039
リィナに異種族夫婦にありがちないろいろを聞きながら休憩時間を過ごしたあと、私たちは3Dマップをもとに最短で進むことが出来た。
あまりに効率がいいのでその後は各階で私が探査し、同様にマップを作成して進んだ。
休憩挟んでも明らかに早かったからだ。
途中で、先日マデリーンさんとルドルフがギルドで調べておいた深層の情報から、あの落下した階はどうやら第10層目だったようだということが後で判明した。
ちなみに現在私たちが居るのは14層目へ降りる階段。
このダンジョンの最前線が一昨日の段階で14層目だったらしいので、私たちは最前線攻略パーティにほぼ追いついてしまった形だ。
ちょうどお昼だし、と14層目の探査が済んだところで階段へ戻り昼食をとることにした。
本来予定していた今日の行程をクリアしたことになってしまう。
まさか半日でこんな下まで来てしまうとは思ってなかったので吃驚だ。
「食事は手を洗ってから〜」
魔法で人数分の水球を出してそれぞれの手を洗浄。
なんとなく私が習慣にしていたのだけど、いつの間にかパーティの全員がするようになった。
「今日はケルピーのカツサンドと卵サンドとベーコンサンド、ポテトサラダサンド、スープ代わりにテノーの煮込みです。別メニューが良ければ言ってね。在庫があれば対応します。希望者にはデザートにプディングがつくよ」
パーティで遠出をしたりする際、いつの間にか食事の用意は私の担当になっていた。
毎回1人だけ出来立てごはんを食べるのも気がひけるけど、私は周囲に合わせてわざわざマズい携帯食など食べたくないからね。
食事を用意することで他のことで優遇されることもあるし、材料費もある程度もらっているので、私にとっては悪い話じゃない。
倒した魔物の肉、しかも美味しい部位を解体もしない私が優先的に貰えたり、単独で狩ってきた魔物でも頼めば無償で解体してもらえるのも、みんなの胃袋をがっちり握っているおかげだろう。
料理はマジックバッグに仕舞う段階で既に盛り付けてあるので配布するだけで昼食の準備も済んでしまう。
私を乗せていっぱい歩いてくれたポチさんには軽く炙ったケルピーをあげよう。
「このパーティの快適さってかなり異常だと思うんですよ」
マデリーンさんは卵サンドを齧りつつ、ため息を吐いた。
「確かに」
ライリーは予想通りケルピーカツサンドから食べ始めた。気に入ったようで二口目からは黙々と食べてる。
「あはは。僕もそう思います。これに慣れちゃ冒険者やっていけない気がしますよ」
フェイは以前からお気に入りらしいポテサラサンド。
「アルフレート、ケルピー美味ひい」
「美味え。でも野菜ばっかだな」
「それは良かった。多くなんてないよ普段から野菜も食べろよルドルフ」
「ポクロポ抜きで作れねえ?」
「私クココやだ」
「君ら我儘だな。ポクロポとクココは私が好きなので駄目。抜きません。嫌なら自分で用意しなさい」
「クココの皮の食感が嫌いなのよ」
文句を言いつつルドルフもリィナもしっかり完食するのだから、それほど嫌いではないのだろう、と思うことにしている。
ケルピーカツサンド、外で食べると一層美味いじゃないか。
大型の魔物だったから、在庫もあるし、しばらく楽しめそうで嬉しい。
「アルフレート、プディングちょうだい!」
「もう食べたの!?ちゃんと噛んでる!?」
私の皿にはまだ半分ほど残っているんですが。リィナ早すぎない?
