でも普段ことあるごとに「残念」と言われ続けてる身からするとついその単語に反応してしまうね。

 せつない。

 まぁそんなこんなで目的地までぷらぷら歩いてきたわけよ。

 目の前にあるのが目的地、水蜜の館。

 緻密な装飾の施された白い外壁の、ちょっとお高そうな雰囲気。なんか美味しそうな名前だと毎回思う。

 ちょうど開店準備を終えたところらしい黒服さんの姿に、ちょっと早すぎたようだと気まずくなる。


「おや」


 黒服さんが私を見て柔和に笑う。こちらに気づいてくれたらしい。


「あ、ロザリンちゃん居る?」

「おりますよ」


 店内に案内され、手続きを手早く済まされた。

 ロザリンというのはこの店に所属する娼婦のお姐さんの名前。

 私が本当に困ってるときに、助けてくれた恩人。

 利もないうえに私を助けたこと自体が自らを窮地に陥れかねない状況で、私の潔白を証言してくれたのだ。

 この街で1番信用できる人だと勝手に思ってる。

 時には命を預けることもあるルドルフよりも、信用してるかもしれない。


「武器類をお預かりしても?」

「あっ、忘れてた」


 普段なら店に入る前にマジックバッグに仕舞っておくのだけど、つい忘れていて今日は腰の後ろにつけたままだった。

 双剣は私の主武装なわけだけど、別に業物でもなんでもないごく普通の剣でしかないので、とくに抵抗感もなく剣帯ごと渡した。

 すぐ抜ける状態の武器類を客に持ち込ませるのは万が一の際に危なそうだからこういうシステムは仕方がないけど、人によっては嫌がる場合もあるかもしれないね。


「…ずいぶん重いんですね」

「あっ、二本も持たせてごめん…」

「いえ大丈夫です」


 私の剣、大した価値のもんじゃないんでそんな貴重品を扱うような手付きで恭しく持たれると心苦しいです。


「多少手荒く扱っても壊れるもんじゃないし落としても大丈夫だけど、怪我だけは気をつけてね」

「お気遣いありがとうございます」


 普段周囲に居るのがほぼ冒険者ばかりなせいで、相手は冒険者ではなく一般の職についてらっしゃる人だというのをつい忘れる。

 短剣やナイフ程度ならまだしも、一般のご職業の人はそう武器を扱い慣れてなんてないのだった。

 片手剣でも二本になれば、そりゃ重いよね。

 柔和な笑みを絶やさない黒服さん。かっこいい。惚れてまうやろー!




 


「惚れてまうやろー、って、思ったんだよ!あのひとかっこいいね!」

「ああ。アルバートね。彼もこの店入って長いから。で?娼館で娼婦買って部屋に入って第一声がそれなの?」

「あっ。間違った。ロザリンちゃん、私今宿に帰るのがすごく気まずいから今夜泊めて!」


 目的を告げたらひどく残念なものを見るような顔をされたよ。

 真っ赤な髪を掻き上げる仕草つきでその若干冷たさを感じる眼差しが私に突き刺さる。


「またなの?まぁ、一晩分私を買ってるんだから泊まる権利はあるんじゃないかしら?あといつも言ってるけどウチは宿屋じゃないわよ」

「ありがとう!」


 ありがとう。助かります。

 後半はスルーしときます。


「アルバートさんっていうのか。私と名前似てるね」

「そこに話が戻るの?」

「えっ?」

「今回も何もしないの?」

「えっ?」

「ここは娼館で私は娼婦、あなたは客。はい、すべきことは?」


 紫色のベビードールにギリギリのラインで包まれた大きなお胸を挑発的に突き出して、私に問う。

 ……今日はあんまりそういう気分じゃないんだけどなぁ。

 ロザリンちゃん、誤魔化されてくれないかな。


「確認なんだけど、ロザリンちゃんは男のひとと寝るのが好きだからこの仕事しているの?」

「…嫌いじゃないわよ?この仕事をしてるのは自分を最大限有効活用できて稼げるからね」

「じゃあ、この店ってシない人は客として入店お断り?だったら私も頑張るけど」


 もしそうなら頑張るよ。しないと置いてもらえないというのなら頑張るよ。ロザリンちゃんが相手なら仕事帰りで歩き疲れていようと、頑張れる気がする。

 ずっと剣帯つけてた腰とかちょっと痛くてダルいけど。

 言うと「トシのせいだろ」とか種族ネタでからかわれるから言わないけど。


「…そういうわけではないわね」

「だったら、しなくていい客なら別にしなくたっていいじゃない。嫌いじゃないってだけでしょ?今日の私はロザリンちゃんと楽しく喋ったり食事したりして過ごしたいだけだよ。時間を拘束してしまって申し訳ないのだけど」


 お願い。ここに置いて下さい。今夜はマジで帰りたくないの。ガチなの。

 そんな想いが伝わったのか、ロザリンちゃんは「ぷっ」と笑って誤魔化されてくれた。

 ありがとう。やっぱり笑うと可愛いな。

 笑うたびに身動きでゆさゆさ揺れる小玉スイカサイズが壮観です。一度、下から手で持ち上げてみたい。


 ひとまず落ち着いたところでロザリンちゃんに促され、コートを脱ぐ。


「ねぇロザリンちゃん、浴室借りていい?今日は一日外へ出ていたからちょっとホコリっぽくて」

「どうぞ。お湯も張ってあるわよ」

「やった!」


 そう。ここには浴槽があるのだ。お風呂大好き民族の記憶持ちとしては喜ばざるをえない。

 そういえばここがどういう目的の部屋かを考えれば浴槽があってもおかしくないよね。

 なんとなく納得。

 やたらめんどくさい数のベルトを外し防刃繊維の上下と下着を脱ぐ。魔法で洗浄&乾燥を済ませ、畳んで置いた。

 いざ行かん。最強のリラックス空間へ。

 わくわくしながら足を踏み入れた浴室はいい匂いがした。

 おお珍しい。今日は香料の入ってる石鹸だ。

 泡立ちも良い高級品です。

 …と、ある程度身体を洗ったところで忘れものに気づいた。


「ロザリンちゃーん、お願い私のコートとってぇー」

「コート?」


 扉を開けて、身を隠しつつ声をかけると、ロザリンちゃんが素早くコートを持って来てくれた。


「内ポケットに小物入れみたいな白いポーチが入ってるんだけど、それが欲しくて」


 コートに触れる前にロザリンちゃんが差出してくれたタオルで手を拭いてからコートを受け取る。

 こういう細かい気遣いがすごい。

 マジックバッグをポケットから取り出して、少し考えてからコートをバッグに仕舞ったら驚かれた。マジックバッグだとは思わなかったらしい。


「マジックバッグってそんなカワイイのもあるのね」

「ふふ。私のハンドメイドだよ。褒めてくれたからいっこあげるね」


 カワイイとそこを褒めてくれたのがものすごく嬉しくて、氷雪鹿の革で作った小さなポーチ状のマジックバッグをいっこ手渡した。

 こちらはデザイン重視の品です。

 そう、世の中のマジックバッグは可愛くないんだよ!ゴツくてデカかったり、色や素材の質感がイマイチだったり。

 ないなら自分で作るしかないでしょ。

 容量はせいぜい納戸程度の広さだけど、時の流れの早さは千分の一にしてある高性能。1日入れてても中身には2分も経ってない仕様。

 今使ってるやつを作る前に習作として作ったものなのだ。


「も、貰えるわけないでしょう!?そんな高価なもの!」


 む、本当に困ってる様子。

 でも材料の鹿は私が狩ったものだし、魔力結晶は私が採取したもの。マジックバッグを作ったのも私。せいぜい外注した鹿の解体料金しか掛かってないのだけど。

 一般的には安物でも金貨3枚はするし、中古の掘り出し物でも金貨1枚はするようだから気を遣わせてしまったか。


「えぇ!?他の冒険者の話によれば仲良くなった女の子には貢ぐものだと聞いたんだけど?」

「アハッ。どこ情報よそれ」


 おかしい、とロザリンちゃんが笑った。やっぱり笑顔が可愛いね!


「酒場でそんな会話きいた!」

「間違ってるけど間違ってない!アハハ!」

「高価なのは有名な工房製の話だよ。これは素人のハンドメイドだし材料費も大銀貨2枚程度しか掛かってないものだから気軽に使ってよ」


 目的のものを取り出しながらそれだけ言って、少しでも返し難くなるように、私は浴室に引っ込んだ。


「そう言うなら…。ありがとう。こっちのほうがもっとカワイイのね」

「素材自体が柔らかくて加工し易かったせいだね。練習作品だし私も使ってなかったものだから、本当に気にしないでね」


 褒めてもらえたのが嬉しい。見た目全振にしたつもりだったからね。

 扉越しで声が籠もる。


「うん。使わせてもらうわ。ありがとう」


 気に入ってもらえたみたい。良かった。

 さて。ロザリンちゃんに持ってきてもらってまで使いたかったものを紹介しよう。

 ……ただのシャンプーだよ。

 この世界、どうもシャンプーが無いみたいで全部石鹸で洗うんだよ。

 ツヤを出したい人は植物油を塗るみたい。

 実家のあるエルフの集落とか安宿だけかと思ったらそこそこ人口の多いこの街のわりとお高めの宿にも、雑貨屋さんにも、化粧品店にもシャンプー的なものは無かった。

 店内は女性ばっかりだったから私にはちょっと敷居が高かったよ化粧品店。

 いかにも女性へのプレゼントですと言わんばかりの顔で行けばよかったのかもしれないが、私は年齢イコール彼女イナイ歴の非リア充というやつである。

 当然、無理ですとも。私にはモテる男のふりは出来ない。


 話を戻そう。シャンプーだ。10年前記憶を取り戻してから洗ったあとの髪の引っ掛かりが気になり始めて、しばらくそういう商品が無いものかと私は方々探した。で、どうにも見つからないから諦めた。

 しかたないからそれも自分で作ったよ。


 オーガニックだのにこだわっていろいろ自作してた齊藤朱里の知識と経験に感謝したね。


 そして自作マジックバッグがあれば保存性も気にしなくていいというこの世界にも、魔法が得意なエルフとしてこの世に誕生させてくれた今生の父母にも感謝した。


 私は洗ってもキシキシしない指通りのいい髪でいたい。

 丁寧に髪を洗い終えていざ浴槽へ。


「ッあ"ーーー………」


 うっぷす。温泉に入ったときのお父さん的な声がでたぞ。

 久しぶりのお風呂がすごく気持ち良い。

 広々してて、複数人で入れそう。

 …と思ったけど、コレって本来二人で入るためのやつですよね。そういえばここってそういうところでしたよね。

 ここ最近こそ一人で入ってるけど…。

 前はロザリンちゃんも一緒に入っていろいろえっちなサービスとかもしてくれようとしてたんだけど、私はやっぱりお風呂は一人で入りたいよ。

 そんなことを考えながら、私は独り占めの贅沢をしばらく堪能したのだった。


 


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