マジックバッグからプリンとスプーンを取り出して手渡す。
「プディングって、前におやつで出してくれた黄色いぷるぷるしたやつよね?」
「そうだよー」
「この前行ったお店でさ、メニューにプディングって載ってたから頼んでみたら全然違う料理が来たんだけど」
「ああ。プディングってのはパンとかナッツとかフルーツとか肉とかを卵と一緒に蒸し焼きにして固めたもののことみたいだからね。私の知ってる話だと船乗り料理が始まりらしいよ。私のは卵とミルクと砂糖だけであとは香り付けの素材しか入れてない菓子として作ってるからこんな味なだけだよ」
朱里さんの世界ではプディングの起源は卵でいろいろな具材をとじた料理説と腸詰め説とあったけど、この世界だと船乗りさんのごっちゃり卵料理のほうだったみたい。私も初めて頼んで出てきた料理に驚いたよ。
「今回バイニーリャっていう香料が手に入ったからアイスクリームと一緒に作ったんだ」
前回リィナたちに食べさせたのはバニラが無かったから私の持ってた蒸留酒で香りをつけたけど、今回はバニラがメインだ。
どんな反応をしてくれるかが楽しみだよ。
「バイニーリャって何…?」
「蘭の種が詰まった莢の部分を発酵させたものだったと思うんだけど、いい匂いがするんだ。おやつに食べたアイスクリームの香りもそれでつけたものだよ」
輸入されてきてる食材やら考察すると、どうもこの国の食べ物事情は朱里さんのいた世界の大航海時代に近い気がする。モノによって多少時代が前後してるみたいだけど。
だから今レコルナスで手に入るチョコレートといえば、ショコラトルっていうスパイスとかいろいろ混ぜて金持ち連中が飲んでる、ざらざらして油っぽい苦い飲み物にするための塊だし、砂糖も高価で庶民にはあまり縁のないシロモノだし、スパイスも高くて料理の味がどことなく単調なんだと思う。
そのまま食べられる固形のチョコレートが登場するまで同じような進化をするのであれば、あと200年くらい掛かりそうだね。
チョコレートを自作せずに済む時代が待ち遠しい。
この世界には魔法もあるし魔物も居るので、肉は庶民でも市場で買えるものだ。
貴族や富裕層しか食べられないほどの高級食材なんてこともない。
都市部であればきちんと処理できる人も居るから、生野菜だって、お金さえ出せば一般庶民でも食べられないわけでもない。本当に良かった。
「アルフレートさん、私にもプディングをいただけますか?」
「あ、うん。食べてー」
マデリーンさんにもプリンを渡すと、一口食べてマデリーンさんは考え込んでしまった。
「なんかアルフレートのお菓子って売ってるのと違うのよね」
「ですよねー。私の知ってるプディングじゃないです…」
「ミルクと砂糖だけでも卵で固めて蒸し焼きにしてるんだから、プディングでしょ?」
「定義から逸脱しないのに予想外な方向に常識外れをやらかすとか、まさにアルフレートらしいわ」
「なんでディスるのー」
言い様が酷いな。全然気にならんが。
「ねえねえアルフレート、トルタってお菓子作れる?」
「トルタ?どんなの?」
トルテ?タルト?
「王都のほうで流行ってたってマデリーンが言ってたの。柔らかい生地と甘く煮たフルーツがぐるぐるって巻かれてるんだって」
ロールケーキの原型のトルタか?
同じロールケーキの原型なら私はジャム巻いたトルタよりクリーム巻いたルーラードのほうが食べてみたいんだけど。
「それ流行ってるっていっても貴族とか富豪の間で、ってだけでしょ? 私が世間知らずだと思って私を騙して作らせようとしてない?」
「バレたかー。そうだけど食べてみたいなーって」
「話聞いただけじゃ実際のトルタを再現ってのは無理だけど、そういうイメージのナニカは出来ると思うよ? ちなみに、多分だけどその生地を作るには本来石窯を使うんだと思うよ? 私、さすがに石窯は扱えない」
「えっ、石窯!?」
「そこは魔法でどうとでも出来るけどね」
石窯が身近に有っても私じゃ使いこなせないと思うんだ。火加減難しそうだし熟練の技が要りそう。
実際、実は一般的なかまどすら扱えてないからね。
実家方面だと加熱調理は魔法一辺倒だったし、一応銀麦亭のご主人に教えてもらったけど上手く出来なかった。
魔法のが楽だよきっと。
なお、オーブンというか石窯は設備投資や維持にかなりのお金がかかるのと、設置に許可が必要らしい。
だからか、相当なお金持ちの屋敷と、認可を受けたお店にしかない。あとはお金を払って使う共同の石窯を一般庶民は使う。
そんな背景もあってか、オーブンを使うような菓子はパン屋くらいしか作れない。
だからちょっと特別な菓子はパン屋で買うものだったりする。
「アルフレートって、ゴーフルとかダリオルとかベニエとか、普通のお菓子って作らないよね」
「それはそこらで売ってるんだから買えばいいじゃないか。私は売ってないものを自分で作ってるだけだよ。ちなみにダリオルとベニエは中央商業区の新しい劇場近くのがおすすめ」
ちなみにゴーフルは薄焼きのワッフル、ベニエは揚げ菓子。売り子が売り歩いていたりする。
ダリオルはパン屋で売ってる庶民向けの菓子でエッグタルトみたいなやつ。
庶民向けの菓子の多くは甘みも砂糖じゃなくて蜂蜜や果物なんかが使われてる。
まだまだ発展途上なので、今後美味しくなっていくのが楽しみな菓子たちだ。
知識として知ってる菓子に似たものが、この世界ではまだ原型なのだろう状態で存在してるので、私にとっては面白い。
「アルフさん、器用ですよね。料理も菓子もそこらの料理人より美味しく作っちゃってますし」
「単に食い意地張ってるだけだよ」
朱里さんの記憶のせいだろうな。
彼女の記憶は美味しいものでいっぱいだった。
私はそれが食べたくて自分で作ってるのだ。
「さてメシも食ったし、行くか」
「そだね」
サッと後片付けをして、出発。
階段を降りると3匹のデヴィルモスがパタパタと飛んできたが、ルドルフとマデリーンさんが即座に仕留めてくれた。
何この安心感。このパーティでだったらダンジョンも平気な気がしてきた。
3Dマップの効果もあるけど、進む速度が1人のときより段違いだし。いいパーティだなあ。
「魔物の気配がしますね」
マデリーンさんがそう呟いたあと数歩歩いたところで私の索敵範囲でも反応が。
さすがのAランクである。
両生類っぽい雰囲気がする。
ルドルフもそれに気づいたみたいだった。
「アルフレート」
「はぁい」
私に指示ってことは、跡形もなく消し去れ、って意味だと解釈してる。
普通に倒す場合はそのまま前衛が倒すか、リィナの矢で射るか、魔法でやるにしてもフェイに指示を出すはずだから。
まだ姿は見えないけど、推定両生類系の魔物の姿がリィナの目にふれる前に魔法で撃ち抜いて始末した。
*
あの夜、アルフレートさんに救われてから、私の人生が大きく軌道を変えた。
抜け穴のないどうしようもない毎日だったのに、今撃った魔法のように彼が無遠慮に打ち抜いて、大きな風穴が開いた。
腕を再生してくれただけじゃなくて、もう一度冒険者をやっていけるだけの用意まで、彼のおかげで出来た。
一生感謝し続けるだけのものを貰った。
アルフレートさんと、ルドルフさん、ライリーさん、フェイさん、リィナ。
それぞれが素晴らしい技術をもった冒険者パーティ。
マデリーンが入ったからBランクパーティだな、なんてルドルフさんは言ってたけれど、私が活動していた王都周辺でだったら、きっと私が居なくてもBランクパーティだったはず。
個人でもそれぞれ1ランクは上であってもおかしくない。
レコルナス周辺には魔物は居ても特異な魔物は発生しにくかったせいで彼らはランクアップ出来る機会がなかっただけなのだろう。実力は充分。
ルドルフさんとアルフレートさんなんて、剣の腕も私と差があるわけでもなく。
聞けば彼らの身に着けている竜種皮革装備はそれぞれ自分で狩ったものらしかった。
竜種を狩れる実力があるのに二人ともBランクでいたことが吃驚。
アルフレートさんは白竜を狩ったことでCからBランクになり、ルドルフさんは黒い飛竜を狩ったものの討伐証明が出来なかったらしい。
つまり彼らは確実にAランク以上の実力があるっていうこと。ともすれば、功績次第ではSランク候補として名前が挙がってもおかしくない。
そんな彼らがBランクのまま居るせいなのか、他のメンバーもどこか認識がズレてる。
拳闘士のライリーさんは、瞬間的に出せる速度がアルフレートさんに及ばないからと自己評価が低いし、フェイさんも実力的に宮廷魔法使いでもそう居ないほどの腕前なのに僕の魔法なんて大したことないですよとか言ってるし、リィナも私は火力がないからちまちま削るのよとか言ってるけど、それぞれ実力にランクが見合ってない。
ルドルフさんだけでもちょっとズレてるのにおそらくは1番の規格外、アルフレートさんが居ることで拍車をかけている。
魔法を使うことに長けた種族、エルフ。
他種族では並びようもないその魔力量と、魔法技術。
美しく、長い時を生き、予備動作もなく息をするように魔法を使い、その魔力量は竜種と同等とも言われている謎めいた種族。
彼らは同族のみの集落を作って生活していて、他種族と交流することが極端に少なく、集落外へ出ることは非常に珍しいらしい。
それなのに、ここレコルナスで、冒険者をしているアルフレートさん。
普通に宿屋で寝起きして、日々依頼をこなして日銭を稼いで生活する、冒険者。
魔法が得意な種族なはずなのに、前衛で剣士として戦ってた、ちょっと不思議なひと。
遠くからちまちま魔法飛ばしても命中率が低くて、駆け寄って斬ったほうが早いから、なんて言ってたけど。
当たっても跡形もなく消し飛ばしたらお金になんないし、とも言ってた。
先程みたいに撃った熱衝撃波みたいなことか、と今実感してる。
当てるわけがないと解っていても、竜種のブレス並みの衝撃波が真横を通り過ぎて行ったときはやっぱりヒヤリとした。
撃った衝撃波の直径が人の上半身まるごと消し飛ばせる規模とか、洒落にならない。
多分本人的には軽く放っただけだったんじゃないかしら。
フェイさん曰く、アルフさんは所々常識がスコンと抜け落ちてる分野がたまにある、とのことなので。
種族の特性を除外すれば、恋をしたり、お酒で失敗したりもする、彼も至って普通の青年らしいのだけど。
「ルドルフー、後ろにゴーレムついてきてるー」
「ん?ああ。殺れ」
「はぁい」
この二人の索敵範囲ってどうなってるのかしら。
後方から近づいてきた魔物にも素早く反応する。
また衝撃波を撃ったみたいなのだけど、器用なことに聞こえるはずの爆音は無く、消音されているらしかった。
そうやって、まともに戦闘することもなく、私たちは15層目へ続く階段まで辿り着いた。




